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がんばれ東宮職!
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ウィルヘルミナ様からメールをいただきました。
いつも有難うございます。

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さて、最新号の10・14号「Newsweek」(日本版)の21頁に注目すべき記事が出ています。
英国のキャサリン妃についての記事です。
日本の女性週刊誌とは真逆な記事で、キャサリン妃がフェミニストの攻撃を受けている、という記事です。
「自分の主張が無い。個性が無い」と。
読みようによっては、反逆児のようなプリンセスであって欲しい、とも取れる記事です。
英国も難しいなあ、と改めて思いました。
以上、情報挙げて置きますね。
半ページくらいの記事ですよ。
では。

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美智子皇后は「反逆児のようであってほしい」と誰かに望まれたんでしょうか?

大衆はよくわかるパフォーマンスに熱狂したかもしれませんが、実は皇后個人が(あるいは当時の皇太子共々)「時代とともに変わっていく皇室」をうまく利用した、としか私には思えないのです。
宮中改革といつも美智子皇后がもてはやされる親子同居であれ、乳母制度云々であれ、大正から昭和へと徐々に変化してきていることでもあります。
改革と大上段に構えなくても、その流れはあったわけです。

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もひとつ、ウィルヘルミナ様に教えていただきました。



  雅子様排除の証拠写真。ルク皇太子夫妻と皇太子殿下の3ショット写真。
これ、海外通信社所属の日本人カメラマンに寄るものらしい。
日本のメディアのどこにも挙がっていない写真のようだから・・・・。


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写真こそ出しませんが、今絶賛叩かれ中の朝日が、ルクセンブルク皇太子ご夫妻は東宮御所にてわが皇太子ご夫妻にもお会いになったと書いてます。

以前から「外国からのお客様が東宮御所へご挨拶に行かれるのは両陛下より多い」と内部情報で聞いてましたが、外国は皇室外交に本腰を入れている証のような気がします。

日本のメディアは、なぜだか、天皇皇后、特に皇后をメインにした写真しか載せないみたいですけどねw

内部情報によりますと、今生さんはマダラ✖✖で、お話したりするとちょっとヤバイ時があるそうで、美智子さんが加齢な反射神経でズイと前に出てごまかしているそうです。

ネットに巣食う皇室ブロガーたちは、それにまんまと乗せられてるようで、皇太子さまを叩いていますけどね、ルクセンブルク王太子ご夫妻とご昼餐の後は、今生さんは稲刈り、皇太子さまは 、ノルウェー、ウクライナ赴任大使と東宮御所でご接見。

さて、わが皇太子殿下は両大使からどんな情報をお聞きになりましたでしょうか?

なぜ気になるかって、この絶妙の取り合わせw

ウクライナ問題は、冬を控えて、暖房のためのガス確保が大詰めの時。
ロシアとウクライナ、EUとロシア、天然ガス供給は対立構造の大きなキーポイントでもありますが、そういえば、ナフトハス・ウクライナ社はStatoil社(ノルウェイ)と天然ガス供給に関する契約を結び、10/1からスロヴァキア経由で供給が開始されているそうですね。

ノルウェイからの輸入価格はウクライナ国境渡しで340ドル/1000m3の模様。
スロヴァキアからの輸入価格が330ドルなので、ほぼ同じくらいの価格。EUが提示するガスプロムからの暫定輸入価格は385ドル。

まさかガス代を聞かれるわけではないですが、きっと絶妙な会話があるのでしょう。

だって、皇太子殿下は学習院時代の水運の研究で、兵庫関でぼられるw通行料のことに言及しておられましたからね、案外世情のことには通じておられると思いますよw


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それより、これちょっとおかしくないですか?

