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がんばれ東宮職!
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万世一系の家柄ならば、そこに脈々と受け継がれていくものがあるのだろうと思っていたが、(皇太子の場合なら「帝王学」)どうして今上陛下はこんなにちぐはぐなのだろうと、不敬ながら感じていた。
戦争はやっぱり負けるものではない。
別にバイニング夫人を貶める気はないが、敗戦後とはいえ、皇太子の英語の家庭教師が教育の根幹にかかわることで新しい試みを実行するのである。
それも宮内庁長官によって提案されたのである。

・天皇と皇后に対し、ヴァイニングが直接皇太子の教育について意見を言う機会をもつ
・東宮大夫以下教育参与全員がヴァイニングに皇太子の教育について意見を聞く

ヴァイニング夫人は明仁皇太子に大きな影響を与えたと言われ、また陛下になられた今も非常に恩義を感じておられるようだけれども、当時は明仁皇太子は魚釣りの大好きな少年だった。
須崎御用邸で勉強もせず魚釣りばかりしていると侍従が嘆くと、ヴァイニングは「宿題の方が好きな少年は問題だ」と皇太子をかばったそうである。
それはそれでよい。
いいエピソードだ。
ただ、次世代の皇太子の教育に対して、田島のその情熱はわかるけれども、少しはやまりすぎな気もしないではない。
昭和天皇や香淳皇后と話をするほうが先ではないか。

一方、昭和天皇は、戦争責任問題も含めて、退位論が出ていた。
「陛下は他国民に与えた人的物的損害や自国民に与えた苦痛を原因とする心の葛藤、退位に関するお気持ちをそのまま、御座所で訴えておられた。そのお訴えの内容を申すわけにはまいらないが、それは大変厳しいもので、ご自分を責めに責めておられた」と村井侍従は語っている。
また大声で独り言を吐きながら苦しむ天皇を目撃している。東京裁判が開廷すると、その苦しみはますます強まり、部屋の中をぐるぐる歩いておられたそうである。

昭和23年10月、芦田内閣が倒れた頃、その村井侍従の耳に「貞明皇后摂政ご就任案」が飛び込んできた。
震源地は吉田茂だったそうである。
宮内庁だけでなく、侍従職なども民間人を入れ、宮中の奥の院を、本当の宮中改革をやろうと意気込んでいた芦田・田島コンビだったが、いわゆる昭電疑獄(昭和電工の贈収賄事件)で芦田内閣は総辞職する。
そして第49代吉田茂内閣総理大臣が出現した。



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♠ 戦争にゃ負けたくないわ
ほんと、戦争に負けるとこうだわ。
でも首はねられるよりマシってとこかしら。

でも欧米の家庭教師って威張ってるわよね。
「王様と私」もそうだし、えーとなんて言ったっけ「ドレミの歌」のやつ。
はっきり物言う女(教育方針に立てつくヤツ)に惚れちゃうのよね。

「王様と私」ってあんまり馬鹿にしてるってんで、タイでは放映禁止だって話よ。
Rosa wichuraiana 2011/01/16(Sun)19:09:37 編集
♠ 父母
様々な解釈を抜きにして、今、現在の両陛下と事実のみを見ると、私にはお二人はやはり、大切になさっているように思われます。
お二人の配慮を鑑み、ここで具体的には申しませんが、事実だけ見ていくと、自ずと明らかな気がします。
きく 2011/01/16(Sun)19:21:17 編集
♠ 「貞明皇后摂政ご就任案」!
凄いですね。学習院女子部は漫然と貞明皇后に戴いたお歌を学生に歌わせるのではなく、急場には大変な責務を負うかもしれないのが皇后だったと、皇后における「帝王学」=皇后学でも学ばせれば良いのに。

貞明皇后って凄く気が強いイメージがあるのだけれど、「私は帝都を離れない」にしても、「ご維新(ご一新)の前に戻るのですね」にしても、公の立場から物を見ていて、自分自身の評判がどうのというような小事にはとらわれていない。しかし、今や皇室は小事しか見ていない気がするのはなぜなのだろう。

ヴァイニング夫人がいかに上から目線で教育をしていても、父の立場や胸中をはかりながら、その教育を解釈していくことが、思春期の少年にできなかったのかなあ・・・。

戦争に負けるのは苦しいが、比較的まあまあな負け方をしたので日本の立ち直りも早かったのだけど、その「まあまあさ」が半端だった気もしますね。
帝都の付近に新型爆弾が落ちていたりしたら、戦後の日本はここまで「なんとなく総懺悔して」の、なんとなく感はなかったような気もいたしますが、どうなのでしょう。

