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がんばれ東宮職!
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メール有難うございました。

教えてくださった2chの記事ですが、どうも人権団体の学習会での講演の一部のようですね。

http://blhrri.org/info/koza/koza_0256.htm

はっきり言って、私は人権団体ってのあんまり好きじゃありません。
政府に対しては反対のことしか言わないのはお約束みたいなものですから(共産党や社民党みたいなもんかな)、主張内容についてはどうこう言うつもりはありませんし、こういう方たちの運動が資本主義社会での資本の片寄りを防いできた、あるいは世の不平等を(不満足ではありましょうが)是正してきた歴史も認めます。

しかし、数年前環境倫理を大学で勉強させてもらっていた時、普天間基地の辺野古移設反対運動をしている市民団体に取り込まれそうになり、その手段がめちゃくちゃなのにびっくりして飛び出した経験があるのですが、その時一番嫌な感じがしたのは、どんな言葉でもプロパガンダに利用するということでした。
「人権」というと弱者の味方みたいな感じがしますが、その過程において、必ず一般の聞き手が、その団体あるいはバックの勢力が想定している相手に対して敵対した考えを持つよう印象操作をする、学習させる、そんなことを感じたものですから、趣意は立派でも近づかないようにしています。

で、教えて下さった記事にも、同じような感じを持ちましたし、皇室のエピソードを冒頭に使うことによって、ちょうどマスコミが皇太子家叩きをしているのと同じ構造を感じましたので、洗脳されないようにwちょっと私の考えを書いてみます。

「憲法学者」を名乗っている人に対し、無謀と言うかバカというか、まぁ、台所婆ならではの暴言でありますがw

--------------------

さて、講演録の全体はそれぞれに読んでいただくとして、

最初の「教科書に書かれていないこと」をよくよく読んでみたいと思います。

第350回国際人権規約連続学習会
改憲批判
遠藤比呂通さん (弁護士)
教科書に書かれてないこと 
私は憲法学者です。師である芦部信喜先生の授業を学習院大学で聴講した時、教室の真ん中で堂々とおしゃべりをしている、当時学生だった秋篠宮を見たことがあります。学部長から学習態度を注意された彼は、「私は好きでこんなところで勉強しているわけじゃない。」と言ったそうです。兄の皇太子が外務省のキャリア女性と結婚し、皇室外交を担うと報道された時、芦部先生は「彼女が勝手な皇室外交をしたら困る」とおっしゃっていました。皇太子による、いわゆる皇太子妃人格否定発言に対して、秋篠宮が「皇室は受け身です。」とコメントした。授業拒否という手段でプロテストした青年がそれを受け入れていく一方で、キャリアを活かそうと皇室入りした女性が打ち砕かれる、そんな社会に私たちは住んでいます。 
ドイツの憲法学者から、天皇が国事行為に対する内閣の助言を拒否した場合の対応が教科書に書かれていないことを指摘されるまで、私はその可能性を考慮したことがありませんでした。これらは、憲法はもっと違う視点から学ばないといけない、教科書に書かれていないところに隠されてきたものが重要であるかもしれないと気づかされたエピソードです。

私の読んだ感想は「表題について語るのに、皇族のエピソードは適当であるか、はなはだ疑問」ということです。

「改憲批判」と言うのが、大きな命題であり、自己紹介も兼ねて遠藤先生は、「私はただの弁護士ではないのです、憲法学者です、憲法の専門家ですよ、だからそんじょそこらの人間とは違い、憲法についてよーく研究しているのです」と冒頭に言っているわけです。
ま、弁護士には離婚問題専門とか、訴状に貼る収入印紙の計算ばっかりしているのとか、いろいろいますからね、改憲批判、たしかに憲法学者なら説得力があります。

どんな経歴かと言うと(wikiは便利ですねw)

略歴
1984年3月 - 東京大学法学部卒業
1984年4月 - 東京大学法学部助手
1987年4月 - 東北大学法学部助教授(憲法講座)
1996年9月 - 東北大学法学部助教授を辞職。
東北大学辞職後、大阪弁護士会に弁護士登録。弁護士登録後、日本の刑事弁護の第一人者である後藤貞人に師事した後、大阪市西成区に法律事務所を開設。ホームレス支援活動などに携わる。 東京大学では芦部信喜、樋口陽一に師事した。

なのだそうです。

便利ですが、正確かどうかは100%の信頼が置けないwikiです。
ここでひっかかるのは、

師である芦部信喜先生の授業を学習院大学で聴講した時(講演録)
芦部信喜、樋口陽一に師事した(wiki)

です。

法学を学ぶ人にとって芦部憲法は教科書です。しかし、「師事した」とあるからには、芦部先生に特別に教えを受けた、あるいは弟子のように身近にいて研究に携わったと見ていいでしょう。
芦部さんの考え方を引き継いだ門下生たちは沢山います。
そんな人がなんで、学習院で聴講なんかするのか?
いや、学習院を馬鹿にしているわけではないのです。
芦部教授は確かに定年退官後学習院で教えていらした。

1963年東京大学法学部教授、
1980年同学部長、1984年同名誉教授(定年退官)、
1984年学習院大学法学部教授、
1994年放送大学教授等を歴任。

問題なのは、聴講した講義が、秋篠宮がいる講義だったことです。
アーヤの略歴をwikiで見てみると

1984年(昭和59年)、学習院大学法学部政治学科に入学。
1985年(昭和60年)には自然文化研究会を結成し、積極的にサークル活動を行うとともに、東京農業大学育種学研究所を前身とする財団法人進化生物学研究所で家禽類研究に従事。一学年下の川嶋紀子と知り合いサークル活動を通じ交際を深め、
1986年(昭和61年)6月26日に自ら求婚していた。同年から財団法人山階鳥類研究所総裁。
1988年(昭和63年)、学習院大学法学部政治学科を卒業。同年より社団法人日本動物園水族館協会総裁を務めるとともに、2年間、オックスフォード大学セント・ジョンズ・カレッジ大学院動物学科に留学し動物学を学ぶ。

