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がんばれ東宮職!
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入江日記とか初代宮内庁長官の田島道治の本を読むと、美智子さんは入内して苦労されたかもしれないが、あの時代にしてはわりに好きにさせてもらっているみたい。
それは「戦争の反省」とか「新しい時代の到来」とか「昭和天皇・香淳皇后の人の良さ」とか「早くに親王をあげた」とかいろいろ理由はあるかもしれないが、しかし、伏魔殿のような皇室だよ?
取り込んでしまえばこっちのものってのがあると思うんだが、右ページは昭和34年9月10日の日記、世紀の婚礼から半年である。
私はこういうふうに読んだ(違うふうに読んだら教えてね)

東宮職が入江侍従に電話で頼んできた。
「美智子妃殿下の今後の御行動についてですが、(宮内庁)長官が皇后さまに明日拝謁するとき、皇后さまからリクリエーションのためのお出ましはなるべく遊ばすようにおっしゃっていただきたいとの(東宮)大夫からの要請です」
だから、私入江は、6時前にお文庫で皇后さまに(根回しのために)拝謁し、(東宮大夫の要請を)申し上げた。たぶん皇后さまはそうやってくださると思う。

その2ヶ月前7月8日の日記には
「西野さんのところへ行き山田と3人で昼食。東宮妃のことにつきいろいろ議論する。一日も早く小林教授(小林隆東大教授。8月127日付で皇太子妃専任産科医になる)をお召になることが先決と主張する。」
とあるので、ご懐妊の話だろう。
まだ親王か内親王かわからないが、皇太子妃が懐妊されたということで、大騒ぎになっているのだろうと思うが、東宮職から皇后に「言わせる」というのがすごい、と思う。
しかし、よく考えてみると、天皇皇后って美智子さんのためにいろいろ「させられてる」
また美智子さんも「平民だと言うこと以外皇后さまは何がご不満なのか?」と(東宮侍従ではなく、天皇皇后付きの)侍従に聞いているのである。
普通に悩んで「私のどこが悪いのかしら?」と思っているなら、まず自分のまわりの味方だと思える人に打ち明けると思うんだけれども、ダイレクトに皇后付きの侍従に聞いたということは、入江侍従が自分の味方だということを知っていた?
でも、皇太子妃より皇后のほうが宮中ではずっと力を持っているのだから、皇后付きの侍従をよほど懐柔しているという自信があるなら、それもありだろうけど。

それから30年もたって、世界はさらに広がっているのに、子供を産むことを優先して禁足令を皇太子妃に課した宮内庁長官がいたよね。
「東宮妃にゆったりとお遊びにお出かけになるよう」野村東宮大夫が美智子皇后に言わせようとするなんて、えっ、そんなことあるの?
(それが出来ればこんな嬉しいことはないけど)

なーんか、美智子さんの立場って、時として皇后なんかより強い感じがするんだよね。
なんでだろうって思って、ハッと気づいたんだけど。

美智子妃は「国民に人気があることを支えにしていた」と浜尾さんは言っていたけど、国民の希望がいくらあったって、ダイレクトに宮中の人は動かせないよ。
美智子妃のバックには「日本政府」がついていたんじゃないかな?
詳しく言えば「経済界」。
日清製粉という会社だけではなくて、経済で日本を強くしていこうと決めた、ある時には首相を「ソニーのセールスマン」と言わしめたほどの、高度成長期にかかる護送船団方式の日本政府と経済界。

なにかそんな感じのする初代宮内庁長官、田島道治の本を読みました。
またヒマがあったらUPします。



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♠ なーるほど
管理人様

貴重な入江日記のup有り難うございました。

東宮大夫は皇太子妃のお楽しみの外出をもっと増やして差し上げたい
けれど、東宮大夫の意向だけでは実行できない
結局は宮内庁長官のokがなければ実行できない。
けれど、東宮大夫から宮内庁長官にお願いしてok頂くことは出来ない(宮内庁長官と東宮大夫は独立したそれぞれの組織の長なのではなく、長官の部下として大夫があり、大夫は長官に願い出たり進言したりできない立場?)
なので、同格で話ができる天皇付き侍従→皇后様→宮内庁長官、というルートで皇太子妃のお楽しみ外出を増やすことに成功する。

時折「千代田と赤坂の連絡がうまくいっていないから」ってな話が出るけど、千代田への根回しってこうやってやるのか。なかなか大変ですねえ。

そして思うこと
平成の千代田と赤坂の場合、入江侍従のような人が千代田にいないんだろうな
東宮大夫と忌憚なく話せて、皇后様のご信任も篤く、皇后様にモノを頼める人
それにしても香淳皇后って、子どもの使いのように、東宮大夫の意向通りに根回しに動いて下さる。何て良い方なんでしょう!
平成の皇后様だったら、皇太子妃のお楽しみ外出を増やすように長官に指示して欲しいと侍従如きから話があっても、こんな子どもの使いみたいな役割を「皇太子妃のために」引き受けてはくださらないでしょう。

オランダ静養のときは、この種の根回しがうまくいってないまま赤坂がオランダ行きを実行に移したので、あのあと週刊誌だの天皇の会見だので、あの発言になったわけね。
(皇太子ご夫妻が葉山ご静養への同行を直接両陛下に願い出たら、両陛下が「自分たちだけで行きたい」と拒絶した、あとでバツが悪いので葉山静養自体が取りやめになったっつー話が出たこともあったっけ  これも赤坂から千代田への事前根回しが不十分だったため、直接皇太子から陛下に願い出て拒絶という、後味の悪い事態になったって、赤坂の根回し力が非難されてたっけ)