蛇足情報ですが、英国人の巨匠リドリー・スコットが日本を舞台にした映画「ブラック・レイン」というのがあります、癌を抱えて死期を悟っていた松田優作の渾身の演技が見られます。リドリー・スコットの、日本への理解は比較的まともです。

「題名の『ブラック・レイン(Black Rain)』とは、原爆投下や空襲によって起こる煤混じりの雨を指している。菅井はアメリカが戦後日本人にもたらした個人主義が、義理人情の価値観を喪失した佐藤のようなアウトローを産んだと暗にアメリカ人を批判し、「黒い雨」という言葉を象徴的に用いる。」

ところで、黒澤明の「隠し砦の三悪人」での、三船俊郎の役は姫の忠臣で、姫方へ寝返ってくれる武将は藤田進でした。すいませんでした。
ルビー 2011/01/16(Sun)20:33:38 編集
♥ Re:「貞明皇后摂政ご就任案」!
>
>ヴァイニング夫人がいかに上から目線で教育をしていても、父の立場や胸中をはかりながら、その教育を解釈していくことが、思春期の少年にできなかったのかなあ・・・。


よく英語教育で言われることですけれども、日常会話とは別に、英語で「何を言うか」この中身の問題なので、究極的には国語教育と何ら変わらないって。

それを考えると陛下には少々気の毒な気もします。
価値観がガラリと変わって、戦前のことはことごとく否定され、そのなかでうちとけて本音を話すわけにもいかないアメリカ人教師に、どんなことを言えというのか。
中途半端になるのは仕方がなかったかも。

ただ、十分大人だったり、小さすぎてわけがわからなかった年でもなかった悲劇みたいなものはあるでしょうね。
美智子さんもどちらかと言うとそうですよね。
何を言っているかわからない。
上手く言おうとして修飾語だらけになる(どこかの宮妃もそうですよね)
はっきり言うときは言い過ぎる。
素直ではないからいっこうに伸びない。
それならいっそのこと魚釣りの方を極めていれば、少なくとも外国から考えなしに持ってくると、生態系のバランスをくずすからよくないという真理をひとつ学んでいたかもしれないですw
その方がよっぽどいろんなことを考えるのに役立ったかも。
英語は通訳任せでw






1/3管理人  【2011/01/16 21:31】
♠ 蛇足の蛇足
少々可笑しいところはありながらも、「ブラック・レイン」で日本国が馬鹿にされてはいないのは、リドリー・スコットが黒澤明をリスペクトしていることも関係していると思う。
溝口健二が大好きな海外監督も多いし。

日本人の誇りは日本文化。
明仁親王は、個人主義の黒い雨にうたれちゃったのかな?
ルビー 2011/01/16(Sun)20:57:16 編集
♠ Re: 帝王学はどこ行った?
貞明皇后を摂政に!  ってのは 「裕仁天皇に退位してもらい、明仁皇太子を即位させて貞明皇后を摂政にする案」 だと思ったけど、違ったかな?

貞明皇后が 「あたしゃ帝都から離れないよ! 空襲が何なのさ!」 って言ったのは、戦争中だったにもかかわらず、もし敗戦にでもなって裕仁天皇がヤバくなったら、孫の明仁が即位する。その時のためにも私は帝都を離れてはいけないという、貞明皇后の考えからだった・・・・なんて書かれてた本を読んだことあるよ、私。



ルビー様の
>「ご維新(ご一新)の前に戻るのですね」にしても、公の立場から物を見ていて、自分自身の評判がどうのというような小事にはとらわれていない

GHQが、皇室を身ぐるみ剥いでいくんだけど、貞明皇太后は 「維新前に戻るだけ」 と言って、さほど抵抗してなかった……って私が読んだ本では書かれてた。
でも昭和天皇は、お金に関しては何も言わなくて、むしろ国民のために出したいと希望されたが、宮家を縮小することには最後まで反対した。金銭面からの反対ではなく、今まで自分を助けてくれた宮家を放り出すことへの抵抗からだった・・・・って書かれてた。