政治学科に入学したアーヤが、憲法を学ぶならおそらく1,2年生の頃でしょう。
その学年の子たちを相手にする講義内容が、当時東大助手をしていた遠藤氏が学習院に押しかけてまで聴講する内容だっただろうか?これが疑問です。

また遠藤氏は、1984年に東大を卒業していますから、東大在学中は芦部憲法を学んでいたのは確かでしょう。
またもう一人、遠藤氏が師事したと言っている樋口陽一氏についても、職歴をwikiでみると

1964年4月 - 東北大学法学部講師
1965年4月 - 東北大学法学部助教授
1971年7月 - 東北大学法学部教授(比較外国憲法講座)
1980年10月 - 東京大学法学部教授(国法学講座、のち憲法第二講座、憲法第一講座)
1995年3月 - 東京大学退官

遠藤氏は樋口氏の方が芦部氏より接点は多かったと思います。
芦部氏は帝国憲法から日本国憲法へ移行するにあたって「8月革命説」を唱えた宮澤俊義の後継ぎ、樋口陽一氏は同じく宮澤氏の弟子の清宮四郎の門下生ですから、学説の系統でいえば確かに同じですよね。
遠藤氏はその後東北大学の助教授になってますからね。

ついでに言うと、安倍首相が「芦部憲法を知らなかった」とさんざん馬鹿にされました。
片山さつきなんか鬼の首でもとったようにわめいていましたがw

これも安倍首相としては知らないのは仕方がなかったかな、と思います。

彼は、1973年、成蹊高校から成蹊大学に進み、佐藤竺教授のゼミに所属して行政学を学ぶとwikiにあります。

その頃芦部氏は東大教授でした。
芦部氏は憲法学の本をほとんど出していなくて、芦部憲法は司法試験の通説だったのに東大以外ではなかなか勉強出来ない。
なので、東大での講義録(テープとか文字に起こしたもの)は他大学の司法試験挑戦中の学生には結構なお値段で出回ってたんですよ。

だから、東大の卒業生でもなく司法試験も受けなくて、しかも行政学を取っていた安倍ちゃんが、「芦部憲法」を知らなくても無理はないのです。

反対にアーヤが受けるような授業で芦部先生が講義された、というのは猫に小判、豚に真珠。
皇太子の次男坊殿下が法学部へお入りになるというので、学習院が頑張りましたかね。

(ここで訂正です。
東大定年退官⇒学習院大学 これは、東京帝国大学法学部の時代からの通常コースだそうです。
鯰とは関係ないことでした。失礼しました、というより良かったーw
だって、鯰ごときあかんたれのために憲法学の権威が連れて来られた、なんて悲しいじゃないですか。)8/22追補

ま、他の学生も大勢いることですし、それはそれで良かったと思うのですが、長々とすみません、以上のようなわけで、「遠藤氏がアーヤと一緒に聴講した」というのは、どうも眉唾ではないかと思うのです。

学部長に授業態度を叱責されとあるので、噂を聞いたのではないでしょうか?

芦部先生の授業中、自分なら全身耳にして聞くのに、「好きでこんなところで勉強しているわけではない」と屁理屈をこねたアーヤ。

それが後半では、なんと

>授業拒否という手段でプロテストした青年
に変わっていますw

鯰はただおしゃべりしていて叱られたのです。
好きで教室にいるわけではないにしても、他の学生の勉学に邪魔になりますから、学部長はアーヤの屁理屈に対して、授業妨害をするなと言ったでしょう。
弁解の余地なんかありません。

しかし、この聞いただけの話に信憑性を持たせる必要があったのです。
それは後に続く「雅子妃の皇室外交」に対比させるためです。

改憲の前フリに皇室を持ってくる⇒天皇制⇒天皇の戦争責任、いつもの連想ゲームです。

自分が芦部教授の授業を実際に聴講しており、鯰がべちゃべちゃとおしゃべりしていたのが本当なら、別に憲法学者でなくとも、「授業拒否」や「protest」という言葉が妥当かどうかわかります。
授業態度を叱られて好きでやってるわけじゃない、と文句を言う怠惰な青年を

>授業拒否という手段でプロテストした青年

何の目的もナシでこのような表現で言い表せるとしたら、憲法「学者」と言う前に、秋篠宮の太鼓持ちというところではないでしょうか?

さて、次におかしいと思うのは

>芦部先生は「彼女が勝手な皇室外交をしたら困る」とおっしゃっていました。

です。
芦部先生が本当にそうおっしゃったかどうか、それはわかりませんが、「改憲批判」のために「教科書(たぶん法律の教科書だと思いますが)に書かれていないこと」と題する文章を書くなら、まして「憲法学者である」「芦部先生に師事した」と書いている遠藤氏なら、「芦部憲法と皇太子妃の勝手な皇室外交による弊害」くらいの論文をモノしてもよさそうに思うのですがw、文章はおしゃべりしていて叱られて屁理屈こいた鯰が公務は受け身としておとなしく言われたまま公務をしていると同時に、キャリアを活かしたいと皇室へ入った女性が打ち砕かれるそういう世の中であると続きます。

つまり文章構成からいくと

>芦部先生は「彼女が勝手な皇室外交をしたら困る」とおっしゃっていました。

は、全く余分な一行なのです。

キャリアを活かしたいと皇室入りしただけでは、ただの事実でインパクトが弱い、雅子さまに「勝手な皇室外交をやろうとしている皇太子妃」というイメージを持たせるために付け加えた?

