Admin / Write / Res
がんばれ東宮職!
[1867]  [1866]  [1827]  [1822]  [1821]  [1818]  [1865]  [1864]  [1863]  [1862]  [1861
 

これは、皇太子妃だった美智子さんに、皇太子の眼前で煙草に火をつけてもらったw「無頼記者」、板垣恭介氏の「明仁さん、美智子さん、皇族やめませんか」の一ページである。
1933年生まれ、早稲田大学政経学部(のち除籍)を経て(この書き方に注意、卒業とは書いてない)、1957年共同通信社入社。
同い年で、このブログで、私に「ろくでなし」呼ばわりされている橋本明がいるが、こちらは、1956年学習院大学政経学部政治学科卒業後、共同通信社に入社している。

細かいことだが、板垣氏がこの「明仁さん、美智子さん、皇族やめませんか」より10年前に出版した「無頼記者」の経歴欄には、「早稲田大学政経学部(のち除籍)」の「のち除籍」の6文字はない。
まぁ、年から行くと、留年してそのままか、授業料を払わないまま卒業してしまったか、学歴だけはちゃんと活用させてもらってますのおっさんのように思えるんだが、1999年に野村佐知代の「コロンビア大学留学」などで、学歴の記載をきちんとする方向になってきたから、大慌てで入れたかな?と言う気がする。

なぜ、こういう細かいことを言うかというと、「いいかげん」さに関係してくると思うからであるし、そういう時代の人だったとも思うし、それが許されない時代になっても、その「いいかげんさ」が「自慢」の人だとも言える、と思っているからである。



日経に「私の履歴書」というのがあるが、ここに書いてるおっさんには、この手の「自慢」を書く人が多い。



オンワード樫山の馬場彰氏は、勤務中マージャンをしてて、会社にばれ、譴責処分された。
ボーナスを大幅に減らされ、係長から主任に降格された。
そのことを「風紀が乱れるのを懸念したのだろう。見せしめの意味もあったと思う」と書いている。

オイオイ、である。
勤務中にマージャンはいけないだろ?
風紀とか見せしめとか少しずれてないか?

「以後、勤務時間中に二度とマージャンはしないと心に誓った」と再びドヤ顔で書く。

このコラムが出た時は、デフレ不景気真っ最中で、どこの会社もリストラして(リストラしすぎて人手不足になったりね)残った少ない人間を管理管理でしめつけて、それでも、営業成績はあがらない状態だった。
社会全体が右肩上がりで、なんだかんだとものが売れて行った自分たちの時代との違いを認識してんのかな?
「わしらの頃はなー」と自慢半分、社員のテンションあげることだけ考えている人?
なんて勘ぐってしまった。

どっちにしても、こんな今の時代にトクトクとしてよく書くなーって思った。
あの時代はああで、今の時代はこうで、というのではなく、今でも「いい」と思ってんだろうな。
なんせ、「抜群の営業成績」「当時の年商70億で、一回のセールで2,3億は売った」「貢献度絶大だった」「ノルマを半月で達成してしまった」だからな。

成績が良ければ、多少のことはいいんだ、いいんだ、イケイケドンドン。



「明仁さん、美智子さん、皇族やめませんか」に戻る。

この本は2005年に書かれている。

「近頃は、雅子皇太子妃の適応障害とか、男系皇統(天皇家の血統)の危機から論じ始められた女帝問題、さらには憲法改定問題ともからんで、なにかと天皇家の周辺は風雲を呼んでいる。

と書かれていることからもわかるように、雅子さまが病まれ、皇太子殿下の人格否定発言があった後に、書かれているのである。

この本の結論は、美智子皇后はお気の毒、こんな非人間性の天皇制はもうやめたらどうだ、である。

それはそれでよろしいと思う、板垣さんの考えだ。

思うけれども、皇后バッシングをしたマスコミに対する宮内庁担当の先輩記者としての批判のページページにはさまれる「成績が良ければ多少のことは許される」ダブルスタンダードに彼は気づいているのかいないのか?

それを順番に見て行きたいと思う。

どうぞよろしくお付き合いくださいませ <(_ _)>
この記事にコメントする
NAME
TITLE
COLOR
MAIL
URL
COMMENT
PASSWORD   Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
♠ 日経「私の履歴書」
どういう訳か、連載した人は数年後にお亡くなりになる方が多い。
死神 2013/07/27(Sat)15:21:52 編集
♥ Re:日経「私の履歴書」
>どういう訳か、連載した人は数年後にお亡くなりになる方が多い。

若き日、女性自身にはインタビュー載せたくらいなんだから、日経に書いてくだされば・・・
ゲホッゲホゲホゲホホホ・・・いかん、吸入・吸入w
1/3管理人  【2013/07/27 16:41】
♠ あんのぉ管理人様ぁ。
管理人様ぁ。
成績よけりゃダブスタ許されるって、
つまり、
跡取り男子ちゃっちゃと生めば、相当のワガママ許されるちうこってっか?
ゴッド西武ザ・クイーン 2013/07/27(Sat)15:35:10 編集
♥ Re:あんのぉ管理人様ぁ。
>管理人様ぁ。
>成績よけりゃダブスタ許されるって、
>つまり、
>跡取り男子ちゃっちゃと生めば、相当のワガママ許されるちうこってっか?