管理人様の
>よく英語教育で言われることですけれども、日常会話とは別に、英語で「何を言うか」この中身の問題なので、究極的には国語教育と何ら変わらないって。

これ、ミッチー学友の女性教授も同じこと言ってた。
英語=国語 なんだって。 「だからウチの入試問題は、英語と国語に重点を置いてるのよ」 って言ってたなぁ。



>美智子さんもどちらかと言うとそうですよね。
何を言っているかわからない。
上手く言おうとして修飾語だらけになる(どこかの宮妃もそうですよね)

今上と同じように推敲に推敲を重ねてるんだろうけど、ヨソヨソしくなっちゃうんだよね(^^;)

皇太子様の会見文って、シンプルだけど心に ズシッ と感じるものがある。
ダイレクトだけどオブラートに包まれて、誰が悪者になるでなく嫌みもない。
こういう文を書けるってことは、やっぱ地頭いいし、性格も良い人格者なんだなって思う。
ガーネット 2011/01/17(Mon)00:35:57 編集
♥ Re:Re: 帝王学はどこ行った?
>貞明皇后を摂政に!  ってのは 「裕仁天皇に退位してもらい、明仁皇太子を即位させて貞明皇后を摂政にする案」 だと思ったけど、違ったかな?

そうです。

>貞明皇后が 「あたしゃ帝都から離れないよ! 空襲が何なのさ!」 って言ったのは、戦争中だったにもかかわらず、もし敗戦にでもなって裕仁天皇がヤバくなったら、孫の明仁が即位する。その時のためにも私は帝都を離れてはいけないという、貞明皇后の考えからだった・・・・なんて書かれてた本を読んだことあるよ、私。
>
昭和天皇のためにものすごい防空壕作ったので、貞明様も「私にも作ってくれ」と要求して、東條に断られてるのね。
いや、東條も作りたかったんだろうけど、もうお金がなかったので「天皇のためにものごっついのを作りましたから、そこへ入って」って言ったの。
でも貞明様は「そんなお上とご一緒するのは心苦しい」ってお入りにならなかったら大宮御所が焼けちゃったので、昭和天皇が説得された。
貞明様が広く場所をおとりになったので、香淳様付きの女官たちはぶうぶう言っていたらしいけど、香淳さまはものすごく辛抱あそばされたそうです。

別居ならね、いくら気に入らない姑でも、少しは気も抜けるけどね。
1/3管理人  【2011/01/17 01:20】
♠ 強い皇太后
貞明さまは聡明な皇后というイメージでしたが、聡明で強い皇后さまだったのですね。
皇太后になられてても、皇后より強い(威厳がある)

次の世代になっても色々口出しそうな強い皇太后の心配が・・・
そうでないことを祈ります。
トルコ石 2011/01/17(Mon)07:32:13 編集
♠ Re Re: 帝王学はどこ行った? 強い皇太后
>昭和天皇のためにものすごい防空壕作ったので、貞明様も「私にも作ってくれ」と要求して、東條に断られてるのね。・・・ 略・・・香淳さまはものすごく辛抱あそばされたそうです。

私、それ知らなかったです。ありがとうございます!
焼き出された母を説得して同居するようになったんで、嫁が苦労しちゃった……… 今でも聞きそうな話ですね(^^;)

それでも 「維新前に戻るだけのこと」 ってバッサリ言えちゃうのは、やっぱドショッポネ据わってるんだろうなぁ。 



>別居ならね、いくら気に入らない姑でも、少しは気も抜けるけどね。

香淳様って、姑に気苦労して嫁からは突き上げられて って感じ。
それでも昭和天皇が香淳皇后を守られてから、本当に暖かい優しい笑顔の写真ばかりなんだろうなって思う。



>次の世代になっても色々口出しそうな強い皇太后の心配が・・・
そうでないことを祈ります。

私は絶対に 口出しし続ける って、もう今から思ってるよん。
「先帝を偲ぶ巡礼の旅」「皇后の代わりに…私が…」 って感じで、口も出せば手足も動かして全国行脚すると思う。もちろん衣装は黒服に黒マントで、ちょっと見はローマ法王が暗い色の法服を着てる感じね。
そして、最初のうちは特注車椅子。第2段階は特注ストレッチャー。第3段階は……何だろう? 自分の姿を目的地へ中継させるとか(^^;)