賀陽さんという方が、ポジション的にはこのときの入江侍従に近いのでしょうが、血のつながりもあって身分や年齢を越えて忌憚なく皇后様にお願いが出来た入江さん(また皇后さまも大らかに身軽に動いて下さる方)と違って、平成の皇室には、やっぱりそういう繋がりがありそうもない。

とはいえ、個人的な人間関係だけでは不十分だろうし、管理人様のおっしゃる通り、政府や経済界のあうんの後押しもあったのかも
今はそういう知恵も機運もない

何にしても、皇室内の狭量な価値観が生に出る形で皇室がゴタゴタしているのは本当にイヤなモノです。
ど田舎の農家?やうまく立ち回って利権に与れる人だけは今の平成皇室、あのにちゃっとした腹黒弟宮妃みたいなあり方がお好きなようですが、私は絶対に絶対にゴメンです。
(書き出すといろいろ言いたくなっちゃうからこの辺で)

ペリドット 2011/01/15(Sat)10:35:01 編集
♠ Re:中国頼みの世界  美智子妃のbackground
いつものようにグータラして、ノンビリここに来たんだけど、私にはハイレベルすぎるよぉ…… (´Д`;)
でも、私なりに気付いたことを書かせてもらっちゃいますね。



>昨年秋、入国条件の緩和に合わせて1万人のツアーが来る事になっていた。
>一人10万円使うだけで10億円が日本に落ちる。
>ホテル・観光・飲食・家電とあちこちの業界が大きな期待を寄せていた。
>ところが、尖閣問題でツアーは中止

10億円じゃ、 ルビー様の言うように100億円でも経済効果は薄いと思うよ、私も。
中国人パーティを迎えるピンポイント的には潤うだろうけど  あちこちの業界全て  が潤うほどじゃないと思う。
それこそ、総合商社とかインフラとか自動車あたりが、最低でも千億円単位(できれば後半の数字が欲しいかも) 神武景気よ、今一度! って感じなら、何兆・何十兆円単位の商談が中断することなく成立しなきゃ、意味無いんじゃないかな?



>今は経済的環境から中国のご意向は絶対なので、夫婦別姓推進の民主党と男系維持の秋篠宮家が栄華を極めており、通りすがり様はじめ「自由と民主主義」の価値観を共有するものは女系と女帝も諦めた!ということでしょうか?

どんどん肩書きがレベルアップしてるんでホントかどうか眉唾だけど、キコさんの祖父だか誰かが  満鉄のおエライさん  って話なかったっけ?
満人と漢人ってのは別物だけど、それでも  同じ中国  って考えれば、とっくに鬼籍になってる祖父の人脈(?)を受けついだ紀子ラインが絡んでるっていう妄想もできるかもね。
「秋篠宮は “これからはアジアだよ” って言った」なんて書かれてたけど、実はアジアじゃなくて、中華思想を武器に世界を貪ろうとしている中国のことを言ってるとすれば、これまた夫婦そろって中国ラインってことになって、男系維持の秋家は万々歳ってことになるかも。

・・・・・そこまで考えられるほど秋篠宮夫婦が利口とは、どうしても思えないんだけどね(^^;)



> 美智子妃のバックには「日本政府」がついていたんじゃないかな?
>詳しく言えば「経済界」。
>日清製粉という会社だけではなくて、経済で日本を強くしていこうと決めた、ある時には首相を「ソニーのセールスマン」と言わしめたほどの、高度成長期にかかる護送船団方式の日本政府と経済界。
>私は美智子妃は「吉田茂」が皇室へ送り込んだと思っているんですね。

美智子さんが東宮妃に決定した時、日清製粉の株価が 「天皇様が嫁の会社を潰すはずないって大暴騰した」 って父が言ってた。
相場が動くってことは、連動して人もモノも動いてるはずだから、何も無いって考えるほうが変だよね。
私が読んだ美智子さん苦労話集の本には  「美智子妃は入内するにあたり、現金はもちろんのこと、かなりの優良株券を持参した」 ってあったから、妄想たくましくすれば………
それに、明仁皇太子と美智子さんの結婚は、日本が世界に復興を知らしめるためにも大々的にしたって言うし………



>東宮職から皇后に「言わせる」というのがすごい、と思う。
>しかし、よく考えてみると、天皇皇后って美智子さんのためにいろいろ「させられてる」

そうなんだよね。
あの時代は、東宮職の職員も頑張ってたって感じするし(そんなふうに書いてある美智子妃の苦労話集の本もある) 千代田も東宮職からの意見をちゃんと取り入れてたって感じする。
嫁イビリする意地悪な良子皇后なんて言われてたけど、今の今上夫婦みたいに、あからさまな発言は無かったと思う。
親子同居とか、皇太子夫婦が育児してることを聞かれても 「皇太子と美智子妃がちゃんとしてるから心配してない」 って発言されてる。

まだボケてない時だと思う香淳皇后が、美智子妃と手をつないでる写真あったけど、そういう写真を見ると、香淳皇后って本当は美智子さんも可愛がってたんじゃないかなって感じてくるんだよね。



>なーんか、美智子さんの立場って、時として皇后なんかより強い感じがするんだよね。

正田夫婦が皇孫の祖父母とはいえ 「東宮妃の服が少ないやん! 金はこっちで出すから作らせてくれ!」 って申し出たなんて、今よくよく考えると、 すげぇ~ って思う。
いくら娘が着た切り雀でも「金はこっちで出すから作らせろ」ってのを、嫁じゃなくて婚家先に言うなんて、嫁実家は婚家先を格下に見てるとも解釈できちゃうんじゃね?
(これは “皇后様でも少ない服です!”ってことで却下されたんで、美智子妃はボタンとかコサージュとかを取り替えれるようにしたり、リフォームするようになった)



