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がんばれ東宮職!
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忙しかったので、週刊誌報告?も1週間遅れです。

今日は天皇誕生日なのですが、無粋ではあるけれどもまた週刊誌を読み比べて、雅子妃殿下がどのように批判されているのか、私自身は、こういうバッシング記事を読み返すのは苦痛なのですが、我慢してやってみましたら、あれれー?なんだかおかしなところがひっかかりました。

電凸主婦様の新潮社電凸レポの以下の部分です。

新潮記者O「雅子さんの山中湖の付き添いを学習院側は迷惑に思っていたのに、学習院の先生たちは喜んでいたと雅子さんが言うから。全然状況は違うのです。」 
(雅子様がいつそのようなことを言ったのか?) 
新潮記者O「誕生日の会見文で言ってますよ。学習院としては付き添いは迷惑だったんです」 
(迷惑と思っていても学習院が許可をだしたわけだから、あとでぐちゃぐちゃ言うほうがおかしい。交渉の段階でダメな理由を言えばいいことではないか) 
新潮記者O「あんたとは平行線だ」ガチャン。 
(誕生日会見文を確認して再度電凸) 
新潮記者X(名前聞くの忘れた)に会見文の一部を読みあげてやる 
 
「今年の9月には,学校からも参加をすすめられ,愛子自身も是非参加したいと希望した,山中湖での2泊3日の校外学習がありました。この時,先生方のご配慮をいただき,私が少し離れて付き添う形で,全行程一人で,お友達の皆さんととても楽しく参加できたことが,学校生活に戻っていく上での大きな自信と励みになったように感じております。そして,このことは,学校の先生方もとても喜んで下さり,有り難く思っております。」 
(さっき電話に出たOは読み違えていると思う。先生が雅子様の付き添いを喜んでいると雅子様が会見で言ったと、Oは言っていたが、「このことは」は「愛子様が全行程をお一人でお友達と楽しく参加できたこと」「愛子さまが学校へ戻る自信と励みになったこと」も入ると思う。なぜなら学校側から「も」参加を勧められたのがきっかけなので、だから「ありがたく思っている」という言葉に続くと思う) 
新潮記者X「あんたはそう思ってるわけね」 
(思っているのではなく、そういう文章だ。新潮記者はろくに読んでいないし、雅子様を最初からけしからんと思っているからわざと悪くとっている) 
新潮記者X「そういうご意見がありましたと伝えておきまーす」ガチャン 
 
 
電凸主婦 
 
------------------------------------------------

「雅子妃殿下の山中湖お付き添い」を先生方も喜んでいた、というふうに妃殿下のお誕生日文書を読み取って、学校側はむしろ迷惑に思ってたんだぞ、と力んでみせたのは、文春とFRIDAYの2誌である。
新潮は記者が電凸主婦様にそう言っただけで、記事にはなっていない。

細かく見ていこう。

<文春>
「文書には『先生方もとても喜んで下さり』とありますが、学校側が喜んでいたわけではないと思う」(学習院関係者)

<FRIDAY>
ある皇室担当記者が言う。「他のところでも『先生方のご配慮を頂き』や『学校の先生方もとても喜んで下さり』など、言い訳、あるいはご自身の行動の正当化と思われるような表現が目立ちます
(中略)
自ら無理を言って同行したわけではなく、教師の協力とともに少し離れたところから見守り、教師も喜んでくれたと主張しているのだ。


<新潮>
記事なし
新潮記者O「誕生日の会見文で言ってますよ。学習院としては付き添いは迷惑だったんです」 


「文書にある『先生方もとても喜んで下さり』の目的語を「妃殿下が同行したこと」と読み違えたのは、

文春は「学習院関係者」
FRIDAYは「皇室担当記者」
新潮は「記者O」

さて雅子妃殿下の文書の該当箇所はこうである。

「今年の9月には,学校からも参加をすすめられ,愛子自身も是非参加したいと希望した,山中湖での2泊3日の校外学習がありました。この時,先生方のご配慮をいただき,私が少し離れて付き添う形で,全行程一人で,お友達の皆さんととても楽しく参加できたことが,学校生活に戻っていく上での大きな自信と励みになったように感じております。そして,このことは,学校の先生方もとても喜んで下さり,有り難く思っております。」 

普通に読んでも、先生方が喜んだのは、「敬宮殿下が校外学習参加を希望され、母親付きながら全行程一人で楽しく参加されたこと」であろうし、電凸主婦様のおっしゃるように、「敬宮殿下がそれで自信をつけられ、通常の通学状態に戻られるきっかけとなったこと」も含まれるであろう。

だいたい、小学4年生がイジメを受けて、一人では通学できなくなってしまったので、学校側も母親もなんとか元通り一人で通学できるように、と努力をしている最中だったのだから、学校側が「母親のことを喜んだ」というのはおかしいだろう。
文章でメシ食ってる連中が、なんという国語力なんだろう!

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学習院のことは悪く言いたくないのだが、文春に名指しで出ている初等科長。
本当に他人にこんなことを漏らしたのか?
学習院関係者が誰だかは知らないが、

「校外学習の前、三浦(芳雄)初等科長が『お付き添いについては、通常授業はもちろん、校外学習も、妃殿下にどうぞお出ましください、ということではない。今回は過去の事例を最大限”拡大解釈”して判断しましたが』と困った顔でおっしゃっていたのは事実」

とスッパ抜かれている。
まぁ、写真で見る限り、普段から困ったような顔をしておられるけれども、妃殿下のお付き添いについては、準備段階で東宮職とかなりの折衝があったはずである。
お泊りになるホテルのオーナーは学習院のOB,皇室とも縁の深いお方だったと報道もあった。
そういう事実関係からも、妃殿下のゴリ押しみたいなことを言うのは無理がある。
妃殿下がおっしゃるように、学習院側に協力姿勢がなければ実現しないことだからである。
敬宮殿下が現在いらっしゃる初等科の最高責任者なのだから、敬宮殿下が通常の登校に戻られるのを(前はちゃんとお一人で登校されていたのだから)一番サポートしなければならない立場なのである。
こんなボヤキを他人に漏らして、またそれが週刊誌に書かれるようなことをしては、他の父兄に示しがつかないのではないか?

しかし、皇室担当の記者さんたちは、皇室という特殊な世界を記事にしているうちに、何か自分たちも特別であると勘違いしていないか?

忘年会シーズンだが、幹事をやってみればわかることである。
一つのイベントを実現させるために、打ち合わせやそれに付随する事務連絡など、煩雑なやりとりの部分がどれくらい大きいか。
そしてそういう現場では、どちらかの一方通行ということはない。
双方で創り上げていくものだからだ。

それにしても、むりやりつっこんだ秋篠宮アゲの文章には苦笑させられる。

「背景には、ご自身が欠席されたブータン国王夫妻の歓迎式典や宮中晩餐会で、秋篠宮ご夫妻が存在感を示したことに対する焦り、苛立ちもあるのではないでしょうか」

だってw

FRIDAYにも岩井のようなのがいるんだね。
 
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♠ またH先生かと思った。
どう読んでも、愛子様が全日程に参加できて学校生活に自信が付いたことを先生が喜んでいるとしか解釈できないのですが違うのでしょうか?
最後の奥(天皇)はお怒りってなんなんでしょうか?
これが本当の話なら、国民がお怒りになってしまうんですけど。

嫁が男児を産まないからと外交をさせないで閉じ込め、一宮家の出しゃばりを咎めず病んだ嫁をいびる。
苛められた孫娘も助けず、素行の悪い初孫は可愛がる。

今まで週刊誌やテレビをチラ見程度だったので、間違えてたらごめんなさい。鯰家に男児が産まれるまでは天皇皇后両陛下ともにもっと東宮家に友好的だった気がするんですが気のせいでしょうか。

男児を産めば崇められ、産まなければいびられるなんて皇室って徳川将軍家と同じレベルですか?そこは大奥ですかいな・・・┐(´д`)┌ヤレヤレ
ノノ 2011/12/24(Sat)05:00:48 編集
♠ 豹変した時期
ノノ様

両陛下が人目に立つほど明らかに豹変した時期って、雅子妃が病に倒れたときからだと思います。

盛んに「秋篠宮ご一家と水入らずのご静養」に行くようになったのもこのころから。
週刊誌も一緒に叩きました。

「どうして病気になったのかわからない。我々はうまくやった」会見を秋篠宮夫妻が行った(2004年11月)以降ははっきりとその方向にシフトしました。

ただ、週刊誌って、無理矢理に皇太子ご一家を叩きながら、ときどき違うことを報ずるので
そういう週刊誌報道にさり気なく後から報じられたこととして

①皇后陛下、紀宮さん、秋篠宮妃たちが和気藹々と眞子佳子ちゃんの話をしていて、そこに雅子さまが近づくとすっと話をやめることがしばしばあった。(敬宮様ご誕生前)
②敬宮様が産まれた後、皇后陛下は眞子佳子ちゃんほどは可愛がらず、雅子さまは悲しく思っていた(これは友納さんの本かも)
③2003年?の敬宮さまのお誕生日に両陛下のもとへご挨拶に行くおり、予定より10分?だかそれくらい遅くなってしまって到着したところ、両陛下は既にごコウム先に向かって出立した後で、雅子さまは明らかに落胆されていた。

などと報じられていました。

岡目八目で論評させて頂きますと、要するに「男系男子」プレッシャーを過度にかけて、男子を産めと強要し、
女の子であられた敬宮様を軽んじた(女の子も三人目だから飽きたのね)
それで雅子妃がついに心を病まれた
そしたら、自分たちが非難されそうだと察知して、「悪いのは我々でない、雅子妃の心得違いだ」
「ちゃんと病気にならない嫁もいるじゃんか」
「ちゃんと男子を産む嫁もいるじゃんか」
の流れを作るべく、人目に立つほどバッシングさせ、また弟嫁を猫かわいがりするようになった、というところかと。

書いていて情けなくなりやした。
ペリドット 2011/12/24(Sat)09:39:35 編集
♥ Re:豹変した時期
>ノノ様
>
>両陛下が人目に立つほど明らかに豹変した時期って、雅子妃が病に倒れたときからだと思います。

私は皇太子殿下の「人格否定発言」かな。
えらく冷たいオヤジだと思いました。
「よくわからないところがあるから国民に説明せよ」って、陛下が命令出した時、「家族のことだからな、そんな国民に言わなくてもいいわい、それより内輪で話し合って、こういう時こそ天皇が裁量して、息子を助けてやればいいのに」と思いました。

あれで「もしや!」と心配しましたね。
案の定、クソ鯰が9ヶ月もたって蒸し返しやがった時には、腹が立ちました。
>
>盛んに「秋篠宮ご一家と水入らずのご静養」に行くようになったのもこのころから。
>週刊誌も一緒に叩きました。
>
>「どうして病気になったのかわからない。我々はうまくやった」会見を秋篠宮夫妻が行った(2004年11月)以降ははっきりとその方向にシフトしました。
>
>ただ、週刊誌って、無理矢理に皇太子ご一家を叩きながら、ときどき違うことを報ずるので
>そういう週刊誌報道にさり気なく後から報じられたこととして
>
>①皇后陛下、紀宮さん、秋篠宮妃たちが和気藹々と眞子佳子ちゃんの話をしていて、そこに雅子さまが近づくとすっと話をやめることがしばしばあった。(敬宮様ご誕生前)
>②敬宮様が産まれた後、皇后陛下は眞子佳子ちゃんほどは可愛がらず、雅子さまは悲しく思っていた(これは友納さんの本かも)
>③2003年?の敬宮さまのお誕生日に両陛下のもとへご挨拶に行くおり、予定より10分?だかそれくらい遅くなってしまって到着したところ、両陛下は既にごコウム先に向かって出立した後で、雅子さまは明らかに落胆されていた。
>
>などと報じられていました。
>
>岡目八目で論評させて頂きますと、要するに「男系男子」プレッシャーを過度にかけて、男子を産めと強要し、
>女の子であられた敬宮様を軽んじた(女の子も三人目だから飽きたのね)
>それで雅子妃がついに心を病まれた
>そしたら、自分たちが非難されそうだと察知して、「悪いのは我々でない、雅子妃の心得違いだ」
>「ちゃんと病気にならない嫁もいるじゃんか」
>「ちゃんと男子を産む嫁もいるじゃんか」
>の流れを作るべく、人目に立つほどバッシングさせ、また弟嫁を猫かわいがりするようになった、というところかと。
>
>書いていて情けなくなりやした。
1/3管理人  【2011/12/24 14:56】
♠ Re:豹変した時期
>女の子であられた敬宮様を軽んじた

