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がんばれ東宮職!
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考えてみれば、竹田君って憲法学を慶応で教えているのに、旧皇族の復活のことばっかり言っていて、憲法にからめては全然しゃべっていないんだよね。

辻村さんの「憲法」を読んで、非常にわかりやすいとは思ったけれども、主権論のところで、ナシオン主権、プープル主権と出てきて、どうも彼女は、これからは論理的な解釈論で、国民主権だ市民主権だと言ってないで、実践的にも活性化させよ、とおっしゃっている(らしい)。
しかし、どうもジェンダーの話になると、私はちょっと苦手になる、しかも、実践せよとか活性化とか「行動」を求められるとちょっと引いてしまうんだなぁ。
それに女性天皇の話が出てから、憲法学者がジェンダー問題ではなくて、何か言いましたか?
というか、話題になりました?

結局、現実的に
「皇室は文化なんです、だから男系男子で継ぐのも日本の伝統文化の1つとして残して」
「人がいなくなるじゃん」
「悠ちゃんおひとりさまで50年は持つ」
「まず女性宮家作ってね、秋篠宮家のカコマコ2人で、あとの宮家いらね」
ということばっかりで、後は、雅子さまとご実家の皆様が愛子様天皇を画策しているとか、捏造話で叩くだけ。

現憲法は「天皇は男でなきゃいけない」とは規定していないので、皇室はどこも後継ぎがいなくて女の子ばかり、それなら皇室典範をいじろう、と小泉首相が「愛子様を天皇に」とぶちあげたところ、鯰んちの嫁がほんとにいらんことをやってくれて、せっかく国会審議が始まったというのに、オツムの足りないオムツ安倍が、これまた独断で「キコサマのお腹の子の皇位継承権を潰す気か」と審議自体も潰してしまった。

でも、この時までは、何とか憲法問題もちらほら聞こえていたような気がするんだが?

それが、皇室典範をいじればどうにでもなる、ということがわかって、皇室ジャーナリストみたいなのがでかいツラして、あれこれ語るようになってしまった。

まぁ、ド庶民もあれこれ言うから、責めるわけにはいかないけれども、原点に帰って考えてみると、「象徴天皇」というのは、今の日本国憲法で出来たものなんだよね。

難しいことはよくわからないけれども、「天皇は祭祀王だ」という主張を、メディアはいとも簡単に載せる時には、この憲法に規定されている「象徴」という存在でもあることをころりと忘れているかのように見える。

皇位は男系男子がこれを受け継ぐ、つまり日本国の統合の象徴は男しかなれない。
しかし、天皇の代わりの「摂政」には女でもなれる。
しかし、しかし、摂政は国事行為は代行できても、「象徴としての性格は天皇に専属するため、摂政には認められない」となる。

「象徴としての(男の)性格」とはなんぞや?

目から鱗・・・ではなく、目からなんで?という疑問が溢れてくる。
皇室典範のところと、国際条約のところは、読んで損はしない。

1985年(昭和59年)日本は女子差別撤廃条約を締結して批准している。
まぁ、条約よりは国内の憲法が優先するとは思うけれども、皇室外交だなんだとあちこちへ出かけていた天皇、特に美智子皇后は恥ずかしくなかったかなぁ?

いろいろ思うことがあるw

(あ、赤線は私が「ん?」とひっかかったところなので、特に意味はありません)

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♠ 皇室自律主義を否定
「自らを厳しく律し」って言ってたこと?
天皇の考えを忖度して、女性宮家創設を喫緊の課題とする。

こういうのって「皇室自律主義を否定」になるの?
Rosa wichuraiana 2012/03/27(Tue)00:41:42 編集
♠ 祭祀王が国会に来ないでよ & 婆さんチアリーダー
>「天皇は祭祀王だ」という主張を、メディアはいとも簡単に載せる時には、
>この憲法に規定されている「象徴」という存在でもあることを
>ころりと忘れているかのように見える。

そうですよね。
しかも、「祭祀王だから男系、これは文化の問題、だからしょーらいのてんのー」と言っている人達が、議会開設120年式典にやってきたり。

文化なら、おとなしく京都御所へ帰れ!

>皇室外交だなんだとあちこちへ出かけていた天皇、
>特に美智子皇后は恥ずかしくなかったかなぁ?

女子サッカーが出てきても、女子の競技が多様化しても、あくまでもチアリーダーが花形だって思いたいんじゃないの。

皇室のチアリーダーなのに、グラウンドに出ている気分だから、米国国務長官とハグしちゃったり。この人に、理屈を求めても無理だと思う。
そもそも、婆さんなのにチアリーダーの座を譲らないし。
ルビー 2012/03/27(Tue)01:27:26 編集
♠ 文化としての天皇、象徴天皇
本来、あまり平和とは関係なさそうなハトを、平和のシンボルと捉える。
それはそのように認識する人々の共通理解というか、そういう文化の問題。

このところ、ルビー様や里人様が時折言及される「文化としての天皇」とは、天皇という存在を日本国の象徴として捉えさせる、そういう意味での文化(?)ということなんじゃないかと思いはじめました。

考えてみれば、天皇が、なぜ日本国、日本国民統合の象徴たり得るのでしょうか。
そこの部分にこそ、文化というのが懸かってくるのでは?

ということで
>祭祀王だから男系、これは文化の問題、だからしょーらいのてんのー
これはおかしい。
祭祀王として時に国家神道の中心でもあったこと、
男系であったこと、側室が大量にいて庶子も嫡子と同等に扱われてきたこと、
君主として君臨し、国家の主権者でもあったことなどは、
歴史における天皇の形態の一つに過ぎない。

日本が君主制をやめ、
男女平等を含めた平等主義と信教の自由を含めた自由主義を根幹とする日本国憲法を定めたとき
それでもなお、日本人の国民国家の統合の象徴として、天皇を国家に深く関わるものと位置づけるとして、象徴天皇制に切り替わった。

そういう風に天皇という存在を、国家を成り立たせる法律が大きく変わってもなお、国家や国民と深く関わらせて捉えようとすること自体が、文化なのであって、
祭祀王だとか、側室たっぷりの男系だとか、ひいては君主だとか、歴史的な形態にこだわってしまっては
本質を見誤り、「天皇を国民国家の象徴と捉える」文化的部分すら破壊してしまうのではないだろうか。

歴史的な天皇の姿を帰納していったところに、文化としての象徴天皇があるわけではない。

仏教の用語を使えば、祭祀王だの男系だのは「応身」としての、その時代、その社会の天皇の姿であって
「法身」としての本質は、そこを超えたところにあり、それは一貫しているということ。
(と日本人が感じているからこそ、憲法が変わってもなお、象徴としての天皇というものに生まれ変わったのだろうということ)

ルビー様の書かれた「文化の問題、だからしょーらいのてんの-」話を読み、
私としては、文化としての天皇ということばを、上記のように理解したいと強く思いました。
ペリドット 2012/03/27(Tue)11:07:08 編集
♠ 象徴天皇制って、マスコミの造語でしょ
>日本が君主制をやめ、
男女平等を含めた平等主義と信教の自由を含めた自由主義を根幹とする日本国憲法を定めたとき
それでもなお、日本人の国民国家の統合の象徴として、天皇を国家に深く関わるものと位置づけるとして、象徴天皇制に切り替わった。

日本は立憲君主制ですが・・・。
ブータンは王制から2006年に立憲君主制に移行。
現在、常陸宮ご夫妻が弔問に訪れているトンガも立憲君主制。
日本の教育現場は、日本が立憲君主制という政治形体であることや立憲君主制についてきちんと教えてこなかった。
今は、一応教えているようですが・・・。
そういったことも、現皇室にとっては、きついところでしょう。
グラス 2012/03/27(Tue)11:55:15 編集
♥ Re:象徴天皇制って、マスコミの造語でしょ
>それでもなお、日本人の国民国家の統合の象徴として、天皇を国家に深く関わるものと位置づけるとして、象徴天皇制に切り替わった。