今まで、
美智子様は民間出身というだけで、何から何までイチャモンつけられて身も心もボロボロになってるのに、慈愛や優しさや思いやりを忘れないで、国民のために公務して国民のために祈り続ける立派な皇后陛下!
って感じだったけど、ちょっと冷静になって捻って考えると、美智子さんって (誰かさんと同じように) 強かに生きてきてるように見えるなぁ。
ガーネット 2011/01/15(Sat)16:25:55 編集
♥ Re:Re:中国頼みの世界  美智子妃のbackground

>いくら娘が着た切り雀でも「金はこっちで出すから作らせろ」ってのを、嫁じゃなくて婚家先に言うなんて、嫁実家は婚家先を格下に見てるとも解釈できちゃうんじゃね?
>(これは “皇后様でも少ない服です!”ってことで却下されたんで、美智子妃はボタンとかコサージュとかを取り替えれるようにしたり、リフォームするようになった)

いんにゃ、実家のお金でコソーリ作ってたと思うなーw
ボタンだけ取り替えただけのような服って見たことない。
>
>
1/3管理人  【2011/01/16 11:40】
♠ 美智子さまより、あの妃殿下のバックグラウンドが気になる
身分制度が無くなり、皇室に平民から鳴り物入りで御輿入れされた美智子さま、難しいことは分かりませんが、政治的な事があってのご成婚だったのでしょうね。
週刊誌をにぎわす、きらびやかな東宮妃であっても今のような、ぐちゃぐちゃしたものは無かった昭和。
それは天皇陛下がしっかりされていて、皇族の方も良識ある方ばかりだったのでしょう。
美智子さま以外は週刊誌にご意見なんか載りませんでしたよね。
あっ!髭の殿下が・・・w

今の週刊誌は何!!
どうしてそこまで東宮ご一家を叩けるの?
「私たち、うまくやっています!」とのたまった、あの一家の方がゴシップ満載じゃない。

長幼の序を破って学生の身分での成婚、初めは週刊誌も色々、皮肉も書かれていました。

学者としてあるまじきあの父は名刺に雌鯰の父と書いていたそうです。(学習院筋から聞きました)
普通なら冷笑されるのに、悪い奴らは食いついてきたのかしら?
今ではあらゆる団体の肩書をお持ちになっていらっしゃいます。
スッポンは食いつくだけですが、大蛇(うわばみ)のように大きなもの飲み込むように、怪しいつながりができているように思います。(これは私の考えです)

東宮ご夫妻に子供がお出来にならないときには、『眞子さま、女帝』とか堂々と言われたり、愛子さまがお生まれになった時は、女帝を押す言葉が消失したり、
今では子鯰くんが生まれ、好き放題しているように見えます。
そこまで、強かになれるのは鯰の後ろにどんなバックグラウンドが有るのか知りたいです。
これは100年後でもよいから解明してほしいと思います。
トルコ石 2011/01/16(Sun)00:53:34 編集
♠ ジェラシー
 海外では、ベンヒルズの「プリンセスマサコ」以外にも雅子様の本が何冊か出版されています。筆者は東京在住のドイツ人ジャーナリストで、ヨーロッパのいくつかの国で出版されている本にこのような事が書かれているようです。

『皇室が与えている古いイメージの問題に気づいた宮内庁幹部は天皇皇后両陛下に進言した。

「世界は速いスピードで変化しており、皇室にとって難しい時代になった。昔と同じ事をしていてはやっていけなくなるだろう。
幸い雅子様には国民の関心も高いので、現代にあった皇室の新たなイメージ作りのためにも雅子様に公の場に今まで以上に出て行ってもらってはどうか。」

しかし、天皇皇后両陛下この提案を受け入れなかた。その代わりに自分たち自身が今まで以上に公の場に出ていくようになった。
 
 噂によると、この進言はむしろ悪い方向に作用したようだ。皇后陛下は彼の言葉にひどく腹を立てた。雅子様の人気は既に十分すぎるではないか、と。』

 愛子様が生まれる以前の話で、宮内庁幹部も実名で書かれています。
メイ 2011/01/16(Sun)15:42:45 編集
♥ Re:ジェラシー


> 噂によると、この進言はむしろ悪い方向に作用したようだ。皇后陛下は彼の言葉にひどく腹を立てた。雅子様の人気は既に十分すぎるではないか、と。』

うっわ!
歴史を変える源は、案外器の小さい人間の感情なんですね。
>
> 愛子様が生まれる以前の話で、宮内庁幹部も実名で書かれています。

読んでみたいけど、翻訳したものってありますでしょうか?
1/3管理人  【2011/01/16 15:53】
♠ Re:ジェラシー
そうなんですか! 「ワタクシが、ワタクシが!」って怖すぎますね。

自分の娘でさえ、自分より目立っちゃいけないんだから、嫁が目立つのを許すわけがないか。
だから、自分がバッシングされたら声が出なくなるけど、長男一家がバッシングされても平気なんだろうなあ。