ある筋から聞いた話ですが。
敬宮さまがお生まれになった時、あちこちに記帳所が設けられた。両陛下は「記帳する方に感謝のご挨拶をする」という名目で、記帳所を回られた。
本音は「国民は女児が生まれてさぞがっかりしているだろう」というのを、自分の目で確かめたかったからだと。

何しろ「男である自分が生まれた時、日本中が歓喜した」というのと、「あてくしはさっさと男児を挙げた」というのが、れぞんでーとるの方たちですから。
その優越感に浸りたかったのです。

ところが行く先々、歓喜の声。「なに? 継承権がない?
んなもん法律変えればいい」という声々々。
「このままでは女帝が認められてしまう。我々のれぞんでーとるが無くなってしまう」と焦られた。

「次男の嫁、まだ産める歳だな。あちらに男児を選んで産ませよう」ということになったということです。
その男児が生れた時の記帳所の閑古鳥ぶり、ご存知ですね。どことかは4人だったとかw

国民はその不気味さ、不自然さを感じて喜べなかったのです。それがその後の怒涛のような雅子妃バッシングで、洗脳される人も出てきた。
この一大国民洗脳プロジェクト、ちゃんと裏を読みとれるかどうか、国民の資質が問われています。


>予定より10分?だかそれくらい遅くなってしまって到着したところ、両陛下は既にごコウム先に向かって出立した後で、

いいえ、時間通りに行ったのに、もう出られていたと。こんなことをされて傷つかない人がいるでしょうかね。


管理人さま、こういうことを書いていいのかどうか。
嫌がらせが来てないのでしょうか。
アップする・しないはお任せします。
こういう場を提供してくださってること、いつも感謝しています。
メジロのスズメ 2011/12/24(Sat)10:39:27 編集
♠ 世界地図
今日はクリスマスイヴですね。
皆様に快く迎え入れていただいたことは私にとって大きなクリスマスプレゼントです。

実は……私は今母の介護をしております。
そのため深夜の愛読者になるしかなく、記事についてもご迷惑をおかけしたのではと思っておりました。

ですが、mrs.oakley fisher様のお優しさや、かわいらしくて颯爽としているピポットさんのお言葉、皆様の人を思う情熱が爽やかに心に映り、また母も雅子妃殿下をそんなにもかばってくださるところがあるならまた書かせていただけるといいわねと話してくれましたので、少し勇気がわいて、ほんの少しだけ(^_^;)だけでもお役にたてましたらと、書かせていただくことに致しました。

*お心汚しになるようでしたら、どうか読み捨ててくださいませ。

母は足は悪いものの家族がミスマープルと呼ぶほど頭脳派の女性です。
もちろん皆様ほどではありませんが、時折光る言葉を投げかけてくれます。

mrs.oakley fisher様は世界地図の件をご存知でしょうか?

私はその当時何気なく見ておりましたが、たしか黒田清子さんが高校生ぐらいの頃だったと思います。

明仁皇太子殿下、美智子皇太子妃殿下として和やかな会見が行われ、はずむような会話がされていた時のことです。

ある記者がおふたりの後ろの世界地図を発見して、「ずいぶんお行きになられましたね、殿下。」と話は始まりました。

その理由ですが、後ろの世界地図にご自分たちがいらした場所一つ一つを記念としてピンがさしてあったからです。

たくさんのピンで埋まった世界地図。
まだ皇太子殿下でいらしたためでしょう、空いている国もたくさんありました。

すると記者が「全部ピンで埋まる日が一日も早く来るといいですね。世界中のすべての国にご訪問さなさって……」と両殿下に語りかけました。
「そう、それは、そうなるといいですね。」と明仁親王がそれはうれしそうに話されて、妃殿下はその言葉を受けるようにうれしそうにご覧になりました。
そして、「ええ、そのようなことになればたいへんうれしいですね、殿下」」と満面の笑みで応えられ、ふたたび明仁親王が笑顔で「そうね、できることなら早く来ればいいですね。」と返されました。

これがきっかけ、つまりは一つのトリガーではないかと我が家のミスマープルは思ったそうです。

雅子様が海外に行けなかったことがとてもお辛かったという趣旨のお話をされた時、「ああ、ご懐妊だけでなくあの世界地図のせいもあるわ」と思ったと話してくれました。
確かにそれはあるかもしれません。
世界中の都市にピンの印を付けることを楽しみにしていらしたことは有名でした。

この地図の件では、小泉信三さんも浜尾さんも「地図にピンで印をつけられることを楽しみにしていらっしゃる」と何度も何度もテレビで話されています。

ただ、その時の私は学生が終了する間近な頃で、ほんとうにそうなのかしらと思っただけでした。美智子皇后様に憧れていましたので…。そしてそのことはその後すっかり忘れてしまいました。

ところが、先日BSフジのプライムニュースで「皇室と女性宮家」がテーマに挙げられていた時、今度は両陛下がそれを日本地図でなさっている映像がはっきりと出たのです。

思わず身を乗り出して見てしまいました。

それは、八木亜希子さんとちょっと眼光の鋭いキャスター反町理さんがお呼びした専門家とされるゲストと率直にお話をするという形式を取っている番組なのですが、その番組の中で、その映像がはっきりとくっきりと映っていたからです。

おそらく今回の陛下の御誕生会見を前にしてのものらしく、ご近況映像として皇居内のどこかの一室で撮られたもののようでした。

日本地図に「行かれた場所」としてピンをさしていらっしゃる御姿が大きく、時間的にもかなり長く映っていました。

中には、震災の被災地もあって……。
もちろんそれ以前にいらしたところという印なのだろうと思いましたが、なぜかそこには新しいピンが打たれていました。

そしてその後宮家の映像に切り替わり、「そうですね。悠仁様は虫を捕まえたり、標本にしたりするのがお好きでいらっしゃるようですよ。陛下はたいへん好ましくかわいらしく思っていらっしゃるようです」と言葉が出て、八木亜希子さんは「そうですか、それはいいのですが、それより」とソをそろい踏みしてさらりと次の質問へと受け流します。

その時、かつて皇太子妃美智子様御成婚を讃える新聞で読んだ記事のことが頭に浮かびました。
明仁親王さまが小学生ぐらいの頃に、寂しさのあまりいらいらすると虫をコンパスの芯で……(恐ろしくて書けません)とそれを憂えた小泉信三さんが、「絶対殿下には心優しく思いやりの深い、そしてそのような無残なことにお心が走らないようにしてくださるような、聡明で命を大切にするお嫁さんでなければならないと思った」と語られたことを思い出しました。
そして「それもあってバイニング夫人が陛下の御教育係になった」と続けられました。
もちろんアメリカの意向はあったと思いますけれど…。

そして「正田美智子さんなら必ずやそのようにしてくださるだろう」と話しておられました。

(今プライムニュースを確認しましたら、この日の番組についてはなぜか過去に放映されたものの中からはずされて、今週の放送分にもかかわらず影も形もありません。ついでに拉致被害者問題について語った安倍晋三氏のお話もすっかり消されていました)

コメンテーターとして呼ばれていたのは「渡辺元侍従長」ともうおひとりの方(お名前は存じ上げていませんが、とにかくご立派ですと必ず付け加えていらっしゃいました)です。

http://www.bsfuji.tv/primenews/index.html
こちらの番組です。

番組ではこの問題についての意見を現在も求められているようですので、ご意見があればご投稿されることができます。

この番組は私たちも最近見始めたのですが、完全にリベラルで、特に御尊崇というようなスタンスはなく、そのためにフィルターがかかっていないので八木亜希子さんが驚くほど率直な切り替えしを行っていらっしゃいます。
※最初はこわもてで相手を切り崩していた反町理さんのほうがなだめるような場所に立っています。

それから、こちらのほうが皆様にとって御関心が深いかもしれませんが、呼ばれていた渡辺元侍従長は、「宮内庁もいろいろと両陛下のご公務を減らして差し上げたいという存念はあるのだけれど、両陛下の御意向がそうではない面があり、もちろん国民の皆様から公務を強要することはやめてほしいということも伺っていますが、そこが難しい所なのですよね。何しろ、お気持ちに沿わないといけませんから。とにかくご立派でいらっしゃるのです……だからそのように取り計らうことは難しくて、お察しいただければ」と話されていました。

笑みを浮かべながらもふっと後でため息をつく、苦笑いしながら汗をぬぐう、そんな感じです。

すると八木亜希子アナウンサーがばっさりと次のように要約しました。
*こちらがつよすぎたのでしょうか、社会的には。

「つまり、どんなに御進言しても、両陛下にそのような御意思がないかぎり宮内庁としても(公務の減少を)求めるわけにはいかないのですね。では、最終的に誰が御諫言すればいいのか、つまり、そんなところで堂々巡りをしているということなのですか? そして、できたとしてもその御意思はなくていらっしゃるから、できない。つまりそういうことと考えてよろしいのですね。まあ、たいへんですね。じゃあ、誰が最終的に(鈴……と言いかけたところでカメラと音声がパンします)」
「まあ、そういうことになりますか。はっきりとは申し上げにくいですけれども、はい、そのとおりです」
と渡辺元侍従長はまた弱弱しく笑ったような次第でした。

そこで問題の筋が女性宮家問題へと切り替わり、そして眞子内親王様が大映しにされ、しかも天皇誕生日の極秘映像らしき舞台袖に集まっていらっしゃる女性宮家のお嬢様方との交流が映し出され、結論は出ないまま、「こちらははっきりと両陛下の意思として残して差し上げたいというお気持ちはあるようです。この公務を続けるためには絶対数が足りない、まあ、そういうことでもあるでしょう。眞子様は本当にご立派ですから……。そして、悠仁親王様だけではお気の毒ですし、佳子様も降りられるということを忍びないとお考えなのでしょう」と話は続いて終わりました。

途中から隣にフジテレビの社会報道部のお二人が並び、ご公務の数が多いことを証明するようなフリップを出して説明していましたが、結局まったく活用されることなく、「ですから、両陛下はとにかくご立派な使命感をお持ちですから、困ってしまうのですよね、こちらとしては」がすべてで、そして八木アナウンサーと反町キャスターがふたりともほぼ同時に首を大きく傾げて(このあたりがとても正直なしぐさだったのかもしれません)、「今日はありがとうございました」となって話が次に移りました。

そして見ていた私も母も思わず同じように首を傾げ、うーんとなって終わりました。

「謎も問題もやっぱり解決できないわけね」
そんな母の言葉で最後は締めくくられたテレビの映像はすぐにチャンネルを切り替えられました。

以上です。



こんなことがお役に立てるとは思っていませんが、ピンの話はもしかしたら感受性の強い皆様の心にはひどいお話すぎて……、私も書きながらかなり引いてしまいました。

でも、小泉信三さんのお話は京都にいたころ小学校で御成婚を伝える社会派映画の中で何度も流されていましたし、若い小学校の先生が「皆さんはこんなことをしてはいけませんよ」と言葉少なにおっしゃったことを憶えています。

京都はやはりお公家さんの文化がありますので、「言葉少な…」ということはかなり怒っているということと同意義となります。

(はんなりというのはなかなか素敵な言葉で大好きなのですが、これが社会時評に向けられた時には、相手をはんなり値踏みして見下すという感じになり、なかなか手ごわい感情を伝えてくれることになります)

❄今回は演繹法です。
帰納法も嫌いではありませんが……。
情熱のプレゼントを皆様ありがとうございました❄
冬夢 2011/12/24(Sat)12:08:48 編集
♥ Re:世界地図

>実は……私は今母の介護をしております。
>そのため深夜の愛読者になるしかなく、記事についてもご迷惑をおかけしたのではと思っておりました。

お大変ですね。
貴女ご自身のご体調も十分お気をつけになって下さいませ。

>
>母は足は悪いものの家族がミスマープルと呼ぶほど頭脳派の女性です。

おお、素晴らしい方ですね!
介護はお大変でしょうが、お母様のお話をたくさん聞いて下さいませ。
私は姑でしたが、昔語りをいっぱいしてくれたので、息子である夫より思い出話をたくさん知っています。

>mrs.oakley fisher様は世界地図の件をご存知でしょうか?