いや、天皇の存在が連綿として「象徴」とされてきた、という面はあるけれども、象徴天皇制はマスコミ造語ではないと思うよw

画像の最初を読んでね。

「日本国憲法は、大日本帝国憲法の神権天皇制を廃止して、国民主権原理のもとで象徴天皇制を採用した」
とあります。

憲法学者が憲法解釈本にマスコミ造語は使わんでしょう。

>
>日本は立憲君主制ですが・・・。

いや、それも画像の真ん中あたりに書いてあるけれども、

「一般に、君主とは、世襲の機関で統治権の重要な部分、少なくとも行政権を現実に行使する機関を意味するため、統治権をもたない天皇は君主ではない」と書いてある。

統治権で言えば、旧憲法下の天皇は君主だったよね。

でも、現憲法下で「立憲君主制」という言葉を使うと、確立された制度と間違うおそれがあるから、憲法問題を論じる場合は、使わないほうがいいと思う。
イギリスの立憲君主制(この国も君主の統治権が名目化しているとある)とは様態も違うんだし。


>日本の教育現場は、日本が立憲君主制という政治形体であることや立憲君主制についてきちんと教えてこなかった。

私が教育を受けていた時は、天皇のことはあんまり触れないでおこうみたいな時代だったので、日本史に出てくる天皇と今の天皇はあんまり結びつかなかったなぁ。
高校の時は近代までいったかな?
大正デモクラシーくらいまではやったかも。
受験で先生も最後の方は大急ぎですっとばしていた。

>今は、一応教えているようですが・・・。

え、今、日本は立憲君主制だって教えているの?

1/3管理人  【2012/03/27 12:41】
♠ 日本国憲法は情緒で見るべきものじゃない
>日本が君主制をやめ、
>男女平等を含めた平等主義と信教の自由を含めた自由主義を根幹とする
>日本国憲法を定めたとき
>それでもなお、日本人の国民国家の統合の象徴として、
>天皇を国家に深く関わるものと位置づけるとして、象徴天皇制に切り替わった。

そのとらえ方は、いささかロマンチックすぎると思うなあ。
ペリドットさんの日本国憲法への憧れは、一貫してピュア。

日本が自ら、革命を起こし、日本国憲法を獲得したなら良いけど。

大日本帝国憲法は、日本人が自ら内部変革をして、武士はその特権を捨ててまで定めた憲法だけれど、欠陥があり、統帥権の暴走が可能だった。
政党政治と普通選挙の実施という進歩化の努力も、君主自体の立憲君主志向も、統帥権と軍の独走によって瓦解した。

日本国憲法は、日本の民間人にも無差別爆撃を加えた連合軍が、戦勝国として占領中に作られた。
まず日本側が新憲法を作ろうとした。しかし日本側のみではまとめるのに時間がかかり、連合軍総司令部が草案を作るにいたった。その草案の三原則の一つに「天皇制の維持」があった。
連合国草案をもとに日本側が起案した憲法は、本来、国民投票を経るはずがそれはされず、衆議院の圧倒的多数で可決された。

「連合軍があわてて作ったにしちゃ、良くできているから、今も使われているのよ。でも、あいつらに空襲でやられた身だから、どうも、この価値観の大変換で、訳がわからなくなっているところがあるのよね、我々の世代は」
と、母が言っていたけど、それはあると思う。

日本のアイデンティティには、断層がある。
それを理解した上で、「日本国憲法はなかなか良い。自由と主権在民と男女平等は我々の手で守る」と、意識しなくちゃいけないと思うな。
ルビー 2012/03/27(Tue)12:33:16 編集
♠ 立憲君主と象徴天皇
いま話題の辻村先生の御著書を持っていないので
持ち合わせの佐藤幸治先生と芦部先生の「憲法」から

佐藤先生は、「象徴としての天皇」という表現は使用されますが、ざっと読んだところ、拘りを持っておられるのかと思うほど(象徴天皇)と記載せず、「象徴としての天皇」と記されてます。ちなみに佐藤先生は前回の典範改正有識者会議のメンバーのお一人です。

一方、芦部先生は目次からして「象徴天皇」とありますから・・・そんな感じです。

いずれにしても、象徴天皇がマスコミの造語ではないとは思います。ただ、このような用語一つを取ってみても、どのような用い方をするかで、先生のスタンスを拝察することが出来て面白いと感心しました。


わぁ、普段からお花畑的脳内がグラス様に似ているのでは?と心配してましたが、ここでもですか・・・
私、科目として、けっこう憲法が好きだったんですが、天皇の立憲君主もしくは議会君主を疑ったことがありませんでした。
しかし、いま改めて読むと、
二~四つある君主制の定義を厳密にあてはめると、日本国憲法下の天皇はいうまでもなく君主ではない
と両先生ともに明確に書いておられます。
もっとも、両先生とも、主権概念の捉え方で、君主とも規定できるし、天皇が君主か元首かという名目的問題より、その権能という実質的問題を明確にする方が重要だとも書かれています。

脳内お花畑で、情緒に流されやすい私は大いに反省せねば・・・
三輪 2012/03/27(Tue)13:31:19 編集
♠ 日本国憲法に天皇制が残った理由に正解がない
>皇位は男系男子がこれを受け継ぐ、つまり日本国の統合の象徴は男しかなれない。
>しかし、天皇の代わりの「摂政」には女でもなれる。
>しかし、しかし、摂政は国事行為は代行できても、
>「象徴としての性格は天皇に専属するため、摂政には認められない」となる。

>「象徴としての(男の)性格」とはなんぞや?

やっぱ、急いでいたから、細かいところで目が行き届かず矛盾点があるのでは?

>私が教育を受けていた時は、天皇のことはあんまり触れないでおこうみたいな
>時代だったので、日本史に出てくる天皇と今の天皇は
>あんまり結びつかなかったなぁ。

前記したように、連合軍総司令部の憲法草案の三原則の一つに「天皇制の維持」があり、それで、「象徴」という日本らしい余白の美のような曖昧な形をとり、日本国憲法で天皇制の維持をした。

「象徴って何?」って理詰めで考えると、あの焼け野原での憲法成立の事情に行き着く。
だからなるべく触れたくない先生が多いのではないでしょうか。

21世紀の皇室典範改正は、「象徴って何?」を、日本が自ら再定義すべき絶好の機会だと思うのですが、この有様ですから・・・・。

皇統問題も処理できず、ぐちゃぐちゃのまま象徴天皇制は自然消滅。
人間国宝としてのみ世襲天皇が維持される。
国の機能としては大統領制を選択したところ、さまざまな勢力が入り乱れ、そこにエネルギー問題もからみ、数回のクーデターなどを経て。
22世紀頃、日本の制度は安定する。

という感じになるとか?
なんだかなあ、ではありますが。
ルビー 2012/03/27(Tue)14:03:11 編集
♠ これは私見ですが
日本は、19世紀から20世紀中盤にかけて立憲君主制を目指そうとして、ついに果たせなかった国家という認識をしております。