 

カーティーシって「おもてなし」?
メール有難うございました。

教えてくださった2chの記事ですが、どうも人権団体の学習会での講演の一部のようですね。

http://blhrri.org/info/koza/koza_0256.htm

はっきり言って、私は人権団体ってのあんまり好きじゃありません。
政府に対しては反対のことしか言わないのはお約束みたいなものですから(共産党や社民党みたいなもんかな)、主張内容についてはどうこう言うつもりはありませんし、こういう方たちの運動が資本主義社会での資本の片寄りを防いできた、あるいは世の不平等を(不満足ではありましょうが)是正してきた歴史も認めます。

しかし、数年前環境倫理を大学で勉強させてもらっていた時、普天間基地の辺野古移設反対運動をしている市民団体に取り込まれそうになり、その手段がめちゃくちゃなのにびっくりして飛び出した経験があるのですが、その時一番嫌な感じがしたのは、どんな言葉でもプロパガンダに利用するということでした。
「人権」というと弱者の味方みたいな感じがしますが、その過程において、必ず一般の聞き手が、その団体あるいはバックの勢力が想定している相手に対して敵対した考えを持つよう印象操作をする、学習させる、そんなことを感じたものですから、趣意は立派でも近づかないようにしています。

で、教えて下さった記事にも、同じような感じを持ちましたし、皇室のエピソードを冒頭に使うことによって、ちょうどマスコミが皇太子家叩きをしているのと同じ構造を感じましたので、洗脳されないようにwちょっと私の考えを書いてみます。

「憲法学者」を名乗っている人に対し、無謀と言うかバカというか、まぁ、台所婆ならではの暴言でありますがw

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さて、講演録の全体はそれぞれに読んでいただくとして、

最初の「教科書に書かれていないこと」をよくよく読んでみたいと思います。

第350回国際人権規約連続学習会
改憲批判
遠藤比呂通さん (弁護士)
教科書に書かれてないこと 
私は憲法学者です。師である芦部信喜先生の授業を学習院大学で聴講した時、教室の真ん中で堂々とおしゃべりをしている、当時学生だった秋篠宮を見たことがあります。学部長から学習態度を注意された彼は、「私は好きでこんなところで勉強しているわけじゃない。」と言ったそうです。兄の皇太子が外務省のキャリア女性と結婚し、皇室外交を担うと報道された時、芦部先生は「彼女が勝手な皇室外交をしたら困る」とおっしゃっていました。皇太子による、いわゆる皇太子妃人格否定発言に対して、秋篠宮が「皇室は受け身です。」とコメントした。授業拒否という手段でプロテストした青年がそれを受け入れていく一方で、キャリアを活かそうと皇室入りした女性が打ち砕かれる、そんな社会に私たちは住んでいます。 
ドイツの憲法学者から、天皇が国事行為に対する内閣の助言を拒否した場合の対応が教科書に書かれていないことを指摘されるまで、私はその可能性を考慮したことがありませんでした。これらは、憲法はもっと違う視点から学ばないといけない、教科書に書かれていないところに隠されてきたものが重要であるかもしれないと気づかされたエピソードです。

私の読んだ感想は「表題について語るのに、皇族のエピソードは適当であるか、はなはだ疑問」ということです。

「改憲批判」と言うのが、大きな命題であり、自己紹介も兼ねて遠藤先生は、「私はただの弁護士ではないのです、憲法学者です、憲法の専門家ですよ、だからそんじょそこらの人間とは違い、憲法についてよーく研究しているのです」と冒頭に言っているわけです。
ま、弁護士には離婚問題専門とか、訴状に貼る収入印紙の計算ばっかりしているのとか、いろいろいますからね、改憲批判、たしかに憲法学者なら説得力があります。

どんな経歴かと言うと(wikiは便利ですねw)

略歴
1984年3月 - 東京大学法学部卒業
1984年4月 - 東京大学法学部助手
1987年4月 - 東北大学法学部助教授(憲法講座)
1996年9月 - 東北大学法学部助教授を辞職。
東北大学辞職後、大阪弁護士会に弁護士登録。弁護士登録後、日本の刑事弁護の第一人者である後藤貞人に師事した後、大阪市西成区に法律事務所を開設。ホームレス支援活動などに携わる。 東京大学では芦部信喜、樋口陽一に師事した。

なのだそうです。

便利ですが、正確かどうかは100%の信頼が置けないwikiです。
ここでひっかかるのは、

師である芦部信喜先生の授業を学習院大学で聴講した時(講演録)
芦部信喜、樋口陽一に師事した(wiki)