心理学的には「病気」だと感じます。ピリファイさせてくれるんじゃない、本格的なお医者様へ行った方が・・・。

あの次男嫁は心理学科ですよね。平成皇室で生き残れる女性像は何か、どうすればワタクシ様に好かれるか、分析しているのかな。
ルビー 2011/01/16(Sun)16:35:30 編集
♠ Re: Re:ジェラシー
大野医師だったか、本当に治療が必要なのは(雅子妃ではなく)他の方。だけど立場上それはできなから、その中で適応する方法をお教えしているとか、おっしゃらなかったでしょうか。オブラートに包んだ言い方だったかもしれません。
でも「ああ、そういうことか」と思いました。

もっと雅子妃の病気について公表せよと言ってる人たち、医師が沈黙してるのが武士の情けなのに。
茂木健一郎氏のいうアハ体験みたいに、一旦それが見えてしまうと、次々と色んな事が違って見えてきました。たしかにあの方は病的なレベルですね。

Rosa laevigata 2011/01/16(Sun)21:18:25 編集
♠ Re:Re: Re:ジェラシー
昭和40年代前後、美智子妃の話相手と言われた精神科医の神谷美恵子さん、この神谷医師の位置付けは一体どういうものだったのでしょうか?
美智子妃は、今に至るまで、神谷医師に治療してもらった、という事を公式には認めていません。
大野先生が雅子様の主治医になるまでに、この神谷医師の非公式な存在がなんらかの影響を宮内庁に与えていなかったか?
美智子妃が神谷医師を非公式な存在にした事により、雅子様の主治医選定が遅れてしまったのではないか、と私は推察しています。
天皇皇后両陛下は、雅子様の心の病を隠しておきたかったんだろうな、と思っております。

それにしても、神谷医師、戦前の女性では最高の教育を受けた方ですよね。津田英学塾に東京女子医学専門学校、と二つ、学校を確か主席で卒業しています。しかも、東京女子医専に入る前にはアメリカの大学にも行っています。神谷さんの何冊かの本と伝記を読むと、かけ離れた知性・教養の持ち主だった事がわかります。
現代では、雅子様に匹敵する女性であります。

これも、なんらかの巡り合わせでしょうか?
ウィルヘルミナ 2011/01/16(Sun)22:07:48 編集
♥ Re:Re:Re: Re:ジェラシー
>昭和40年代前後、美智子妃の話相手と言われた精神科医の神谷美恵子さん、この神谷医師の位置付けは一体どういうものだったのでしょうか?

田島道治の本には少し神谷さんの名前が出てきますが、残念ながらはっきりとは書かれていないようです。
ただ、何らかのトラブルが、胞状奇胎と鯰デンカ出産の時期にあったようです。

また整理して載せますね。
>美智子妃は、今に至るまで、神谷医師に治療してもらった、という事を公式には認めていません。
>大野先生が雅子様の主治医になるまでに、この神谷医師の非公式な存在がなんらかの影響を宮内庁に与えていなかったか?
>美智子妃が神谷医師を非公式な存在にした事により、雅子様の主治医選定が遅れてしまったのではないか、と私は推察しています。
>天皇皇后両陛下は、雅子様の心の病を隠しておきたかったんだろうな、と思っております。
>
>それにしても、神谷医師、戦前の女性では最高の教育を受けた方ですよね。津田英学塾に東京女子医学専門学校、と二つ、学校を確か主席で卒業しています。しかも、東京女子医専に入る前にはアメリカの大学にも行っています。神谷さんの何冊かの本と伝記を読むと、かけ離れた知性・教養の持ち主だった事がわかります。
>現代では、雅子様に匹敵する女性であります。
>
>これも、なんらかの巡り合わせでしょうか?
1/3管理人  【2011/01/17 01:23】
♠ ついでに蛇足ですが・・・・・
この神谷美恵子さんと、上の二つで書かれた田島氏とは繋がりがありますよ。
神谷さんの父上の前田多門氏と田島氏が交流があったのです。
検索すれば出てきます。
ちなみに、神谷さんの妹さんの一人が、ソニーの創設者の井深大さんと結婚しており、そのソニーで大きな役割を果たした大賀典夫さんが、美智子妃が熱望した軽井沢での音楽ホールを建てた、という、そういう繋がりもあるのです。
ウィルヘルミナ 2011/01/16(Sun)23:42:32 編集
♠ 改革と侍医制度
横入り失礼します。

神谷美恵子さんは内村鑑三門下生とされていますね。
いわゆるクリスチャン人脈です。
初代長官田島氏、2代目長官宇佐美氏、田島氏と共に侍従長となった三谷氏全員内村鑑三門下生とされ繋がりがあった。

宮内庁では、侍医以外が主治医となって侍医を抜きにして診察することには大きな抵抗があるようですね。
今も。
神谷さんは医者として出入りしていたのではなくて、友人という形だった気がするのですが・・。

宇佐美長官まではオクの意見を抑えられたという話がありますから、宮中改革を目的に側近が固められていたことで異例の対応が出来たように思います。
通りすがり 2011/01/17(Mon)03:43:02 編集
♠ 勝手な推測ですが
民間出身の皇太子妃は新しい皇室の旗印であったと思います。
海外で商売をするには新しい日本を印象付けることも重要だったでしょう。
ただ、正田家は財界では新興勢力。
英三郎氏が2代目で初代は地方の旧家出身ではあるけれど中央とのパイプを持っていなかった。
日清製粉の前身館林製粉では中央とのパイプを持つ友人・知人を役員に迎えています。
美智子様の皇室入りによって財界でも正田家に対する反発が少なからずあったのでは。
私は中央とのパイプが出来てからまだ浅い、しがらみの少ない正田家の家系が宮中改革を行ううえで望ましかったのではないかという気がします。
旧皇族・旧華族は身分や家柄で相手が限定されていたし家の為の結婚であったことから姻戚関係で結ばれている家が多い。
明治以降はそこに、財閥が加わって関係を深めている。
改革の対象となるオクと深い関係にある女性がお妃となれば、思い切った改革は出来ないでしょう。

