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がんばれ東宮職!
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言わなくなったねぇ。
むしろ、全国植樹祭を主催する「国土緑化推進機構」が、

★1947年(昭和22年)森林愛護連盟の結成 (S22.1)

★同年 復活第1回愛林日植樹行事(東京・高尾)皇太子殿下(←明仁さんね、当時14歳)ご臨席 (S22.4.4)
@rink

が、先だと言っている。

そもそも、愛林日というのは、アメリカの教育家ノースロップ博士がアメリカの植樹運動「 Arbor Day(愛林日)」を紹介したのが始まりで、1895年(明治28年)明治政府が「学校林設置」の訓令を出し、11月3日(明治天皇誕生日)を「学校植栽日」として、植樹を奨励したことから始まる。
(ノースロップ博士は、下関戦争の賠償金が実際の被害より多すぎたとして、アメリカ政府に返還を働きかけてくれた人たちの一人だったらしい。)@rink

★1897年、森林法が公布された後、翌1898年、4月3日(神武天皇祭)が植栽日となる。

★1907年、(第二次)森林法改正

★1933年(昭和8年)
大日本山林会会長和田国次郎氏、農林次官石黒忠篤氏、山林局長村上竜太郎氏らにより、毎年4月2日から4日までの3日間を「愛林日」とし、全国一斉に愛林行事を催すことを提唱。 

★1934年(昭和9年)
第一回愛林日に、日本最初の中央植樹行事が茨城県の鬼が作国有林で行われる。

★1947年(昭和22年)森林愛護連盟の結成 (S22.1)

★同年 復活第1回愛林日植樹行事(東京・高尾)皇太子殿下(←明仁さんね、当時14歳)ご臨席 (S22.4.4)
@rink

1948年(昭和23年) 愛林日植樹行事(東京・青梅)天皇皇后両陛下ご臨席(以降毎年ご臨席が恒例となる) (S23.4.4)

★1949年(昭和24年) 第一次学校植林5ヶ年計画(文部・農林両省) (S24.1.22)

★1950年(昭和25年) 国土緑化推進委員会の結成(S25.1.30)。これに呼応して、24県で緑化推進委員会を結成

★同年 「緑の羽根」募金運動始まる (S25.4.1)

★同年 第1回全国植樹行事並びに国土緑化大会(山梨県甲府市) (S25.4.4)

      

★1951年(昭和26年)1907年の森林法を全面改正して成立

-----------------------------------

どうして、「国土緑化推進機構」にケチをつけるかというと、この森林法に関係がある。
全国植樹祭は、国と全国自治体が共同で主催しているもので、森林法もこの地方自治法がからんでくるので、全面的に改正されたのである。
地方自治法とは、まさに戦後新生日本に登場した、民主主義の第一歩みたいなもので、戦前大日本帝国憲法にはない。
またGHQの草案にもない。

日本国憲法第92条、地方公共団体の組織及び運営に関する事項は、地方自治の本旨に基いて、法律でこれを定める。

国破れて山河あり。

荒廃した日本全土に木を植えよう、地方巡幸もしよう、昭和天皇の思いがギュッとつまっているような第一回日本植樹祭(正式には国土緑化大会と言っていたらしい。植樹祭が使われるようになったのは1969年(昭和44年)から。この時から天皇陛下のお言葉をいただくようになった。)


 GHQ専属カメラマン ディミトリー・ボリア氏撮影

日本では行き過ぎた伐採によって森林が荒廃していた。そこで、自然をこよなく愛した昭和天皇の発意により、1950年、「荒れた国土に緑の晴れ着を」というキャッチフレーズの下、緑化運動の中核事業として「全国植樹祭」が山梨県で開催された。これは日本人の森林や自然に対する愛情を育むことが目的である。それ以来、社団法人国土緑化推進機構(当時は国土緑化推進委員会)と都道府県の共催で毎年春に開催される全国植樹祭には天皇皇后両陛下がご臨席され、両陛下の植樹などが行われている。東京都立川市にある国営昭和記念公園の「花みどり文化センター」内には昭和天皇御在位50年記念事業の一環として昭和天皇記念館が設立された。テーマは緑を愛した昭和天皇にふさわしく、「都市における『緑の文化』の創造と発信」である。(「戦後日本:杉田米行 大阪外語大学アメリカ講座助教授 歴史学博士(Ph.D))