です。

法学を学ぶ人にとって芦部憲法は教科書です。しかし、「師事した」とあるからには、芦部先生に特別に教えを受けた、あるいは弟子のように身近にいて研究に携わったと見ていいでしょう。
芦部さんの考え方を引き継いだ門下生たちは沢山います。
そんな人がなんで、学習院で聴講なんかするのか?
いや、学習院を馬鹿にしているわけではないのです。
芦部教授は確かに定年退官後学習院で教えていらした。

1963年東京大学法学部教授、
1980年同学部長、1984年同名誉教授(定年退官)、
1984年学習院大学法学部教授、
1994年放送大学教授等を歴任。

問題なのは、聴講した講義が、秋篠宮がいる講義だったことです。
アーヤの略歴をwikiで見てみると

1984年(昭和59年)、学習院大学法学部政治学科に入学。
1985年(昭和60年)には自然文化研究会を結成し、積極的にサークル活動を行うとともに、東京農業大学育種学研究所を前身とする財団法人進化生物学研究所で家禽類研究に従事。一学年下の川嶋紀子と知り合いサークル活動を通じ交際を深め、
1986年(昭和61年)6月26日に自ら求婚していた。同年から財団法人山階鳥類研究所総裁。
1988年(昭和63年)、学習院大学法学部政治学科を卒業。同年より社団法人日本動物園水族館協会総裁を務めるとともに、2年間、オックスフォード大学セント・ジョンズ・カレッジ大学院動物学科に留学し動物学を学ぶ。

政治学科に入学したアーヤが、憲法を学ぶならおそらく1,2年生の頃でしょう。
その学年の子たちを相手にする講義内容が、当時東大助手をしていた遠藤氏が学習院に押しかけてまで聴講する内容だっただろうか?これが疑問です。

また遠藤氏は、1984年に東大を卒業していますから、東大在学中は芦部憲法を学んでいたのは確かでしょう。
またもう一人、遠藤氏が師事したと言っている樋口陽一氏についても、職歴をwikiでみると

1964年4月 - 東北大学法学部講師
1965年4月 - 東北大学法学部助教授
1971年7月 - 東北大学法学部教授(比較外国憲法講座)
1980年10月 - 東京大学法学部教授(国法学講座、のち憲法第二講座、憲法第一講座)
1995年3月 - 東京大学退官

遠藤氏は樋口氏の方が芦部氏より接点は多かったと思います。
芦部氏は帝国憲法から日本国憲法へ移行するにあたって「8月革命説」を唱えた宮澤俊義の後継ぎ、樋口陽一氏は同じく宮澤氏の弟子の清宮四郎の門下生ですから、学説の系統でいえば確かに同じですよね。
遠藤氏はその後東北大学の助教授になってますからね。

ついでに言うと、安倍首相が「芦部憲法を知らなかった」とさんざん馬鹿にされました。
片山さつきなんか鬼の首でもとったようにわめいていましたがw

これも安倍首相としては知らないのは仕方がなかったかな、と思います。

彼は、1973年、成蹊高校から成蹊大学に進み、佐藤竺教授のゼミに所属して行政学を学ぶとwikiにあります。

その頃芦部氏は東大教授でした。
芦部氏は憲法学の本をほとんど出していなくて、芦部憲法は司法試験の通説だったのに東大以外ではなかなか勉強出来ない。
なので、東大での講義録(テープとか文字に起こしたもの)は他大学の司法試験挑戦中の学生には結構なお値段で出回ってたんですよ。

だから、東大の卒業生でもなく司法試験も受けなくて、しかも行政学を取っていた安倍ちゃんが、「芦部憲法」を知らなくても無理はないのです。

反対にアーヤが受けるような授業で芦部先生が講義された、というのは猫に小判、豚に真珠。
皇太子の次男坊殿下が法学部へお入りになるというので、学習院が頑張りましたかね。

(ここで訂正です。
東大定年退官⇒学習院大学 これは、東京帝国大学法学部の時代からの通常コースだそうです。
鯰とは関係ないことでした。失礼しました、というより良かったーw
だって、鯰ごときあかんたれのために憲法学の権威が連れて来られた、なんて悲しいじゃないですか。)8/22追補

ま、他の学生も大勢いることですし、それはそれで良かったと思うのですが、長々とすみません、以上のようなわけで、「遠藤氏がアーヤと一緒に聴講した」というのは、どうも眉唾ではないかと思うのです。

学部長に授業態度を叱責されとあるので、噂を聞いたのではないでしょうか?

