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がんばれ東宮職!
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デザイナーが記す皇后さまのひととなりは、結構、皇后さまご本人を表していると思う。
そして、皇后さまのお考えが服作りに大きく反映していることがよくわかる。



★皇后さまと一口に申し上げますけれども、私たちの心の中には、日本の国の崇高な美しさを持たれた女性、妻として、お母さまとしてのやさしさと、理知的な明るい国際的な女性というお姿があって、デザインを考える時には、このことを幾度か思い、何度自分に確かめてみたことでしょう。

★初めてお目にかかったのは、1952年の夏、那須の御用邸で、今から33年も前のことで、緊張していた私に、少しでも寛ぎをと思われたのでしょう。ちょうど天皇陛下に、ご進講を申し上げていた弟(松井明)と同じ時間を考えられ、一緒に来るようにご伝言がございました。お目にかかる前から、私は、皇后さまのお心遣い、人への思いやりの深さに不安を少し和らぎ、弟と二人で汽車で那須に向かったのでした。

★布地の見本をお見せしたり、スタイルをご相談したり、私たちの洋服を考える時と変わりなく楽しい一時となりました

★デザインとなると、皇后さま個人の表現ではなく、催しにふさわしく、その場の雰囲気に溶け込みながら、皇后さまが明るく、みなと一緒に浮彫になられるという全体を考えたデザインを望まれるのだと言うことがわかり強く責任を感じるようになりました。
一年後に、エリザベス女王のデザイナー、ノーマン・ハートネル氏とロンドンで話し合った時、意見は全く一致したのでした。

★お仮縫いの時などは、一般の人々よりよほど、じっと立っておられ、こちらが仮縫いしやすいようにお心遣いをして下さり、恐縮するほどでした。

当時は、お肥りになっていらっしゃったので、何とか少しでも細くお見えになるようにと、私の方が夢中になって苦心していると、心を読みとられ、肥っているから、やりにくいのでしょう、と励まして下さったり、もう少し細ければよいのにとおっしゃったり、こちらが恐れ入ることもございました。女官さま方の前で私に恥をかかせないようにとの思いやりのお心の現れとして感謝しております。

★また、お言葉は、常に語尾が柔らかく、絶対に命令的なお声を伺ったことがないのです。

★誰ひとり、堅い言葉で確認することなく、暖かい信用でことが運ばれていったことには教えられることが数々ありました。

★お仮縫い日についても、当時、関西に住んでいた私のことを考えて、決して、何日に来て下さい、と決定的におっしゃらず、お仮縫いの日取りなどに困ったことは一度もなく、自然に日が決まり、万事がこのようにして進んでまいりました。

★国体などでご旅行の時は、先方で手の懸らないようにと考えられたり、こちらで前年と同じお洋服ではと心配申し上げることもある位、贅沢はなさいません。

★お仮縫いの時には、皇后さまのお孫さまのご誕生年が、偶然私の孫と同じで、一人のおばあさまとして、お話が弾んで笑ったこともございました。

★お正月のお年賀をお受けになられる時のお姿で、三笠宮妃殿下のお打掛に、皇后さまがお手持ちの布を贈物とされ、(略)三年間は同じお召し物でお出ましになった事を伺い、その年のお年賀のお姿は、お揃いで舞台のようにまとまった美しさだったと、当時の吉田首相、犬養法相などからもうかがって大変うれしく思いました。

★皇太子さまご成婚の時には、皇后さまのお召し物から美智子さまに贈られるドレスまでみな作らせていただきました。
その時にはまだ豊明殿も完成しておらず、お部屋の面積、お客さまの人数とお立場によって異なるトレーンの長さも加えてご一緒に計算して皇后さまのトレーンの寸法をお決めしたことも記憶に新しく、数々の思い出は、時を経るに従って私の心に深く刻まれております。

人々への心遣いとは、感受性が強く、現在と共に次に来ることを予期して、常に頭を回転させなければならず、温かい気配りと理知的な素早い感性とが必要です。お心遣いがどんなにか天皇陛下のお心の支えとなり、あのきびしい不安な時代をお二人でのりこえて来られたことかと、頭の下がる想いでございます。




★いつまでもお若く、お美しく、みんなの敬愛する皇后さまとして陛下と共に支え合いつつ、ご健康でお幸せにと願うのみでございます。

              ※田中千代=香淳皇后のデザイナー(昭和史の皇后さまより)
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♠ こちらは香淳皇后さまなのですね
時代のせいで、こういう方が悪者にされてしまったことに、心が傷みます。
ペリドット 2013/08/14(Wed)17:12:14 編集
♠ Re.こちらは香淳皇后さまなのですね
>時代のせいで、こういう方が悪者にされてしまったことに、心が傷みます。