昭和天皇は、思うに天皇と国家の関係として立憲君主制が理想像であり
ご自身は戦前においては、立憲君主としてふるまわれていたように思います。

結局、戦時中の天皇と国家の関係ってなんだったんだろうと今も思います。

そして、そもそもこの国において天皇ってなんなんだろうという疑問にも襲われます。時代によってかなり天皇の様相って違いますもんね。

天皇機関説という言葉を知ると、これが一番日本の天皇制を説明するいい言葉なんじゃないかと思ったり…だって実際機関のようなんですもの。

時にそれは権威を授ける機関であり、権威そのものを産む機関であり。

これだと摂関時代の藤家にがんじがらめにされていたときの天皇も、太平洋戦争時代軍部にあがめられていたときも、時代時代の価値観や観念を置き換えるだけで説明できそうな気がしてくるんです、たはは^^;


そして蛇足ですが、
私は小学校中学校の社会科の教科書の中で
「象徴天皇制」という言葉を何度も見て育っておりますw
だからマスコミの造語っていうのはちょっとね^^;
綾川 2012/03/27(Tue)14:35:03 編集
♠ 君主と元首の概念。
三輪様

君主概念を巡っては、主要な説だけでもざっと7つはあり、元首概念についても4、5説はありますから、どの説を選ぶかにより、天皇の、君主性や元首性についての結論は変わってきます。

ご指摘のように、わが国の学説では、君主概念については、特殊的統治機関説、元首概念については対外的代表機関説を採用する見解が通説的立場であり、天皇は君主でもなく、元首でもないという結論が導き出されています。

しかし私は、現在の国際礼譲やわが国の実務、国民感情等を正視すれば、上記通説は説得力に欠けると考えております。天皇は元首ではないとする通説の中でも、元首は①内閣総理大臣とする説②内閣とする説③元首は存在しないとする説に分かれ帰一するところがないことも(日本的な曖昧さといえば聞こえはいいですが。)はからずも通説の問題を露呈しているように思われます。

実質的にみても、天皇は君主でなく、元首でもないとする通説が、「象徴たる天皇陛下は、異国の立憲君主などとは隔絶した至尊の祭祀王なり。」等と考える勢力に付け入る隙を与えているように思われます(三輪様がご指摘のように、両陛下は左右双方に気を配っておられると存じますが、祭祀王の危険性については無自覚に過ぎると判断しております。)。

不遜を承知で敢えて愚見を申し上げれば、象徴天皇は立憲君主制を極限まで推し進めた極めて高度の完成形態であると考えており、21世紀にも皇室がわが国の尊厳的部分であり続けるためには、徳性で国民から広く尊敬される立憲君主という部分を生かして行くほか無いのではないかと思っております。

そして、その方向性は明治以前の天皇の伝統と決して矛盾するものではないし、時代の変化に真摯に向き合っている海外王室が目指す方向性とも一致していると判断しております。

冗長な乱文何卒ご容赦下さいませ。
里人 2012/03/27(Tue)21:55:58 編集
♠ 文化としての天皇
ペリドット様、ルビー様

尊敬するお二人が、極めて刺激的な対話をなさっておられ、私ごときが横から口を挟むことは憚られますが、いくつか感想めいたものを述べさせて頂きます。

まず、この現状に対する具体的実践としてはお二人の間で殆ど相違はないと思われます(このサイトに参加されて間もない住民の方もいらっしゃいますので、まずこの点をご確認させて頂きます。)。

そして、理論的な点ではペリドット様の仰っていることは実に良く解りますし、わが意を得たりという思いが致します。

しかしながら(ルビー様が仰りたいこととは異なるかもしれませんが)、私は、天皇の伝統(伝統という陳腐な表現で言い尽くせるとは思いませんが)の中には、政治学的分析、社会学的分析、歴史学的分析、文化人類学的分析でもとらえきれない「文化」としての固有の領域があると考えております。
そして、その領域は、天皇の政治的・法的立場の変化に関わりなく(極論すれば、将来、仮に皇室という政治制度が消滅したとしても)存続するものであると存じます。

問題はなにがその文化なのかということですが、これは論者により様々であり、この多様さが、綾川様が指摘されておられる天皇という地位のとらえどころのなさにも関係しているように思われます。言語化するのが難しい領域だと申せましょうか。

では、おまえ自身はどう考えるんだと言われますと、私自身は近現代の思想家の中では、保田與重郎がその特異な能力と恵まれた生育歴を通じて
「文化としての天皇」の本質を非常に深いところまでとらえていたのではないかと思っております。
急いで付け加えますが、保田思想の強烈な毒の面も正視しなければならないことは言うまでもありませんし、勿論、彼の思想をベースとして、21世の皇室象を云々することはできません。

具体的な実践の場面では「文化としての天皇」の部分は括弧に入れなければならないと存じます。

そうした思考ができず、歴史と現実を無視した「理想の皇室象」なるものを妄信し、「男系万歳」「祭祀王万歳」等と絶叫する輩は、皇室の将来にとり、マイナスにしかなりません。
そうした連中を横目で眺めつつ、ニヤニヤしている(かつての尊敬できる反体制派と異なり、下劣極まりない)左派連中を見ると心からげんなり致します。

先輩お二人の対話に触発され、恥ずかしげも無く駄文を投稿してしまいました。乱文ご容赦くださいませ。

これからも何卒宜しくご教示の程お願い申し上げます。
里人 2012/03/27(Tue)22:32:32 編集
♠ この本は参考にならない
>>日本は立憲君主制ですが・・・。

>いや、それも画像の真ん中あたりに書いてあるけれども、

「一般に、君主とは、世襲の機関で統治権の重要な部分、少なくとも行政権を現実に行使する機関を意味するため、統治権をもたない天皇は君主ではない」と書いてある。
現憲法下で「立憲君主制」という言葉を使うと、確立された制度と間違うおそれがあるから、憲法問題を論じる場合は、使わないほうがいいと思う。
>イギリスの立憲君主制(この国も君主の統治権が名目化しているとある)とは様態も違うんだし。


国際社会で、日本は立憲君主制に分類されています。
日本政府の見解でも、日本が立憲君主制であることを認めていますよ。

「一般に、君主とは、世襲の機関で統治権の重要な部分、少なくとも行政権を現実に行使する機関を意味するため、統治権をもたない天皇は君主ではない」
の後に、
「もっとも、このような君主の定義は君主制と共和制の区別のなかで国の政治体制の本質的要素として確立した」
とありますよね。
当初は、君主が統治する君主制と共和制しかなかった。
ところが、君主国も民主化が進み、「君臨すれど、統治せず」という新たな君主の形が生まれた。
それが、立憲君主制です。
元々、君主が統治しない君主制、政治形体を作ったのですから、統治権の有無を君主の条件とすること自体、おかしな話です。
それが、判っているから「もっとも、このような君主の定義は・・・」なんて、アリバイ的な文を加えている。

また、総理大臣の任命権が立憲君主制の元首と認められる要件の1つと考えられています。
立憲君主制とは、
世襲の元首を戴いている。
元首に憲法や法律で制約(制限)がある。
というのが、国際的な定義のようですが。


イギリスは日本と違って憲法が明文化されていません。
はるか昔、まだ国王が統治していた時代の慣習や伝統を憲法として代々国民が頭の中に受け継いでいます。
ですから、その当時の慣習として、国王には統治権があると考えられていますが。
統治権が行使されなくなって、100年余り。
憲法は、はるか昔のものだけれど、運用されている法制度は現代の社会に即したもので、国王が実際に統治権を行使できるような制度にはなっていません。
絶対王制から、立憲君主制に移行する際、普通は憲法を改正するものですが、イギリスには改正すべき条文がなかった。
だから、統治権を持っているのが君主という論理を納得させる為のモデルケースにされていますが。
「君臨すれど、統治せず」って、言われていますよね。
グラス 2012/03/27(Tue)22:52:57 編集
♥ Re:この本は参考にならない
>国際社会で、日本は立憲君主制に分類されています。
>日本政府の見解でも、日本が立憲君主制であることを認めていますよ。