日記の当時、長官は宇佐美氏で大夫は共に美智子様の皇室入りに尽力した方ですよね。
わざわざ皇后様に頼まなくても、長官と大夫は直で話が出来る間柄であった筈。
公式の皆がいる場所で皇后様のお墨付きが欲しかったのではないですか。

それまでのお妃は家柄と血筋で選ばれていた。
それがない美智子様は国民の人気を拠り所にするしかなかったでしょう。
普通は他家から嫁いで来た嫁より仕える者の方が身分が低い。
使用人のいるような家では、嫁はその家に釣り合う家から貰い、嫁にはそれなりの実家が後ろ盾となるもの。
また、使用人には働かなければ食べていけない弱みがある。
ところが、美智子様の場合、身分制度がなくなったといっても伝統や格式が重んじられる皇室が嫁ぎ先で仕えるのは正田家よりうんと身分の高い家柄の女性達。
子育ては庶民のすることという宮中の価値観の中で子育てをする、それも天皇になる子を生み育てるのは相当な重圧があったでしょう。
そして、今の雅子様にも同じような重圧がかかっているのでは。
子育ては庶民のすることと言うのも、養育係に任せたらというのも、結局同じですよね。

東宮家では美智子様の皇室入り直ぐから多くの改革を断行した。
若い東宮夫妻が改革を進めるには昭和天皇や皇后の力が必要だった。
皇后様は宮中改革の必要性を頭では納得しても感情ではついていけなかったというところがあって、最初の頃はギクシャクしていたと受け止めました。
通りすがり 2011/01/17(Mon)06:13:37 編集
♥ Re:勝手な推測ですが
>民間出身の皇太子妃は新しい皇室の旗印であったと思います。
>海外で商売をするには新しい日本を印象付けることも重要だったでしょう。

海外でなく、世間(国内向け)に「民主主義の新しい世の中」を印象づけたいというのがあったようです。
宮内庁長官の交代も昭和天皇自身反対でしたが、「はっきり新しくなったことを形付けなければ、国民は納得しない」との主張が通りました。


>ただ、正田家は財界では新興勢力。

美智子妃入内は昭和34年です。初代宮内庁長官選出から10年、この頃は社会の成長が早く、もはや戦後ではないと言われました。


>英三郎氏が2代目で初代は地方の旧家出身ではあるけれど中央とのパイプを持っていなかった。
>日清製粉の前身館林製粉では中央とのパイプを持つ友人・知人を役員に迎えています。

このあたりは製粉を「国内小麦」から「外国小麦」に変え、横浜へ進出したことと関係があります。
製粉技術と、明治時代に日本の産業を「加工業」に位置づけた政府の方針も関係しているのです。
欧米にとって、人件費など安い発展途上国の日本に製粉をさせた方が効率がいいから。
今は日本が当時の欧米の立場にいますが、産業構造はかわりませんよ。
日本製粉が横浜の工場にヨーロッパ製の製粉機を導入してもう営業していました。
横浜は小麦を積んだ船が入港するので都合がよかったのです。
日清製粉は横浜にあった小さな会社だったと思いますが、進出先として合併したと思います(ちょっと記憶があやふやですが)
どっちにしても、戦前の話ですよ。


>美智子様の皇室入りによって財界でも正田家に対する反発が少なからずあったのでは。
>私は中央とのパイプが出来てからまだ浅い、しがらみの少ない正田家の家系が宮中改革を行ううえで望ましかったのではないかという気がします。

「アメリカの小麦戦略」は有名ですが、その受け手だったのではないかと友人の Iさんがサイトで書いていました。
日本で一番古い日本製粉に日清製粉は追いつけ追い越せでやってきました。
満州にも進出しています。
常に2番手だった。しかし、戦後日本製粉が財閥解体で営業出来ない時期があり、TOPに踊りでています。
アメリカの小麦戦略はいわゆるODAみたいなものですが、日本では小麦の特別会計を作ってそれを国内産業復興の資金にしています
美智子妃入内は、小麦製品が国民に認知され、また一方ではコメの生産が増え、安い小麦をアメリカ以外の国から売ってもらえそうな状況になってきた、飢えを凌ぐ時代は終わり、さらにそれ以上に販売戦略や努力を強いられるそんな時です。
今は鍵がかかっていて、皆さんにご紹介出来ないのが残念ですが、美智子妃の白いバラが小麦産地のオレゴン州にあること、正田英三郎氏とアメリカ農水省の小麦販売担当部長との交流など書いてあります。

そうでなくても、日本の食料の代表であるコメが自由化されているのに、小麦粉は未だに国が管理していることを考えると、美智子皇后の実家が製粉業であるということは、相関関係があると思います。


>旧皇族・旧華族は身分や家柄で相手が限定されていたし家の為の結婚であったことから姻戚関係で結ばれている家が多い。
>明治以降はそこに、財閥が加わって関係を深めている。
>改革の対象となるオクと深い関係にある女性がお妃となれば、思い切った改革は出来ないでしょう。
>
>日記の当時、長官は宇佐美氏で大夫は共に美智子様の皇室入りに尽力した方ですよね。
>わざわざ皇后様に頼まなくても、長官と大夫は直で話が出来る間柄であった筈。
>公式の皆がいる場所で皇后様のお墨付きが欲しかったのではないですか。