ミテコのせいで、こういう方が悪者にされてしまったことに、心が傷みます。
と読んでしまった。
あわてん坊 2013/08/14(Wed)17:22:40 編集
♠ 真実は真実。
政治体制、流行、圧力。たとえ何であろうと、
「行きは私が見る。帰りは良宮が見る」
この心は削除できません。
那須御用邸への道すがら、昭和の陛下が田代小学校児童のお出迎えをお喜びになるので、村長や県の役人は、校門側だけではなく道の反対側にも奉迎場を用意し、子供を並ばせる案を出しました。
「そのようなことはしなくともよい。子供達の顔を、行きは私が見る。帰りは良宮が…」
無駄な労力を省くお気持ちのみならず、おふたりでひとつのものをご覧になりたかったのでしょう。
戦前、皇后は天皇の仕え人と言われ、一緒の自動車にも乗ってはいけなかったのです。でも、那須御用邸に向かう車。ナイショで同乗されていたそうです。だから、行きは私、帰りは良宮。
香淳皇后の夫運の最高さに嫉妬。
三斗小屋番人 2013/08/14(Wed)18:33:05 編集
♠ 昔読んだ本より
香淳皇后陛下のお話しは、昭和天皇・香淳皇后両陛下におつかえした、ある侍医(医師)の書かれた本で、読んだことがあります。

題名・作者名ともにうろ覚え状態なので、申し訳ありません。

その本を、手放してしまいました。

心の底から、昭和天皇・香淳皇后両陛下におつかえしたかたで、ときの侍従長と治療のしかたで対立したとか。

その本には、香淳皇后陛下の女性として・妻として・母親としてのことが、書かれていました。

信頼する女官との別れ・悪性腫瘍とたたかわれる、姫宮様の治療法についての御下問・那須御用邸内で腰に大怪我をおわれた、香淳皇后陛下の治療法について、ときの侍従長と話し合いがこじれ、昭和天皇・香淳皇后両陛下のもとを、去らなければならなくなったことなど、いろいろ書かれていました。

手放すんじゃなかった(ToT)
大和三山 2013/08/14(Wed)23:46:50 編集
♠ 元皇族女性が逝去・・・・あの竹田坊やのお祖母様
議論の足し、あるいは参考資料としてここに記事のURLを貼っておきますね。

元皇族・竹田光子さん死去。
http://www.jiji.com/jc/c?g=obt

香淳皇后様より一回り年齢が下ですけれど、どんな生涯を送られたか、興味がありますね。
ウィルヘルミナ 2013/08/15(Thu)11:07:00 編集
♥ Re:元皇族女性が逝去・・・・あの竹田坊やのお祖母様
>議論の足し、あるいは参考資料としてここに記事のURLを貼っておきますね。
>
>元皇族・竹田光子さん死去。
>http://www.jiji.com/jc/c?g=obt
>
>香淳皇后様より一回り年齢が下ですけれど、どんな生涯を送られたか、興味がありますね。

有難うございます。
ニュースで聞いて、皇族・華族には無知の家人は「JOC会長」に反応してました。
1/3管理人  【2013/08/15 12:12】
♠ 昨日の生テレビ
昨日夜、BSフジの生番組に竹田のお坊ちゃま、出られたみたいです。

「古事記」について、2時間の生放送。

この時期に、古事記と思ったのですが、御祖母様の密葬を終えられて、出演されていたのですね。


竹田光子様に、心よりおくやみ申し上げます。
(お坊ちゃまは?ですが、御祖母様には関係ないことなので)

大和三山 2013/08/15(Thu)14:39:55 編集
♠ 皇室の藩屏

この竹田光子さんは、三条実美の孫娘なのですね。

ちなみに光子さんの実姉の博子さんは、徳川義寛夫人となっています。

徳川義寛氏というのは、昭和天皇の侍従長だった方で、たしか華子さまの伯父にあたられますよね。

皇室や旧華族の方は、かつては十重二十重に血縁があったようですね。

ウィキペディアから、子孫の人名をたどったり、家系図を見るとよくわかります。

今後は急激にこうした藩屏は消え去ってゆくのでしょう。

しかしこうした名家との幾重にも及ぶ血縁が皇室を支え、特別な存在にしていたことはおそらく否定できません。
このような藩屏をまわりに従え、権威のある皇室だから、当時、民間からの嫁でも、お妃として礼を尽くされ、皇太子妃ともてはやされたのでしょう。