-----------------------------------

まぁ、昭和天皇はご自分の手柄を自慢したり、取られたの取られないのと言う方ではないので、どうでもいいと言えばいいのかもしれないけど、国土緑化機構のHPの「赤い字部分」なんて、何だか今上両陛下に媚びてるような気がする。

天皇皇后両陛下ご臨席(以降毎年ご臨席が恒例となる) 

なんて、宮内庁の「両陛下で揃ってお出ましになるご公務のスタイルは、昭和天皇・香淳皇后の時からのもの」とわざわざ言い訳訂正したのと、よく似てる。
(ま、どうでもいいんだけど)

















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♠ 確か栃木県…。
平成の初め頃の植樹祭だったと思います。
開催地は栃木県だった記憶があります。
両陛下ご臨席の植樹祭の開催地整備の為に、大規模な森林伐採を行った。これでは本末転倒ではないか。
そんな内容の新聞記事を読んだ記憶があるのです。
曖昧なコメント、申し訳ありません。
三斗小屋番人 2013/07/18(Thu)04:02:30 編集
♥ Re:確か栃木県…。
いえいえ、私は隣県(栃木県ではないけど)で見ましたよw
だだっ広い空き地にログハウス風の舞台(今上両陛下がお座りになる)。
その舞台の両横に大型スクリーンが1機ずつ。
これはレンタルだそうでちょうど行った時は、撤去の真っ最中でした。
「この舞台はどうするの?」と聞いたら、まだどうするか決まっていないけど、イベントに使うんじゃないかなって言ってました。
芝生を植えて、そこにせせらぎ状の川まで作って、蛍の放流ショーもやったらしいですが、毎年遊びに行っているところでしたので、あまりの変わりようにあきれました。
役人ってのは木より芝生が好きなんだなって。
芝生の広場を横切るせせらぎは、あまりに浅瀬でw(たぶん事故がおこらないようにだと思う)水温があがっていて、とても蛍の幼虫どころではないと思われたし、魚もいるようでもなかった。
ある大学の教授が構想を描いたらしいけど、アホやと思った。
ただ、子どもたちと犬にはアスレチックの遊具も作られたりして、楽しいらしかったw
それ以来行ってないけど、遊具の保守にもお金がかかるから、今どうなってるかしら?
遊具の事故が報じられるたびに、思い出します。

1/3管理人  【2013/07/18 09:48】
♠ 昭和天皇がいま生きていらっしゃったら
皇室INDEX設立準備室で、この「植樹祭」がすでに役割を終え、形骸化した利権の温床と化しているのではないかと話題になっています。

最初のころの熱い思いが、時間とともに逆に足かせになる。
あのとき良かれと思ったこと、実際とても意味のあったことが、時代とともにそうではなくなっていく。

卑近な例かもしれませんが、ダイエーが、西武が、シャープが、といったさまざまな大企業が浮き沈みに直面し、ときに全く違う形にならざるを得なくなっていく姿を見るにつけ
時代は変わるし、変わらなければ、むしろ成功体験が足かせになってしまう
それほどめまぐるしく変わるここ数十年なんだなあと思います。

もしも昭和天皇がいま生きていらしたら、こうした公務の一つ一つに、どのような感想をお持ちになるでしょうか。

戦前と戦後の劇的な変化の中心に座っていらっしゃった方だから
時代とともに、状況とともに変わっていかねばならないことは、やっぱり、きっと一番良くおわかりだったろうと思います。