いいえ、存じませんが、天皇が思春期の頃、夜灯を求めて入ってくる蛾を、勉強机に突き刺して殺していた話は知っています。
姑も言ってましたし、私の母からも聞きました。
「机が穴でボコボコだったんだって」と気味悪そうに言ってましたよ。
二人とも香淳さまを「国母陛下」とお呼びしておりました。

>そして「それもあってバイニング夫人が陛下の御教育係になった」と続けられました。
>もちろんアメリカの意向はあったと思いますけれど…。

昭和天皇が「英語教師」をお願いして、GHQからの連絡で本国で募集をかけたと「天皇への道」という本に出ていたと思います。
良子皇后さまも習われたそうですよ。

1/3管理人  【2011/12/24 14:49】
♠ 豹変したのは
葉山で、赤ちゃんの愛子さまに、手渡した海藻を捨てられた時だと思う。

あんな砂まみれのもの持たせて、愛子さまの目に入ったらどうするんだろうと思ったけど、雅子さまは遠慮して払いのけなかったので立派だなと思った。
そしたら愛子さまがポイしてくれて、受けたw
わかめ 2011/12/24(Sat)13:05:34 編集
♠ r:世界地図
久しぶりに書き込みます。ここの所、何となく書き込みにくくて、ずっと読むだけになっておりました。また、ウチのパソコンのせいかも知れないのですが、最近こちらへアクセスしようとすると、画面がフリーズしたり、表示できませんとでたりが度々起こったので、ひょっとして何かサイバー攻撃でも受けておられるのでは?と一人恐怖に陥っておりました。

誕生日画像で、日本地図ピン刺し、見ました。
本当に気持ち悪かった。どう見ても自分達の諸国行脚を、公私混同してフルムーンか何かと勘違いしてるとしか見えませんでした。

よくもまあ、私的な外遊などしたことありません(キリっ)など言えたものだと。
アクアマリン 2011/12/24(Sat)14:21:10 編集
♥ Re:r:世界地図
>最近こちらへアクセスしようとすると、画面がフリーズしたり、表示できませんとでたりが度々起こったので、ひょっとして何かサイバー攻撃でも受けておられるのでは?と一人恐怖に陥っておりました。

ご心配かけました。
ここのサーバーは、よく障害ありますし、お休みの日の前日はアクセスしにくくなったりします。
本当は、どこかへ替わりたいんですけど、アンチが多いところはイヤだし、年払いしちゃったし・・・w
1/3管理人  【2011/12/24 15:11】
♠ 不満です
おとといのテレビでの皇室特集。
天皇陛下のお誕生日の前日でした。
一時間の内ほとんどが、美智子皇后陛下のことでした。
少しお孫さんたちのこと。
期待してたのにがっかり。
愛子さまなんて一瞬です。
雅子さまのことを少しでも気遣うのかと思ったら、話題にもなりませんでした。
皇太子さまと雅子さまは軽く扱われているようで、ホント不満でた。
わたしは、こちらのブログで勉強させてもらってますから、何かどこかからの意図を感じましたが、知らない人が見たら何と思うか・・。 

皇太子ご一家にとって、よい年が迎えられますようにお祈りいたします。
にゃんおばさん 2011/12/24(Sat)14:36:04 編集
♠ Re:世界地図
>実は……私は今母の介護をしております。

大変ですね。ここの主要メンバーの多くも介護世代、自分自身も少しガタが来つつあります。重荷を抱えているからこそ、わが身と重ねて見えるものがあるのです。

でもミス・マープルのようなお母様、素敵ですねえ。
きっと一見平凡な生活をしながら、深い人間洞察をしてきてまやかしを見抜ける方なのですね。お母様の言葉もぜひ書き込んでください。

虫ピンの話、本当にぞっとしました。世界地図バージョンがあるに違いないと思いましたが、やはり。
2ちゃんで「ダーツの旅」と揶揄されてましたが、それ以下ですね。
只々数を競う。そして「私的旅行はしたことない」などと抜かし、「オランダ行きを批判したと誤解されたからもう話さない」とぶんむくれ。
あの状況でそんなことを話せば、他にどう取れたでしょう。


古い映画ですが「コレクター」をご存知でしょうか。ある変態男が蝶の標本を作るように、若い女性を誘拐しては飼い殺しにする。必死に逃げようとして、次第に絶望し窶れていく女性の顔が鬼気迫りました。

雅子妃だってある日突然病気になったわけでない。次第に窶れていった時期があるはず。その時に何の手も打たなかった。その後のバッシングも、庇うどころか黒幕ではないかのような行動。


詰まるところ、「今上は雅子妃が嫌い」に尽きるのではないでしょうか。
マコさんが女帝にという頃は、「同じ血を引く孫だ」と言っていた。
愛子さまが生まれても、抱っこした写真なんか見たことがない。
愛子さまが女帝にと決まりかけたら、あんな暴挙に及んだ。
そして今やお気に入りの次男一家を全員皇族に残そうとしている。
誰が見ても、東宮家と秋篠家の人間のスペックは天と地。そこが叩かれることはない。病気で公務に出られない雅子妃を叩いてばかり。離婚しろとまで言い出した。
雅子妃の存在そのものが煙たいのです。

ここまで私情丸出し、政治介入した天皇がいたでしょうか。
それでも両陛下がニュースになるときは、北のあの女子アナみたいな調子で、絶賛しかしない。陛下が気に入らない雅子妃は、昔なら理由つけて首切られたかも。
もうこんな御代はたくさんです。
こんなこと書いてる私が公安に引っ張られないだけ、まだましなのか。
Rosa laevigata 2011/12/24(Sat)14:37:26 編集
♠ 世界地図のピン
私も冬夢さまと同じく、プライムニュースを見ながら、学生の頃に見た地図のピンさしの映像を思い出していました。
見ながらチョっといやな気分がしたのですが、その時は理由がよくわかりませんでしたが、その後実家の父と電話で話している時に思い当りました。
母が昔語りで、「国民学校の時(つまり戦時中)、教室に世界地図があって、日本が進軍してせしめた場所に虫ピンを打ってあった。それが、低学年だった自分にはゾッとさせられた」といっていたことを連想したんだなあってことを。
まあ、企業とかでも、出店したところにピンを打つって、よくやることではあるんですが、あれは一種の戦いですしね。
民草のことを思いやるはずの天皇のなさることとしてふさわしいことなのかどうなのか。
若い方々は、どのように感じられたのでしょうか。

閑話休題。
昭和の映像をご覧になったことのない若い方々にとって、髪にメッシュをいれている宮様って、「なんかシチメンドくさそうな皇太子よりイケてるよなあー」って感じなのでしょうか。
しかも、真偽のほどはわかりませんが、パソコンはMac派だという。
おっ、イケてるよなあって思うのでしょうか。率直なところを聞いてみたいものです。

自分にとっては、昭和天皇の存在があまりに大き過ぎて、皇室とはああいうものと思ってしまっているのですが、近年昭和天皇の映像をとんと拝見することがなくなってしまい、意図めいたものを感じてしまうのは私だけ?。
とりとめのない雑感申し訳ございませんでした。
武庫 2011/12/24(Sat)15:44:38 編集
♠ 日本地図と世界地図にピンを刺す
冬夢 様
お母様の介護をされているとの事。
大変ですね。ご無理なさいませんように。
私も、まだそれほど大変ではありませんが、介護世代です。



私も世界地図の件、知っています。
よくテレビ特番で放送されていたし、浜尾氏や評論家達もテレビや雑誌で喋りまくってましたもんね。

そして昨日の朝刊に、そのピンだらけの日本地図がカラーで出てました。

気味悪いほど ビッシリ ピンが刺さりまくってた……
(J隊の演習地図だって、あれほどビッシリ埋めないんじゃね?)

それを見て私も
アクアマリン様
>どう見ても自分達の諸国行脚を、
>公私混同してフルムーンか何かと勘違いしてるとしか見えませんでした。
と思いました。

そのピンだらけの日本地図を見た時
(そういえば、この老夫婦。世界地図にもピンをブッ刺してるんだよね)
と思い出したんですが、戦時中に書かれた大東亜共栄圏の地図まで思い浮かべましたよ、あたしゃ。

ここでは、大東亜戦争ウンタラカンタラの話は控えておきます。


あの老夫婦はピンを刺す場所が無くなるまで、旅行し続けるんじゃないでしょうかね。
だって、こちらのブログ2011年7月24日アップ記事
美智子さまの恋文 妊娠9ヶ月 明仁だけ志賀高原へスキー
S35年1月 弐 の中に

社会のことに関心を持つためには、まず見、聞いて、知らなければなりません。
地方の出来事に心を寄せると申しても、行った土地と、全然知らない土地とでは、比較にならないくらい関心の度合いが違いますから、東宮さまがよく遊ばしますように、旅 行 は と て も 大 切 な こ と だと思いました。

とある。

つまりこの老夫婦は、女房が妊娠中から
「現地に旅行しておかないと、その土地のイメージが掴めないんだよね。だから旅行って大切なんだよ! だから、あちこち徘徊旅行しまくるんだよん」
と考えてて (亭主もそう考えるように仕向けているような文、という感じでもある) それがウン十年も継続してるのでしょう。

自分達よりも遙かに高スペックのお嫁様が来てくれたんだから 「皇室」 をよりバージョンアップするためには、自分達よりもハイスペックな皇太子ご夫妻にこそ海外訪問しまくっていただくべきだったのに。
挙げ句の果てには、オランダのベアトリクス女王陛下からの招待を受けてオランダ訪問された皇太子ご一家について
「私的旅行はしたことない」
という発言が出た。
Rosa laevigata 様も書かれていますが、あの状況でのあの台詞の意味は (オランダ行ったのが気に入らないんだ) でしかない。
そしたら 「自分の意図と違った解釈されたから、もう答えない」 ですもんね。
ビッシリ刺さったピン数なんか、オランダ女王陛下からの御招待の前では全く意味無かったんでしょう。


私、これほど平成が みみっちい 小物 狭量 とは思ってもみなかった。
正田美智子さんが手紙に書いた “ 御代がわり ” ※ なんて言葉を最近おりおりに思い浮かべる昭和86年12月の暮れです。

※ …… 2011年7月24日アップ 美智子さまの恋文 結婚3ヶ月前 S34年1月 弐 より
ガーネット 2011/12/24(Sat)15:51:43 編集
♠ アクアマリン様 私も同じです!
私も最近、こちらのサイトに来ようとすると
画面が真っ白になって固まったり、
「表示できません」と出たり、

どなたかのコメントを読もうとクリックすると
やはり画面が真っ白、

コメントをしても投稿完了のメッセージが出なくて
あれ?と思っていたら、やっぱり投稿できてなかったり・・・。

PC用と携帯用と、両方から接続しているのですが、
どちらも繋がりにくくて、もしかして何らかの規制?と
不安になっていました。
(このサイトを潰したい勢力がいるのか?とか・・・)

それとも、私ひょっとしてアク禁になったのかしら、
粗相をしてしまったのかも・・・と反省したり。

なので、不具合が私だけではないと知って
少しホッとしました。

管理人様や他の皆様は大丈夫でしょうか?
レオノーレ 2011/12/24(Sat)15:56:14 編集
♠ Re:豹変した時期
なるほど。

なんなんでしょうね、皇后様の時は軽やかな身のこなしで週刊誌を批判していた記憶があるのですが・・・
週刊誌がたまに秋篠宮家を批判し雅子様を擁護するのはわずかな抵抗なのでしょうか?

>新潮記者O「あんたとは平行線だ」ガチャン。
(心の中)俺だって書きたかねーけど書かないと怖いんだよ!頼むからこれ以上責めるな!
でしょうか(笑)

秋篠宮家の我々は上手くやったというのもどうなのかな~と思いますよね。
第一に注目度とプレッシャーが全く違いますし、皇族の嫁になりたくて仕方なかった方と外の世界でバリバリ頑張ってた方で皇室外交に期待されていた方とどちらが早く馴染むかって話ですよね。

>②敬宮様が産まれた後、皇后陛下は眞子佳子ちゃんほどは可愛がらず、雅子さまは悲しく思っていた(これは友納さんの本かも)

たまにあるんですが、孫が自分をいびった姑や息子を奪った嫁にそっくりだと無意識に避けてしまうって事があるみたいです。国民からすれば愛子様はまさに皇族!ってお顔と雰囲気だったので女性天皇でいいんじゃないですかって感じだったんですが、皇后さまにはどなたかの生まれ変わりに見えて怖かったのでしょうか?