そうなると、芦部先生が言ったかどうかわからないですね。
ここでも信憑性をもたせるために芦部先生を出しただけ(権威ですからね)、と私は思います。

さて、最後です。

憲法学者として一番言いたいことのようです。

>ドイツの憲法学者から、天皇が国事行為に対する内閣の助言を拒否した場合の対応が教科書に書かれていないことを指摘されるまで、私はその可能性を考慮したことがありませんでした。

これは憲法学者でなくとも日本国民、大方がそうだったではないでしょうか?
天皇が拒否するなんてこと思いもよらないのです。
法学の教科書も「内閣の助言と承認」のところで決定権は内閣にあり、天皇はその権能を有しないどまりです。

なんちゃって憲法学者竹田クンも書いてますが、

http://www.fujitv.co.jp/takeshi/takeshi/column/koshitsu/koshitsu210.html

結局、憲法解釈どまりです。

みんなそうだったのです。

それは何故でありましょうか?

昭和天皇がほんとうに「拒否」なんて実行行為をなさるなんてこと考えたことなかった。
ちょっと不満があるけれども、その息子である今生、失礼今上天皇が、「衆議院を解散してください」と言われて「ワシャ、ω付の孫のために舟漕ぐのに忙しいんじゃ、あとあと」とおっしゃるなんてことは露ほども考えたことはなかった。
皇太子さまに至っては、昭和天皇の再来になるだろうと期待している向きもあります。
遠藤先生も、天皇本人の国事行為に対する誠実性については、ついぞ疑わなかったのですね、今まではw
象徴天皇は日本人の心の中では性善説が大前提なのです。

しかし、ドイツ人は厳格ですから、「本当に拒否した時どうするんだ、書いてないじゃないか、書いておくべきだ」とでも言ったんでしょうかね?
ドイツの憲法は細かいのかな?知らんけどw
(天皇とか国王とかいないので、議会は自律召集制だっていうのは書いてあった)

天皇は政治的な権能は「有しない」、「有しない」が拒否を実行するということは実際の行為としては「あり得る」!
つまりは遠藤先生、ここで思考が元へ戻ったんですね。

エピソードに秋篠宮が出てきたのは、先生の周りに秋篠宮を持ち上げる方が多かったからでしょうか?
しかし、内心、秋篠宮なら拒否行為はしかねない、と思った?www

表向きは「存在感を増した」「秋篠宮が天皇になる日」「41年ぶりに今上天皇の想いを汲んでω付の子を作った」この「公務は受け身」の男は、天皇になったら誰の意を受けて動くのでしょう?
必ず誰かの指令を受けて動く?

叱られたら的外れなヘリクツでもって反省などしなかった、それをプロテストと言い換えてくれる人に囲まれてきた男が天皇になる日がやってきたとして、妄想してみます。

「陛下、今度内閣総理大臣に〇〇を指名しますので、任命してください」
(彼は気に入らない、昔僕に『早く座れ』ってえらそーに言ったヤツだから)とアーヤが思ったら、口には出さなくても、任命拒否を実行することはできるわけです、実際の行為としてね。
「陛下、国会を召集してください」
「今は時機ではない」なんて屁理屈言ったりしてw

その心配が頭をよぎったのではないですか?

あるいはもっと時代は下がり、ショーライノテンノーが皇位についたとします。

親任式にて、新しい内閣総理大臣と最高裁長官、緊張のおももちで指定の場所に起立、衆参両議長その横に侍立、陛下から任命するというお言葉が発せられるのを待っている、と、突然、陛下がぴゅーっと走り出してどこかへ行ってしまわれた。
あわてて連れ戻して(失礼)お戻り願って、最初からやりなおし。
「・・・・」
「陛下?」
「・・・・」
「陛下、任命のお言葉を」
「・・・・」(おっかさまに似て、ニシャニシャはしているけれどもだんまり)

さぁ、どうする?

さすが憲法学者、実際「拒否もどき」の行為をされたらどうするんでしょう?

秋篠宮のエピソードと共に、導かれたこの結論には深く頷けるものがありますw

え、雅子さまですか?

雅子さまは「勝手に皇室外交」するような方ではありませんし、天皇ではないですからね、憲法外ですわ。
こういうことからも、芦部氏がらみのエピソードとしては信用がありません。

>これらは、憲法はもっと違う視点から学ばないといけない、教科書に書かれていないところに隠されてきたものが重要であるかもしれないと気づかされたエピソードです。

そうです、そして憲法学者であるならば、ドイツの憲法学者に指摘されたことについて、どうすればよいか、どのように改憲するべきと考えるか、論文を書くべきです。
だって、冒頭に「私は憲法学者です」とおっしゃったでしょう。
憲法学者ってそういうものではないですか?
それをしないなら、私がつらつら書いて来たように、不確かなエピソードで、秋篠宮age雅子さまsageの印象操作のためだけに書きちらした、ということにしかなりません。

芦部氏も憲法学者も泣きますね。




あ、「学者の家ですからぁ~」と仰った方のお友だちでしょうか?

