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がんばれ東宮職!
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入江日記とか初代宮内庁長官の田島道治の本を読むと、美智子さんは入内して苦労されたかもしれないが、あの時代にしてはわりに好きにさせてもらっているみたい。
それは「戦争の反省」とか「新しい時代の到来」とか「昭和天皇・香淳皇后の人の良さ」とか「早くに親王をあげた」とかいろいろ理由はあるかもしれないが、しかし、伏魔殿のような皇室だよ?
取り込んでしまえばこっちのものってのがあると思うんだが、右ページは昭和34年9月10日の日記、世紀の婚礼から半年である。
私はこういうふうに読んだ(違うふうに読んだら教えてね)

東宮職が入江侍従に電話で頼んできた。
「美智子妃殿下の今後の御行動についてですが、(宮内庁)長官が皇后さまに明日拝謁するとき、皇后さまからリクリエーションのためのお出ましはなるべく遊ばすようにおっしゃっていただきたいとの(東宮)大夫からの要請です」
だから、私入江は、6時前にお文庫で皇后さまに(根回しのために)拝謁し、(東宮大夫の要請を)申し上げた。たぶん皇后さまはそうやってくださると思う。

その2ヶ月前7月8日の日記には
「西野さんのところへ行き山田と3人で昼食。東宮妃のことにつきいろいろ議論する。一日も早く小林教授(小林隆東大教授。8月127日付で皇太子妃専任産科医になる)をお召になることが先決と主張する。」
とあるので、ご懐妊の話だろう。
まだ親王か内親王かわからないが、皇太子妃が懐妊されたということで、大騒ぎになっているのだろうと思うが、東宮職から皇后に「言わせる」というのがすごい、と思う。
しかし、よく考えてみると、天皇皇后って美智子さんのためにいろいろ「させられてる」
また美智子さんも「平民だと言うこと以外皇后さまは何がご不満なのか?」と(東宮侍従ではなく、天皇皇后付きの)侍従に聞いているのである。
普通に悩んで「私のどこが悪いのかしら?」と思っているなら、まず自分のまわりの味方だと思える人に打ち明けると思うんだけれども、ダイレクトに皇后付きの侍従に聞いたということは、入江侍従が自分の味方だということを知っていた?
でも、皇太子妃より皇后のほうが宮中ではずっと力を持っているのだから、皇后付きの侍従をよほど懐柔しているという自信があるなら、それもありだろうけど。

それから30年もたって、世界はさらに広がっているのに、子供を産むことを優先して禁足令を皇太子妃に課した宮内庁長官がいたよね。
「東宮妃にゆったりとお遊びにお出かけになるよう」野村東宮大夫が美智子皇后に言わせようとするなんて、えっ、そんなことあるの?
(それが出来ればこんな嬉しいことはないけど)

なーんか、美智子さんの立場って、時として皇后なんかより強い感じがするんだよね。
なんでだろうって思って、ハッと気づいたんだけど。

美智子妃は「国民に人気があることを支えにしていた」と浜尾さんは言っていたけど、国民の希望がいくらあったって、ダイレクトに宮中の人は動かせないよ。
美智子妃のバックには「日本政府」がついていたんじゃないかな?
詳しく言えば「経済界」。
日清製粉という会社だけではなくて、経済で日本を強くしていこうと決めた、ある時には首相を「ソニーのセールスマン」と言わしめたほどの、高度成長期にかかる護送船団方式の日本政府と経済界。

なにかそんな感じのする初代宮内庁長官、田島道治の本を読みました。
またヒマがあったらUPします。



  

右ページ「親王誕生」とあるのは、言わずと知れたわれらが「鯰殿下」である。
昭和40年11月30日。
12月2日になって、妃殿下をお見舞いすることで「いろいろやる」というのは、段取りを決めたのであろう。
昭和天皇は行かない、良子皇后のみということで、入江侍従はそれでも「皇后さまだけでもおいでになることになってよかった」と言っている。
そしてその後の文章だが

皇后さまが病院にお見舞いになった時、妃殿下が起きてお迎えへになったといふことにつき無理していやしないかといふのでお怒りの由

これがどうもわからない。
良子皇后が美智子さんを見舞った。
美智子さんは起きて良子皇后を迎えた。
良子皇后は「(もう起きたりして)無理していやしないか」(と本人には言わず)女官か誰かに聞いたのであろう。
それを聞いて美智子さんはお怒りらしい。
何度読みなおしても、↑のような状況としか思えない。
それならなんで美智子さんは「お怒り」なんだろう。
「無理しているのではないか」と言われて「いいえ、大丈夫です。無理してません」と言えばすむことなんだけど?