美智子さんは苛められたとばかり喧伝してましたが、実のところ守られた部分も大きかったのでは、とおもいます。ご本人は気付いてないでしょうが…。

そうした藩屏がなくなりつつあることも、現在のマスコミの論調の要因の一つかなと思います。
明らかに皇室が軽く見られてますね。
もちろん、天皇の在り様が一番の要因でしょうけど。昭和天皇と今上との違いが、あまりに大きすぎます。


家格の良し悪しは、時代とともに変化します。
経済力やその時々の社会的地位も重要です。

皇太子妃の雅子さまはとても良い人選だったと思います。
しかし、礼宮、紀宮の結婚相手・・・どうにかならなかったのでしょうか?

皇太子が即位すると、天皇家の親族がショボすぎます。

今の天皇は、兄弟姉妹が、旧皇族、津軽家、池田家、島津家などと縁を持たれて、両陛下の周りを固め、体面を保ってくれたというのに・・・。

今の両陛下は壊しすぎましたね。

皇太子ご夫妻は、人的な財産もなく、丸裸になった天皇家を引き継ぐわけで、本当にお気の毒です。















バースデーフラワー 2013/08/15(Thu)16:24:05 編集
♠ 失われた藩屏のかわりに
失われた藩屏の代わりに皇室を守るものが
「男系男子」
「三大行幸啓を初めとするゴコウム」
「祭祀」
「マスコミからの賛美」
「博士号」
だって、両陛下(+秋篠宮夫妻)は思っておられるのでは?

男系男子って、要は女性否定、人間否定に他ならないこと、男子を産まない皇太子妃イジメ、男子じゃない姫宮イジメの苛烈さで、すっかり露呈しちゃいましたけどね。

ゴコウムの空虚な壮麗さは、上記の植樹祭に象徴的に表れています。

祭祀の歴史的経緯を思えば、これを称揚するきな臭さ、一目瞭然なのにねえ。宗教的権威は怖いです。

報道統制は恐ろしい国の記憶とまっすぐに結び付いている。それに、賛美を求めて煙草の火を付けるんじゃねえ。煙草の火ぐらいでハートズキュンのレベル問題共々、なんともまあ。

そして博士号? 国際基督教大学? お茶のミス女子大附属? 努力の末に正々堂々と勝ち得たものではないなんて、逆に自らの値打ちを下げるだけです。

さもしくなりましたね。 
ペリドット 2013/08/15(Thu)17:00:51 編集
♠ 高松宮藩屏を語る。
「皇族と言うのは国民に護ってもらっているんだから、過剰な警備なんかいらない。堀をめぐらして城壁を構えて、大々的に警護しなければならないような皇室なら、何百年も前に滅んでいるよ」
亡き高松宮殿下のお言葉です。理想論も過ぎるとお思いでしょうか。
こちらのブログで、那須の御用邸に詳しい方の文章に、戦前、地元の子供達がカボチャ作って、一番よい立派なカボチャを昭和天皇に献上しようと大八車引いていった、との話を読ませていただきました。
戦争中の出来事ですよね。いくら田舎でも、食糧事情は余裕なかったはず。黙って食べてしまえば、それまでです。
しかも子供の自発的行動。つまり、日常的に大人の同様の行動を見ている証拠です。
…東宮ご一家のことは、名もなき民草がカボチャ積み上げてお護りするはず。
射手座 2013/08/15(Thu)22:11:44 編集
♠ NHK「緒方貞子」見ていますか?
今、感銘しながら見ています。
ウィルヘルミナ 2013/08/17(Sat)22:14:06 編集
♠ 香淳皇后こそ周囲に配慮されておられた。
>デザインとなると、皇后さま個人の表現ではなく---中途略---みなと一緒に浮彫になられるという全体を考えたデザインを望まれる

この文からだけでも、香淳皇后こそ周囲に配慮されていたのが分かります。
その御身分をひけらかすのではなく、周囲に溶け込みながら、皆と一緒に浮彫になることを望まれるのは、これこそ『国民とともに歩む』というものです。

私も、このようにお優しい香淳皇后が嫁イビリする鬼婆にされてしまったことが本当に残念でなりません。


ミラー 2013/08/19(Mon)15:50:21 編集
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某掲示板で知り合って、メールをやりとりするようになった仲良し?人組です。
考え方はそれぞれですが、皇太子様御一家を陰ながら応援したい気持ちは一致しています。
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