冬夢様、私も日本地図にピンが刺さったお写真見ました!
世界地図もあったんですね・・
皇太子ご夫妻に海外の公務を控えさせたのは、ピンが刺さっていない場所に先に行くのは許さないという事だったのでしょうか。




ノノ 2011/12/24(Sat)16:09:51 編集
♠ 私もパソ不具合です
>どなたかのコメントを読もうとクリックすると
やはり画面が真っ白、

え、皆さまもですか。
私も昨日くらいから、その状態です。
コメントを送信クリックすると「送信しました・・・」が出なくて、反映されなかったレスがいくつかあります。内容が過激すぎて管理人さまが載せなかったのかなと思いましたが。

IEバージョン8をインストールしたので、それでおかしくなったのかと思いました。

どうしたのでしょうね。どなたか詳しい人はいませんか。
Rosa laevigata 2011/12/24(Sat)16:12:15 編集
♠ 豹変した時期(2003年)
奥克彦・在英国大使館大使(当時参事官・45歳)と在イラク大使館の井ノ上正盛・一等書記官(当時三等書記官・30歳)は、2003年11月29日、イラク中部のティクリート近郊で銃撃を受け、殺害された。
この事件からと聞いています 2011/12/24(Sat)23:30:31 編集
♥ Re:豹変した時期(2003年)
>奥克彦・在英国大使館大使(当時参事官・45歳)と在イラク大使館の井ノ上正盛・一等書記官(当時三等書記官・30歳)は、2003年11月29日、イラク中部のティクリート近郊で銃撃を受け、殺害された。

このお二人の死は痛ましいものでしたが、雅子妃殿下とどんな関係があるのですか?
どうして天皇が雅子様を嫌ったのでしょうか?
1/3管理人  【2011/12/25 00:49】
♠ re 豹変した時期(2003年)

奧大使の話が出ているのを見つけてしまったので,逡巡したが書かせていただく。

小生,奧大使の母校(高校)に数年間ほど首を突っ込んだことがある。
その時に奧大使を知っているというOBにそれとなく奧大使と雅子妃の話を振ってみたところ,かえってきたのは,
「なんやそれ? あぁ? もしかしてガイジンが書いた話か? あれは遺族にとっちゃ良い迷惑やで。奧君は性別なんか関係なく誰とでも仲良くする男やったから,変なふうに書かれたんやろな。外務省で飯喰ってる人間だけじゃなく奧君を知ってる人間みんなショック受けたで。いい奴やったからな・・・。残念や・・・。」
というものだった。



嘘を書いていると思われるのは不本意なので,証拠として以下をメモ書きさせてもらう。

平成19年7月20日発行 緑窓会報49号
33ページ 文責 高5回(この実名は容赦してほしい)

匿名希望 2011/12/25(Sun)00:53:38 編集
♠ re:豹変した時期(2003年)
恥ずかしげもなく妄言書くねえ。
バカあんちって。

次は敬宮様が症状のでない自閉症だとわかったからって書くのかな。

peidotto 2011/12/25(Sun)00:55:07 編集
♠ それだと何でもビョーキになっちまわ
>症状のでない自閉症

症状のでない自閉症・・・?

そういうのがあるとして、逆に何が問題なのかと思いますね^^
症状が出ないなら健康体と変わらんような気がします~^^

それにしてもアンチ敬宮派はひつこいw
あのように毎年の学校行事でお姿を拝見していて、まだいうかと。

ならば、学校行事のお姿をまったく見せない方が疑われても仕方がないってどうして思えないのかなあ
・・・ああ、疑いようもないことだから、やっかみというか、八つ当たりで「症状のない」だとかいっちゃうのね。
無理もない、無理もない。
綾川 2011/12/25(Sun)01:35:41 編集
♠ 記事とは違う話なのですが・・・
平成23年の天皇誕生日回答文。
東日本大震災の話がメインなのは当然だよね。

そして
>施設面の充実と共に,今後も避難訓練と津波教育が十分に行われ,災害に当たり少しでも多くの人が危険から守られるよう願っています。

これは本当にそうだと思う。
被災していない人間みんな同じことを思ってる。



でもね、これが気になるんだよね。
>もしこの度の被災地域の人が,奥尻島の津波災害の状況を更につまびらかに知っていたならば,一刻も早く避難することにもっと力を注ぎ,より多くの人が助かっていたのではないかと残念に思われてなりません。
>この度の津波災害においても,避難訓練と津波教育が十分行われていたところほど被害者が少なかったと聞き,

被災者達は津波の恐ろしさを聞いていたけど 「地震が起きても、いつもたいした津波は来ないから大丈夫」 という気持ちがあったとか。
他の被災者達の話に 「揺れがおさまったら直ぐに津波が来た」 というのもあったし、
※ 「でんでんこ」 と教えられていたけど、それでも、家族を、我が子を、大切な人を迎えに、探しに、あえて津波に向かって行った被災者達もいたとか。

※ …… これは、こちらのブログ2011年10月21日にアップされた記事 「行ってらっしゃい」 の悲劇を思い出します。

被災者達は、遺族達は (あの時どうすれば良かったのか?) という完璧な答えは、まだ出せないと思うし、出せないままじゃないかとも思う。
「残念に思われてなりません」 という言葉が入っているけど、そんなふうに書かれたら、被災者達や遺族達 (残された人達) は、どう感じるだろうか?



そして、水害の話に絡めて 「タイの洪水被害」 を出している。
これも分かる。タイの水害は、日本経済は大打撃になりましたもんね。
でもさ、それを言うならトルコ地震の話は出さないの?
トルコ地震では日本人男性 (海外協力隊だかのボランティアだったような?) が犠牲になり、トルコ首相がお悔やみだかの書簡を天皇に送っているはず。
その事について何も書いてないのは如何なものか?



なんて言うのかなぁ。
丁寧な回答文ではあるんだよね。でもさ、ネチネチ & グダグダ続くだけで 「寄り添う心」 「いたわる心」 が感じられないんですよね、私には。
質より量っていうか、私の脳裏には、あのビッシリ刺さったピン地図が浮かんできます。



我が家が取ってる地方新聞 (球団を持ってる新聞) の夕刊に 「紙つぶて」 というコーナーがあり、今日の記事から一部抜粋します。
____________________
どこそこに学校を建てたとか、寄付をしたとか、心のどこかに 「自慢したい」 という気持ちがあるのではないか。どこかに、いやらしい気持ちを持っているのではないか。
純粋にやってきたことを、今になって人前で話すなんて 「汚い」 と自分を見つめ直す。思えば、ずいぶん偉そうなことを 「紙つぶて」 に載せていただいた。
もう少し人間修養をしてまた戻って参ります。ありがとうございました。
____________________ 
書かれたのは、法務省特別矯正監、歌手・俳優の 杉 良太郎 氏です。
ガーネット 2011/12/25(Sun)01:51:39 編集
♥ Re:記事とは違う話なのですが・・・
>
>被災者達は、遺族達は (あの時どうすれば良かったのか?) という完璧な答えは、まだ出せないと思うし、出せないままじゃないかとも思う。
>「残念に思われてなりません」 という言葉が入っているけど、そんなふうに書かれたら、被災者達や遺族達 (残された人達) は、どう感じるだろうか?

親戚が被災地にいたので、地震直後すぐケータイで呼び出しました。
揺れがハンパでなかったみたい。
すぐ停電になって、テレビはつかないから情報がない。
こちらのテレビで報道されていることをとりあえずしゃべりましたが、電池切れが心配なのと、また大きな揺れが来て、一旦切りました。
そしたらもう繋がらなくなっちゃった。
2度目に繋がったのは1週間後です。
地震から半年、人と話をするのに、誰が亡くなったとか、だれそれの遺体があがったとか、そういう話が出ない日はないと言っていましたね。

私たちは、飛行機で秋田へ飛んで、レンタカーで被災地へ入りましたが、陸前高田なんか本当に何にもなかった。
昭和天皇が焼け野原の東京を視察に出られた時も、こんなだったのではなかろうかって、チラッと思いましたね。
避難訓練は大事だけど、なんかあの被災地を見た時の衝撃というか、「みんな波が持ってっちゃった」という空虚感というか、思い出すと、天皇皇后はどんなふうに感じたんだろう、避難訓練をしっかりやれ、と言う前に、それをちょっと聞きたかったね。

1/3管理人  【2011/12/25 02:24】
♠ >症状のでない自閉症 PPP

医者が「人間は海の岩礁のように病気をたくさん抱えている。潮が満ちていれば岩は隠れている。岩礁を砕くことより潮を満たすことを考えれば良い」と話してました。
女性は因子を持っていても、もう一つのXが押さえるから、症状の出ない色覚異常とか、症状の出ない血友病とか多いでしょう。
それがブーメランであちらさんに行ったら、Yでは押さえられませんよ。症状の出る・・・・になりまっせ。


>「寄り添う心」 「いたわる心」 が感じられないんですよね、私には。

同感。なんだか「ここでそれを言うか?!」って発言が多いんですよね。綸言汗の如しを知っているのか。
仕方のない仕事に出てたのに、それでも自分を責め続ける母親もいるのに。
「私の代に二回も大災害が起きた。徳の不足の致すところです」くらい言え。
この人の基本的性格は、かなり残虐なのでは。


>歌手・俳優の 杉 良太郎 氏です

テレビで、炊き出ししてる彼に「売名ではないのか」と記者が失礼な質問をした。
「ええ、売名です。私財を数十億使って売名してきました。あなたもやったらどうですか。有名になれますよ」と答えてました。

やっぱりかなりの寄付をしてるんだけど、「戸締り用心、火の用心」のおっさんと、その後継者は胡散臭いんだよね。この違いはどこから来るんだろう。
ビー玉 2011/12/25(Sun)07:31:23 編集
♠ にゃんおばさん様
大丈夫です。

うちの父親(ヘイカ世代)が番組(3つくらいありましたか)を一通り見てましたが、その後に言った言葉は「愛子さまが猫抱いてたぞ」だけでした。

父は猫が好きなのです。

皇室情報は、取っている朝日新聞と、そこに載る週刊誌の見出しと、テレビからしか入手しませんが。
もともと持つ感性と、これまでの知識と、現状に在るおかしさで、人間は判断できるはずです。

「腹が白くて、ブルーのトラ模様だった。かわいいな」と言うので、「あれ野良猫だったんだよ」と教えると、「ノラなのか、犬もだろ? 何十万もするやつ買わないのか。偉いな」と。

愛子さまの猫の勝ちですね。
わかめ 2011/12/25(Sun)09:15:32 編集
♠ 空気のようだった「あっ、そう」
今年は忙しかったこともあり、キモチワルイ会見文は一切読んでいなかったのですが
そんなこと言ってたんだ。

近年つくづく思うのは、平成の両陛下って、出たがりしゃべりたがり目立ちたがりだなあということ。
すぐに自分たちの見解を言いたがるしね。

たぶん、今回のことで学ぶことは、巨大な防波堤を作ることよりは、
いざというとき使える高い建物をいくつか作ること、
そして「津波てんでんこ」の徹底なんだろうとは思う。
でも、そんなの、当地の方々が一番痛切に悔しさと哀しさをもって思っていらっしゃることだろう。
わざわざ当事者じゃない者が言うことじゃない。

年の瀬になって、表面上はいつものように年が暮れていく。少なくとも、東京住まいの私にとっては。
けれども、決して、一生忘れることのない一年となってしまわれたろう方々がいらっしゃることを、忘れるまいと思っています。それしかできないけど。

そう言えば、雅子様の会見文が発表されたとき、例によって何でも叩くマスコミは、
雅子妃がぎりぎりまで推敲されていたことを揶揄し、叩いていたけど
雅子様は、自分の思いがどのように人々に届くか、心配し、慎重になって、何度も推敲されたのだろうし、それは当然のことだと思う。