芦部先生の授業中、自分なら全身耳にして聞くのに、「好きでこんなところで勉強しているわけではない」と屁理屈をこねたアーヤ。

それが後半では、なんと

>授業拒否という手段でプロテストした青年
に変わっていますw

鯰はただおしゃべりしていて叱られたのです。
好きで教室にいるわけではないにしても、他の学生の勉学に邪魔になりますから、学部長はアーヤの屁理屈に対して、授業妨害をするなと言ったでしょう。
弁解の余地なんかありません。

しかし、この聞いただけの話に信憑性を持たせる必要があったのです。
それは後に続く「雅子妃の皇室外交」に対比させるためです。

改憲の前フリに皇室を持ってくる⇒天皇制⇒天皇の戦争責任、いつもの連想ゲームです。

自分が芦部教授の授業を実際に聴講しており、鯰がべちゃべちゃとおしゃべりしていたのが本当なら、別に憲法学者でなくとも、「授業拒否」や「protest」という言葉が妥当かどうかわかります。
授業態度を叱られて好きでやってるわけじゃない、と文句を言う怠惰な青年を

>授業拒否という手段でプロテストした青年

何の目的もナシでこのような表現で言い表せるとしたら、憲法「学者」と言う前に、秋篠宮の太鼓持ちというところではないでしょうか?

さて、次におかしいと思うのは

>芦部先生は「彼女が勝手な皇室外交をしたら困る」とおっしゃっていました。

です。
芦部先生が本当にそうおっしゃったかどうか、それはわかりませんが、「改憲批判」のために「教科書(たぶん法律の教科書だと思いますが)に書かれていないこと」と題する文章を書くなら、まして「憲法学者である」「芦部先生に師事した」と書いている遠藤氏なら、「芦部憲法と皇太子妃の勝手な皇室外交による弊害」くらいの論文をモノしてもよさそうに思うのですがw、文章はおしゃべりしていて叱られて屁理屈こいた鯰が公務は受け身としておとなしく言われたまま公務をしていると同時に、キャリアを活かしたいと皇室へ入った女性が打ち砕かれるそういう世の中であると続きます。

つまり文章構成からいくと

>芦部先生は「彼女が勝手な皇室外交をしたら困る」とおっしゃっていました。

は、全く余分な一行なのです。

キャリアを活かしたいと皇室入りしただけでは、ただの事実でインパクトが弱い、雅子さまに「勝手な皇室外交をやろうとしている皇太子妃」というイメージを持たせるために付け加えた?

そうなると、芦部先生が言ったかどうかわからないですね。
ここでも信憑性をもたせるために芦部先生を出しただけ(権威ですからね)、と私は思います。

さて、最後です。

憲法学者として一番言いたいことのようです。

>ドイツの憲法学者から、天皇が国事行為に対する内閣の助言を拒否した場合の対応が教科書に書かれていないことを指摘されるまで、私はその可能性を考慮したことがありませんでした。

これは憲法学者でなくとも日本国民、大方がそうだったではないでしょうか?
天皇が拒否するなんてこと思いもよらないのです。
法学の教科書も「内閣の助言と承認」のところで決定権は内閣にあり、天皇はその権能を有しないどまりです。

なんちゃって憲法学者竹田クンも書いてますが、

http://www.fujitv.co.jp/takeshi/takeshi/column/koshitsu/koshitsu210.html

結局、憲法解釈どまりです。

みんなそうだったのです。

それは何故でありましょうか?