少なくとも、男子を産むというプレッシャーに潰れて、心の病に倒れられた皇太子妃に
さらにいっそうの追い打ちをかけるための棍棒として

「公務!」「公務!」
「公務ができない皇太子妃、皇后は失格!」
「公務ができない皇太子妃を抱える皇太子は退位! 公務ができない皇后を抱える天皇は退位!」

と延々とバッシングが続くことを、放置なさったりはしないだろう、
そのことは間違いなく確信できます。

昭和天皇のような天皇陛下が今いらっしゃらないことが、とてもとても悲しいです。
ペリドット 2013/07/18(Thu)08:58:20 編集
♠ イギリス王室は時代とともに変わろうとする
キャサリン妃第1子実家育児に許可 背景にダイアナ妃の悲劇


 英国・ロンドン市内のセント・メアリー病院には、キャサリン妃(31才)の第1子出産を今か今かと待つ世界中の報道陣が詰めかけた。当初7月13日が出産予定日とされ、今もまだ“誕生”の吉報は届いていないが、英国はロイヤルベビー誕生前から祝福ムードにあふれている。

 2011年4月にロンドンのウエストミンスター寺院で挙式したウイリアム王子とキャサリン妃。第1子妊娠が発表されたのは、2012年12月のことだった。妊娠初期のキャサリン妃は、つわりが重くて入院したこともある。そんな妃のプレッシャーを少しでも軽くしようと考えたのか、英国政府は大きな決断を下す。英王室に詳しいジャーナリストの多賀幹子さんが語る。

「300年ほど続いた、従来の男子優先の王位継承法を、性別に関係なく長子優先に改正したんです。エリザベス女王もこの改正には賛成したといわれています」

 もちろん、その手続きは決して簡単なものではない。議会での可決、カナダ、ジャマイカなど英連邦16か国の承認を必要とするが、それを経た末の改正だった。キャサリン妃にとって、少なからずプレッシャーは軽減されたに違いない。そして、ここにきて注目されているのが、出産後の育児についてだ。

「出産後、現在お住まいのケンジントン宮殿に戻ると思われていたんですが、ここにきて、キャサリン妃は赤ちゃんと一緒にロンドン郊外のバックルベリー村の実家に戻るようなんです」(前出・多賀さん)

 なんと、英王室史上初めて宮殿以外での子育てが実現しようとしているのだ。

「キャサリン妃は出産後6週間、実家で母親との子育てを希望したんです。“3人の子供を育てた母のアドバイスを受けたい。母のところがいちばん安心できる”と考えているみたいですね。しかも、ウイリアム王子も現在、勤務している英国空軍に2週間の育児休暇を申請していて、一緒に過ごされるそうです」(前出・多賀さん)

 しかし、この異例の子育てには、一部からは「将来の国王(女王)が庶民の家で育っていいのか」といった反対の声もあがっている。それでもこの「実家育児」は、すでに許可が出されたという。その背景には、ダイアナ元妃が深く関係していた。

 1982年6月21日、ダイアナ元妃はウイリアム王子を出産した。だが、ダイアナ元妃は出産後、ある病気を抱えた。

「実はダイアナ元妃は産後、過食症になり、うつ病も患ってしまったんです。これは出産から13年が経った1995年11月、ドキュメンタリー番組でダイアナ元妃が自ら告白したんです。しかも“誰も自分の言葉に耳を傾けてくれないとき、心に耐えきれない痛みを感じているとき、助けが欲しくて体を傷つけてしまった”と自傷行為を行ってしまったこともあったと明かしたんです。

 ダイアナ元妃は宮殿に閉じ込められた状態だったうえに、実母は遠くスコットランドで暮らしていたため、気軽に会いに行くことも許されなかった。さらにチャールズ皇太子も家を空けることが多かったため、彼女は病気になってしまったんです。

 そんな母の苦しみや悲しみを、王子は今でも覚えているんです。だからこそそれを恐れて、自分の妻には母のような苦しみは味わってほしくないと考え、夫婦で充分話し合ったのでしょう。