膿家脳ではそのように変換されるようですよw
1/3管理人  【2013/07/27 16:36】
♠ 倫理も常識も無い奴等
こういう奴等を見ていると、「だから日本は負けるんだ。」と思う。
「自分の時はこれで良かったから。」と自分の絶頂期だけを自慢して、世の中が変化していることに全く気付かない。
周囲が変化していることを進言しても、奴等は見向きもせず聞き入れもせず、変化へ対応しようとする人間を徹底的に叩き潰していく。



栄枯盛衰
この言葉を知る者だけが生き残り、頂上に立ち続ける事ができるのではなかろうか

うっしっしっ珈琲 2013/07/27(Sat)16:45:16 編集
♠ 先帝偲び草号外「私の見聞」
私の見聞となると昭和も終盤で、本当に「どうでもいいこと」になります。
侍従の某には、現地妻ならぬ那須妻がいたとか。
御用邸に関わるのも、伯父ではなく従兄です。もちろん御用邸の職員はいますけれど、コサ払いや草刈りは地元の人間のほうが馴れてますから。
でも、熊が出没するほどの原生林状態にならない限り、昭和天皇は「自然のままがよい」と、人の手を入れさせなかったのです。
「もう御用邸の敷地ではない、山奥のような凄い状態になっている」と聞きました。幹線道路から御用邸へとカーブする道も「舗装するな」との仰せで砂利道です。
昭和天皇と香淳皇后は、那須の自然と実に巧く付き合っておられたと思います。
鮎の釣れる夏の始まりから茸の初秋まで、木陰に据えたテーブルに向かい合い、それぞれのことをなさる。茸を顕微鏡で眺める昭和天皇、野の花を押し花にする香淳皇后。
顕微鏡と言えば、まだ3才にもならぬ愛子様が那須の御用邸の庭を走り回り、摘んだ葉っぱを顕微鏡で眺めておられたそうです。
ひいじじ様の顕微鏡でございますか?
那須の御用邸で、今もご静養しておられる気がいたします。
三斗小屋番人 2013/07/27(Sat)18:37:40 編集
♠ Re : 先帝偲び草号外「私の見聞」
三斗小屋番人 様
>まだ3才にもならぬ愛子様が那須の御用邸の庭を走り回り、摘んだ葉っぱを顕微鏡で眺めておられたそうです。

貴重なお話、ありがとうございます!

愛子ちゃんが相撲見学をした時のニュースを見た私は、もちろん家人達も 「昭和天皇そっくり!」 と驚き感動しました。
身を乗り出して取り組みをご覧になる姿、星取り表にメモされる姿 ……… 昭和天皇を彷彿とさせる愛子ちゃんでした。
(その時、両国国技館にいた観客達の、皇太子ご一家への大拍手と大歓声は本当に凄かった!
みんな明るい笑顔でしたよね!)
愛子ちゃんは、昭和天皇だけではなく、香淳皇后にも似てこられて (時々だけど美智子さんにも似てるんですよね) 私は以来、愛子ちゃんではなく 「敬宮殿下」 と呼ばせていただくようになりました。

そして今、三斗小屋番人 様が教えて下さったエピソードを読み、敬宮殿下は本当に昭和天皇そっくりなのだ! と驚いています。
敬宮殿下は、昭和天皇の生まれ変わりなのかもしれませんね。

これからも、そのようなエピソードを教えて下さいね。
お願いします!
ガーネット 2013/07/27(Sat)22:28:07 編集
♠ 3歳の愛子さま
三斗小屋番人様、興味深いお話し有り難うございました。

愛子さま3歳と言えば、2004年12月~2005年11月。
そう、皇太子御一家へのバッシングが特に厳しかった頃です。

愛子さまがお辞儀をしない、笑わない、だから自閉症?って散々マスゴミに叩かれていたころではないでしょうか。
皇太子ご夫妻が深く悩まれて、皇室としては異例なことに、ホームビデオに映る愛子さまが公開されたのもこの頃ではなかったでしょうか。
愛らしいお声で、「うずらちゃんのかくれんぼ」を読みながら「パパも」って微笑まれたころ。

3歳にもならぬうち(2004年の夏、でしょうか)から、御用邸で見つけた葉っぱを顕微鏡で観察する遊びに興じていた愛子さま。
昭和天皇を彷彿とさせるエピソードがありながら、マスゴミは沈黙していた。