昭和天皇がほんとうに「拒否」なんて実行行為をなさるなんてこと考えたことなかった。
ちょっと不満があるけれども、その息子である今生、失礼今上天皇が、「衆議院を解散してください」と言われて「ワシャ、ω付の孫のために舟漕ぐのに忙しいんじゃ、あとあと」とおっしゃるなんてことは露ほども考えたことはなかった。
皇太子さまに至っては、昭和天皇の再来になるだろうと期待している向きもあります。
遠藤先生も、天皇本人の国事行為に対する誠実性については、ついぞ疑わなかったのですね、今まではw
象徴天皇は日本人の心の中では性善説が大前提なのです。

しかし、ドイツ人は厳格ですから、「本当に拒否した時どうするんだ、書いてないじゃないか、書いておくべきだ」とでも言ったんでしょうかね?
ドイツの憲法は細かいのかな?知らんけどw
(天皇とか国王とかいないので、議会は自律召集制だっていうのは書いてあった)

天皇は政治的な権能は「有しない」、「有しない」が拒否を実行するということは実際の行為としては「あり得る」!
つまりは遠藤先生、ここで思考が元へ戻ったんですね。

エピソードに秋篠宮が出てきたのは、先生の周りに秋篠宮を持ち上げる方が多かったからでしょうか?
しかし、内心、秋篠宮なら拒否行為はしかねない、と思った?www

表向きは「存在感を増した」「秋篠宮が天皇になる日」「41年ぶりに今上天皇の想いを汲んでω付の子を作った」この「公務は受け身」の男は、天皇になったら誰の意を受けて動くのでしょう?
必ず誰かの指令を受けて動く?

叱られたら的外れなヘリクツでもって反省などしなかった、それをプロテストと言い換えてくれる人に囲まれてきた男が天皇になる日がやってきたとして、妄想してみます。

「陛下、今度内閣総理大臣に〇〇を指名しますので、任命してください」
(彼は気に入らない、昔僕に『早く座れ』ってえらそーに言ったヤツだから)とアーヤが思ったら、口には出さなくても、任命拒否を実行することはできるわけです、実際の行為としてね。
「陛下、国会を召集してください」
「今は時機ではない」なんて屁理屈言ったりしてw

その心配が頭をよぎったのではないですか?

あるいはもっと時代は下がり、ショーライノテンノーが皇位についたとします。

親任式にて、新しい内閣総理大臣と最高裁長官、緊張のおももちで指定の場所に起立、衆参両議長その横に侍立、陛下から任命するというお言葉が発せられるのを待っている、と、突然、陛下がぴゅーっと走り出してどこかへ行ってしまわれた。
あわてて連れ戻して(失礼)お戻り願って、最初からやりなおし。
「・・・・」
「陛下?」
「・・・・」
「陛下、任命のお言葉を」
「・・・・」(おっかさまに似て、ニシャニシャはしているけれどもだんまり)

さぁ、どうする?

さすが憲法学者、実際「拒否もどき」の行為をされたらどうするんでしょう?

秋篠宮のエピソードと共に、導かれたこの結論には深く頷けるものがありますw

え、雅子さまですか?

雅子さまは「勝手に皇室外交」するような方ではありませんし、天皇ではないですからね、憲法外ですわ。
こういうことからも、芦部氏がらみのエピソードとしては信用がありません。

>これらは、憲法はもっと違う視点から学ばないといけない、教科書に書かれていないところに隠されてきたものが重要であるかもしれないと気づかされたエピソードです。

そうです、そして憲法学者であるならば、ドイツの憲法学者に指摘されたことについて、どうすればよいか、どのように改憲するべきと考えるか、論文を書くべきです。
だって、冒頭に「私は憲法学者です」とおっしゃったでしょう。
憲法学者ってそういうものではないですか?
それをしないなら、私がつらつら書いて来たように、不確かなエピソードで、秋篠宮age雅子さまsageの印象操作のためだけに書きちらした、ということにしかなりません。

芦部氏も憲法学者も泣きますね。




あ、「学者の家ですからぁ~」と仰った方のお友だちでしょうか?

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長くなりましたが、これが私の感想です。
憲法学者というなら、ドイツ人に指摘されたことについて、なるほどと思ったら、論文書けばいいんです。
なぜに何の脈絡もない皇室エピソードを持ってくるのか?
下の方へ読み進んで行くにつれ、ご自分の主義主張とか活動とかと皇室はかけ離れていきます。
学者さんならこういう筋の通らない文章ってあまり書かないと思いますので、皇室に対して何か鬱屈したものがあるのか、あるいはだれかから聞いた話をそのまま信じて拡散しているのか、両方かわかりませんけれども、良い感情は持っておいでではないと思われます。
そう言う方が書かれた文章です。

東北大学法学部助教授の地位を捨てて(あるブログによるとイ・ジョンファさんと言う方と結婚されたらしい)大阪西成地区に弁護士として入られたらしいです。
立派な方だとは思うけど、自分から「憲法学者です」って名乗るなんて、ちょっとイタイ人だな、という感じも受けますw
まだ、大学教授に未練あるのかな?