 それが今回のキャサリン妃の“実家育児”許可につながったんだと思いますよ。もちろんウイリアム王子のプッシュもあったと思いますが、ダイアナ元妃のこともありますし、エリザベス女王も承諾せざるを得なかったのでしょう」(前出・多賀さん)

※女性セブン2013年8月1日号

http://news.nifty.com/cs/world/worldalldetail/postseven-20130718-200773/1.htm


男女問わぬ長子相続に変え、出産後しばらくは実家での養育を認め

平民との結婚、乳母制度の廃止って、時代の最先端を標榜していた日本の皇室
いつのまにか、周回遅れの、因習的な世界になっちゃいましたね。

今時、男系男子絶対主義
そのためなら、陰湿なイジメ、心を病むまで追い込んで、さらにさらにバッシング
ちょっと実家と交流があっただけで、叩く、叩く、叩く

ホントに、おっかねー国になったもんだ。
おっかねー国の象徴としての、ご皇室って感じです。
ペリドット 2013/07/18(Thu)10:09:46 編集
♠ ペリドット様。
その昭和天皇も、開戦へと傾く昭和初期、明治天皇の肖像画に向かって、
「おじじ様、おじじ様、私はどうしたらよいのでしょう?」
と、泣いておられたそうです。
大正天皇が病弱で、早くから重い荷物を負われた方ですから、お苦しみも深かったでしょう。もちろん徳仁親王は、そんなご自分のおじじ様の苦悩はご存じと思います。
第二次世界大戦に比べれば、バッシングは軽い重荷かもしれません。しかし、決定的な違いは、秩父高松三笠の弟宮方は、とにかく兄君の味方でした。徳仁親王は違います。
「おもう様おたた様」の違いかなと考えてます。
大正天皇は、お子様方を心から愛する方だったし、貞明皇后は気性は激しくとも大正天皇崩御と同時に「長男の嫁(香淳皇后)」に上座を譲った見事な方です。
現在の象徴ご夫妻に対する後年の評価が楽しみでございますわね。
射手座 2013/07/18(Thu)10:18:49 編集
♠ 勤労奉仕団へのお会釈
雅子さまがお出ましにならないとして批判されていらっしゃる「公務」のなかに、「勤労奉仕団へのお会釈」があります。
この「勤労奉仕団」へのお会釈は、終戦直後あまりに皇居が荒れ果てていたのを見かねた有志(確か宮城県の人)が申し出て、自発的に瓦礫の片付け、清掃などをしていたところ、たまたま通りかかられた昭和天皇がお言葉をかけられたことから、始まったものでした。(皇后様のお出ましはその後)

始めは、国民の素朴な気持ちからスタートしたものでも、片付けるべき瓦礫も無く、また御所も庭園も美しいものになった今なお続けられています。

宮内庁はわざわざHPで勤労奉仕団の募集をしているけど、一体なんのため?
宮内庁には、庭園課があって、日ごろ庭園を美しい状態にしているはずだけど、わざわざ奉仕団のために雑草の取り残しなどしているんでしょうか。

「荒れ果てた皇居を自分達の手でなんとかしたい」→「普段見られない場所に入って、両陛下、両殿下からお礼を言ってもらいたい」に変わっているなら、もうそろそろやめてもいいんじゃないかと思いますけどね。

植樹祭、国体など、皇室がらみの事業は、よほど強い意志か大きなきっかけがないとやめられないのが日本なんですね。

マキハハ 2013/07/18(Thu)10:33:59 編集
♠ 変化出来ない時点で滅びる
進化することで環境に適応してきた生物。
変化できない種は滅んでいく。

狭量な人物は孤立し、
膿化脳蔓延る地域は限界集落となっていく。
柔軟性のない企業は潰れる。
民草を弾圧する国は滅ぶ。

王制は権力を放棄し形骸化することにより存続を図った。
だから何とか生き残っているのに、
今の皇室は前時代の民草から否定された姿に
戻ろうととしているように見える。