田島は退官してからも大磯へ報告に行っています。
田島と小泉信三はクリスチャン人脈ですが、ともに経済人でもあります。
また田島を宮内庁長官に口説き落とした人は、慶應閥(つまり福沢諭吉の門下生です)池田斉彬、三井財閥・日銀総裁で、台湾銀行・鈴木商店(国内の経営破綻がきっかけで引き起こされた昭和金融恐慌は池田斉彬のせいと言われてます。
世界恐慌だというのに金解禁になったからといって、貴重な金をドル買いに使って、自分だけは大儲けしたので国民には金持ちは自分勝手だと嫌われ、その時は清廉潔白だった軍人が台頭してくるんですよ。
この鈴木商店系の製粉会社が日清製粉にとって目の上のたんこぶだった日本製粉、三井が金になりそうなものだけ切り取って引き取った。
小麦業界は、新しい皇室のもと一つになったのです。


>東宮家では美智子様の皇室入り直ぐから多くの改革を断行した。
>若い東宮夫妻が改革を進めるには昭和天皇や皇后の力が必要だった。
>皇后様は宮中改革の必要性を頭では納得しても感情ではついていけなかったというところがあって、最初の頃はギクシャクしていたと受け止めました。

まとめすぎると方向があさってのほうを向いちゃうこと有りますからね、皇室のことはもう少し細かく見ていきたいと思います。
1/3管理人  【2011/01/18 12:37】
♠ 神谷美恵子さん
>昭和40年代前後、美智子妃の話相手と言われた精神科医の神谷美恵子さん、この神谷医師の位置付けは一体どういうものだったのでしょうか?

あくまでお茶友達としてお話しされた、ような記事を読みました。私が子供の頃、精神科はキ○○イ病院なんて言われてたから、診察という形にしたくなかったのでしょうか。
時間が細切れだから、童話を少しずつ書きためたり翻訳されては、と提言されたと書いてありました。

キコさんも神谷さんの著書が愛読書とかで、「そこも美智子さまとの深い縁が」なんて週刊誌がヨイショしてましたが、ひねくれた私には「あの人のすることは"為にする"ことばかり」と思えます。

ところで、あちらのブログ主さん、ずっと更新がありませんね。お具合でも悪いのかと心配です。
Rosa laevigata 2011/01/17(Mon)10:45:25 編集
♠ ♥ Re:ジェラシー
 ベンヒルズの「プリンセスマサコ」が宮内庁との関係が書かれていたのに対して、この本は家族との関係が書かれている様なので、日本では出版されないでしょう。この本は2005年に出版されているけど、「プリンセスマサコ」もメディアが騒いでかえって注目されたし、もう無視するのが一番だと思ってるのでは?

2005年にこの本を読んでいたらかなり驚いていたと思うけど、今はもう・・・

http://www.amazon.com/s/ref=ntt_athr_dp_sr_1?_encoding=UTF8&sort=relevancerank&search-alias=books&field-author=Martin%20Fritz%20Yoko%20Kobayashi



メイ 2011/01/17(Mon)12:08:02 編集
♥ Re:♥ Re:ジェラシー
あらら、これはドイツ語ですか?

今円高だから買うのにはいいけど、読めないんじゃね・・・(ため息)
学がないって悲しいわ。

美智子さんが皇太子妃になった時代は、何にしても新しいものが求められて、それだけで持ち上げられた時代。
大事にされ方が違います。
でもそれがわかっていない(と思う)天皇皇后両陛下。

今の雅子様を応援してあげられるのは、国民だけしかいない、と思っているのです。
1/3管理人  【2011/01/17 13:49】
♠ ♥ Re:ジェラシー
件の本はドイツ語ですか。ドイツ語は大学の二外でやりましたが今はすっかり忘れてしまいました。英語なら頑張って読みましたが残念です。

美智子さまが皇太子妃時代からそれまでの伝統を次々と変えていったことは香淳さまは多分内心は複雑だったでしょうが決して妨害はなさらなかった。当時国民から絶大な人気であった美智子さまを表に出すことが皇室に利することを認めていたのでしょう。

それなのに今の美智子さまは雅子さまのしたいことを明らかに妨害している。「雅子さまの人気は十分だからこれ以上公の場に出したくない」?おかしな理屈ですね。
美智子さまのことは今まで美意識の高い人だと尊敬してきましたが、高いのは美意識でなくて自意識だったのですね。あまりの器の小ささにがっかりしてしまいます。

そして多くの国民が日頃朝日新聞のことを媚韓だ売国だと罵りながらなぜか当の朝日新聞主導の雅子さまバッシングキャンペーンには無批判に「そうだそうだ」と便乗してしまうのも、きっと嫉妬なのだと思います。

キャリアや美貌はもちろん、伴侶が頼りがいがあってしかも無条件に愛されているというのがうらやましいんだろうなぁ。
noelle 2011/01/17(Mon)23:31:43 編集
♠ ブログ主様
>この鈴木商店系の製粉会社が日清製粉にとって目の上のたんこぶだった日本製粉、三井が金になりそうなものだけ切り取って引き取った。
>大手2社は、新しい皇室のもと一つになったのです。


鈴木商店の清算は昭和2年。
大手2社が1つになったのは、戦前のことですよね。

>大手2社は、新しい皇室のもと一つになったのです。
という書き方ですと正田家が美智子様を皇室入りさせたことで日本製粉が潰された様に取れますが・・・。
通りすがり 2011/01/18(Tue)11:20:13 編集
♥ Re:ブログ主様
>>この鈴木商店系の製粉会社が日清製粉にとって目の上のたんこぶだった日本製粉、三井が金になりそうなものだけ切り取って引き取った。
>>大手2社は、新しい皇室のもと一つになったのです。
>
>
>鈴木商店の清算は昭和2年。
>大手2社が1つになったのは、戦前のことですよね。