そうかもしれないが、私は憲法から見る「皇位の継承」「女性天皇」論をやりたいのですが。
わかってもらえないならやむを得ないけど、現憲法では「天皇が日本国の象徴である」と言っている、その象徴が「男でなければいけない理由は何だ?」それを知りたい(憲法には男でなければならない、とは書いてないですよ、しかし象徴を存在させていくために内包した法律「皇室典範」には「男系男子」とあって、それを主張する人たちがいる)。

辻村みよ子氏が「女性・女系天皇」容認であるから(里人様からのご紹介だし)この本を出したのだけれども、私としては、憲法学者から今に至っても「ジェンダー」であるとか「女性学」の立場でしか女性天皇容認は語られなかったのが非常に残念なのです。

私の世代では、ジェンダーフリーより前、ウーマンリブとか中ピ連とか、ギャアギャアうるさいのを覚えているんで、まぁ、これも歴史から言うと、過渡期のものとして、出るべくして出たものかもしれないけれども。

参考になる憲法の本を出してくださってもいいですよ。
辻村みよ子氏とは対極の(というより定説の)芦部憲法でもいいし(ただし、解説は必須ですからお願いね)。
ルビー様もおっしゃっているように、皇室典範改正が言われているんで、「象徴天皇」を考えるにはいいチャンスだと思うんですね。


1/3管理人  【2012/03/27 23:51】
♠ まつりごと(祭祀)と、まつりごと(政治)と
>昭和天皇は、思うに天皇と国家の関係として立憲君主制が理想像であり
>ご自身は戦前においては、立憲君主としてふるまわれていたように思います。

>結局、戦時中の天皇と国家の関係ってなんだったんだろうと今も思います。

>そして、そもそもこの国において天皇ってなんなんだろうという疑問にも襲われます。

確かに・・・。
「戦争責任」という言葉が出るけれど、明治天皇は、日清・日露戦争の責任は問われない。そうなると、昭和天皇の責任は「敗戦責任」なんだろうか。あるいは「神がかった戦争をした責任」かもしれない。
ここが曖昧なのが問題かもしれない。

昭和元年、初めて背広を着て民衆の前に出て「我らの陛下」呼ばれたのに、欧米の婦人参政権の調査だってしていたのに、立憲君主制を理想としていたのに、16年後には現人神として兵を戦地に送り出すことになる。

一人の人に、あるいは一つにシステム=皇室に、「元首的な性格」と「祭祀王的な性格」を負わせると、危険なんじゃないだろうか?
やっぱ、イスラム圏でも聖職者が国民を代表していると、原理主義に進みやすい。

平成も、なんだか危険な感じになっている。
天皇に、サイシ祭祀と求める勢力と、国家元首化を求める勢力が一致しているのは、まったくもって宜しくない。そういう点では、天皇が「この人のためには死にたくないなー」という、人気が薄い人物だということは、ある意味安全なのかも。

イギリス王室は、日本で考えれば将軍みたいなものだと思う。GODに助けてもらうように人々が歌う。

そうなると、自分には何が理想か?と言われれば、天皇は女系も公認とし、さらに、国事行為への関わりも限定し、「ありがたい者」「日本文化の発信源」のようにして京都を本拠地にする、という感じかなあ。

皆様の考えが行き来して、とても刺激になります。
そういう点で、グラスくんも、「気づき」を与えてくれるよね。
ルビー 2012/03/27(Tue)22:54:19 編集
♠ 国際的には立憲君主国家?
グラス様
わが国は、国際的には立憲君主国家とみなされているのですか!
知りませんでした。
これって、自衛隊が国際的には日本の軍隊とみなされていて「いや軍隊じゃないんだよ」と説明に苦慮するのに似てますね。たはは^^;

でも、実際は、里人さまが丁寧に書いて下さってるように、天皇はわが国の元首でもなければ君主でもない。

ではなんであるかといえば「象徴である」と私は素直に答えますけどねw

例えば大臣が決まれば天皇から委任状を受けるとか、国会が始まるときには天皇のお言葉があるとか、政治上のさまざまな書類を天皇が目を通され決裁なさるとか、そういったもろもろのことは、不遜な私は「立憲君主制の風を装ってる」としか思えておらなかったのであります。
そういう風にしておけば、天皇という君主のようなものと実際の内閣だの議会だのというものが、併存する日本について、諸外国相手に説明する労が省けるかなという感じでw

だが里人さまがお書きになったように「象徴天皇は立憲君主制を極限まで推し進めた極めて高度の完成形態」と考え、いま日本で、民主国家における君主制の最先端が展開しているとみなすべきかもしれません。

解釈に過ぎないといわれるかもしれませんが、日本ではいくつかの最先端の実験が進行中であると思うことがあります。
例えば、憲法第9条をもつ日本国憲法は、地球人類の平和の実践の最先端の実験でありましょうし、はたまた超高速で少子高齢化が進行している社会は、きたるべき高齢化社会の最先端であります。わが国の先に道はなく、わが国の後に道ができる・・・誇るべきか否か悩ましい問題ですなあ^^;

里人さま、小生の拙いレスに言及していただき恐縮しております。今までご挨拶をしておらず大変失礼しました。今後よろしくお願いします。
綾川 2012/03/28(Wed)00:22:41 編集
♠ 立憲君主制を産んだ欧州にあって、日本にないもの
これはあくまで私見ですが、
欧州が立憲君主制度というものを産み、それを各王家が選択した要因の一つに、フランス革命があると思います。

民衆が力をもち、それまで身分ある者だけで国家を運営してきたものが、民衆も参加させろと迫り、さらには「てめえらじゃダメだ!」と身分ある者たちに対して蜂起し、王の首を刎ねた。

これは身分ある王侯貴族たちにとってはものすごい衝撃だったろうと思います。

結果、身分なき者たちを侮ってはならないという教訓として、立憲君主制度は産まれたと私は認識しております。王家が王家たるには徒に身分を振りかざすのではダメで、民衆と憲法を介して契約しなくては認められないという認識に、欧州各王家は至ったのであろうと。

しかし、フランス革命に匹敵する出来事がわが国の歴史にはないように思うのです。

それはつまり、民衆が皇室と対峙したことがないということでもあるのではないかと。
いわゆるガチの対決がないからこそ、立憲君主制も「その風を装ってる」程度にしかならないんじゃないのかと思ってしまうのです^^;

まぁ、対峙することがなかったのは幸福なことだったと思います。でも、例えばイギリス国民は最初王の首を切っておきながら、次には自分たちには合わぬ王を追い出し、自分たちを認めてくれる王を招いたというような革命をみると、日本国民はきちんと選択した経験がないのではないかと思えてなりません。
綾川 2012/03/28(Wed)00:39:42 編集
♠ 1つだけに定義できない天皇
私が持つ天皇のイメージってのは……

昭和天皇は、
戦前戦後で大転換して、現人神から人間になられた。そして、国民統合の象徴として存在 (君臨) された。

大正天皇は、
オツムも身体もお弱い天皇ってイメージを植え付けられたけど、漢詩大好きの結構なインテリだし、今で言うマイホームパパっぽい部分もおありだった。

明治天皇は、
開国して、自らもザンギリ洋髪にして軍服を着て白馬に乗って閲兵式しちゃって、俗世の事をするようになった。

維新前の天子を、
庶民は 「ハイパー神道! でも、仏教も信仰してて出家もする」 って見てたんじゃないかと思う。

徳川幕府時代は、
初期は徳川一家に都合良くなるように扱われて、でも将軍正室は公家の姫様。徳川時代が落ち着くと、天皇を抑えつつも、それなりに互いに上手くいって。
黒船がやって来て、
日本国が不穏になると公武合体なんてのが出てきて、色々あって大政奉還になって、天皇が日本国の表舞台に御登場!