革命をやり過ごし、戦争をやり過ごし、
時代に合わせて巧みに舵取りをしている英国王室を見習うべきなのに…
チャールズ・レニー・マッキントッシュ 2013/07/18(Thu)11:26:06 編集
♠ 両陛下お出ましの森林復旧展
東京農大の催し物なんですね。
秋篠宮と紀子妃の弟が関係しているところですよね。
どうして両陛下は二男のところだけ贔屓にするのでしょう。
前にも鶏の展示会をこれは皇太子ご夫妻にも見に行かせました。
pincushions 2013/07/18(Thu)11:50:19 編集
♠ Re,イギリス王室は時代とともに変わろうとする
そんな、おっかねー国の跡取り息子である悠仁親王に、お嫁さんが来るのだろうか?

お嫁さんが来ない時は、母方の従妹をお嫁さんにするのだろうか?

悠仁親王に嫁が来なければ、悠仁親王の姉上達が婿養子をもらって跡を継ぐのだろうか?

でも男を生ませられない婿殿だと分かったら、種無しカボチャとか種無し馬とか罵られて叩かれるだろう。

どこまで逝っても、おっかねー国ですな。
2ちゃねら 2013/07/18(Thu)14:30:54 編集
♠ 「時代に即した」豊かな森&大和三山様へ
>どうして、「国土緑化推進機構」にケチをつけるかというと、この森林法に関係がある。
>全国植樹祭は、国と全国自治体が共同で主催しているもので、森林法もこの地方自治法がからんでくるので、全面的に改正されたのである。
>地方自治法とは、まさに戦後新生日本に登場した、民主主義の第一歩みたいなもので、戦前大日本帝国憲法にはない。
>またGHQの草案にもない。

明治憲法には地方自治の章はなかったけれど、地方自治の法整備は明治憲法制定より前から存在し、それは当時としては、なかなかに立派なことだった。対して、日本国憲法には地方自治の章はあるけれど、なかなかに精神は生きていない・・・と習った記憶があります。
森林法と地方自治法の関係については無知なんですが、森林法といえば数少ない違憲判決が出ている法律。
・・・何事にも、仏作って魂入れず、な感じですね。

確かに明治憲法下では上命下達の向きがあったとしても、戦後のGHQ支配下にあってさえ、愛林行事の植樹が地方にまで行き渡ったのは、国土の7割が森という豊かな自然を守るという精神や目的に適っていたからだと思います。戦後は特に復興に伴う住宅建築ラッシュで木材が高騰と乱伐で山は荒れ放題になる恐れがあったので、植樹することには大きな意味があったと聞いたことがあります。
しかし、時代は変わり、日本の木材使用が少ない住宅デザインが増え、また外材の方が安価な事もあり、日本の木材は売れなくなり(売れないために)森に手が入らない状態となったことが、現在の貯水率の低下した森林問題の元凶でもあると言われています。

そういった観点から考えると、この森林緑化運動の場合の普遍的目的は、森林の面積を維持することと併せて(それ以上に)森林の機能を守ることにより日本の環境を守ることであり、それに付随する法や行事は「時代に即して」運用を変えていくべきだと思います。皇室の公務でいえば、植樹祭や都市緑化フェアは役割を終えたり無用の産物であり、育樹祭こそが重要な行事だと思います。

>日本国憲法第92条、地方公共団体の組織及び運営に関する事項は、地方自治の本旨に基いて、法律でこれを定める。

ま~しかし、せっかく立派な憲法で一章設けられて、選挙のたびに「地方分権」が話題になるにも拘わらず、一向に住民の生の声は反映されませんね。「国体があると、地方は向こう10年借金を負う」「開催県が優勝しなければならないので、国体が近づくと(妙な)公務員の採用がある(スポーツ枠がある?)」これは、随分前から地方住民では不満の声として聞かれたことです。
開催県が限られているため負担が大きい事を理由として、冬季国体の中止が問題となった時の、ある知事の「皇族が来られると、有難いけれど費用がかさむ。皇族が来ないなら、なんとか冬季国体が開催できるかも」という発言も影響したのでしょう、現在は冬季国体に皇族方のお出ましはありません。
これなど、地方の生の声が届いた例かもしれませんが、「時代に即した公務」という観点から適切に公務の見直しがなされ、その過程で地方の生の声が反映されていたならば、「皇族の式典参列は費用の点から有難迷惑」とも受け止められるような聞き苦しい提案は公にはならなかったと思います。