もしもこれが悠仁さまのことだったら、愛子さまが男子だったら、「将来は学者天皇」「昭和天皇の再来!!!」って、マスコミは大騒ぎだったのに違いないのに。

男子か女子かの性別だけで、ここまで扱いを変える。
隠蔽しねつ造して、女児は叩き、男児は褒めそやす。

皇室とは何と醜く恐ろしいところなのでしょう。

そして2006年に待望の男の子を作ったのが、平成の皇室なのでした。
ペリドット 2013/07/27(Sat)22:28:24 編集
♠ ねぇねぇ、ペリドット 様!
ペリドット 様!
>もしもこれが悠仁さまのことだったら

マスゴミはそのうち 「悠仁さまは、顕微鏡で植物を観察されていました」 みたいな記事を出すんじゃないかしら!

その記事には、
帽子大好き婆ちゃんとか、
再就職できないのか嘱託扱いなのか分からないけど元職員とか、
言う事がコロコロ変わるホモ疑惑のある評論家とかがノコノコ出てきて
「父方じじ様は研究を極めており、その姿をテ~オ~ガクとしているのではないでしょうか」
なんてコメントを出すかもしれませんわよ!

で、その写真はもちろん海外記者が書いたように 「慎重に演出されたもの」 だから、そりゃもう立派 (に修正されて見事) な写真になるんじゃないかしら!
 
ガーネット 2013/07/27(Sat)22:46:07 編集
♠ 先帝偲び草号外「今上と那須」
最初に…。
コサ払いとは、下枝打ちのことです。
御用邸の森は半分近く、県へ払い下げられました。これで管理が普通になされ熊が出なくなり、住民の安全の為にはよいと思います。ある日、森の中、くまさんに出会った。大震災の時は、被災者受け入れの役割も果たしましたし。
人間とて(もちろんご自身も)自然の一部である。自然に逆らうな、思い上がるな、全身でそう語っておられた先帝が今の皇室の状況をご覧になったら、なんと仰せでしょう。
そして、今上は那須が嫌い。これはいつのお言葉か、地元民の骨身に沁みております。「お父上のようになられませ」と言われすぎて、逆にお父上のお好きなものを遠ざけるようになったのか、いずれにせよ、ご自分を律していただきたいものです。お立場上、好き嫌いはおっしゃらないほうがよろしいと。
那須は、ひと昔前まで本当に何もないところでした。軽井沢のような華やかな避暑地ではなく、今上ご夫妻共々することがなくて、お嫌かもしれません。沈黙に支配されると、いたたまれなくなる夫婦なのかしら。
三斗小屋番人 2013/07/28(Sun)05:20:52 編集
♠ 今上と那須
>今上は那須が嫌い
>那須は、ひと昔前まで本当に何もないところでした。
>軽井沢のような華やかな避暑地ではなく、今上ご夫妻共々することがなくて、お嫌かもしれません。
>沈黙に支配されると、いたたまれなくなる夫婦なのかしら。

夏の軽井沢は華やかです。
日本のハイソ層が避暑に来ます。
生き残った名家もおられますが、新興華族のような成り上がり層も来ます。

若い明仁皇太子と正田美智子さん。
軽井沢のテニスコートで出会いました。
ミニスカートのままで颯爽と自転車に乗る美智子さん……。
若い明仁皇太子には眩しかったことでしょう。

そしてご成婚。

結ばれる事となった思い出の地、軽井沢。
華やかな軽井沢。
昭和の皇太子ご夫妻にとって那須は、さほど面白くないのでしょう。

ご成婚後は、毎夏、軽井沢のホテルを借り上げてお過ごしになり、ホテルには東宮職まで置かれていました。
礼宮さまと紀宮さまは軽井沢の保育園に登園されたほど、昭和の皇太子ご夫妻は軽井沢がお好きです。

昭和が終わり平成となっても、今上と皇后は軽井沢を愛してやみません。
平成の始めごろ、皇后美智子さまは若かりし頃のままミニスカートで天皇とご一緒にテニスに興じられ、両陛下そろって見物客と楽しげにお話されていたのを見ると、本当に軽井沢がお好きなのだというのが分かります。

でもたまには田舎的なものをご覧になりたいのでしょう。
野菜の収穫風景などを見たいと仰り、ずらされた収穫風景をご覧になり、そういうことで田舎嫌いを払拭されようとしているのかもしれない……と言われていました。