------------

長くなりましたが、これが私の感想です。
憲法学者というなら、ドイツ人に指摘されたことについて、なるほどと思ったら、論文書けばいいんです。
なぜに何の脈絡もない皇室エピソードを持ってくるのか?
下の方へ読み進んで行くにつれ、ご自分の主義主張とか活動とかと皇室はかけ離れていきます。
学者さんならこういう筋の通らない文章ってあまり書かないと思いますので、皇室に対して何か鬱屈したものがあるのか、あるいはだれかから聞いた話をそのまま信じて拡散しているのか、両方かわかりませんけれども、良い感情は持っておいでではないと思われます。
そう言う方が書かれた文章です。

東北大学法学部助教授の地位を捨てて(あるブログによるとイ・ジョンファさんと言う方と結婚されたらしい)大阪西成地区に弁護士として入られたらしいです。
立派な方だとは思うけど、自分から「憲法学者です」って名乗るなんて、ちょっとイタイ人だな、という感じも受けますw
まだ、大学教授に未練あるのかな?

眞子どんが「ヘリクツもリクツだ」と言って先生に叱られたというエピソードがありますが、お父さん譲りなんでしょうかね、ヘリクツは。

眞子どんを女性天皇にしたいという野望も秋篠宮妃が持っている、というようなことを以前2chで見たことがありますが、制度を変えるのは容易ではないことを思うと、誠実ではない天皇を象徴に据えることになるかもしれない覚悟をしておいた方がいいんでしょうか?

秋篠宮家が出てくる話を聞くと、何だか暗澹としてきますねぇ。

実際に皇太子ご一家をご覧になった多くの方々が、文字によるプロパガンダに左右されることなく、次の世代に希望を見てとっておられることが救いです。

皇太子ご一家の誠実さは折り紙つきですもの。

これから敬宮さまは、今まで以上にご両親から多くのものを学ばれ、精神的に大きなご成長を果たされるでしょう。

楽しみに見守ってまいりましょうね。
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♠ 分かりやすいまとめ、ありがとうございます
私も、昨日2ちゃんでこの件を読みまして、納得しがたいモヤモヤを感じておりました。

管理人様がこのように時系列できちんとまとめて下さって、少し頭の整理ができた気がします。

「人権」団体の行き過ぎぶりは、しばしば別のタブーを生み出してしまい、例えば歴史研究などにおいても
冷静な検証ができなくなってしまう、という弊害が出ますよね。
私も、できるだけ関わらないようにしています。

続きの記事を楽しみにしております。
手白香 2014/08/03(Sun)11:50:23 編集
♠ 管理人様、有難う御座います
私の拙い疑問に詳しくお答え下さり有難う御座いました。
法律や憲法のことは全くの不案内で、憲法学者の言う事がそのまままかり通ってしまうのかと思っていましたが管理人様のお話はとてもすっきり腑に落ちます。
ゆっくり読ませて頂きます。
フレッシュバジル 2014/08/03(Sun)18:04:29 編集
♠ 秋篠宮の態度には腹が立つ
>「私は好きでこんなところで勉強しているわけじゃない」


好きでなかったら授業中におしゃべりをしていても許されるのでしょうか?

そんな自分勝手な行為を自称憲法学者が「授業拒否で抗議した」と持ち上げる。

国民を馬鹿にするな!
麻の葉 2014/08/03(Sun)21:44:48 編集
♠ 礼宮は滓みたいな学生だった pgr
>芦部信喜が学習院大学で講義している時、礼宮は教室の真ん中で堂々とおしゃべりをしていた

>学部長から学習態度を注意された礼宮は、「私は好きでこんなところで勉強しているわけじゃない。」と言った


どう読んだって褒められるような立派な人間やないやろ、礼宮さんは。
学習院で暴れまくって愛子様を苛めたクソガキは消防やったけど、この時の礼宮は大学生で1年生だとしても18歳やで?
なにが良くてなにが悪いか、ええかげん分かる年齢やろ。それを「好きでこんなところで勉強してるわけやない。」って、どんだけアホやねん。

民度低すぎやわ、礼宮さん。
NONAME 2014/08/03(Sun)22:06:08 編集
♠ とうに拒否行為をやっている点皿
管理人様、点皿はもう拒否行為を実際にやっています。

1991年宮沢政権誕生時、国際周産期学会とレセプション出席のため、認証式を夜9時まで遅らせました。
学会会長の坂元医師が皇后の手術執刀医&紀子妃出産の担当医だったため「ぜひともお祝いにいきたい」という理由です。

この時は遅らせただけですが鯰の公務がほとんど彼の趣味関連のものなのを見ると、彼が天皇になったら嫌なものは拒否するでしょう。

点皿の得手勝手さがよく出ていますので過去ログをコピペしておきます。


57 名前:松本健一氏の本から抜粋・1 mailto:sage [2007/11/07(水) 12:15:40 ID:VpeVdWGJ0]
松本健一「昭和天皇 畏るべき「無私」」という本を読んでいたら、興味深い記述がありました。
「皇室危機の本質とは何か」という1994年初出の文章です。抜粋して紹介します。
松本氏は、天皇制の無為無私の理想と遠いところにいると批判的で、とくに海外訪問とメディアへの
露出と、公務を増加させ、家族主義を前面に押し出す平成の皇室が皇后の意思によるものである
ことを批判しています。また、皇后が一々報道に介入することを嫌悪しています。