戦国時代は、
天皇は貧乏カネコマで、大嘗祭できなかった天皇いたり、式年遷宮もできなかった期間ありで、困窮ぶりを哀れんだ戦国武将が天皇に寄付したり。

平安時代は、
宮廷文化満開で華麗な感じがするけど、政治は藤原一家がブイブイ鳴らしてて、後ろ盾が落ち目だから愛息を東宮に立ててやれなかった天皇 (一条天皇さん。君の事だよん) とかいたりする。

奈良時代あたりで、
やっと 天皇! って感じだけど、実は盤石じゃない。継承問題では 「あの子にしよう」 「この子にしよう」 と二転三転&右往左往してるし、臣下達もゴタゴタ揉め事を起こしてる。

飛鳥時代あたりは、
ハッキリ言ってマジで血生臭い。どう見ても権力闘争してるし 「あんた、それ殺人やで」 なんて事までして、豪族を下に置き始めた。

古代あたりは、
登場人物みんな名前が漢字まみれで、神話まで入れると、超高齢化社会において如何に病気せんで長生きするか? ってヒントを探したくなる。
他には 「卑弥呼なる おなご が日本を治めてた」 なんて歴史書が存在してるのに、天皇系図には記載されてない。なのに 「神功皇后とかアマテラスとかじゃないの?」 と言われたり 「いやいや、当時は部族集団みたいなのが乱立してて、その女部族長みたいなもんじゃね?」 とか言われて、歴史ロマンが漂ってる。

そんな感じに見えちゃいます。

で、あまりにもザックリすぎるけど、歴代天皇1人1人で見ても 「天皇ってのはこうなんだぜ」 ってのは決まってない。
4才のガキなのに即位しちゃったはいいけど78日で廃帝させられた天皇に 「天皇というものはね」 なんて話は当てはまらない。
明治、大正、昭和のそれぞれの天皇は、同じ部分あるけど全く同じではない。
今上さんに至っては、他の天皇とは比べられない事の方が多い。

そんなふうに天皇1人1人それぞれ全く違うのに、法律 (憲法) で括るのは無理に思える。
では、祭祀で括ればOKかと考えたら、大嘗祭できなかった天皇とかいるから、祭祀でも括れなくなってくる。
新しい祭祀を始めたけど、結局は続かなかった祭祀あるし (桓武天皇さん。君の事だよん) ず~~っと同じ伝統で続いてるわけじゃないから、伝統でも括れない。

そんなこんなと考えていると私には 「天皇ってのは、法律でも祭祀でも伝統でも括れない存在」 に思えてくる。
となると 「国民統合の象徴」 ってのは、憲法に明記するには、実は非常に都合の良い文言かもしれない。特に今上さんみたいな人には。だって今上さんが記者会見という公式の場で、発熱しやすい孫娘を心配するどころか、こっちに来る回数が少ない! 打ち解けて話さない! って叩きまくっても 「クソウトという国民の象徴」 と見れば、法に抵触することなく括れるもんね。
「渡来人の技術が日本の技術発展に寄与した」 っていう今上さんの発言だって 「半島マンセーする国民の象徴」 と見れば……以下同文

となると、人それぞれ 「理想の天皇」 ってのを持ってるんじゃないかと思う。
でも、
元首だろうと、祭祀の大ボスだろうと、伝統文化の継承と庇護だろうと、やっぱ 「まずは、他者を思いやる方々であってほしい。日本国民の持つ高尚な道徳心を表す道標のような方々であってほしい」 と思う。
でも、明仁&美智子そしてナマズ夫婦は、そんな事を望めない愚劣4人組だからねぇ (溜息)
平成ってのは、ほんと、嫌な御代だわよね。
ガーネット 2012/03/28(Wed)01:02:34 編集
♠ Re:この本は参考にならない
グラス殿

投稿者としては、あなた様の方が遥かに先輩でいらっしゃいますので、畏れ多くて今までコメントを差し控えて参りましたが、当該投稿につき一言言上させて頂きます。

確かに、比較憲法的には、わが憲法は立憲君主制に分類されるのが通例です。しかし、わが国の通説が伝統的に、天皇は君主でも、元首でもないとみなしているのはそれなりに理由があります。

現在では、あの時代は公法学界でもなかったことにされる傾向がありますが、昭和10年代の憲法学説はこんな具合でした。
「天皇様の御本質は、皇祖天照大御神様の皇天不二の御神霊其のまま即みくらいだなの神に座して、何者にも超越し給ふが故に、何人も天皇様のみいず(尊威)に立ち越ゆる能はず傷つくることあり得ざるをいふ」(筧克彦『大日本帝国憲法の根本義』1936年)
戦後通説を形成した、宮沢俊義氏は、師匠の美濃部達吉氏が上杉慎吉氏の弟子筋らにより、巧妙に追い詰められてゆき、ついに狙撃されるにいたる事態を目の当たりにしていますし、芦辺信喜氏は学生時代から抜群の秀才でしたが、特攻隊に志願しようとされた経験がおありになります。佐藤幸治氏も、ご兄弟が学徒出陣されておられた筈です。

最近ではだいぶ怪しくなってきていますけれども、戦後公法学では、政治的立場を越えて、昭和の暗部に真剣に向き合おうという意識がありました。そうした過去に対する真摯な反省が、天皇は政治とは無縁の儀礼的・象徴的機能に純化した存在であるべきという解釈態度を生み、ひいては天皇の君主性や元首性を否定するという通説の形成に繋がって行ったのではないかと考えております。

教科書や論文の類では、なかなかそこまで明確には書かれませんが、第一級の学者が重要な問題に対し見解を示されるにあたっては、実に様々な考慮要素を斟酌されておられるのが常です。
勿論、通説や権威者の説を否定するのは全く自由ですが、権威を否定するからには、否定する側もそれなりには勉強すべきでしょう。

ここの住民の皆様は、先輩意識など皆無ですが、そうした先輩方の御厚意にいつまでも甘えているのはどうかと存じます。

僭越ながら申し上げますが、それなりの権威者の著作を「役に立たない」と一刀両断に切り捨て、あまつさえ管理人様や先輩方に批判めいたことまで口にされるというのであれば、いくらなんでも、もう少し勉強なさった方が宜しいのではないかと存じ上げます。

乱文悪しからずご容赦下さいませ。

無学で下品なばあばより
里人 2012/03/28(Wed)09:05:09 編集
♠ 私は、日本国憲法を肯定しています
えっと、私のなかでは、日本国憲法はなかなか(というか、とっても)良い憲法だという理解です。
(戦争放棄の部分ですら。他国のように、何の疑いもなく交戦権は国家の権利とせずに、そこに疑いを差し挟むところは、興味深い)。

これを、自分たちの革命等で手に入れられなかったところは、日本人として、大変残念だと思う。
(少なくとも、自分たちで作った大日本帝国憲法とは比べられないくらい、ずっと素晴らしい)

であるので、押しつけられたものとしてでなく、自分たちの選んだものとして血肉化していくべく、憲法にまともに向き合うのが戦後日本人の務めだと考えています。

で。
理屈で考えると、日本国憲法と天皇制は、水と油だと思う。やっぱり。馴染まないよ、この二つ。

ーーーーーーーーーーーーーー以下引用
(憲法前文)
日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものてあつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。