>国破れて山河あり。
国破れて省益あり、天下り団体にて利権闇深し、行事に及んで横断幕の費用に涙を流し、
行事を恨んで借金財政を圧迫する・・・といったところでしょうか。

皇太子殿下が「時代に即した公務」と仰って以降、千代田周辺が明確に反旗を翻し始めた理由が分かるというものです。

一見尤もらしいらしい御題目が、生身の皇族の方々を苦しめている事や、公務の形骸化に繋がっている事に、気づいて改める時期は(とっくの昔に)来ているはずですが、だからこそ「公務は受け身」が持てはやされる現状が、他の政治行政事情と重なり、何ともはや、な感じです。



大和三山様へ
私の拙文へのご感想を頂いていながらお返事が遅くなりスミマセンでした。
御名前から天智・天武天皇へと思いを巡らし、その辺りの本を読んだりしていました。
皇位継承が乱れている時は、文字通り狂ってしまわれる人もおられたし、狂ったふりをしなければ命を長らえることが出来ない、そんな非情さを改めて考えさせられました。

大和三山は 東宮愛しと 台所と 相協力せむ神代より・・・

皇太子ご一家の良き日に向けて御一緒に美味しいお料理を作りましょう、どうぞ宜しくお願い致します。
三輪 2013/07/19(Fri)12:41:37 編集
♥ Re:「時代に即した」豊かな森&大和三山様へ
>明治憲法には地方自治の章はなかったけれど、地方自治の法整備は明治憲法制定より前から存在し、それは当時としては、なかなかに立派なことだった。対して、日本国憲法には地方自治の章はあるけれど、なかなかに精神は生きていない・・・と習った記憶があります。

江戸時代まで、ちょうどアメリカ合衆国のように、小さな国(藩)の集合体だったので、明治の新政府は地方行政を各藩の士族たちを雇ってやらせた、と聞いたことがあります。
藩士たちはなかなか優秀な役人だったそうです。

>森林法と地方自治法の関係については無知なんですが、森林法といえば数少ない違憲判決が出ている法律。

憲法の財産権と森林法の分割禁止とかですか?
森林(里山)と言うのは生活に密着しているので、難しいですね。
山で言えば、マツタケの出るところは子にも教えないとかねw

高度成長時代には、山をくずして宅地にしまくった。
開発を阻止するために、反対派が立木の所有権を主張して裁判起こしたりしてたこともありますね。


>・・・何事にも、仏作って魂入れず、な感じですね。
>
>確かに明治憲法下では上命下達の向きがあったとしても、戦後のGHQ支配下にあってさえ、愛林行事の植樹が地方にまで行き渡ったのは、国土の7割が森という豊かな自然を守るという精神や目的に適っていたからだと思います。戦後は特に復興に伴う住宅建築ラッシュで木材が高騰と乱伐で山は荒れ放題になる恐れがあったので、植樹することには大きな意味があったと聞いたことがあります。
>しかし、時代は変わり、日本の木材使用が少ない住宅デザインが増え、また外材の方が安価な事もあり、日本の木材は売れなくなり(売れないために)森に手が入らない状態となったことが、現在の貯水率の低下した森林問題の元凶でもあると言われています。
>
>そういった観点から考えると、この森林緑化運動の場合の普遍的目的は、森林の面積を維持することと併せて(それ以上に)森林の機能を守ることにより日本の環境を守ることであり、それに付随する法や行事は「時代に即して」運用を変えていくべきだと思います。皇室の公務でいえば、植樹祭や都市緑化フェアは役割を終えたり無用の産物であり、育樹祭こそが重要な行事だと思います。