・天皇・皇后は個人としての好悪の情をはっきり表明する
→・天皇がまだ学習院の学生だった皇太子時代には「×××さんは民族主義的で、嫌な政治家だ」、
「○○の書くものは嫌いだ」といった発言をしたと報道されていた
・最近も京都御所で「なぜ、私たちまで靴やハイヒールを脱がなくてはいけないのか。脱ぎたくない」と
言ったと伝えられた
・今回の一連の皇室報道(皇后バッシング)についても、皇后が「幾つかの事例についてだけでも、関係者の
説明がなされ、人びとの納得が得られれば幸せに思います」「事実でない報道には、大きな悲しみと戸惑いを
覚えます」といった要望を宮内庁職員や記者クラブにしている。事実と違う場合は徹底して争う、という明確な
意思表示、自己主張をする(p137)。
・天皇・皇后は政治的な発言も進んでする(p138)
→即位後の国会で「憲法を遵守します」⇒国家元首と認識され、中韓から利用された
 細川首相の最初の内奏の折に「私より若い人が首相になったのは初めてです」、連立政権ができて旧野党
関係者と言葉が交わせるようになったことも歓迎した
・美智子皇后は秋篠宮の結婚に際して、「秋篠宮家の繁栄を祈ります」旨の発言
→天皇家が祈るべきは宮家の繁栄ではなく、国民の不安、国家の安泰、民族の永続ではないのか

973 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/01/29(木) 02:10:29
58 名前:松本健一氏の本から抜粋・2 mailto:sage [2007/11/07(水) 12:16:28 ID:VpeVdWGJ0]
・1993年の訪中が問題になっている際、「自分たちは行きたい」と発言(p142)
→宮沢政権は国民の反対を「天皇陛下が望んでおられるから」との発言で押し切り、天皇・皇后の希望を優先(p144)
・ベルギー王室の葬儀出席を口実に訪欧し、認証式の関係で細川政権誕生を4日遅らせた(p144)
→国事行為よりも「ロイヤル外交」を優先(p145)
・1991年宮沢政権誕生時、国際周産期学会とレセプション出席のため、認証式を夜9時まで遅らせた
→学会会長が皇后の手術執刀医&紀子妃出産の担当医だったため「ぜひともお祝いにいきたい」ということから
 (朝日新聞皇室記者が『文藝春秋』にも記している)(p145)
・天皇は相談されても「どうだろうな」ということが多く、結局は皇后が決めている(p146)
・紀子妃が秋篠宮の髪を直した写真を撤回させた事件
→皇后がああいう写真はよくないと言って引っ込めさせた(p149)
・皇后は女性誌であれ一般週刊誌であれ、テレビの皇室番組であれ、「ここは事実と違う。どうしてこういうことが正され
ないのか」と頻繁に言う→自分の理想とする皇室像にそぐわないものを排除しようとする
・皇后が皇太子妃時代に常陸宮と皇居で聖書購読会を主催→教養として聖書を読むのはよいが、宮中でキリスト教を
講義するのはやめよと昭和天皇が注意→天皇に叱られたショックから失声症になった
→このことを松本氏が雑誌に書いたところ、宮内庁から編集長宛に「書かないでもらいたいのです」と圧力(p150-151)
・1993年の訪欧時、皇后が「バチカンにはどうしても行きたい」といって訪問し、フランスの修道院で修道女と二人だけで
礼拝した(p155)


お噂過去ログ 2014/08/03(Sun)22:25:13 編集
♥ Re:とうに拒否行為をやっている点皿
松本健一氏はこの頃出て来ないなぁと思っていたら、この後麗澤大学の教授になっているんですね。
例のモラロジー、所さんと同じ。
しかも男系男子の牙城、日本財団だし。

これはだまらされているかなw
1/3管理人  【2014/08/03 22:36】
♠ 拒否行為をすれば、既に希望行為もしている。
 バルト三国は、両陛下の強いご希望で実現しました。

 かねてよりパラオ訪問を希望されており、今回、両国間での調整がされることになりました。

 日本中にある全てのハンセン病療養所を視察したいと希望されており、今回のハンセン病患者との語らいで、それが実現しました。


最低でも3つは、政府主導ではなく自分たちが希望して動いている。


テレビ番組アナウンス過去ログ 2014/08/03(Sun)23:14:54 編集
♠ 勝手なレッテル張りでバッシング
この自称人権派の弁護士遠藤氏は、雅子様が「勝手な皇室外交」をやろうとしていると決めつけて、恩師の芦部先生の名前を使ってバッシングをしています。
日本国憲法の枠組みのなかでの皇室のありかたについて、十分勉強なさった雅子様が、「自分の考えで皇室外交をしたい」なんておっしゃるはずはないじゃありませんか。
マキハハ 2014/08/03(Sun)23:31:15 編集
♥ Re:勝手なレッテル張りでバッシング
>この自称人権派の弁護士遠藤氏は、雅子様が「勝手な皇室外交」をやろうとしていると決めつけて、恩師の芦部先生の名前を使ってバッシングをしています。
>日本国憲法の枠組みのなかでの皇室のありかたについて、十分勉強なさった雅子様が、「自分の考えで皇室外交をしたい」なんておっしゃるはずはないじゃありませんか。

そうなんです。
ついでに言うなら、憲法学の権威芦部教授が「雅子妃が勝手に皇室外交をしたら」なんて話しますかね?
芦部教授は1923年生まれ、遠藤氏は1960年生まれ、実に40近い年の差があります。

それからこれは芦部教授のご親戚の方からうかがったことですが、雅子妃は外務公務員採用試験のために必要な日本の憲法や法律を学びに東大へ学士入学をされましたけれども、憲法は芦部教授に学ばれたそうです。
東大を定年退官されて学習院大学教授になっておられましたけれども、東大名誉教授でいらっしゃいましたから、特別講義でもあったのでしょうか、大層優秀だと褒めていらしたそうです。