日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。

われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。

日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
この前文のすぐ次に、

第1章 天 皇 
第1条 天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。

と続く。なぜ天皇が、前文のような理念を掲げる日本国民統合の象徴であり得るのか。日本国の象徴として、なぜ天皇という存在を規定するのか。

そう決めたのがGHQの判断であったとしても、外(GHQ)から見て、天皇制を無くして共和制にするよりも、天皇制を維持する方が良い、と判断された。
事実、昭和天皇の巡幸に対して、人々は戦争責任等を問うのでなく、感動し涙を流した。

>日本が君主制をやめ、
>男女平等を含めた平等主義と信教の自由を含めた自由主義を根幹とする
>日本国憲法を定めたとき
>それでもなお、日本人の国民国家の統合の象徴として、
>天皇を国家に深く関わるものと位置づけるとして、象徴天皇制に切り替わった。

と書きましたが、理屈から言えば、天皇制が無い方がすっきりと理屈を組み立てられるという思いはぬぐえません。

ですので、けっきょく無くせない理由としては(自分を含め日本人が)「単に臆病なだけ」なのかもしれないですが。

理屈としては日本国憲法のなかに天皇制を位置づけるのはとても困難(本質的に矛盾)でありながら、なお天皇制が無くなる方が良いとまでは思えない自分の情緒的な部分について、
(情緒的としか思えない、天皇制は無くなる方がすっきりすると断言できない部分について)
上記のような「文化としての天皇」を書きました。

うーん、というわけで、私は日本国憲法大好きですね。前文を今読み直してみても、日本国民が世界に対して誇れる精神を歌っていると思う。
どんな歴史的経緯によって制定されたものであるにせよ、
また、象徴天皇とはどういうことか、国家が交戦権を放棄して外交をなし得るのかなど、いくつかの点で解くのが難しい(けれど、しっかり向き合って解かねばならない)矛盾を抱えた憲法であるにしても
これは尊い犠牲と引き換えに日本国民が手に入れた、実に尊いものだと思う。

改憲という段になっても、それは外から押しつけられたからではなくて、前文に掲げる理念をふまえ、自分のものとしたうえで、現時点では矛盾のまま放置され穴となっている部分を解消するためのものとしての改憲でなければならないと考えます。

なので、外から押しつけられただの、理想的すぎて難しすぎだのと言って、憲法を貶めようとする風潮は愚かだと思う。
外から押しつけられなければ自分たちで決められなかったことをこそ、恥じるべきだ。


私には、戦前の日本と戦後の日本に断絶があるのかどうか、今もってよくわからないです。

確かに、生活様式などについて、戦後は大きく変わってしまいました。民俗学が学問として成り立つこと自体、戦前には普通に持っていた精神的基盤から、日本人は遠ざかってしまったことを意味している。

でもどこか繋がっているはずだし、繋がっているものとして過去を自分のなかに取り込みたい。

また、そのとき、憲法の前文で掲げられているような精神が、決して外から無理矢理押しつけられたものなどではなく、実は日本国民の根底に昔からあったものと了解したいと思っています。
(了解できるはずと信じている)
ペリドット 2012/03/28(Wed)10:39:01 編集
♠ 「象徴天皇」は「運まかせ」の象徴か?
>日本国民はきちんと選択した経験がないのではないかと思えてなりません。

綾川さま、自分もそう思います。

そして、選択って、ガチって、痛みをともなうものだと思う。
「国民に殺さた」「国民に追い出された」側も、もちろんだけれど、
「王を殺した」「王を追い出した」側だって、酷いことしたなーという気持ちは残る。

だからこそ「そうまでして手に入れた権利」への「責任感」「義務感」も生まれるのかもしれない。

基本、日本人は「現状維持だって痛み=責任、を伴うんだ」という意識が無い。
沖縄に基地を押しつけていて、じゃあ、沖縄が「日本をやめた、琉球に戻る」って言ったら、日米安保はどうなる?中国がでてくるぞ?、とか身にしみて考えていないし。
「運まかせ」で生きていけると思っている。

太平洋戦争では、確かに日本も悪かったけれど、連合軍だって「それってどうよ?」ということしている。その人達に負けて、レイプでもされるかと思ったら、逆に権利を与えられちゃった。
選択とはほど遠い「運まかせ」みたいなこの体験は、メビウスの輪のようになって、日本のアイデンティティの不調和を招き、責任感の不在を招き、そこに象徴天皇制がのっているから、ややこしい。
そこを、うまーく曖昧にして、戦後60年余はやってこられた。

日本画は、画面を埋めず、遠方を描くときは霞をかける。
象徴天皇制は、この「霞がかかった絵」のような感じをうける。

遠近感の良いバランスのところ雲をおくか、好き勝手なところに雲をおくかで、絵の品位はがらりと変わる。平成の、「天皇、皇后、奇跡の親王」は霞で隠し、東宮家だけむき出しにするのなんて、まさに下劣な絵そのもの。

「ガチ」な体制の良さは、明快だから、誰がやってもほぼ同じことができるところ。
スプーンと、フォークと、ナイフを使い分けるような感じ。
自衛隊とか、象徴天皇制とか、「霞がかかった曖昧」な体制は、玄人じゃないと使えない。箸の持ち方に一定の技術がいるように。

でも、日本人は今どんどん変わっていていて「玄人だからやれる曖昧さ」は破綻している。今上天皇もそう。「象徴とは何か?いつも考えている」そうだけれど、象徴のバランスの深さを考えているとは思えない。「危険なシロウト天皇」だと感じる。

2012年、原発も地震も、「運まかせ日本」の破綻は明らか。

もういろいろな方面で、ガチを実践して行くしかないのかも。
象徴天皇制も仕分けしたらどうだろう。
「祭祀なんか絶対しない、立憲君主」に仕分けるか、「元首的なことはしない、伝統としての祭祀王」に仕分けるか。
ルビー 2012/03/28(Wed)11:00:09 編集
♠ 憲法前文と象徴としての天皇
憲法前文は、日本国民とはどのような国民であるのか、ということについて、細かく語っている。

(wikiなどでググった程度の知識ですが、天皇制の場合、立憲君主制の一つとみなすにしても、国民主権=共和制のもとでの君主制という、わりと変わったタイプのようですね。)

ここで語る日本国民というもの、世界における日本国民の姿。理想的すぎとも言えるけれども、目指すべき方向としては実に素晴らしいと思う。
私も、そのような存在としての、日本国民でありたい。

このような日本国民の姿は、戦前の日本国民と断絶しているのか?
外から押しつけられた、勝者である鬼畜米英に都合の良いイイコちゃん像に過ぎないのか?

確かに私は戦後生まれで、すでに学校教育で上記のような憲法教育を受けました。
教科書に載っていたので読み、素晴らしい内容だと思い、そういう日本国民であることを誇りに思いました。
だから、私は戦後に作られた日本国民なのかもしれない。でも、戦前の日本人(天皇の臣民?)だって、本当はこのような理念を掲げ得る(肯定したい)存在としての日本人であったのではないのか。
何千年と続くやまと民族の根底の精神と、憲法前文が取り出した日本国民の姿は、実は繋がっている。日本国民は根底ではそういう民族だったのだ。
そう思える方が、やまとの国の歴史にも(そりゃ途中で具体的にはイロイロありましたケド)、国民性にも、誇りを持つことができます。


さて、憲法は前文に続き、天皇はそのような日本国民統合の象徴である、とうたいます。
そう言わねば、憲法前文が描く日本国民像及びそうした国民の負託によって作られた日本国(政府)と、天皇という存在が、一体として結びつくものとして規定できないからでしょう。

では、日本国の象徴であり、上記のような理念を掲げる日本国民統合の象徴としての天皇とはどのような存在なのか。
過去、歴史として1400年~1500年ほどは、特定の血筋に属する人間が天皇として存在し、実際に権威権力の中心だったときもあるし、単に権威だけで、実際の行政権(権力)は別のものが担っていたときもあった。
そういう個々の天皇の歴史を背後に持つ、その血筋に属する人間が、ほんとうに上記のような日本国民統合の象徴たる何かを内にもっていたのか。