そして左ページ

皇后さまは一体どうお考へか、平民出身として以外に自分に何かお気に入らないことがあるか等、おたづね

これまた強烈な質問である。
わりと有名なの美智子語録の一つだが、もっと早くに(結婚してすぐくらいに)聞いたのかと思ったら、入内して8年もたっている。
親王を2人もあげた自信からか、それとも今まで何事も「完璧」にやってきたとの自負心からか。
「出自以外(これは自分ではどうしようもない)に何が文句があるのか?」と聞いているようなものである。
むろん美智子さんは「出自はどうしようもないが、それ以外のことは直せるので言ってください」という意味だったかもしれない。
しかし、「平民出身以外」と限定することによって、美智子さんは巧まずして「自分の意見」を用意できてしまうようにしてしまった。
お公家さんの「直截に言うのではなくちょっとぼかしてやんわりと」という文化を封じてしまったわけである。
これでは「さぁ、一つ一つ細かく言ってみなさい!」とすごんでいるようなものだ。


  

心配されたが義宮さまは39年2月津軽華子さんとお見合いされて9月にご結婚、常陸宮となられた。
ご兄弟仲はあまりおよろしくなかったのか、入江日記にはえらいことが書いてある。
山田という人が、2月27日に東宮職から代わりたいと入江氏に相談をもちかけているのだが、それから1ヶ月後、最後だというので、東宮へ諫言したらしい。

・人使いが荒いこと
・つまらない臣下のあらをとりあげないこと
・孝養をおはげみになるべきこと
・常陸宮さまと御仲よく遊ばすべきこと

何か淡々と書いてあるのが、「みんなが周知のことである」感がして、よく言ったと言わんばかりである。
美智子さんが細かい(入江氏は緻密という言葉を使うが)人のようだが、この諫言(つまらない臣下のあらをとりあげる)からみると、夫婦して細かいのかもしれない。
似たもの同士なのかも。

  

美智子さんが何を恨んでいるのか、まるきりこちらには見当もつかないが、入江氏にはわかっていたようだが、「くりかへし考えるが誠に不愉快」と書いてあるところをみると、入江氏にとっては理不尽と思えるような部分もあったのではないかと推察する。
仮にそう言われたとしてもそれが本人の耳に入るということは「昔の側近にはあり得ない」と言っていることから、「悪口」に近いことだろうというのがわかる。
何か入江氏がヘマをしたということではなさそうである。

入江氏はよほど悔しかったとみえて、すぐに忘れるということは出来なかったようだ。
翌日また「不愉快に思い出される」と書いている。
しかし、入江氏としてはどうしようもないことだ。
入江氏58才、30年侍従として天皇にお仕えしている。
天皇皇后に最終判断を仰いで仕事を務めているので(書いているので)、美智子さんに「恨まれても」どうしようもないことなのである。

悶々としたらしいが、東宮御所へ行く用事があり、3月29日まず長官に会うと次長から聞いた話とはちょっと違い、「両陛下には入江さんのような人があるからいい、お上もある時”それは入江に書かせればいい”とおっしゃったとの事、皇室がこんな冷たいものとは思わなかった」との事で、(気を取りなおして)東宮同妃両殿下の御前に出る。
「よくお話下さる。お気持ちもよく分かった。少しの錯乱もなく驚くばかりだが、その緻密な所が禍をなしていると思われる。」

書かないほうがいいと言われたことはどうやら反故になったようで、入江氏も今まで通りの仕事で、しかも「うらやましい」と言われたことで、ますますやる気が出たのだろう。気をよくして飲み直している。

ところが、ところがである。
12月27日、長官から「もうちょっと東宮様のことを書いたほうが良くはないか(書けよ)」と注意を受けるのである。
すぐに「皇室外交」に皇太子のことを「繰り入れ」たのだが、12月31日の記述から、さらに東宮から「皇室外交」「(使用する?)写真」にダメ出しがあったことがわかる。

注文通りにしたが、この藤原定家の子孫にとっては、承服できかねる文章になったのだろうか。
しかし、言うとおりにするしかない。
「うつろな気がする」の一言に、入江氏の一気の脱力がよく出ている。




  

入江氏は昭和天皇のご本の後書きを書いたり、自分でも新聞にコラム欄をもったりして、スポークスマンのような立場でいたようだ。
昭和天皇も「書くことがあるなら入江に頼め」とおっしゃるほどのご信頼だったようだ。
またお歌の選者もしておられ、皆様のお歌の清書をしたりで、新聞記者たちも寄ってくるし、知り合いも多い。
ただ、いわゆる東宮職ではないので、あくまで天皇・皇后のためのお仕事をされている。

3月2日の「東宮妃殿下のこと残念なことである」という記述は、美智子さんの体調が悪く、皇后さまの還暦のお祝いに出られないということで、特別な意味があるわけではない。
3月22日の「東宮妃は3時半頃宮内庁病院に入院、すぐオペラチオン」とあるから、具合が悪かったのだろう。
しかし、同じ日に入江氏はあんなに一生懸命お世話した美智子妃から「恨まれている」ことを次長の口から聞かされたのである。


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