育樹祭は今の陛下が皇太子時代に作られたご公務で、現在は皇太子さまに引き継がれていますが、特定団体、公益法人を作って、丸投げ、行事をやるだけが仕事、こういう構図を引き継ぐためだったら、何にもならないと私は思います。

陛下は、また皇太子時代、「全国豊かな海づくり大会」を作って、これは皇太子さまには渡さず、植樹祭・国民体育大会とともに三大行幸啓としておられます。
どうも、こういうスタイルがお好きなようですね。

まぁ、何となくの勘ですが、皇太子さまは皇族の公務とすることで、本来ならばアプローチすべき「ことの本質」が掘り下げられず、うわっすべりな単なる行事や儀式になってしまうことに気が付いておられるのでは?
そして自分が関わるとしたら、そういうことはなるべく排除したいとおもっておられるような気がします。

しかし、それより先に、それをよしとされている両陛下がいらっしゃる。
老体に鞭打って、公務に励んでおられる。
息子にもそれを継いで行ってほしいと願っておられる。
なかなかに悩ましい問題ではあると思います。

1/3管理人  【2013/07/19 16:24】
♠ 薄い警固。
那須御用邸にお出でになる時は、駅から御用邸まで百メートルにひとりずつの警備。
実に薄い警固です。
しかしまあ、戦前。那須には田舎者がワラワラいましたから。ひとつの集落で6件の家、苗字は全て同じ。辿れば全員親戚。
「東京者はズル賢くて、田舎者を騙す山師」←曾祖父の言葉。
陛下のお近くを、見たことのない「余所者」がうろついていたら、警察官より前に地元民が騒いでリンチしたかもです。
陛下も、絣の着物に三尺巻いた地元の子供(私の父)に案内させて、鮎を釣ったり。
往時の植樹イベントも、そんな感じだったのでしょうね~。
※陛下(昭和天皇)
※今の陛下(今上)
※皇太子ご一家(にこにこ)
※秋篠宮「そぉりゃ誰だぁ?」
三斗小屋番人 2013/07/19(Fri)13:38:20 編集
♠ 三輪様へ
心温まるお返事、ありがとうございました。

ものごころついたころから、お神楽とお寺の鐘の音にかこまれて育ったせいか、子供の頃から、歴史・神社仏閣好きで生きてきました。

飛鳥・明日香は、歴史としても名前としても好きです。

山にかこまれて育った私は、大和三山にあこがれてこの名前をつけました。

三輪様、あらためまして、よろしくお願いいたします。

大和三山 2013/07/19(Fri)14:42:47 編集
♠ よらしむべく、知らしむべからず?
>まぁ、何となくの勘ですが、皇太子さまは皇族の公務とすることで、本来ならばアプローチすべき「ことの本質」が掘り下げられず、うわっすべりな単なる行事や儀式になってしまうことに気が付いておられるのでは?


そういえば、先日亡くなられた寛仁親王殿下(個人的には、私は好きではなかった。今時男系男子を強く言う、時代錯誤で勝手なお人という印象)が、皇族を止めたかった理由は
単なるわがままじゃなくて、皇族では自分の望むような形で福祉に関わっていくことが出来ないから、と聞きました。

自分の望むような形のボランティアって何なのか。

たとえば、皇族と言うことでついて回る過剰警備の他に、両陛下がお好きで皇太子殿下は変えていきたい、皇室の体質のせいで、できないことがおありだったのかな、ともちょっと思ってしまいました。

標題、人民に向けての為政者の心得としてよく聞くことだけれども。

人民も知らされない、錦の御旗に祭り上げられている皇族方すら知らない(あるいは忘れてしまい、気にも留めない)「理由」によって
ただただ従わされているのでしょうか。
ペリドット 2013/07/19(Fri)21:49:29 編集
♠ 赤松生える公務&彬子様ご活動・眞子様こうむ
>憲法の財産権と森林法の分割禁止とかですか?