失声症になろうが下血しようが膝を痛めようが  そんなの関係ない!  とばかりに出歩いてるもんね。
回遊魚なみに動き続けるんじゃね?
ガーネット 2011/01/17(Mon)13:52:50 編集
♠ 凄くリアルですぅ
>私は絶対に 口出しし続ける って、もう今から思ってるよん。
>「先帝を偲ぶ巡礼の旅」「皇后の代わりに…私が…」 って感じで、口も出せば手足
>も動かして全国行脚すると思う。もちろん衣装は黒服に黒マントで、
>ちょっと見はローマ法王が暗い色の法服を着てる感じね。
>そして、最初のうちは特注車椅子。第2段階は特注ストレッチャー。
>第3段階は……何だろう? 自分の姿を目的地へ中継させるとか(^^;)

わわわ〜!
なんだか目に見えるよう。凄くリアルです。
「先帝のご意志を継ぐ」って、やせぎすで細眉の黒いローマ法王が回遊している様子が。
第3段階では、病床の皇太后が、大画面に映るんだろうなあ。
ベットの上でも黒いコサージュつけてたりして。(^^;;;

>香淳様って、姑に気苦労して嫁からは突き上げられて って感じ

ほんとにねえ。
でも、そんな穏やか朗らかな香淳様だからこそ、昭和帝は大好きだったんだろうね。

今は、皇太子様が、女らしい優しさのある雅子様を守っている。

でも強い姑であっても、貞明皇后には国への理論があったけど、
今回の強い皇太后候補様には、
「ワタクシ見られたいんです、注目されたいんです」という以上の理論が、
見えないのが、さらに怖いですぅ。
ルビー 2011/01/17(Mon)14:18:06 編集
♠ 香淳皇后のお気持ち
貞明皇后の生き方には、「いざというときには、天皇の代理として軍艦にものる」
という感じの決意が感じられる。

だから皇后が、なよなよとお洒落するなんてイカンと思っていたのではないかなあ。

香淳皇后が、着流しの和服を許されずに、袴をはいていたっていうのを読んだような。
こっそり、娘らしい和服を着て、髪をゆって、写真だけ残したっていう、
香淳皇后のお若い時の写真が本に載っていた。
このエピソードはチャーミングだよね。

自分でも、皇后の心得を身につけるのに、これだけ苦労したのに、
民間からじゃ、とても無理じゃないかっていうのが、気持ちとしてあったと思うなあ。
ルビー 2011/01/17(Mon)14:37:47 編集
♠ 雨月物語、今昔物語のような
>私は絶対に 口出しし続ける って、もう今から思ってるよん。
>「先帝を偲ぶ巡礼の旅」「皇后の代わりに…私が…」 って感じで、口も出せば手足
>も動かして全国行脚すると思う。もちろん衣装は黒服に黒マントで、
>ちょっと見はローマ法王が暗い色の法服を着てる感じね。
>そして、最初のうちは特注車椅子。第2段階は特注ストレッチャー。
>第3段階は……何だろう? 自分の姿を目的地へ中継させるとか(^^)

自分の姿が朽ち果てても、魂が形となり、都の人々を恐れさせている。

今昔物語に出てきそうな、そのような皇太后さまを想像してしまいました。
矛盾を感じて美智子さまファンを卒業した私w
皇太后になられても「老体に鞭打って頑張っています!」の美智子さまだったら、普通の人は引くでしょうね。

そんなことすると益々雅子さまがカリスマ性のある皇后さまになられると思う。
皇族が「頑張っています!」そのような態度はとても下品なのに、あの妃殿下は自爆して頂いてもかまいませんが、美智子さまには、心して頂きたいですわ。
トルコ石 2011/01/17(Mon)15:46:31 編集
♠ 昭憲皇太后
ガーネットさまへ>

昭憲皇太后という御方もなかなか凄いですよね。京都の御所内にいたような御方が、
東国に来て、国民の見本となるような女性を体現した。(ボチボチと本を読んでいるところです。)

>でも、明治天皇は腹くくった。天皇自ら、京の都を離れて東の田舎に行っちゃうんだもん。
>でも実は私は、明治天皇より昭憲皇后の方が凄いと思う。
>それまで、皇后ってのは絶対に人前で顔を出さないものだったのに、
>文明開化とはいえ、前髪上げてデコ晒すわ、眉毛は長く描くわ、腕ニョッキリ出して
>西洋ドレス着るわ、写真も撮っちゃうわ……
>むしろ男より肝っ玉すわってないと、できない行動だったと思うんだよね(^^;)

