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がんばれ東宮職!
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 岩佐美代子著「宮廷の春秋」


昭和天皇実録は確かな史料から、天皇が実際に行われたこと仰ったことを時系列で並べられているらしいが、河井弥八日記も淡々と事実が述べられていて、わたし的には入江相政日記の方が断然おもしろい。

しかし、例えば皇居に水田があることについて、入江氏は他の随筆の中で明治からあったと書く。
「いつのまにか作られなくなって、草ぼうぼうになっておりましたな」
入江氏にとって、滅んだ為政者の居城に皇室が入り、今や面影もなくなった城の中の栄枯を語りつつ、水田があることのおかしみが重要らしいのだが、河井氏は、裕仁皇太子に「もっと民のことを知らねばいけません」と言い、民の苦労を経験するために同じようにコメ作りをやってみてはどうか、と勧める。
裕仁皇太子は、やってみようと日本各地からいろいろな種類の稲の苗を取り寄せ、秋にはどれがどれほど収穫できたか、また日本各地の現況はどうか、情報を集められる。
「なぜ、このイネは収穫率が悪いのか、天候のせいか?現地ではどのようであったか?」と専門家にお尋ねになる。
ご自分でも作付けの仕方を工夫したりなさる。

この水田は、皇居の生き字引入江相政氏の言う水田ではなく、今も昭和帝にならって今上陛下が田植えをなさり、秋には稲刈りをされ、その収穫米は新嘗祭に用いられる。

この律儀な侍従次長について、岩佐氏はこう述べる。

>大正天皇崩後の昭和新時代の内廷改革、特に第一皇女照宮さまのご教育の在り方について、根本的方針を立て、その実現に尽瘁された方でございます。

明治帝の女のお子さま方は、宮中で女性皇族としての教養を女房たちから習っておられ学校へは通われなかったし、大正天皇は男のお子さまばかり、昭和天皇のお子さまから、皇族女性への近代教育が始まったわけです。

岩佐美代子氏の父親は

>敗戦直前の昭和20年8月10日に東宮大夫に就任、戦後の皇室の新たな方向付けと、GHQへの対応とに苦慮しつつ、現天皇の中学時代のご教育に当たった、父、穂積重遠

彼は、バイニング夫人とは考え方が違っていたようで、しかし、夫人のやり方はいつも東宮大夫の頭越しになされて、昭和天皇の信任厚い人ではあったけれども、3年半で教育参与の座を小泉信三に渡している。

考え方としてはなかなか中庸かつ公平な見方をする人で、尊属殺人罪(刑法200条)(1973年まで通常の殺人罪(刑法199条)とは別に設けられていて刑が重くなっていた)は違憲だと主張した。(1950年に尊属殺人罪は違憲というのは、画期的な考えなんですよね。)

曰く「「孝は百行の基」であるのは新憲法下でも不変であるが、かのナポレオン法典の「子は年齢の如何にかかわらず父母を尊敬せざるべからず」や、殺親罪重罰規定によって、親孝行を強制せんとするは、法律の限界を越境する法律万能思想であって、かえって孝行の美徳の神聖を害するものといってよかろう」


これを読むと、今生さんが対馬丸のゴコームで

>「護衛艦は、そういう時には助けないという、そういう決まりになっていたんですか?

などと、質問したことが思い出され(法律万能思想)、今生さんがバイニング夫人ではなく穂積さんの考え方に共鳴していたら、今頃どうなっていたかな、と思ったりする。

まぁ、戦前のものは何でも悪いことにされたし、アメリカがブイブイ言わせていた頃だから、仕方ないかなー。

穂積さんはまた文化面でも造詣が深い教養人で、第一高等学校の校歌を作詞したりしている。

シベリア・シベリアと日露戦争に勝利してもロシアの脅威はなかなか去らなかったと見えるけどねw

http://www.youtube.com/watch?v=vXsUWvCsJnY (都の空に東風吹きて)

二、
さはれ皆人心せよ 春は都にたちぬれど
シベリア未だ冬にして 猛鷲獨り羽を搏つ
七、
経世の策胸に在り 降魔の劔腰に鳴る
東亜の天地三千里 健児飛躍の舞臺ぞや
八、
北シベリアに風暴く 西黄海に浪高き
今年の春の紀念祭 健児無限の慨(おも)ひあり


(つづく)
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♠ 那須の植物 昭和天皇のご研究の為の御用邸(グラス氏 wrote)

那須は、関東北部に位置し東北地方の南部に接する所であり、温帯植物の分布圏内に属しますが、北方系植物と南方系植物両方が入り混じり、各々の南限・北限を示しており、植物学上興味ある地帯となっています。 
また、気候型に対応して、表・裏日本型とに分類する場合においても、双方の植物が混在しており、那須の植物の特色となっています。 
  那須のHPより 