まあ、結局後ろ暗いところのある者どもは、自分たちが非難されたと思って、そこに過剰反応して、執拗な叩きになるんだけどさ。


閑話休題。

いつものことながら脱線してしまいましたが、標題の話。

しゃべりたがり、いっちょかみたがりの平成皇室に比べると、昭和の御世の「あっ、そう」をとても懐かしく思います。

何度も書いておりますが、歴史を学ぶにつれ、昭和天皇の戦争責任ってことをつい思わずにいられなかったかつての私
でも一方で、昭和の両陛下ご自身に対してのイメージは、
ずっと「何かやさしそうなおじいちゃん」「にこにこやさしそうなおばあちゃん」でした。
ふんわりと暖かく、むこうを見ると暖かくおわすという。

この話を連れ合いにふってみると
「やっぱり、昭和天皇は自分に戦争責任があると言うことを、深く思っていて、ああいう態度だったんじゃない」との感想。

考えてみると、後ろめたさ、自分が愚かだったということ、自分が過ちを犯してしまったという思いは、
昭和天皇の方がずっと深くていらっしゃったろうと思う。
それだけ本当に取り返しのつかぬ大きなことを、自分の名においてさせてしまったという半生。それを真っ直ぐに受け止めた人生。

やっぱり昭和天皇という方は、優れた方であられたし、日本国の象徴としてこの方がいらっしゃったことは、とても有り難かったと思う。


ルビー様が何度も指摘される、
「個人の資質に左右されることの多いのは、制度的欠陥なのではないか(そうならぬよう、制度的な歯止めが必要なのではないか)」
もっともだと思う。

けれど、冬夢さまがご紹介下さったように、一番近くにいる侍従長であっても諫言申し上げられず
ただ両陛下のご意向にひきずられる現状

とっかえひっかえで選挙に戦々恐々のせいか、内心では小馬鹿にしてても、表立っては両陛下のご意向に従って何でもハイハイとやってしまう内閣や国会議員

この国において、資質と無関係に「日本国の象徴」は、良い形で成り立つのだろうか。
欠陥のない制度設計ができるのだろうか。

でもまあ、こういう勝手なことを、管理人様の広いお心もあって、書かせて頂いている現状
(少なくとも、嘘泣きしないと頸が飛ぶということはないだろう)
それを思えばまだ良いんだからと甘受するしかないんだろうか。

空気のようでいて、空気のようになくてはならず、実は全体を心地よく暖かくして下さっていた
あっ、そう
の空気感がいま、とても懐かしいです。
ペリドット 2011/12/25(Sun)09:20:36 編集
♠ 少し古い本ですが
1996年発行の「反人権雑誌の読み方」という本が図書館にあったので借りました。週刊新潮に対する批判です。
まだじっくり読んでいませんが。
ざっと見ただけで週刊新潮の体質は、昔からこうだったんだと判ります。
目に付いた文をいくつかピックアップすると

「都合のいい数人のコメントの中から、もっとも都合がよくて刺激性の強い言葉だけを恣意的に選んで羅列」

「はじめにタイトルありき。予め描かれたコンテクストに合わせて、都合が悪ければ人の誠意と貴重な時間のかかった真実の証言は捨てる」

「水晶の夜は、ヒトラー親衛隊が市民にユダヤ人を人でなしとする集団ヒステリーをしかけ、第二次大戦への道を開く前夜祭だった。週刊誌編集者は今自分たちのやっていることの意味が判っているのだろうか」

松本サリン事件の犯人とされた河野氏への謝罪文はたったの140文字。ツイッターか!
それもとても真摯とは程遠い「犯人じゃなかったから謝るけど、あんたも変人だったから」と言わんばかり。

ターゲットが女性・若者など無力なものだといっそう牙を剥く。

今の雅子妃バッシング記事そのままではありませんか。そんな記事をアンチは鬼の首を取ったようにソースにして、一緒に血祭りに上げて騒ぐ。


少しはメディアリテラシーを身につけたはずの現代人が、繰り返しのバッシングに洗脳され、雅子妃はわがままな仮病、秋篠家こそ天皇にふさわしいを信じ込んでいます。
読者にもっと見識があれば、不買に徹して廃刊に追い込むべきでした。

我々の中に、あまりに優れた者に対する嫉妬、下に引きずり落として安心したい、という卑しい気持ちがあります。そんな気持ちが新潮を買わせ、存続させた。
我々も加害者なのかもしれません。
ヲチャー 2011/12/25(Sun)14:25:23 編集
♠ FRIDAYを読んで 「千代田こそ人のせいにするな!」
あれだけ 「見舞いに来ない」 と殴っておきながら 「敬宮殿下から、うつされた」 なんていうトンデモ記事が出た。
そもそも入院騒動になった時 「天皇は、被 災 地 を 訪 問 し て 疲 労 が 蓄 積 し た か ら 体調が崩れた」 と発表したじゃないか!
しかも天皇は、美智子皇后の誕生祝賀会を体調不良だか発熱だかで欠席してたのに、何やってたんだ?
金澤医務主管。あんたが天皇の体調管理を放置してたから、天皇は入院する羽目になったんじゃないの?
それをよくまぁ人のせいにできるもんだわよ。
金澤医務主管も香山リカと同じですよ。医師免許を返上しろ!



でもさ 「人のせいにするな」 ってのは誰かさんにも言えるわね。
平成19年12月20日
私の意図と全く違ったような解釈が行われるとなると,
この度の質問にこれ以上お答えしても,
また私の意図と違ったように解釈される心配を払拭(ふっしょく)することができません。
したがってこの質問へのこれ以上の答えは控えたく思います。

これこそ 「自分は悪くない」 「他人のせいにする」 「質問すべて排除しようとしていると取れる」 って感じなんですけどね~ぇ。
こーゆーのを何て言ったっけ? 
ディスチミア症候群?
うんにゃ、違うやろ。
ワガママ とか 逆切れ って言うんじゃないかしらね~ぇ。



そういえば美智子皇后って平成5年に
「どのような批判も、自分を省みるよすがとして耳を傾けねばと思います」
なんて殊勝なこと言ったんだね。
でも今じゃ宮内庁HPに反論コーナーを創設してフル活動させて、自分が気にいらない報道については速効で ネチネチ & グダグダ 反論するんだよね。
一番 アホくさ… と思ったのが 「アタクシ、陛下をお父さんなんて呼んでないわよ!」 なんて、ど~でもいい記事に反論したヤツね。
あの記事って 「陛下を お父さん と呼ぶなど、けしからん!」 なんて批判一辺倒だったっけ?
批判ですらないものにまで反論するなんざマジで みみっちい老婆 だわ。
あの記事をタイトルで見た時、少なくともウチでは
「家庭的でいいじゃん」
「庶民だって外での呼び方とウチでの呼び方を変えるもんなぁ。初対面の人間ばかりいる場所で 『おかあちゃん♪』 とは呼ばんぞ。ワハハハ!」
だった。
でも、美智子さんにしてみれば (アテクシが庶民と同じじゃイメージダウンになるザマス!) とでも思ったのかもしれんね。



FRIDAYは秋篠夫婦をヨイショしてるけど、昭和時代は 「礼宮&その渦中の女」 と嘲笑ってたのにね(あれ? FRIDAYじゃなかったっけ? まぁいいや。あちこちで言われてたのは事実だもんね)
袖の下に何か入れられたのかしらね~ぇ? 「所轄署の警官が記者の年収まで聞く」 ってのが気になるぜ。
でも 「ブータン王妃の横には紀子さん」 なんてヨイショ写真を出してるけど、その写真どう見ても 「横じゃなくて後ろ」 ですから! しかも顔を見合わせてすらいない。紀子さん、いつものように横目にしてるだけじゃん(嘲笑)
それに、ブータン国王ご夫妻が秋篠夫婦と仲良く談笑してる写真も無ければ、同い年の眞子さんがブータン王妃と談笑してる写真すら無し (嘲笑)
眞子さんはICUの学生さんなんだから英語ぐらいペラペラでしょうに、何故そーゆー写真が出ないのかしらね~ぇ? 
未成年の時に酒かっくらって赤ら顔してピース写真してる眞子さんという 「爽やかな学生生活を送っている」 というのが分かる写真が大々的に発表されてるのに、不思議ですこと(大嘲笑)
そういえば! そんな眞子さんの隣には同じように赤ら顔した変顔の男子学生がいて、その男子学生は 「働きたくないでござる」 って絵馬に書いたんだよね。
女性宮家法案がOKになれば我々日本国民は、その男子学生を皇族として迎えるようになるのかも!? 「冗談はやめて下されでござる」だわ。



斜めに見ようが横から見ようが、どう見たってマスゴミが正常ではなく異常な偏向報道してるのは明らかで、東宮医師団が強く出たのは当然。
ところがマスゴミどもは痛いところを突かれたらしく、ギャーギャー言い訳しながら更に雅子妃殿下バッシングをする。
これほど各社一斉横並びってのは、まさしく大本営陣営発表ぐらい異常で不気味だわね。
平成は第2次大戦中よりも、いえ、もしかしたら北朝鮮よりも報道規制が厳しい御代のようです。
そして、美智子さんのケープを持つ天皇の写真を見て 「やっぱ平成って美智子女帝の御代だわ」 とも思ったでござる。
ガーネット 2011/12/25(Sun)15:52:21 編集
♠ 匿名希望さま
外務省の奥氏のお話。
匿名希望さまに続き、一言。

私は、外務省で奥氏と大変親しかった省員を存じ上げております。その方、何と言ったかというと、「どちらに対しても、失礼な話だ!」と、大変な怒り方でした。雌鯰のような尻軽と、同レベルの話をするな、と。墓前で謝れ、とさえ言われた。妃殿下にしてみれば、かつての同僚が、命をかけて職責を果たし、落命した、ということは、本当にショックであられただろう、その思いは、他の、外務省員が一様に抱いている思いと同じだ。ただそれだけだ、と。

失礼極まりない話です。
お邪魔します 2011/12/25(Sun)16:24:11 編集
♠ あの日
今TBSで3月11日起こったことは時系列で今と同じ時刻に何があったかを視聴者からの映像で伝えてるんだけど、天皇の文書での「避難訓練、津波訓練」云々のなんと軽率な、底の浅い発言だろうかと思いました。
あとからだったら何とでも言えるでしょ。
「知ったかぶり」、「小賢しい」、「後出しじゃんけん」、「お前が言うな」(笑)、こんな言葉が頭を過ぎりました。
この人は余計な事言いすぎです。
ホントに人の神経逆撫でするよなぁ~って思いました(怒)。
ななお 2011/12/25(Sun)16:46:19 編集
♠ Re:あの日
私もいま見ています。
同時期には辛すぎて見られませんでした。
今も言葉を失います。時々チャンネルを替えて息をついてます。

改めて今上の言葉、腹が立ちました。
Rosa laevigata 2011/12/25(Sun)17:30:49 編集
♠ 雅子様はこのまま大野先生でいいのでしょうか。治らなくてもいいよということでしょうか。
抗うつ薬神話が崩れ、認知行動療法ブームが訪れようとしています。
http://blogs.yahoo.co.jp/kebichan55/52799864.html
現在、精神医療の薬物療法に対する批判が大きくなってきています。多剤大量処方に代表される、薬の使い方の問題が大きくクローズアップされるようになりました。そして、単なる「使い方」の問題にとどまらず、薬物療法そのものの科学的根拠が揺らぎ始めています。

そこに出てきたのが認知行動療法です。では、認知行動療法とは、薬物療法に対するアンチテーゼとして登場したのでしょうか?