そうです。
手元に何故か百選がないので、正確な記載が出来ず申し訳ないですが・・・
共有者の分割請求を認めた民256にもかかわらず、森林の細分化を防止するために共有森林の分割請求を規制する森林法186条を、財産権の29条2項に違反する、とした(数少ない)違憲判決の一つです。
細かい論点については知識も錆びついているので言及するのは避けますが、(その法の規制の沿革や実質から)従来の違憲審査の基準を変えた判決として有名です。

普遍と思われる立法目的も「時代に即して」解釈が変わることもあり得るのだから、皇室の公務も「時代に即して」運用を変えるのは当然だと思います・・・ちと強引な結論です。


>森林(里山)と言うのは生活に密着しているので、難しいですね。
>山で言えば、マツタケの出るところは子にも教えないとかねw
そうそう、複数の兄弟で山を相続することになったときに、遺言により少ない面積を割り当てられたことを不服として訴えを起こそうとしていた人が、現地調査をして、訴えを取りやめたという話を聞いたことがあります。
なぜなら、そこに赤松が生えていたからw・・・訴えを取りやめる理由も明かさないww

面積が広ければ良いというものではないのです。転じて、公務も数が多ければ良いというものでもないのです、内容こそが重要です・・・ちと我田引水に過ぎますか。

公務の内容という観点から考えると、
>まぁ、何となくの勘ですが、皇太子さまは皇族の公務とすることで、本来ならばアプローチすべき「ことの本質」が掘り下げられず、うわっすべりな単なる行事や儀式になってしまうことに気が付いておられるのでは?
その通りだと私も拝察いたします。
「ことの本質」は私にも分からないので、うわっすべりな単なる行事について思いを巡らせると・・・今日「眞子様が初めてお一人で地方公務をされた」 と報道しています。
あるエピソードを思い出し、本当に残念に思います。
眞子様が高校生の頃に両親と公務されているグラビアを見ている女子高校生が「ちょっと綺麗な服を着て、手なんか振っちゃったりしたら公務が一丁上がり。これなら今すぐ私も皇族が務まる」と嘲笑していました。
もちろんご両親が公務をされる姿を見て学ぶところはあるでしょうから全てを否定するつもりはありませんが、未成年や学生は本文である学問を真面目に修め、更にある程度の社会経験も積んだうえで公務をされたら、ご本人にとっても「ことの本質」を掘り下げる思考回路も開拓されるでしょうし、 それを拝見する側の印象としても、公務に重みが感じられると思うのです。
学生の片手間でコウムもどきをされたら、公務の印象も下がりますし、昨今では女性宮家くれくれキャンペーンの一環かと穿った見方までしてしまいます。
残念です。

対して、彬子女王様は、日本の美しい伝統を伝えるためご自身で立ち上げられた一般社団法人心游舎の御活動の一環として現在シンガポールを訪問されています。学問に真面目に取り組まれ社会人の経験もなさった上で、皇族の公務の枠組みにとらわれず、しかし、皇族らしい公の活動をされている処を、とても御立派だと思います。

21世紀に入り、また財政が厳しいなか相変わらず、
>特 定団体、公益法人を作って、丸投げ、行事をやるだけが仕事、こういう構図を引き継ぐ・・・のか?
>アプローチすべき「ことの本質」が掘り下げられず、うわっすべりな単なる行事や儀式
>そういうことはなるべく排除したいとおもっておられる・・・お気持ちを尊重して「時代に即した公務」を考えていくのか?

今ある公務を絶対とせず、公務の質から検討し直すべき時期であり、まして公務の数に見合う皇族人数の確保を考えるのは本末転倒だな、と改めて考える契機となった管理人様の植樹祭の時代背景の記事、本当に有難うございました。

三輪 2013/07/20(Sat)01:20:10 編集
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