[那須は植物学上興味ある地帯・・・] 
那須の御用邸建設は植物の保護と調査、研究が主たる目的だったようです。 
葉山の御用邸は大正天皇のご静養に建てられたものでしたが、崩御後、昭和天皇の魚類の研究の場になりました。 


重要だけれど、公でも民でも研究対象になりにくいもの。 
それを、皇室が中心になって皇室の予算を使い研究する。 

-------------

那須のHPに[那須は植物学上興味ある地帯・・・] とあるので、「那須の御用邸建設は植物の保護と調査、研究が主たる目的だったようです。 」と書いてしまったのではないかと疑っています。
今上天皇や秋篠宮をageるなら、こういう書き方はばっちり良いかもしれないけれども、昭和天皇をこういう持ち上げ方をされると、いささか不愉快になるのです。
細かいことかもしれないです。
しかし、私たちの知っている昭和天皇は、今上天皇や秋篠宮のように、こういう功利的なところが全くない方なのです。
もっと自然体で、那須を愛し、那須を観察した方ではないかと思うのです。
そうでなければ、「(海で採取したものを観察の後)親も子もあろうから元に戻してやってくれ」「雑草という名の植物はない」というエピソードが生まれるはずがないと思います。

今上天皇について書かれた部分は、グラス氏の言う通りかもしれない。
違うかもしれないが、それはどっちでもいい。
なぜなら、「予算」「研究調査」「施設」「環境整備」→「公務」「回数」「多い少ない」→「役に立つ立たない」「皇太子妃やめろや」こういう思考回路になっている現在が悲しいから。
グラス氏にはわからないかもしれないが、今こそ(また明日、皇太子ご夫妻について嫌なことを書いた週刊誌が出るらしい)昭和天皇の素朴な那須を愛する心を、いっとき、感じていたいと思います。

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昭和天皇が自ら書かれた「那須の植物誌」(昭和46年)の序文から抜粋

毎年、夏を那須で過ごす。6月に来たこともあるがごくわずかで、主として7月半ばから9月のはじめまでである。それをしあわせとして、付近の自然を楽しむことにしている。
ここの植物を、はじめて調べたのは大正の末年だが、そのころはあまり熱中したこともなく、途中戦争による中断もあって、そのままになっていた。相当身を入れて調査にあたるようになったのは、昭和23~24年からのことである。
本田正次、木村有香、佐藤道夫、北村四郎、原寛、伊藤洋の諸君には、標本を同定してもらったり、また同伴して野外での観察を続けるようにもなった。
それら諸君の勧めによって、去る37年に「那須の植物」を、翌38年にその「追補」を出版したが、その後の10年の間に、条件は大分変わった。
昔から続いていた那須の自然は、近年急に切り開かれた。それは当然植生に影響して、ついこの間まであった植物が、もうその場所からすっかり姿を消してしまったものもたくさんある。しかしまた逆に、探索の範囲を広げたりした関係から、たとえばナスノクロイヌノヒゲ、ナスノユカワザサ、キツネヤナギをはじめとするヤナギ類など、今まで知られなかったものを、新たに発見することもできた。
そのような事情から、上記の諸君の考えもあって、この本を公にすることにした。
(中略)
写真は、ほとんどすべて保育社の横井斉君の撮影にかかる。もとより本書の出版全般について、保育社の諸君にたいへん世話になった。以上列挙した関係者のすべてに、衷心感謝の意を表する。
私は、日本の各地域で植生の調査が今よりもいっそう進むことを願っているが、その意味からも、自分にできる那須付近を調査したまでである。

那須に来ると、いつも私は自然が生きているように感じる。那須の生きた自然に親しみながら、今年の夏もまた、私は植物の観察を続け、いくつかの新しい事実を本書に書き加えることができた。動物や植物が、いつまでも静穏な環境の中で、その生を営むことができるように祈ってやまない。そのような気持ちから、那須の植物の姿をとらえておきたいと考えたからのことである。

  昭和46年11月
                           御 名

皆様、あけましておめでとうございます。

新しいまじめな皇太子ご一家応援サイトも出来たことですので、こちらは少々品悪く(言わなくてもわかってますって?)台所に集まって煮炊きをしながらおしゃべりをいたしましょう。

今年もよろしくお付き合いくださいませ

---------------

で、新年の話題にふさわしく、お正月写真から。

ペリドットさまが平成のお正月写真を掘り起こして下さいましたので、私は昭和の写真館から持ってきました。

---------------

左の写真の説明に「昭和47年12月、新年用の写真を撮られたとき・・・」とあるから、てっきりおすまし顔は別かと思ったら----w

なーんだ、お正月写真なんですねw

「やんちゃぶりに目を細められる両陛下」だって。

サーヤものびのびしています。

渡辺みどりはこの写真を見たことはなかったんですかね?

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某掲示板で知り合って、メールをやりとりするようになった仲良し?人組です。
考え方はそれぞれですが、皇太子様御一家を陰ながら応援したい気持ちは一致しています。
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