すみません、書き方が悪いですね。
ニップンは鈴木商店の子会社のひとつです。
鈴木商店のほとんどが三井のものになりましたが(このへんのやり口はほんとに汚い)商社もいろいろ合併くりかえしているのですが、ニップンは双日系です。

要するに大手の一つ日清製粉から皇太子妃が出たことによって、政府が製粉業界を管理しやすくなった、という意味です。
占領は終わったとはいえアメリカの傘下にいる状態で、小麦を買えと言われるのです。
資本主義の日本で、経済統制は容易ではありません。
戦後の日本で、小麦戦略に使われたのは食糧庁、後の厚生省です。
キッチンカーという、粉食奨励の車が農村を走りまわっていた映像をごらんになったことはあるでしょうか?
あれは厚生省がやったのです。
費用は最初はアメリカの農水省から出ています。
学校給食にパンを出すことに決める前には、厚生省は農水省とものすごい喧嘩をしています。

>
>>大手2社は、新しい皇室のもと一つになったのです。
>という書き方ですと正田家が美智子様を皇室入りさせたことで日本製粉が潰された様に取れますが・・・。

そうですね、すみません。何か良い書き方に直します。
皇后のご実家だから、というのは、当時は「黄門様の印籠」みたいなもので、笹川良一が日清製粉の株買い占めをした時、富士銀行の岩佐頭取が乗り出したことでもわかるように(若い人にはわからないかも)、無駄な競争は仕掛けないものなんですよ。
それで「一つになった」と書いたのですが、確かに。
ニップンは今でもよく知られている会社なので、潰されたと読む人はいないと思ったんですが、ごめんなさい。

蛇足ですが、
鯰は去年3月、横浜市立大学の木原生物学研究所へ公務で行ってますが、木原均先生は小麦の研究で有名な方ですよね。

小麦の研究は、ニワトリなんかよりもっと世界が広い。
いよいよ植物ゲノムに出てくるかな、と注視しています。
うちは、イネの方なんで…

1/3管理人  【2011/01/18 12:35】
♠ 日本の政治
>日本の食料の代表であるコメが自由化されているのに、小麦粉は未だに国が管理していることを考えると、美智子皇后の実家が製粉業であるということは、相関関係があると思います。

美智子様のご実家が製粉業であることより、小麦粉(パン)が欧米人の主食でアメリカの食に直結しているからではないでしょうか。

>田島は退官してからも大磯へ報告に行っています
田島と小泉信三はクリスチャン人脈ですが、ともに経済人でもあります。
また田島を宮内庁長官に口説き落とした人は、慶應閥(つまり福沢諭吉の門下生です)池田斉彬、三井財閥・日銀総裁で、台湾銀行・鈴木商店(国内の経営破綻がきっかけで引き起こされた昭和金融恐慌は池田斉彬のせいと言われてます。


初代長官の田島氏は後任に親しい間柄の宇佐美毅氏を指名しています。
宇佐美氏は池田成彬氏の甥。
退任後、直接報告に行く理由になりませんか。

私が注目しているのは、
・鈴木商店の解体に三井が関わり、鈴木商店の一部、日本製粉などを引き取ったこと
・池田成彬氏が三井財閥の大物だったにも拘らず、身内を三菱関係者に嫁がせたり身内に三菱銀行への入行を勧めるなどして三菱との関係を深めていった

三菱の創設者は岩崎弥太郎。
バックには大久保利通がいました。
三大財閥では、唯一明治に大きくなった財閥です。
対して三井は伊勢商人が先祖と言われ、江戸時代の初期から豪商となり、大名や公家との関係は深かった。
明治時代からは五摂家や大名家と姻戚関係を結びより深く繋がったといえるでしょう。
三井が取り込んだ鈴木商店は三菱同様明治に急成長した財閥です。

明治維新で日本は大きく変わったと言われていますが、実際には全てが覆されるほどの変革があった訳ではない。
勢力地図がほんの少し書きかえられ、庶民にもちょっとチャンスが与えられるようになっただけです。
最後の将軍徳川慶喜は静岡に蟄居しましたが、徳川家は養子を迎え徳川家宗家として華族に列せられています。
それも華族の中で最上級の公爵。
公家の中で公爵となったのは五摂家でした。
江戸時代に幕府のトップだった徳川家と朝廷でトップだった五摂家。
そして、政治に関わっていた大名家と公家が華族となり、貴族院の議員として引き続き政治の中枢にいた。
加えて、華族には学習院に無試験で入学出来る特典があり、尚且つ学習院卒業者は無試験で帝大に入学することが出来た。
これによって、華族の子弟には官僚になる道も約束されていたことになります。
華族が政治家と官僚のどちらもかなりの部分占めることができたということでしょう。
尚、維新では下級武士が活躍した筈ですが、当初の勲功華族は3名だけ。

明治の政治は江戸時代の政治がリニュアールされただけで、実は中身があまり変わっていなかった。
もっといえば、平安時代から日本は行き詰る度に政権交代がされたけれど、常に上層部を占めている人達がいた。
政権を握っていなくても、権力者達と姻戚関係となるなど深く繋がることで日本の政治に影響力を持つことは出来た。
そして、自分達の手を汚さずに新興勢力を排除していく。
それを象徴する出来事が、鈴木商店の解体と吸収、池田成彬氏が悪者にされた昭和の金融恐慌であったように思います。
だから、真の民主国家と成るためには本丸の宮中改革が必要だった。
一万円の肖像に聖徳太子が選ばれたのは、身分や血筋に関係なく有能な人材を抜擢する冠位十二階制度が戦後政治の理想だった。