多くの人がそうだと誤解しているようですが、実情は全く違います。以前から生物学的精神医学(≒薬物療法)VS心理療法という対立構造はありましたが、どうやら最近の認知行動療法ブームはそれとは全く異なるようです。

では、認知行動療法とは何者でしょうか。私の評価では、「薬物療法の隠れ蓑」です。認知行動療法の開発者にはその意図がなかったかもしれませんが、少なくとも今の日本でのポジショニングはそうなのです。

日本の精神医療が薬物療法に偏重しているという事実はもはや隠し様がありません。その批判をかわすため、厚生労働省は「薬物療法のみに頼らない」精神医療の体制作りに取り組んでいるとアピールしています。しかし、薬物療法のみに頼らないとは、なぜかイコール認知行動療法なのです。森田療法でも栄養療法でも、除外診断の強化でも環境調整重視でもないのです。

そして、ここがポイントなのですが、認知行動療法は薬物療法に取って代わるものではありません。認知行動療法と薬物療法は必ずセットになって促進されるのです。「本物」の認知行動療法専門家や、開発者にはそのような意図はないかもしれませんが、日本で第一人者とされている精神科医の意図がそうなのです。
http://cgi4.nhk.or.jp/gendai/kiroku/detail.cgi?content_id=2998

この第一人者が認知行動療法についてどのように捉えているのか、面白い情報があります。
http://www.igaku-shoin.co.jp/nwsppr/n2002dir/n2497dir/n2497_01.htm

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村崎 大野先生というと,「認知療法」がすぐ頭に浮かぶのですが,認知療法的なアプローチをしながら薬物療法を行なうことはありますか。
大野 それは意識してやっています。例えば最初に薬を出す時に,薬に対する認知というのがありますね。かなりの人は飲みたくはない。薬に頼らないといけなくなって情けないとか,副作用が怖いということがあります。
そこで少し薬について説明し,「最初から怖がっているというところに,あなたの心理的な問題があるのではないか」と話して,「そういうところで少し考え方を変えてみたらどうだろう」と話すことはよくありますね。

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つまりは、認知行動療法は薬物療法と対立するものでも、取って代わるものでもなく、むしろ促進するものとして利用されているのです。

この精神科医は、とある方の主治医であるため、恐らく現役では日本で一番有名な精神科医ではないでしょうか。しかも、今年4月から国立精神保健衛生医療研究センターの認知行動療法センター長に就任しています。今年度の予算は1億円もついているそうです。

そういえば、ある専門家が「認知行動療法で7年もおやりになっている方がいるようだけど、少しもよくなっていない」と発言したことが週刊文春の記事になっていました。まあ、国民の誰もがうすうす気付いていることを代弁してくれた形になりますね。

薬物療法は効果もエビデンスも乏しく、危険性だけがやたらと高いという認識の下、薬物療法をやる前に認知行動療法が施されるというのであれば、まだ意味があるかもしれません。しかし、現状ではそういうわけではなく、単なる客寄せパンダ的に形だけ導入する精神科医も出てくるでしょう。かつて大学が心理・心のケアブームに乗っかって心理学部を乱立させ、使い物にならない人材を過剰供給したようなことが再び起きるかもしれません。

鋭い精神科医は、認知行動療法のDisease Mongering的側面にも気付いています。
http://kitasatomiyaoka.web.fc2.com/201111cbtdiseasem.pdf

宣伝や普及の背景にある、「意図」「利権構造」を理解しましょう。

※余談ですが、上記リンク先にある大物精神科医の対談は非常に興味深いです。2002年といううつ病ブーム真っ盛りに精神科医がどのようにSSRIを捉えていたのか、うつ病ブームをどのように捉えていたのかわかります。CYPの概念や薬物相互作用の問題も、第一人者は当然のように理解していたこともわかります。

雅子様はお気の毒に思います。
でもお出ましになったときの笑顔を拝見すると、
雅子様主治医の提唱する認知行動療法ブームに騙されないように 2011/12/25(Sun)17:58:12 編集
♥ Re:雅子様はこのまま大野先生でいいのでしょうか。治らなくてもいいよということでしょうか。
雅子妃殿下の治療については、精神科医という肩書きで週刊誌にあれこれ書いている人たちを嫌悪していますし、彼らは言うべきではないと思います。
ましてや、我々は素人です。
自分の経験から思うこと、自分の考えを書くことはかまわないと思いますが、それは大部分は自分のことだけのこととして語るべきで、雅子妃殿下にかこつけて、ネットに転がっている検証不可能な記事に書かれていることを、事実であると誤認させるようにして、他人に押し付けたり、無駄に煽ったりすることは慎むべきだと、私は思います。
1/3管理人  【2011/12/26 00:56】
♠ Re:あの日
なんていうのかな、あの夫婦はいちいち余計なことを言うんだよね。
それも、たぶん本人たちとしては、「気のきいたことを言っているつもり」なのが腹立たしい。

我が家的には福島出身なので、東電に感謝した発言がもうダメ。
現地で奮闘した現業作業員のことを指しているんだろうけど、褒めの述語の文章に出す組織名ではないでしょう。

わかめ 2011/12/25(Sun)18:02:38 編集
♠ 今上の発言
被災者の心をハナッから考えていない薄っぺらい方だとずっと怒っています。


被災地を巡れば「疲れた」と言い、おそらくウキウキと地図にピンをさす。
具合が悪くなれば、半年前の被災地巡りで疲れたと言い、挙句に医者は愛子様からうつった可能性なんぞを言い出す始末。

ついには被災者を非難ですか。

あの地方の人たちは地震と津波の恐怖を身をもって知っています。
私の友人の一人は気仙沼出身で、地震がおきるたび緊張し、怯えていました。
津波を知っているからです。

今回は規模も津波の到着の早さも異常でした。
友人の実家は海から少し離れていたのですが、水は2.7メートルの高さまで来たそうです。
それをよく訓練云々と言えたものです。

バカなのは知っていましたが、加速度的に知恵がぶっ飛んでいるのでしょうか。


管理人様。
言葉が過ぎたようなら削除してください。
月兎 2011/12/25(Sun)18:12:14 編集
♥ Re:今上の発言
>被災者の心をハナッから考えていない薄っぺらい方だとずっと怒っています。
>

>管理人様。
>言葉が過ぎたようなら削除してください。

いや、もうちょっと私も過ぎさせますがw

陛下のお言葉の中でやっぱり「ちょっとねー」と不愉快になるのは、以下の部分かな。

「私が津波の恐ろしさに接したのは,平成5年「北海道南西沖地震」のお見舞いに皇后と共に奥尻島を訪れたときのことです。島は地震と津波で大きな被害を受けており,200人以上の死者,行方不明者が生じていました。少しの地形の違いでも,津波の高さは場所によりかなり違うこと,自動車で逃げようとした人が渋滞で助からず,歩いて高台に上がった人が助かった等と聞いたことが記憶に残っています。記録には津波の高さは青苗の市街地で10メートルを超えた所があると書かれていますから,もしこの度の被災地域の人が,奥尻島の津波災害の状況を更につまびらかに知っていたならば,一刻も早く避難することにもっと力を注ぎ,より多くの人が助かっていたのではないかと残念に思われてなりません。この度の津波災害においても,避難訓練と津波教育が十分行われていたところほど被害者が少なかったと聞き,施設面の充実と共に,今後も避難訓練と津波教育が十分に行われ,災害に当たり少しでも多くの人が危険から守られるよう願っています。」

-----------------------------

奥尻島の津波の経験を生かしていれば、と陛下は臆面も無くおっしゃるんだけど、私はこの部分が一番「カチン」ときたなぁ。
奥尻島は142平方キロの中に山が2つもあるんだよね。
584mと369m。
私の友達が被害にあったN市は97,76平方km、とにかく海岸線からずうっと内陸に向かってぺったんこなんだよ。
N市に続く隣の仙台市W区の知人は(この人も海岸近くのぺったんこの住宅地に住んでいたんだけど)、地震が来て15分くらいは危なくて動けなかったと言ってた。
少し揺れが収まったので、自分のまわりの被害状況を見て、ガラスやら何やらを片付けようとしていたら、津波だ、逃げろって声が聞こえて、車に飛び乗って、津波とカーチェイスだったと言ってた。
とにかく道が海岸線沿いしかなくて、高台なんてはーるか向こうなんだそうな。
地形が全然違うんだよね。

あのへんは大きな地震って何度もあって、津波も来たことあるけど今回みたいなすごいのは、あの辺りの人には初めてだったんだよね。
津波とカーチェイスした子も若い子で、そもそもW区ってのは平成元年に出来て、仙台市のベッドタウンというか、新興住宅地なんだよね。
なんか大津波を予測して作った10メートルの防潮堤を超えてきたっていうんでしょ。

被災者はみな、別にのほほんとしてたわけでもなく、最初の津波が20分後だっけ、来たんでしょ。
だいたい地震って、揺れはいつおさまるかわからないし、奥尻島の経験がいかされなかったとか、避難訓練云々で片付けられたら、亡くなった人も浮かばれないと思うな。
そもそも、そういう防災は行政の責任でしょ。
被災者に避難訓練をしなかった責任があるかのような言い方はどうなんかな。

それぞれの地域で避難の仕方も違ってくるだろうしねぇ。
地震と同時に電気がいかれて、情報も入らないんでは、判断に迷うよね。
揺れてる最中に逃げようとして、かえって危険な場合もあるしさ。

今回の津波と同規模のものが何百年か前押し寄せたことが地層でわかった、とかってテレビでやってたことがあるけど、じゃぁ、今まで地震の研究していた人はいったい何やってたんだ、ってことにもなるし。

まぁ、自分でも一応「科学者」と思っているみたいだから、「ボクの着眼点はちょっと違うよ」というところなんだろうけど、モヤモヤ来る文章だわよね。
1/3管理人  【2011/12/25 23:25】
♠ 歴史は繰り返す
今回の大震災は、千年に一度のものと言われていますが。
千年程前、日本全国あちこちで大規模な地震が連続して起こったことが検証されています。
また、これ程大きな活断層の動きが起きた以上、反動が生じる可能性も高いようです。
簡単に言えば、「日本のどこで、いつ大地震が起きてもおかしくない」状況だということ。

東北の大震災は、東北から関東にかけて、活断層のズレが連動して起こったことにより、巨大津波が発生しました。
地震学の中では、これ程長距離に亘り、活断層が動く、連動するとは思わない学者が多かったようです。
現在、大震災の教訓から西日本の太平洋沿岸の4箇所の活断層が連動する4連動もありかもしれないという見方が出てきました。
国は、全国の津波対策・防災対策の見直しを始めていますが、財源も乏しいし、何より災害の規模をどの程度と想定し、どういった対策を取るのか、計画の骨組みが決まっていないようですから充分な対応は期待できないでしょう。
自治体・地域そして、個人がそれぞれ自分達の身を守る為の方策を考えていく必要があると思います。
私の住む地域では、公立の小中学校が避難訓練や引取り訓練を定期的に行っていたにも拘らず、震災時に問題が起こりました。
現在、見直しが進められています。
地震も関東大震災や阪神・淡路のような直下型では建物に大きな被害が。
東北のような海底の地震では、建物の被害が少ない代わりに、津波による被害が大きいようです。
どんな地震がいつどこで起こるか判らない。
地震に対する備えが大事、これまでの被害を教訓とする事を誰かが口を酸っぱくしてでも言う必要があるのではないですか。
グラス 2011/12/25(Sun)18:58:00 編集
♠ 鬼になれ
その番組の中で

逃げるも? も? 鬼になれ と

逃げる最中に背後でだれかが波に飲まれても
後ろを振り向くな、助けようと戻るな
誰かが生き残らなければ村は再建できない
鬼になって逃げろ…と

管理人さまのお友達は鬼になれずに、我が子を助けに戻った。
自分が助かっても、残りの人生は地獄だったろう。

この苦悩の前に
小賢しいことを語るな
ただこうべを垂れろ
後で文句を言うなら、出歩くな
Rosa laevigata 2011/12/25(Sun)19:01:25 編集
♠ なんのための直後の被災地訪問だったのか 共感もできずに
年末の喪中ハガキで、友人のお母様が今回の地震で亡くなったと言う事を知りました。
今も頭が真っ白な状態で、心の整理がつけられないとのことでした。

3.11の午後3時過ぎの様子は、遠くでテレビ映像を見ていただけの人間にとっても、「なんで津波がこんなに早く?」「なんで波が川をどんどん遡上しているの?、なんで家を飲み込んでいるの?」「なぜこのヘリコプターはこんな凄い状況を撮影しているの?、危険地帯と思われる場所に急行していたの?、偶然だとしたら、もしかしてあちこちが同じような状態とか・・・・!」、そのまま、頭の一部がフリーズしてしまっている。

現地ではどんな恐ろしい状況があり、そこにいた人の心はどんなにか傷ついていることか。
まさに底知れない、言葉に尽くせない不条理なのではないでしょうか。
そして運良く家族が皆生き残った人であっても、職場が流され、これからの生活のめどが付かない長い苦悩が続いているでしょう。

管理人様のこのご意見、すごくわかります。

>避難訓練は大事だけど、なんかあの被災地を見た時の衝撃というか、
>「みんな波が持ってっちゃった」という空虚感というか、思い出すと、
>天皇皇后はどんなふうに感じたんだろう、避難訓練をしっかりやれ、と言う前に、
>それをちょっと聞きたかったね。

両陛下の地震直後の被災地入りは、破壊力の凄まじさの不条理や、人々の哀しみを肌で感じて、深く共感し、悼む心を持つためだったんじゃないのでしょうか?