軽井沢は良いところですが、那須には絶対に勝てません。
那須は、自然に思いを馳せる地です。
軽井沢は、享楽を優先する地です。
そこに昭和と平成の違いがあるのです。

軽井沢産キャベツ 2013/07/28(Sun)07:32:26 編集
♠ 軽井沢産キャベツ様。
昭和天皇ご自身、寡黙で質実剛健を旨とされていたので、純朴(よい言い方だなぁ)な那須の人と物がお気に召したのかもしれません。
事実、根菜類おいしい。
へたすると必要な口すらきかない、あの辺の人に「今の陛下は那須が嫌いなんだ」と言わせてしまう今上は凄いです。
秋篠宮に至っては、その名が発語された記憶自体、私にはありません。
愛子様の名前が出ると「髪が濃いな」「色が白い」ボソボソ言います。大絶賛です。
昨夏のご静養時、県知事が愛子様に「蛙の合唱がお迎えしてますよ」と申し上げたんです。
愛子様は女児から少女へと成長されているので(もうちょっとマシなこと言えんのか)と、思った。
…無理か。
三斗小屋番人 2013/07/28(Sun)09:54:35 編集
♠ 三斗小屋番人様
私の近くでも「天皇と美智子様は田舎が嫌い。軽井沢が好きなのよ」と言われていました。
那須近辺の共通した認識ですよね。

昭和が終わる時、田舎の婆様方は「もう那須の御用邸に皇族は来ない」と思っていました。

ですから皇太子さまがいらっしゃって本当に喜んでいます。

愛子様が訪れた那須どうぶつ王国には記念にハマナスとゴヨウツツジが植えられました。
「愛子様がいらっしゃったんですよ。それで植えたんです。ハマナスもありますよ」と嬉しそうにキャストが教えてくれました。
茶臼岳 2013/07/28(Sun)10:20:20 編集
♠ 後悔してます。
身内から聞いた話を、
「聞いた年月日」
「内容」
「場所」
詳しくメモしておくべきでした。
まさか、このような機会を与えていただけるとは思いもよらず、昭和は百年くらい続くと錯覚して、うすぼんやり聞いておりました。
だって「嘘だろう」と言われたら、反論すべき証拠はありません。話した伯父は忘れている可能性大です。最近、耳が遠くなって、電話に絶対出ないんです。
そして、東宮ご一家を(私みたいなものが)擁護する日が来るとも、予想だにしておりませんでした…。
三斗小屋番人 2013/07/28(Sun)10:36:16 編集
♠ 茶臼岳様。
うちの田舎の人々も言ってました。平成の初め。「御用邸には、もう誰もこねぐなるな」
那須は、関東に編入されているのが申し訳ないほど、東北チックです。東北では姉相続が珍しくないのです。
息子がいない場合に長女が婿を取るのみならず、男子がいても幼い時は長女が家を継ぎました。私の祖母もそうです。そして、祖母の弟は婿にゆきました。
嫁いびりと婿いじめが対等にあり、米糠三升あったら婿にゆくな、と言われてます。ゆえに第一子は性別に関わらず、大切にされます。
だから、男系男子と騒ぐ人達が「日本人?」私は不思議です。那須に土着している私の身内は、このうえもなく日本人だからです。
三斗小屋番人 2013/07/28(Sun)12:05:30 編集
♠ Unknown

宮内庁に巣食う悪い奴ら

そういう奴らと仲良くできる奴ら

見かけ以上に内部崩壊が始まっているのかもしれない





知々理 2013/07/29(Mon)15:06:57 編集
カレンダー
10 2019/11 12
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
アーカイブ
HN:
1/3管理人
性別:
非公開
職業:
30代~50代の主婦
趣味:
ネット
自己紹介:
某掲示板で知り合って、メールをやりとりするようになった仲良し?人組です。
考え方はそれぞれですが、皇太子様御一家を陰ながら応援したい気持ちは一致しています。
ブログ内検索
バーコード
コメント
[10/16 NONAME]
[10/16 NONAME]
[10/14 NONAME]
[10/10 NONAME]
[10/10 NONAME]
[10/05 brubru]
[10/05 h]
[10/05 h]
[10/04 h]
[10/04 brubru]
[10/03 射手座]
[10/03 射手座]
[10/03 射手座]
[10/03 射手座]
[10/02 射手座]
[10/02 射手座]
[10/02 Oakley]
[10/02 射手座]
[10/01 h]
[10/01 射手座]
[10/01 射手座]
[10/01 射手座]
[10/01 h]
[09/30 NONAME]
[09/30 NONAME]
なう記事
(09/30)
(11/17)
(11/06)
(11/06)
(11/05)
(11/05)
(11/05)
(11/05)
(11/05)
(11/05)
(11/05)
(11/05)
(11/05)
(11/02)
(11/02)
(11/01)
(11/01)
(11/01)
(10/31)
(10/31)
(10/30)
(10/30)
(10/30)
(10/30)
(10/30)
忍者カウンター

Copyright (c)Mrs Oakley Fisher の台所から All Rights Reserved.
Material by *MARIA  Template by tsukika