戦後の皇室の側近には勲功華族出身者や庶民出身者が多く登用されていますね。
現在も。
ちなみに入江侍従の妻は三菱の関係者で、宇佐美長官の親類です。







通りすがり 2011/01/19(Wed)03:00:55 編集
♥ Re:日本の政治
>美智子様のご実家が製粉業であることより、小麦粉(パン)が欧米人の主食でアメリカの食に直結しているからではないでしょうか。

アメリカの小麦戦略は有名ですよ。
余剰小麦のことは聞いたこと有りませんか?
ソビエト崩壊も、ソ連が不作と5カ年計画の失敗から小麦をアメリカから輸入することになった時、いち早く言われていたことなんですが。

>初代長官の田島氏は後任に親しい間柄の宇佐美毅氏を指名しています。
>宇佐美氏は池田成彬氏の甥。
>退任後、直接報告に行く理由になりませんか。

別に田島道治は退任後も「何度も」大磯へ美智子妃のことを報告に行っています。
問題は宮内庁をやめた男がなぜ美智子妃のことを吉田に報告しなくてはいけなかったかです。
変じゃないですか?
日記に吉田の反応も書いてあります。
ところがある時から吉田が興味を示さなくなった、それも書いてあります。
なぜでしょう?
「田島道治」関係の本を読んでみてください。


>私が注目しているのは、
>・鈴木商店の解体に三井が関わり、鈴木商店の一部、日本製粉などを引き取ったこと
>・池田成彬氏が三井財閥の大物だったにも拘らず、身内を三菱関係者に嫁がせたり身内に三菱銀行への入行を勧めるなどして三菱との関係を深めていった>三菱の創設者は岩崎弥太郎。
>バックには大久保利通がいました。
>三大財閥では、唯一明治に大きくなった財閥です。
>対して三井は伊勢商人が先祖と言われ、江戸時代の初期から豪商となり、大名や公家との関係は深かった。
>明治時代からは五摂家や大名家と姻戚関係を結びより深く繋がったといえるでしょう。
>三井が取り込んだ鈴木商店は三菱同様明治に急成長した財閥です。

鈴木商店は、三菱よりもっと後の「新興成金」と言われています。
それを一緒にくくりますか?


>明治の政治は江戸時代の政治がリニュアールされただけで、実は中身があまり変わっていなかった。
>もっといえば、平安時代から日本は行き詰る度に政権交代がされたけれど、常に上層部を占めている人達がいた。
>政権を握っていなくても、権力者達と姻戚関係となるなど深く繋がることで日本の政治に影響力を持つことは出来た。
>そして、自分達の手を汚さずに新興勢力を排除していく。

ここまでは大まかなことというか、どの政権時でもやっていた栄枯盛衰ですよね。

>それを象徴する出来事が、鈴木商店の解体と吸収、池田成彬氏が悪者にされた昭和の金融恐慌であったように思います。

これはいくらなんでも。
「象徴する出来事」とはいえないのではないでしょうか?
これだと日本経済は太平洋戦争後までほとんど鎖国をしているみたいじゃないですか。
日本は江戸時代でも出島を通じて世界貿易は行っています。
高橋是清はロンドンで日露戦争の戦費を調達しました。
金本位制の為替決済を初めて知ったわけではありません。
事実池田はロンドンに預託してある金との差額はたいしたことではないと、ドル書いの言い訳にしています。
昭和金融恐慌のきっかけは台湾銀行の資金引き上げですが、もとは世界恐慌のあおりを受けてのことです。
しかもそれは恐慌のさなか金解禁したイギリスが下手打ったからだというのが大方の意見ですが?

どうもこのあたりの考え方というか、周辺知識が違うようです。
満州経営に対する政治と軍部と資本家たちの考え方の違いを私は重視しています。
私の知識の根源は「日本経済史」(東京大学出版会)ですので、お暇がありましたら読んでみてください。


>戦後の皇室の側近には勲功華族出身者や庶民出身者が多く登用されていますね。
>現在も。
>ちなみに入江侍従の妻は三菱の関係者で、宇佐美長官の親類です。
>

このあたりは承知してますし、頭においています。
吉田茂も大久保の次男(牧野家へ養子に行った)の娘を妻にしていますし、美智子妃の東宮女官長、牧野純子はその息子の嫁です。
当時、常磐会の重鎮だった牧野純子を女官長に据えたのは、香淳皇后の嫌がらせとか、イジメの元凶と言われていましたが、吉田の身内となると話は違ってきます。
何せ吉田は美智子妃のことを120点だとほめそやしていたのですから。

話が日本経済のようなことになったのは、中支那振興(株)という美智子妃の母方祖父の勤めていた国策会社の資本関係が、日本政府による満洲経営や旧財閥(三井・三菱など)。鮎川など新興財閥に関係してくるからです。

でももとは「良子皇后が美智子妃をいじめていた」と週刊誌がさんざん宣伝していたことを「おかしい」と感じて、いろんな関係の本を読んでさらに確信を深めたのをここに書きたかったからなのです。
まだ途中ですので、よろしくお願いします。
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考え方はそれぞれですが、皇太子様御一家を陰ながら応援したい気持ちは一致しています。
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