もしかして、自分達の「日本地図ピンコレクション」に、特別なピンを打つためだったとか? コレクターが、めったにいない蝶を捕まえることに懸命になるみたいに?

両陛下は、奥さんの方の誕生日の被災地への思いも酷かったけど、旦那の方の誕生日の被災地への思いも負けずに酷いよね。

このご夫婦にかかると、ウツも自己責任、被災も自己責任なのでしょうか。
でも、自分達は、「祭祀の効果は?」とか、「なぜ身内が病んだのか?」とか、責任を問われる状態からは、ダッシュで逃げ出すくせに。
ルビー 2011/12/26(Mon)00:59:40 編集
♠ 共感できないお方なのだと思う
たぶん、天皇陛下は、被災地に行っても、被災された皆様の気持ちを理解できない、そして共感できない方だと思います。

雅子妃殿下が歌会始で詠まれたお歌の内容について、いちゃもんつけられたとどこかで読んだように記憶していたので、
この週末、過去の皇族方のお歌を拝見していました。

今上天皇の御歌って、ほんと感情の発露がないのにはビックリ!
「民のことを思っていますよ」的な「天皇振り」の御歌でもないし、
昭和天皇みたいな率直な詠みぶりの御歌とも違う。
何か、乾いているというか、ただそこにあるものを詠んだだけ、という感じ。

天皇というお立場上、周囲が「民のことを思っておられる」みたく持ち上げてみても、
結局のところ、その人間的本質は昆虫の頭をコンパスの針で・・・の子ども時代から変わっておられないのではないか。
「どこへ行った」
「いくつ行った」
「ピンが何本になった」
「訪問地の数が多ければ多いほど、国民のためになっている」
そういった数的なことでのみ、物事を把握されるタイプのお方なのだと思いました。

雅子妃殿下のお歌は、内親王殿下への愛と細やかな感情が底に流れています。万人が読んで、それを感じることができる。

ちなみに、雅子妃殿下だけが、とりたててお子様のことばかり詠んで、ほかの皇族方から浮いているということは、全くありませんでした。
妃殿下を批判した「宮内庁関係者」なる方、本当に、過去のお歌を読んだのでしょうかね。
お孫様のことを詠んでおられる方など、私的なことを詠まれているお歌はたくさんあります。
第一、紀子さんだって
「皇后陛下の手ずからお育てになったお蚕。うちの悠ちゃんが育てて、すんばらしく美しい繭になったのよん。いずれきっとこの繭みたく美しい悠ちゃんの御世になることでしょうよ」って、ご自分のお子様について詠まれてるわけだし。

ホント、「あることないこと」どころか「ないこと」ばかり記事にする週刊誌の記者って、人間の皮をかぶった鬼なんでしょうか?
武庫 2011/12/26(Mon)12:39:42 編集
♠ 雅子様の歌会始の歌について
週刊朝日の12/30号ですね。
離婚云々はひどいと思いましたが、以下の箇所は私もずっと気になっていたことで、頭から否定する気にはなりませんでした。

武庫さんの投稿ではおわかりにならない方もいらっしゃる方もいると思いますので、正確な文章を引用します。

【毎年1月に、天皇陛下や皇族方が和歌を披講される歌会始の儀がありますが、他の皇族方が世の情勢や平和など公的な内容を詠むなかで、雅子さまは00年から09年まで一貫して、皇太子さまや愛子さまなどご家族のことを詠み続けた。お側の人間が皇太子さまにやんわりとご注意申し上げたが、皇太子さまは雅子さまにお伝えにならなかったようです。】



紅し 2011/12/26(Mon)13:56:22 編集
♠ 天皇皇后はこのまま金澤医務主管でいいのでしょうか。
宮内庁に  金澤医務主管  という有名な糞ヤブ医者がいるんだけど、天皇皇后はこのまま金澤先生の患者でいいのかしらん。

この金澤医務主管ってのは、
皇后の出血しまくり病状について「新聞の下の方にあるのを読んでストレスになる」なんて喋って、皇后ではあるけれど患者の性格が伺い知れるような事を会見で平気で公表しちゃうオッサン。
さらには、
天皇が入院したのは被災地訪問による疲労蓄積だと発表したのに、入院原因を敬宮殿下にすり替えようとする低能だけじゃなく無責任野郎。



この金澤医務主管ってのは、素人から見ても、役立たずで卑怯な医者だというのが分かりま~す。
ガーネット 2011/12/26(Mon)14:15:43 編集
♠ 避難訓練の大切さ
それは命あった方々だから語れることですよ。

日頃の備えが大切なことは当たり前ですが、そのことを亡くなった人の葬式で語るかどうかの問題なんですよね。

あれだけ多くの方が亡くなって、自分もその現場を見た上での発言ですから、葬儀で「奥尻島のことを知っていれば」って説教垂れたも同然です。
さすが、自分が病気にしたお嫁さんに向かって「すみやかな回復を」と言う人は違いますね。
ピンクトルマリン 2011/12/26(Mon)16:25:41 編集
♠ Re : 雅子様の歌会始の歌について
なんで 「家族のこと」 を詠み続けると注意されるんだろう?
家族崩壊が叫ばれている昨今、暖かい家庭を伺える歌って良いと思うけどなぁ。
今上天皇が結婚する前に「暖かい家庭を持つまでは死ねないんだよおぉぉ~!」って言ったのは超有名エピじゃんね~ぇ?
皇太子殿下や敬宮殿下のことを詠むのが気に入らない 「お側に人間」 って誰だろう?

紅し様は 「お側の人間」 ってのは、どんな人だと思いますか?

でもさ、内容についてイチャモン言うなら、美智子さんに抵抗して何十年近く、ず~~~っと詠まない寛仁殿下に 「いい加減に詠んだら?」 と厳重注意すりゃいいのにね。
皇太子殿下に物申せるなら、皇太子殿下よりも格下の寛仁殿下にならキツく注意できるっしょ。
ガーネット 2011/12/26(Mon)16:29:05 編集
♠ 英女王のクリスマス演説では
全文を拝読していませんが、女王は
「「災害や逆境の中でこそ家族や友情の強さを見いだすことができた」と述べられたそうです。
共同通信はこの発言を、「家族や社会の絆の大切さを訴えた」ものと解釈してますね。
家族、友情・・・公とか私とかの区別なく、人間として大事なものですよね・・・

しかし、皇族の方々の発言は慎重なほうがいいわけですよね。公なことにヘタに言及すれば「政治的発言」と受け取られかねない。雅子さまがお歌に家族・愛娘の成長を選んでらっしゃるのはその観点からして賢明だと思うのですが・・・
もちろん、そんなことを自分のところで止めておく皇太子様もさすが^^
綾川 2011/12/26(Mon)17:12:14 編集
♠ Re : 雅子様の歌会始の歌について
私は雅子さまの歌は大好きです。
分かりやすい言葉で心に響くからです。
見て子さまは高尚な雰囲気を感じさす歌のように思います。
勉強してこなかったキコちゃんは難しい言葉を使うが意味不明で面白くない歌です。

ご病気で表に出て多られない雅子さまに何を言うか!と思います。

あっちこっち訪問して虫ピンで刺されているご当地の方がはどう思っているのでしょうね。
言葉は慈愛でも心がこもっていないあの人たち、あぁ、昭和が懐かしいです。
昭和の面影を感じるのは東宮ご夫妻、敬宮様です。
数で勝負!!のあの一家昭和、平成の香りすらない。
何処の馬の骨かと私は思います。
花催い 2011/12/26(Mon)17:34:08 編集
♠ re:雅子様の歌会始の歌について
「皇族は公的なことを詠むべきだ」って、いっちょ噛み好きの平成皇室の和歌バージョンのように、私には思えます。

私は雅子妃の「知恵遅き子の瞳輝く」という歌が好きですが(それぞれの命の輝きがあるということに素直に心を揺さぶられた、雅子さまの思いが伝わってくるように思えて)
何でも叩きネタにしたがる根性悪の為にする揶揄は論外としても
当事者の方も、もしかしたらもう少し複雑な受け止め方をされる場合もあることだろうかと思ったりもします。
私の感動もまた当事者じゃないからという部分があるのかもしれない。

まことに、かくも他者に(特に自分から遠く離れた人に)心を寄り添わせることは難しい。

そんな風に思うと、なんで他の人のこと、世の中のことを歌うことが高尚なこと、高貴なことになり、
身近な人との触れあいのなかに怖れ祈ることばを紡いだらダメだというのだろう。不思議に思えます。

手を握って頑張って下さい、祈っています、愛していますと語りかける行為に、どこか傲慢さや偽善が潜んでしまってはいまいか、本当にその人に寄り添えているのか、
そう感じてためらってしまう感性も、また至極まっとうに思えるのですが。


皆さんを抱きしめたいが、それは出来ないことなので
隣にいる妻を抱きしめます。

雅子妃のお歌もそうやって、身近な家族と過ごす大事な時間を抱きしめながら、周りの人を抱きしめているだけだろうと思うのに。

まあね、「こふのとり笑み栄え来る」あれって、公的なことを歌ったことになるのかな。
ああいうことを恥ずかしげもなく歌う感性が大事だというのなら、何を言っても仕方ないのですが。

皇太子様が黙っておられたのも当たり前だと思う。


幼子の笑みがひとつひとつ伝わっていく姿や
家族が寄り添って紅葉のなかを歩む姿を有り難くうつくしいものとして心に抱きしめる

そうしたお歌のなかからも、隣の人を抱きしめることで、みんなを抱きしめようとする、雅子妃のやさしさや暖かさが伝わってくるように思うのですが。

こういう歌い方が良い、そっちの方が高尚、みたいに杓子定規に言うのは、何だか心がかえって冷たいように思えます。
回数だけを求めるスタンプこうむに近い感性を感じてしまいます。

(紅し様がそうだ、というつもりで書いているのではありません。きつい書き方のように読めてしまったらごめんなさい。
きっと紅し様も雅子様のことをとても心配され、こういうことで叩かれないように、というおつもりなのでしょう、と勝手ながら推察しています。
ただ、上記のような理由で、雅子様のお歌、私は好きです。
身近な人との触れあいの歌からも、雅子様の暖かさや繊細な優しさが伝わってくるように思うからです。)
ペリドット 2011/12/26(Mon)17:34:11 編集
♠  Re雅子様の歌会始の歌について
紅し様 はじめまして

雅子様がご家族の事ばかりを詠まれるという批判は度々されていますが、批判したいがための批判と受け止めています。
そもそも、この二年は御家族のことではなく、移ろいゆく景色に御自身のお気持ちの揺れを読み込まれた抒情的な御歌と感じています。


新年初めの歌会ですから、美しい景色や、家族であれ社会であれ温かみのあるものや、他者の幸せを願うような歌なら良いのではないかと思います。

そういった観点から
雅子様が流産の処置をとられお子様を授かれなかった一番キツイ時に、誰ぞが詠んだ「我が子と本を読む時間の幸せ」などという当てつけがましい歌より、
「笑み栄えくる」と高らかに詠って(宣言)おいて典範改正ぶち壊し懐妊をされる方より、
例え病気のために視野が乏しくなっておられようとも、御家族の温かみを詠われている歌や御人格の方を、私は人として尊敬できます。


確かに、これ程にバッシング記事が多いと戸惑われることも多いと思います。
こちらは強烈に皇太子ご一家を応援する人が集っているので、議論が白熱することも多いですが、皇太子ご一家を応援し、温かい皇室を取り戻して頂きたいという願いでは一致しています。
そういった仲間である事を踏まえて、色々な事を考える契機になるなら、多少の意見の齟齬は大いに結構なんだと思います。
管理人様は太っ腹なので許して下さいますし、オカシナ方向へ流れそうになると博覧強記をもってして修正してくださいます。
ですから皇太子ご一家を応援する中で報道などを通して感じておられる疑問などお示し下さいませ。それらを話し合う過程で疑問が解決し、更に御一緒に皇太子ご一家を応援していかれる御仲間になれたら嬉しいです。
三輪 2011/12/26(Mon)19:13:02 編集
♠ 無題
あの地域の消防訓練、大変に大規模、自治体が最も力を注ぐことの1つです。その念頭には、津波への対策が第一に挙がっております。馬鹿な明仁は解らないだろうけれど、賢明かつ思慮深い地元の人々は、明治、それ以前の時代から被っている津波の被害をよくかえりみ、慎重に対策を講じている。