どっちにしても、日本国憲法が先か、天皇が先かといえば、私のなかでは日本国憲法が先です。

具体的個別的な天皇の歴史やあり方の根底に、上記のような日本国民の統合の象徴たり得るものを見つけられず、
日本国民の統合の象徴とはいえない存在にかわっていくのなら、
天皇制は「日本国民の総意に基づいて」なくなるべきだと考えます。

(でも結局、平和的には何の判断も決断も下せないくらい、日本国民はダメ、ヘタレ、と言われれば、その可能性は否定できないのがつらい)
ペリドット 2012/03/28(Wed)11:46:14 編集
♠ ねちっこさの勧め
>これは尊い犠牲と引き換えに日本国民が手に入れた、実に尊いものだと思う。

日本国憲法は自分も好きです。

ただ、これを手に入れるために死んだ人も、「戦中に民主化を言い、特高に殺された共産党員」と、「日本政府を信じて戦地で戦没した人」は、等質ではない。

「間違った国を純情に信じた」という事が、「市民としての無責任」に繋がる。
ドイツなんかは、そこをしつこく考えている。

その「しつこさ」「仕分け感覚」が必要かなあなんて、思うんですよ。

ごめんねーーーーー、心根の優しいペリドットさんに、たびたびつっこみをいれるニヒリストで。

自衛隊も、自衛軍にすべきなんて思っていないんだけど。
ただ、自分たちが、何に霞をかけているか?を、自覚し、再定義していかないと、かえって、石原慎太郎みたいな戦前大好き理論に、つけいれらると思うんですよ。

福島瑞穂 VS 石原慎太郎から、一歩進み出たいというか。
ルビー 2012/03/28(Wed)12:43:20 編集
♠ 憲法前文と今の皇室
(長々と連投してすみません)

さて、ティーンエージャーだったペリドットの胸を熱くさせた、格調高い憲法前文と、日本国憲法の精神に鑑みて
今の皇室のゴタゴタをどう考えるか。

こりゃ、どう見たって憲法前文のうたう「日本国民」の統合の象徴、とは似ても似つかない、というのが正直な感想。
その具体的内容(今の皇室の、両陛下と秋篠宮一家を持ち上げ、皇太子ご一家をバッシングし続けるあり方がどのようにおかしいか)は、
今までイロイロ述べられているから、繰り返しませんが。

ともかくそういうわけで、もろもろ腹が立つのに、なんで今はこのままなのか。

一つには、自分を含めて日本人の不決断、先送り性分のせい。

で、もう一つには、結局このゴタゴタは一時的なことであって、
代替わりということになると、徳仁親王殿下が即位されることは確定しており
その次についてはまったく未定である(敬宮さまが皇太子になられるのか、徳仁天皇の崩御後に秋篠宮系が即位するかは、まだ決まっていない)。
そう思って、どこかじっと待っているところもあると思う。

そういうわけで、秋篠宮殿下を皇太弟に据える(据えられるように皇室典範を改正する)とか
悠仁親王までは皇位継承が確定していることを明記するものとしての一代限りの女性宮家の創設とか

この二つは絶対に阻止しないといかんと思う。
(そして東宮ご一家にはどうぞ風雪に耐えて、と願わずにはいられない)

将来的にはルビー様の言われるように、あいまいに逃げない、具体的な形が欲しいところ。

つまり、祭祀王だけど元首じゃない
=首都東京を離れて京都に行く、各国大使と逢うとか国会を開催するとかいった国事行為は一切行わない、といった具体的形が必要だと思われます。

あるいは、もっときちんと憲法によって規定された存在となる
=これにはまずは女性天皇、女系天皇の容認を含む直系長子継承制の制定が不可欠だと思う。
そうすることで、戦前の大日本帝国憲法の規定する天皇像(万世一系男系男子)との明確な断絶と決別をもたらすことができる。
また、皇位継承をめぐる恣意がもたらすゴタゴタが発生しなくなる。
最初から皇位継承者の自覚をもってのご養育(ご薫育)、ご結婚が可能となる。
国民もそのような目をもって「日本国民統合の象徴」の成長過程を見守ることができ、国民との間に強い絆が結ばれる。
すべての命の誕生と同様に、生まれたことが祝福され、その存在が数に数えられることの、当たり前だが大切なありがたさが守られるのは言うまでもない。

秋篠宮殿下も、もし第一子であったなら、あんなに受け身の自由を満喫できなかったろうし、あんな結婚はできなかったろう
(あるいは、あの結婚のため、あるいは動物園めぐりを満喫する生活をさせてもらうために、皇位継承権を放棄して、2億円ぐらいもらって民間人になったことだろう)

そう思うと、男女問わぬ直系長子継承を取り入れるだけで、かなり象徴としての天皇の中味がしっかりするのではないかと思えます。
(楽天的すぎ?)


追記:
オランダの憲法を載せているブログをみると、オランダ憲法では、現国王の3親等以内の人でなければ次の国王になれないとのこと。
すると、現王の従兄弟姉妹には王位継承権がないことになる。

うーん、これでよくまあちゃんと続くなあ。スゴイ。
男女問わぬ直系長子継承って、それだけとっても安定的ってことなんでしょうかね。



それにしても、長々と書いた割には常識的結論(男女問わぬ直系継承であるべき)から一歩も出られず、情けなや。
お目汚しお許し下さい。
ペリドット 2012/03/28(Wed)13:20:46 編集
♠ 綾川様に御礼。
綾川様

こちらこそ、拙いコメントに過分なお言葉を頂戴し、大変恐縮しております。厚く御礼申し上げます。

綾川様のコメントにはいつも教えられることばかりでございます。本当に有難うございます。

今後とも何卒宜しくお願い申し上げます。

P.S.
ところで、今谷先生は一体どうされたのでしょうね?実に残念です。
やはり、識者に対しては秘密裏に「叡慮」が示されているのでしょうか。
里人 2012/03/28(Wed)13:54:35 編集
♠ 「素敵な天皇」だからこそ
何にしても、「一代限りの女性宮家」という姑息すぎる手段は封じなくちゃっ!
と思いますです。

この方向の未来は考えずに、めでたく敬宮愛子さまが天皇になられた場合について考えると、さっきの、
>「祭祀なんか絶対しない、立憲君主」に仕分けるか、
>「元首的なことはしない、伝統としての祭祀王」に仕分けるか。
は考えた方が良いのじゃないかと思う。(しつこくてすいません)

そもそも、理性的な、今の皇太子殿下や雅子妃殿下だって、この天皇の問題点には気がついているはず。

前者もアリのような気がしてきました。
祭祀を、天皇が直接はしないで、代理の巫女とかにやってもらう。皇居にある三種の神器の形代も神社に返す。
なるべく「神」っぽさは薄めておく。(完全に無くすのは無理なので、少しは残りますが)
一方で、憲法での天皇の立ち位置を今よりはっきりさせ、元首化する。

なぜなら、愛子天皇は、すごく素敵な天皇になるに違いないからです。

「徳」があり「人気」があるお方だからこそ、ここに神性が加わったら、無敵すぎて、何か悪い連中に担がれたら大変。

>昭和天皇の責任は「敗戦責任」なんだろうか。
>あるいは「神がかった戦争をした責任」かもしれない。

これは「神がかった戦争をした責任(担がれて)」なんだという気がしてきました。
終戦後、祭祀を自分で行う伝統は、昭和天皇が変えた方が良かったかもしれません。

では、皇太弟が立ち、しょーらいのてんのーに皇位が行った場合は?
何にも心配していません。

国民が関心をもつ皇室にはなりっこない。担いだところで、日本を動かすような事ができるわけないもの。どうせ自然消滅するだろうし。
(イワイはそれを狙っている?)
ルビー 2012/03/28(Wed)18:03:01 編集
♠ Re:「素敵な天皇」だからこそ
ルビー様