遠藤氏こそちょうどその時は東大法学部の助手でいたわけですが、ほどなく東北大学の助教授に出て行きます(言葉は悪いですが都落ちです、マシな方ですけど)。
ハーヴァード大から東大へ学士入学し、1年もしないうちに外務公務員試験に合格した雅子さまの噂は当然聞いたでしょうし、見知っていたかもしれません。

遠藤氏は弁護士ですが、大学で法律を数年教えていれば弁護士資格をとれる認定制度が当時ありました。
彼は、東北大学で9年、助教授として法律を教えてましたから、それで弁護士資格を取得したようです。
私は、美しくて優秀な小和田雅子さんという人に対して、大して接点があったわけでもないけれども、遠藤氏が反感を抱いたことはあるんじゃないかと思えてなりません。
1/3管理人  【2014/08/04 00:11】
♠ ベルギー国王国葬の件については・・・・・・・
>・ベルギー王室の葬儀出席を口実に訪欧し、認証式の関係で細川政権誕生を4日遅らせた

このベルギーのボードワン国王国葬では、結婚なさったばかりの皇太子ご夫妻も訪ベルギーを検討されていた、との事ですよ。
この国葬後の2,3か月後に発行された月刊「文藝春秋」の巻頭コラムに侍従の方が書いておられましたよ。政権交代の儀式があるので千代田も悩んだそうです。
その「文藝春秋」、持っていたんですがなくしてしまいました・・・・・・・
ウィルヘルミナ 2014/08/03(Sun)23:43:02 編集
♠ re: ベルギー国王国葬の件については・・・・・・・
>>・ベルギー王室の葬儀出席を口実に訪欧し、認証式の関係で細川政権誕生を4日遅らせた

>このベルギーのボードワン国王国葬では、結婚なさったばかりの皇太子ご夫妻も訪ベルギーを検討されていた、との事ですよ。


ウィルヘルミナ様

ということは、東宮ご夫妻がご名代として訪欧された方が、すべてスムーズに事が進んだということですよね。

両陛下が故ボードワン国王陛下と親しくされていたのは事実ですけど、新内閣発足が迫っている時期に何を優先すべきかを判断し、ご葬儀出席は後継者ご夫妻に任せる・・・。
こうしたことも、立憲体制下での君主のありようを真に理解されているか否かのリトマス試験紙になると思います。
手白香 2014/08/04(Mon)00:03:50 編集
♠ 途中送信ですみません
続きです。
ご本人が考えてもいないことを勝手に決めつけて、バッシングする、これは遠藤氏が初めてではありませんよね。
あの西尾キャンジ始め、雅子様の華麗な経歴に嫉妬する下らない男ども(一部の名誉男性を含む)が、雅子様が帰国子女だから日本の伝統に暗く、わがままだと
、実際の雅子様とはかけ離れた悪口を垂れ流しているのと同じ匂いがします。

自分勝手な皇室外交をやろうとしているのは、茶皿のほうなのに。

むしろ、雅子様は、流麗な文字を書かれ、専門家も認める立派なお歌を詠まれ、お子様を心底大事になさり、いつも皇太子さまを立てていらっしゃる、古風な日本女性の理想像そのものではありませんか。

遠藤氏は、1984年に東大助手に採用されたものの、87年には東北大に転出しています。東大で助教授になる見込みがなかったのでしょうか。ここで挫折感があったのかも(勝手な想像ですが)。
雅子様は、86年に東大に学士入学、87年には外交官試験に合格して、東大中退。
接点があったかどうかはわからないけど、雅子様の経歴、頭脳、美貌は法学部のなかでも評判だったはずだから、遠藤氏が屈折した思いをもったとしても、不思議なことでは多分あるまい(あくまでも想像ですよ、想像)。

下らないアーヤを持ち上げて、雅子様を貶めるのは、オーソドックスなものを嫌うナンチャッテ左翼の特徴がよく出ているとおもいます。
マキハハ 2014/08/04(Mon)00:09:10 編集
♥ Re:途中送信ですみません
>続きです。
>ご本人が考えてもいないことを勝手に決めつけて、バッシングする、これは遠藤氏が初めてではありませんよね。
>あの西尾キャンジ始め、雅子様の華麗な経歴に嫉妬する下らない男ども(一部の名誉男性を含む)が、雅子様が帰国子女だから日本の伝統に暗く、わがままだと
>、実際の雅子様とはかけ離れた悪口を垂れ流しているのと同じ匂いがします。
>
>自分勝手な皇室外交をやろうとしているのは、茶皿のほうなのに。
>
>むしろ、雅子様は、流麗な文字を書かれ、専門家も認める立派なお歌を詠まれ、お子様を心底大事になさり、いつも皇太子さまを立てていらっしゃる、古風な日本女性の理想像そのものではありませんか。
>
>遠藤氏は、1984年に東大助手に採用されたものの、87年には東北大に転出しています。東大で助教授になる見込みがなかったのでしょうか。ここで挫折感があったのかも(勝手な想像ですが)。
>雅子様は、86年に東大に学士入学、87年には外交官試験に合格して、東大中退。
>接点があったかどうかはわからないけど、雅子様の経歴、頭脳、美貌は法学部のなかでも評判だったはずだから、遠藤氏が屈折した思いをもったとしても、不思議なことでは多分あるまい(あくまでも想像ですよ、想像)。
>
>下らないアーヤを持ち上げて、雅子様を貶めるのは、オーソドックスなものを嫌うナンチャッテ左翼の特徴がよく出ているとおもいます。


あら、ほぼ同時に同じことを思ったのですね!
そうですよね、嫉妬ですよね。
西尾キャンディも東大でしたっけ。
嫌ですね。
>
1/3管理人  【2014/08/04 00:14】
♠ 隠れキリシタン美智子皇后
京都御所に土足で上がっていたのは、確か、美智子さんと紀宮が「いつか結婚で降嫁するから」という名目で行きまくっていた母娘旅行の時ではなかったかな?