その想定をはるかに超える津波の襲来だったのですよ。

なんという発言。
くたばってしまえ。

あの、日本地図のピン刺し。ぞっとしましたよ。

ダーツの旅も、本当にしていたのですね。

こいつらの被災地訪問って、いったい、何だったのですか。怒りのあまり、言葉が見つからない。
呉竹 2011/12/27(Tue)02:32:42 編集
♠ Re:雅子様の歌会始の歌について
歌詠み?の端くれとして、雅子妃の歌、病気で外出もままならず我が子の成長だけを支えに生きていたら、それを詠むしかないし、その状況でよく詠まれていると思います。もうくしゃみをしても息をしても叩く。

だれかが万葉振りの歌だと評していましたが、素朴で平明で、明らかに雅子妃自身が詠んだ歌。

美智子さまも才能はある方だと思います。いくつかの歌は好きです。「どう? 上手いでしょ?」という感じはするけど。

今上のは、歌詠みの家元みたいなものなのに、記憶に残ったものは一つも有りません。心に何も響かない。

あちらの方ねえ、こふのとりを夫婦で詠んだ嫌らしさ、その後の行動、嫌悪以外の何物でもありません。

鵜飼いの歌はいつものパクリだし、突然難しい古語が入るのも、指導者が手を入れたなと丸判り。恥の概念のない人だなあと思います。文化祭に雪兎のパクリを平気で出す神経の持ち主ですから。


百人一首の全パロディ化を目指したものの、読むほどにつくづく下らない歌が多いなあと思います。
その作者たちが万葉集を「田舎もんの垢抜けない歌」と嗤っているような。

おおあほのみこ 2011/12/27(Tue)09:36:17 編集
♠ 平成8年の雅子様のお歌について
過去の記事にレスをつけて申し訳ありません。


ペリドット様が示された雅子様のお歌、平成8年の歌会始で詠まれたものですね。
以前、このお歌に対し悪意的な見方をして非難する人がいることを知り、皇族方が障碍をお持ちの方について取り上げたお歌にはどのようなものがあったのか確認してみたことがあります。

皇族の皆様がご活動の一環として福祉施設を訪問される機会はたびたびありますが、意外にも、歌会始でその際のお気持ちや印象について詠まれることは少ないようです。
宮内庁のHPで確認できる昭和22年から63回分の歌会始のお歌を見てみましたが、昭和と平成を合わせて数えてみても、10首に届きません。
歌集を編まれるほど堪能な皇后陛下でさえ、歌会始で障碍者福祉施設訪問について触れたことはないようですし、やはり題材として難しいものなのだろうと思います。

平成では、雅子様(平成8)と常陸宮様(平成16)の2首があげられます。

  平成16年お題「幸」
  正仁親王殿下
  手足のわざままならぬ子ら見まもりて幸おほかれとわが祈るなり

  平成8年お題「苗」
  皇太子妃殿下
  もろ手もちてひたすら花の苗植うる知恵おそき子らまなこかがやく

また昭和の歌会始にも目を向けると、次のようなお歌が残されています。

  昭和63年お題「車」
  皇太子殿下
  炬火を立て車椅子にて走りゆく走者を追ひて拍手わき立つ

  昭和56年お題「音」
  皇太子殿下
  うなりゆく車椅子の音きしる音籠球場は声援に満つ

  昭和48年お題「子ども」
  宣仁親王殿下
  健かに育てと願ふ親にして智慧たらぬ子に思ひ増すらむ

  昭和46年お題「家」
  皇太子殿下
  とりどりの楽器にこめて弾く「家路」鳴り響きたり身障者の家


この他、雍仁親王妃勢津子様・宣仁親王妃喜久子様に「幸うすき子」「幸薄き人」を詠んだ歌もあるのですが(昭和35お題「光」)、障碍者へのメッセージにあたるかどうか判断しかねましたので除きました。
現在の天皇陛下が皇太子でいらした頃にそのまま「身障者」と詠まれた歌があるという例も、障碍を歌ことばに変換する難しさの証明になっている気がします。

歌会始で詠まないからといって、だから障碍者への関心が浅いのだなどと短絡的なことをいうつもりはありません。
これまで明確なメッセージを込めた歌をお詠みになった方は主に男性皇族であったという点を考えてみても、障碍(特に知的障碍)を詠むというのは、ある意味、勇気のいる行為なのではないかと思います。
もし雅子様が用いられた表現を非難するのなら、他方で、皇族が障碍をお持ちの方へ心を寄せる歌を詠むこと自体少なく貴重であるという事実もまた一考に値するのではないでしょうか。

雅子様が「知恵おそき子」のお歌を詠まれたのは平成8年の歌会始でしたが、翌9年の誕生日会見では次のように述べられました。
『現代のいろいろなことが複雑化している社会において、いろいろな意味で難しい状況に置かれている子供たちには心を寄せていきたいと思っております』
ご結婚から数年がたち、ご自身なりの公務への取り組み方を模索される中でのお歌だったのではないかなぁと、今にして考えさせられます。

ただ、障碍者の方について詠まれたお歌の中でも、雅子様のお歌は特別明るいです。
私がいろいろ考えたような「勇気」だとか「自分なりの公務への模索」とか、そういうつまらない想像が恥ずかしくなるほどの温かい愛情にあふれています。
花を植えるお子さん達の様子を心から可愛いと思われて詠まれたのでしょう。
子供という存在に対する雅子様の愛情深さがよくあらわれた一首だと思います。
立花 2011/12/27(Tue)22:33:23 編集
♠ 雅子妃殿下の御歌
雅子妃殿下と実際にお話をさせていただいたことがある者として一言。

あの華々しい学歴、キャリア、はっきりしたご容貌が災いしてか、常にお強くてきりっとしていらっしゃるというイメージが持たれがちです。確かにそうではありますが(少なくともどこぞの雌鯰のように、ニチャにチャくねくねしたところは全くおありでありませんから)。

しかし、雅子妃殿下は実際、本当にお心配りの行き届いた、お優しいお方です。お言葉の一つ一つが思いやりと温かさと愛情に溢れていらっしゃいます。何と申したら伝わりましょうか・・・。実があるのです。瞬時に、相手の心情を読み取られ、その場に、これ以上相応しい言葉はない、といったお言葉で、お声かけを下さるのです。

だから皆、お言葉を頂くと、感激するのです。

御歌も、相手を見るお眼の温かさと愛情を感じます。お目にかかったことがありますと、一層良く解ります。

雅子妃殿下の御歌はどの御歌も、本当に、素晴らしいと思います。お人柄そのものです。

そもそも歌とは、身近なものを題材に、衒うことなく詠むことが大事なのでは。俳句も。

加賀千代女が、俳句の指導を受けた時、うまく作ろうと思った時は褒めて貰えず、力を抜いた時に作った句をとても褒められた、という話をかつて読んだことがあります。うまく作ろうと思うな、身近なものを、素直な目で見て、素直な心情を句にするとよい、と指導された、と。

そうなりますと、見て子さんの歌、私はぞっとしてしまいます。

失礼致しました。
匿名 2011/12/28(Wed)01:45:28 編集
♠ re:平成8年の雅子様のお歌について
立花様

そうです、このお歌です。
チトうろ覚えでの引用、失礼しました。
こうして読み比べてみても、本当に立花様がおっしゃるとおり、雅子様のお歌には、幼子への暖かさが溢れていますね。

私もこのお歌、雅子様という方のお心の暖かさ繊細さが伝わってくるようで、とても心を打たれました。

けれども「知恵遅き子」と歌うことを、偏見だ、傲慢だと叩きまくっているおぞましい輩が多かったのも事実です。
そのなかに、ナリスマシかなとは思いましたが、知的障害を持つ子の母として傷つくと書いている人もいました。

ナリスマシ?と疑いつつも、結局部外者でしかない自分には、本当の気持ちはわからないものだしとも思いました。
他者に心を寄り添わせるのは、かくも難しきこと、なのだろうと思ったのです。

雅子様は、心が温かくて繊細でまじめな方なのだろうと勝手ながら推察しています。

雅子様のお歌は平易な言葉遣いだけれども、こういうひとときを大事にされる方なのだと、そこに目を留めて歌う感性にいつも共感しています。

だから、そんな雅子様が公的なお歌を詠まれるのなら、それはそれで心を打たれるだろうし
身近な一つ一つを積み重ねるお歌でも、また心を打たれるだろうと思います。

大事なのはそこに実があることで
公的か、個人的かの形だけで判定は出来ないと、やはり思ってしまいます。
ペリドット 2011/12/28(Wed)02:18:05 編集
♠ 匿名さま、「ほととぎす」ですね
>加賀千代女が、俳句の指導を受けた時、うまく作ろうと思った時は褒めて貰えず、力を抜いた時に作った句をとても褒められた、という話をかつて読んだことがあります。

博識なここの住人はご存じでしょうが

ほととぎすという題を出されて、千代が徹夜でいくつも句を詠んだ。でもどれも技巧に走り過ぎ、「作ろうとせず、今の心境を言ってごらん」と師に言われ
ほととぎすという題を考えながら徹夜しました、という意味で「ほととぎす ほととぎすとて 明けにけり」と。そこで初めて褒められたという有名なエピですね。

歌を詠む苦労???はよーく判ります。俳句みたいに短い方が逆に難しいです。


雅子妃とお話しされたのですか。羨ましい。と言っても私はそんな機会があったら何をお話しできるか。
遠目には拝見したのですが。写真よりずっと華奢で、周りを包む雰囲気がもう、捏造バッシング記事とは真逆でした。
雪原にスッと立つ1本の木のようでした。周りが泥を投げつけようと、決して汚れることのないような。

美智子さまの歌はかつては好きでしたが、批判を許さない半世紀を経て嫌らしくなってきました。そのご容貌のごとく。
おおあほのみこ 2011/12/28(Wed)09:42:41 編集
♠ おおあほのみこ様
おおあほのみこ様。

はい、そうです。「ほととぎす」です。

でも、いかに「作ろうとせず、今の心境を言ってごらん」でも、あの、「こうのとり」の歌は最悪ですね。卑しい心境丸出しで。

雌鯰って歌下手、と、はじめから思ってました。
国語の授業でも、作ったことあるでしょうが。
和歌もろくに作れなくて、皇室入りしようとしたとは。

ああ、そうか、孕みさえすればよいとしか、思わないか、この雌は。(もはや、女という言葉も使えない。)
匿名 2011/12/28(Wed)12:31:40 編集
♠ 無題
>でも、いかに「作ろうとせず、今の心境を言ってごらん」でも、あの、「こうのとり」の歌は最悪ですね

でも少しは作ってますよ。

多分最初の歌は
 受精卵 選りて孕めば こふいの座 我が家に来たり
笑み押さえられず

とか何とか。ご指導のO先生が「キ、キコさま、これではあまりに露骨すぎます」と、手を入れたのでは。
おおあほのみこ 2011/12/28(Wed)12:48:16 編集
♠ (再)おおあほのみこ様
別のスレに投稿してしまったので、再度投稿です

おおあほのみこ様、万葉振り云々を書き込んだのは多分私です。
初めてこちらに書き込んだとき、ちょうど美智子皇后の和歌の話で盛り上がっておられて、学生時代に教授から聞いた話、
「皇室の和歌の特徴は万葉ぶり(おおらか、率直)。そういう意味では、美智子皇后の和歌はうまいが技巧的。皇室の歌ではない。

というのを書かせていただきました。

その流れで、そういう意味では、雅子妃殿下の和歌は率直でこちらにお気持ちがよく伝わって、万葉ぶりだよね、というお話で盛り上がったのをよく覚えています。

美智子皇后の師匠は、万葉集研究で有名な歌人の弟子なのに、何であんな技巧ぎらぎらになっちゃうんでせうか。師匠の駄目出しが入っても、元に戻して提出してそうな悪寒。
アクアマリン 2011/12/28(Wed)12:57:21 編集
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