別の日のガーネットさまのコメントから引用ですいません。

昭憲皇太后は、旧態依然とした宮中の大改革もしたし、明治天皇と共に軍の視察もして、軍艦に乗ったけど酔わなかったみたいですね。
宮中改革では、昔からのしきたりに拘る女官を、全て皇后の指揮下に統一し、天皇の夜とぎの相手も指名したりしていたみたいですよね。

女子教育の大切さを痛感し、女子師範や津田塾の創設に携わったし、戦傷者をいたわり医療を推し進めたし。

戦前の国母は、国に尽くそうというダイナミックが視点がありそうですね。
もう、この段階で、女子だけが産まれたら女帝論でっていう意見がだいぶ論議されていたみたいだし。

明治、大正、昭和の皇后は「自分は国のために正しいと思うことを選びます」という公的意識と信念があり、清々しい気がしたます。昭憲皇太后に実子ができたら、ここで皇室も一夫一婦制に以降していた気がいたします。
ルビー 2011/01/18(Tue)00:37:36 編集
♠ Re: ルビー様の 昭憲皇太后
>天皇の夜とぎの相手も指名したりしていたみたいですよね。

昭憲皇太后は、明治天皇を陣中見舞いした時か何かの時に  明治天皇お気に入りの女官  も連れて行ったとか。
で、明治天皇に 「この女官を連れて来ましたので、今晩どうぞ」 って言ったけど、明治天皇は遠慮したとか、しなかったとか(^^;)

明治天皇より4才姉さん女房なんだけど、縁起がどうのこうので正式な誕生日をズレさせたとか何とかって、私が読んだ本に書いてあったです。
でも聡明な女性で、維新っていう日本の大変革(存亡にかかわるかもしれない一大事でもあったと思う)ってのを、ちゃんと理解して、明治天皇を阿吽の呼吸で補佐した皇后だったとか。
女子教育に力を入れ、戦傷者を見舞ったり、国全体の医療発展も説いたとか。

昔見たテレビで 「ある意味、明治天皇よりも秀でた皇后じゃないでしょうかねぇ」 なんて言われてた(^^;)



>明治、大正、昭和の皇后は「自分は国のために正しいと思うことを選びます」という公的意識と信念があり、清々しい気がしたます。

うんうん!  明治、大正、昭和の皇后こそ無私で 「国のため。国民のため」 で一貫してるように見える。
時代が違うって言っても国民にとっては、同じような服で通り一遍の慰問より、国のために・本当に国民のためになるように動いてくれる方が、ありがたいと思うんだよね。



>もう、この段階で、女子だけが産まれたら女帝論でっていう意見がだいぶ論議されていたみたいだし

そうそう! 旧皇室典範が制定される前にも、女帝OK論は出てたんだよね。
でも、当時まだ女性の地位は低かったし、天皇は軍の大元帥ってことで、女帝OKは消えた。


デモシカってのは意味無いけど、それでも、もし女性天皇OK(婿養子OK)になってたら、日本だけじゃなく世界の歴史も、かなり違ってたんじゃないかなって思う。 ← 妄想、飛びすぎかな?(^^;)
ガーネット 2011/01/18(Tue)11:35:31 編集
♠ 赤十字の精神
>女子教育の大切さを痛感し、女子師範や津田塾の創設に携わったし、戦傷者をいたわり医療を推し進めたし。

江戸時代から明治になって昭憲皇太后は奥から表に出て、女性の教育や赤十字の精神でご活躍されたみたいですね。
貞明皇后はポーランドの戦争孤児を一時日本へと引き受けられたみたいですね。
http://www.geocities.jp/taka19602001/KOUGO.htm

今よりずっと保守的な時代に赤十字の精神を生かされていた、素晴らしいですね。

今は、すっかり形骸化されてパフォーマンスだけな様に思います。
特にあの宮妃は、ご病気の東宮妃の席をget!
そういう姿しか感じません。
マスコミなどでは取り上げあれませんが、ピッピとマリちゃんがセラピー犬として施設や病院に訪問されていた雅子さまの方がどれだけ温かいものが有るか、と思っています。
トルコ石 2011/01/18(Tue)12:24:42 編集
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考え方はそれぞれですが、皇太子様御一家を陰ながら応援したい気持ちは一致しています。
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