「紫宸殿」の文字をバックに、二人で並んで写ってましたよ。

他にも、昨年秋、トンネルの崩落事故の最中、今上夫妻が京都のお寺を訪ねた際、頭のてっぺんから靴まで金ピカ衣装の美智子さんは、確か、土足で上がり込んでました。

だから、京都御所でもお寺でも、必ず絨毯をひかせてますね。

靴を脱ぐと、全体のシルエットが崩れて、スタイルの悪さが目立つので、いやなんでしょうが、京都御所にも土足とは呆れ果てますね。

あと、教会での礼拝についてですが、家族がこれについて憶えていて、確か、代替わりしてそれほど間がないころに、ヨーロッパ(家族の記憶では、イタリアらしい)などを訪問した際に、教会の告解室(懺悔をする小部屋)に修道女とともに入っていった、という記事があったそうです。

とても印象に残ったらしく、「美智子さんって、隠れキリシタンだよ」とよく言います。

懺悔すること、いっぱいあったんでしょうね。

美智子さんの実家、正田家のご両親、妹夫婦、弟夫婦、いずれも洗礼を受けてますよね。

神道の祭祀に熱心だとか言いますが、ポーズだけかもしれません。

それにしても、御所や名刹で土足で上がり、ヨーロッパの教会で修道女に懺悔する、こんな皇后でいいのでしょうか?

そして、こんなことみんな知っているのに、なんで非難されないのでしょうか?




バースデーフラワー 2014/08/04(Mon)00:56:54 編集
♠ 西尾さんの嫉妬
西尾キャンディ、以前はそんなに嫌いな学者ではなかったのですがまさかの雅子様へのバッシングにがっかりしました。
ただ相当軽い人のようで小林よしのりはお茶目な人と言ってるようですね。皇室で遊んでいるのだそうです。
かなりの脱原発派で数年前の猛暑の夏にクーラー点けずに部屋でぶっ倒れ救急車騒ぎになったとか!変人なんですね!
ところで私は彼が雅子様への嫉妬というよりコンプレックスではと思っています。特に小和田さんに対する嫌がらせを見ると難関の外務省受験のために東大はすべり止めに受けたらとアドバイスしたことに腹を立てたのではと感じたのですが?
彼は文学部(やっと!)で雅子様は法学部でしょ、男の嫉妬はホントに困り物ですね!
秋篠宮家もよろしいのでしょうか?嫉妬深い方たちのイライラに利用されてるだけなのに。
いや、それを利用してる?

brubru 2014/08/04(Mon)10:51:14 編集
♠ 広宣流布さまへ
読ませていただきましたが、コメントというより私宛てのメールのようですので、非公開とさせていただきました。
よろしくご承知おきくださいませ。
1/3管理人 2014/08/04(Mon)23:46:25 編集
♠ 不可解な人
>遠藤氏は、1984年に東大助手に採用されたものの、87年には東北大に転出しています。東大で助教授になる見込みがなかったのでしょうか。ここで挫折感があったのかも(勝手な想像ですが)。
とのマキハハ様のご指摘ですが、大変失礼な言い方ですがこれはあり得ないと考えます。以下の理由から遠藤氏は挫折感はないと私はそう考えます。遠藤氏は学士助手で採用されていますが、wikiの「学士助手」の項をご覧になっていただければわかりますように、これは優秀な学生を研究者として温存するためのシステムですので、この方が本当に優秀な方だということがわかります。これで事実上最低でも国立大学教授として将来が約束されているのです。また、東北大へ転出されていますが、東北大法学部というのは旧制東北帝大法文学部で法学界の名門校です。それに東大教授というのは、他校の教官から転出してくる例も多く、遠藤氏は黙っていても最低東北大教授、運とちょっとの努力で母校へ凱旋できる立場にあったのです。樋口陽一氏は東大ではなく東北大卒で、母校教授から東大へ転出されたわけですから、遠藤氏は師よりも有利な立場にあったわけですので、助教授在職6年半といえば「もういくつ寝ると・・…」といった塩梅になっているはずですので、普通はやめません。しかも当時の国立大学教官は国家公務員でしたので、実に恵まれた地位にあったのです。教授職目前であったろう氏の辞職理由はわかりませんので、どなたかご教示いただければ幸いですが、上記のような理由から遠藤氏が助教授で辞めることがわからず、「なんとも不可解な人だなあ」と強く感じます。
へへ人の酋長ムクワワ 2014/08/21(Thu)22:51:24 編集
♥ Re:不可解な人
私は、社会人学生だった時、法学部所属だっただけなので(というより、当時その大学では法学部だけが社会人学生を受け入れてた)しかも東大ではないのでw(当たり前だけど)よくわからないですが、学士助手(学卒助手)というのは、法学部に多く残っている制度です。

昔、東大では司法(裁判官がTOP)・行政(大蔵省がTOP)など、ピラミッド型に東大卒業生のコースが作られていたそうなんですが、日本を動かす秀才たちを教える立場になるから、成績の最優秀者を助手として大学に残したと聞いたことがあります。
ただ、これは学部の成績で決められただけのことで、助教授になるには助手になってからの論文が大切で、これまた法学部は学問的論理が徒弟制度のように生きているところでw助手から助教授、教授になるにはまた別の要因が必要であるわけで。
もちろん、学部の成績だけでなく、その後の研究者としての資質も大きくかかわってくることももちろんですが、しかし、思想的といいますか、反体制側の活動がネックになることも。
新潟水俣病(美智子さんの妹さんのゴニョゴニョw)を告発して、万年助手に据え置かれた宇井純さんのような方もいらっしゃいます。