ご卓見かと存じます。
私も、永らく、「象徴」と「祭主」という矛盾を内包する二つの地位を一個人が兼ね備えることは本来無理があると考えておりました。

昭和天皇という歴代でも稀に見る英主がおわしたからこそ、代替わりまで矛盾点が表面化しなかったのでありましょう。

これを記すと、神道家の怒りをかうので、今まで自粛しておりましたが、私も、現段階における結論としては「象徴」(立憲君主)の地位と「祭主」の地位を分離させる方向性が望ましいのではないかと思っております。

非常に重要な問題ですので、率直に申し上げますが、私自身は神社神道と縁のある人間であり、皇室祭祀には非常に強い思い入れがございます。
とりわけ、三種の神器論は、神道学者や儒家の間でも意見が分かれる問題ですので、軽々に論ずることは許されません。

しかしながら、わが国の現況や国際社会の動向、現皇族の構成等を直視いたしますと、21世紀以降における皇室の安泰を真摯に考えるならば、祭主と象徴を分離し、天皇の地位を象徴(君主)として純化するという方向を指向する他ないのではないかと思われてなりません。

私自身、この論点については自己の信仰との折り合いの問題から、自分の中にある抵抗感と戦いつつ、漠然と考えているという段階だったのですが(そもそも前提となる勉強量が圧倒的に不足しています。)、ルビー様の鋭いコメントに接したため、時期尚早であることを承知で敢えて投稿させて頂きました。

三種の神器論をはじめ、この問題は検討すべきことが余りに多いため今回は問題提起に留めさせて頂きます。

極めてまとまりのない内容で大変申し訳ございません。悪しからずご容赦下さいませ。
里人 2012/03/28(Wed)21:35:48 編集
♠ 里人さまへの御礼
里人様

>綾川様のコメントにはいつも教えられることばかりでございます。

(ずさざざざざざざざざざ・・・・・ッ)
(と後ずさりをしていると思ってください!)

恐懼の至りでございます@@;
私のほうこそ里人さまのコメントに教えられるばかりです
ほんとうに今後とも宜しくお願い申し上げます。

>ところで、今谷先生は一体どうされたのでしょうね?

わかりません。
所詮は大学時代一般教養の講義を受けたに過ぎない自分であります。先生のゼミを受けていたとか或いは現在ただ今先生の身近で学んでいるという方には及ぶべくもない。

ですから、元来、先生が皇室に対し、それも歴史上の人物ではあく、現在ただ今存命中の方々に対して、どう考えていたのかなんて全くわかりません。

実はサーヤを大切に思っていたとか、個人的に思い入れがあったとか・・・でも、そういう風に考えるか、あるいは「よんどころない筋から」何かアクセスがあっての発言なのかなとか、
どうしたって邪推してしまいますよ・・・嗚呼
綾川 2012/03/28(Wed)23:24:24 編集
♠ ふと思ったのです
君主と祭主の分離ということで、ふと思ったのです。




政教分離って、どこ行っちゃったんだろう…って^^;


つまり、天皇は、敗戦後の新体制において、
現実的な政治から分離させられているから
宗教のほうに行ってるということなんでしょうか^^;

だったら、君主の仕事(書類のハンコ押しとか、大使の委任状わたしとか)しなくたっていいんじゃないかしら、みたいな^^;

なんだか、日本の天皇は「立憲君主ごっこ」のみならず
「政教未分離」状態にあるのかと思えてまいりました・・・・
綾川 2012/03/29(Thu)00:14:59 編集
♠ 政教未分離?
ホントはちゃんと政教分離してたはずでしたよね。

今上陛下の即位時だって、即位式は国事行為なので国家からお金が出たけど、
大嘗祭は神事なので私的行為として国家からお金を出さないうんぬんとか区別をやっていたはずでは。

近年になって、妙にサイシサイシとマスゴミ巻き込んで持ち上げているのがおかしいのだと思う。

私は、見えないものに対する怖れとか畏敬の念とかを持っている個人の方が信用できるので
個人(私的行為)としては、天皇が祭祀や祈りに関わることは構わないんじゃないかと思う。

でも、あくまで政教分離の原則の下での話。

天皇が祭祀に関わることは完全な私的行為なので、カネは私的財産の部分から出る。
マスゴミが肯定的に、大々的に報じたりしてはならない。(祭祀を個人的に行うことが称賛や讃仰になるのは良くない。少なくともマスコミ報道としては。)
靖国参拝とか、ややこしい部分の信仰はダメ(その意味では、天皇の信教の自由は一部制限される)

例えばそんな風に、ちゃんと政教分離を適用すべきだ。

軽々しく、「祭祀をするから素晴らしい」論を展開するマスコミや皇室番記者は、憲法の下での天皇というのを忘れちゃってる?
ペリドット 2012/03/29(Thu)03:14:01 編集
♠ スキを見せるから、祭祀が持ち上げられる
マスゴミがサイシサイシと言い、
皇后本人も「祖先から引き継いだお祀りを大切にしていきたいと思います」と、記者会見で答えてしまっている。
ここらへんが、平成の天皇皇后のシロウトっぶりで、担がれながらもパワーバランスをとるというセンスがない。
ヨイショされれば、それがある勢力の利になるとは考えずに、なーんでもやってしまう。

天安門事件の後に中国へ行ってしまったり。
会見で「お祀りする」という言葉を出してしまったり。
まったく、タメ息ですよ。

>天皇が祭祀に関わることは完全な私的行為なので、カネは私的財産の部分から出る。

この現在の「政教分離」の建前は、脆弱なんだと思います。

昭和の時代は、天皇が玄人で、めったな事を言ったりやったりしなかったのと、左翼がまともに機能していた。

天皇陛下が、心の中で厚い信仰心を持つのは良いけれど、カネが私的財産の部分から出ていても、慣例としての祭祀が続くかぎり、祭祀の意味を政治利用したい勢力は出てくるんじゃないかな。
ルビー 2012/03/29(Thu)11:10:46 編集
♠ 「御先祖のお祀り」発言って他にもあるよね
皇后陛下お誕生日に際し(平成14年)

「そして皇室の長い間のしきたりであり,また,日本人のしきたりでもある御先祖のお祀りを皆して大切にし,これまでどおり,それぞれのなさり方で陛下をお支えになって下されば,私は大層心強く思います。」

他にも数回こういう「祭祀重視」発言をされていたと思うのですが、どなたかご存じでしょうか?
ルビー 2012/03/29(Thu)11:36:18 編集
♠ re:スキを見せるから、祭祀が持ち上げられる
まったくそうですね。

金の出所の峻別だけじゃ弱い。
行動する側の「これはあくまで私的行為」という意識こそが大切。

サイシサイシをしているワシ(アテクシ)は立派、って感覚が両陛下の中にあり(スキがある)
サイシサイシの両陛下という状態はヤバイのである、という感覚がマスゴミの方にない。(少なくともサイシサイシが讃仰の対象になってはマズイということがわかってない)

この人たち、ちゃんと公民の授業聞いてなかったんだろな。日本現代史も勉強しなかったんでしょね。

そんなんで良く帝王教育(お妃教育)やら入社試験やらやったと言えるモンだなあ
ペリドット 2012/03/30(Fri)00:18:57 編集
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