眞子どんが「ヘリクツもリクツだ」と言って先生に叱られたというエピソードがありますが、お父さん譲りなんでしょうかね、ヘリクツは。

眞子どんを女性天皇にしたいという野望も秋篠宮妃が持っている、というようなことを以前2chで見たことがありますが、制度を変えるのは容易ではないことを思うと、誠実ではない天皇を象徴に据えることになるかもしれない覚悟をしておいた方がいいんでしょうか?

秋篠宮家が出てくる話を聞くと、何だか暗澹としてきますねぇ。

実際に皇太子ご一家をご覧になった多くの方々が、文字によるプロパガンダに左右されることなく、次の世代に希望を見てとっておられることが救いです。

皇太子ご一家の誠実さは折り紙つきですもの。

これから敬宮さまは、今まで以上にご両親から多くのものを学ばれ、精神的に大きなご成長を果たされるでしょう。

楽しみに見守ってまいりましょうね。
本文を読むにはこちらからパスワードを入力してください。
もう前にいただいたメールですが、アップしよう、しようと思っているうちに日がたってしまい申し訳ありません。

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[ 本文(大) ]
2chを覗いていて思わずブッとお茶を吹きそうになってしまったので、バラのなまえをHNにされている管理人さんならもうご存知かもしれませんが、シェアしますー。
神宮ばら園のサイトで紹介されているプリンセスの名を冠した美しいバラの花たち。ミテコ様、雅子様、愛子様、勢津子様、喜久子様、百合子様、華子様、信子様、久子様、サーヤのお名前がついているバラはあるのに、次男家の女子の名前がついているバラがひとつもないのにビックリ~です。
長女なんてお印がモッコウバラなのに、不思議ですねぇ。
(ちなみにwikiでモッコウバラの記載を確認したら、野生種の起源が不明だとか、性質は強健だとか、白と黄色しか色がないとか、芳香ゼロとか、なんだか残念な記載ばかりでした)

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モッコウバラの黄色は、苗を買って植えたことがあります。

ご近所には、ものすごいモッコウバラを垣根に這わせておられる家が何軒もあって、うちの貧弱な庭も少しは豪華に見えるかしらと思って。

私のようなグータラ主婦の気まぐれガーデニングにもよく耐えて、花をつけてくれていましたが、単身赴任だった亭主が帰って来て、あっと言う間に抜いてしまいました。

だらしない感じが嫌なんですって。

  

お友だちの庭の今年のナニワイバラ。

バラライカさまに教えていただきました。

>皇太子ご一家と同じように飼い主を欲していた犬を飼われているのに公にしないところが久子さまご一家らしいと思います。

   


          
 

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さて、私も今日見つけた「泣けてしまう話」を一つ。

入江日記より

昭和22年 2月6日(木)

午后三宮の御代表として順宮より御沙汰あり、「呉竹寮は我々には広すぎるから鈴木の入っている官舎にでも移れれば移りたい」との仰せ、「呉竹寮はどう遊ばしますか」とうかがった処「引き揚げ同胞か戦災孤児にでも貸してやりたい。遊戯の道具、おまま事の道具などはそのまま残しておくから」との仰せ。お可愛らしい思し召しに感泣した。

三宮とは、おそらく

孝宮さま 18歳 
順宮さま 16歳
清宮さま 8歳

のお三方だろうと思います。

入江侍従の同年3月4日の日記に、夜ごはんのことが書いてあります。

>夜人参に饂飩粉を入れ、トマトケチャップを入れたものをご飯にかけて実においしく食べる。

食糧事情はまだ厳しかったようです。
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某掲示板で知り合って、メールをやりとりするようになった仲良し?人組です。
考え方はそれぞれですが、皇太子様御一家を陰ながら応援したい気持ちは一致しています。
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