もう20年くらい前だと思いますが、京大で30歳の法学部教授いました。
この早さは他学部特に研究実績を求められる理系とは違い、学士助手という制度によるところが大きいと聞きました。

「ここでは教授のメは無いな」と遠藤氏が挫折を感じた何かがあったかもしれない、ということはないことはない、とも言えます。
1/3管理人  【2014/08/22 00:24】
♠ レ管理人様
早速のお返事感謝に堪えません。
 遠藤元助教授は、調べてみますと、辞職後弁護士開業まで大阪の釜ヶ崎(現在はあいりん地区の言うのでしたね)で労働に従事したといった、志は良しとしなければなりませんが、こういう方はたいていイデオロギーという尻尾を持っておられることが通例で、なんとも「香ばしい」過去をお持ちの方のようで、講演の内容とともに、「学生にとってはやめていただいて正解だったなあ」と辞職があまり残念と思えない方ですね。
 たぶん南米にでもお生まれになっていたら、センデロルミノソに加入していたような方とお見受けいたします。
 
 人権団体だの人権活動家を見分ける方法の一つとして、私は次のようなものを提案します。かのヴォルテールの名言に「儂は君の意見に反対だが、君が意言する権利は命に代えても守る。」というものがありますが、これと同じように、こうした人たちも彼らが「敵」側と考える人たちにも、「人権」を守っているか否かという基準で見極めてみてはいかがでしょうか。これでいくと人権団体だの人権活動家はたいてい落第します。遠藤元助教授もこの発言が個人のプライバシーにかかわると考えないところを見ると、先に述べたよう「な人権活動家」と考えざるを得ません。

>ついでに言うと、安倍首相が「芦部憲法を知らなかった」とさんざん馬鹿にされました。
この際は、憲法改正が論議されていましたのでこうなりましたが、国会では森羅万象おおよそ国民生活にかかわることはすべて論議されますので、内閣総理大臣は森羅万象すべての通説やそれを主唱する学者の名を知らなきゃならなくなります。大体このお説でいけば、法学部以外の出身者は総理になれなくなります。
そうした政治家を支えるために「法制局」「国立国会図書館」という組織があります。そもそも議会制民主主義下の政治家というのは国民の代表なのですから、国民の一般的知識以上のものは求めるべきではない、足りない知識を支えるために専門家たる官僚や政策スタッフがいるともいえるわけで、片山代議士や民主の小西議員はこうした「古典的」議会制民主主義ではなく、「テクノクラシー」というべきものが理想なのだろうかと考えてしまいます。
へへ人の酋長ムクワワ 2014/08/22(Fri)09:40:02 編集
♠ 再追伸
 人権団体や人権活動家についての判定基準ついてちょっと提案が舌足らずだったかなあと思い、いい喩えを思いついたので書きます。大変尾籠なお話で申し訳ありませんが、安倍首相は潰瘍性大腸炎を患っておられ、よく反体制の人は首相を「ポンポン痛い」とか「下痢して逃亡した奴」とか揶揄しますよねえ。私思うのですけど、こういう発言って「つんぼ」とか「めくら」って人を揶揄することと、どう違うのでしょうねえ。反体制派が首相を揶揄したり批判すること自体は言論の自由ですし、大事な権利です。しかし相手の人格にまで踏み込んで批判するというのはどうでしょう。権利の濫用といえないでしょうか。それに、この例でいえば潰瘍性大腸炎という病気は安倍首相1人のみの病気ではなく、我が国でも何万人もの患者がいらっしゃる病気です。こうした揶揄は他の患者への誹謗ともなるのです。
 こうした点を省みず発言するものが、どうして人権を尊重しているといえますか。ここから私は、人権団体や人権活動家の発言の中に、彼らが「敵」と考える側を言及する際上記のような相手の人格や人権を著しく侵害するような発言をする者は、いくらきれいごとを言っても絶対信用してはならないと提案したいのです。

 それと関連して、私がいわゆる反東宮派といわれる輩を竹田氏以外信用しないのは、人権団体と同じ理由です。雅子妃殿下への誹謗中傷はあまりにひどすぎます。特に、精神疾患へのそれは、安倍首相のそれと同様、妃殿下以外にも多数の患者が存在することも知らずかのようです。代表的な例では西尾博士はひどい。到底国立大学名誉教授とは思えぬ、専門外のことを憶測で中傷する態度のは目に余るものがあります。
 竹田氏は「正論」誌上で西尾博士をたしなめ、精神疾患を勉強したうえで発言しようとの態度をお持ちで、妃殿下を誹謗中傷したことはなかったと記憶しています。
 ですので、竹田氏を除き、反東宮派、男系維持派といわれる輩(八木秀次氏など)は私は全く信用していません。
 そして全く関係ないことですが、八木秀次氏(高崎経済大学教授)といえば、同姓同名の物理学者(1886生~1976歿)がいらっしゃり、こちらはかの八木アンテナの発明など我が国物理学界に大きく貢献した偉人です。氏の名前を聞くたびどっちだったかと判断に困り事があり、昨今では偉大な後者にも前者の影響からか、皇室問題とは全く関係ない故人にもかかわらずあまり良い感情を持てなくなってしまい、まことに困り切っております。

 
へへ人の酋長ムクワワ 2014/08/23(Sat)13:19:19 編集
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