Admin / Write / Res
がんばれ東宮職!
[1357]  [1356]  [1355]  [1354]  [1353]  [1352]  [1351]  [1350]  [1349]  [1348]  [1347

 

♠ 那須の植物 昭和天皇のご研究の為の御用邸(グラス氏 wrote)

那須は、関東北部に位置し東北地方の南部に接する所であり、温帯植物の分布圏内に属しますが、北方系植物と南方系植物両方が入り混じり、各々の南限・北限を示しており、植物学上興味ある地帯となっています。 
また、気候型に対応して、表・裏日本型とに分類する場合においても、双方の植物が混在しており、那須の植物の特色となっています。 
  那須のHPより 

[那須は植物学上興味ある地帯・・・] 
那須の御用邸建設は植物の保護と調査、研究が主たる目的だったようです。 
葉山の御用邸は大正天皇のご静養に建てられたものでしたが、崩御後、昭和天皇の魚類の研究の場になりました。 


重要だけれど、公でも民でも研究対象になりにくいもの。 
それを、皇室が中心になって皇室の予算を使い研究する。 

-------------

那須のHPに[那須は植物学上興味ある地帯・・・] とあるので、「那須の御用邸建設は植物の保護と調査、研究が主たる目的だったようです。 」と書いてしまったのではないかと疑っています。
今上天皇や秋篠宮をageるなら、こういう書き方はばっちり良いかもしれないけれども、昭和天皇をこういう持ち上げ方をされると、いささか不愉快になるのです。
細かいことかもしれないです。
しかし、私たちの知っている昭和天皇は、今上天皇や秋篠宮のように、こういう功利的なところが全くない方なのです。
もっと自然体で、那須を愛し、那須を観察した方ではないかと思うのです。
そうでなければ、「(海で採取したものを観察の後)親も子もあろうから元に戻してやってくれ」「雑草という名の植物はない」というエピソードが生まれるはずがないと思います。

今上天皇について書かれた部分は、グラス氏の言う通りかもしれない。
違うかもしれないが、それはどっちでもいい。
なぜなら、「予算」「研究調査」「施設」「環境整備」→「公務」「回数」「多い少ない」→「役に立つ立たない」「皇太子妃やめろや」こういう思考回路になっている現在が悲しいから。
グラス氏にはわからないかもしれないが、今こそ(また明日、皇太子ご夫妻について嫌なことを書いた週刊誌が出るらしい)昭和天皇の素朴な那須を愛する心を、いっとき、感じていたいと思います。

-----------

昭和天皇が自ら書かれた「那須の植物誌」(昭和46年)の序文から抜粋

毎年、夏を那須で過ごす。6月に来たこともあるがごくわずかで、主として7月半ばから9月のはじめまでである。それをしあわせとして、付近の自然を楽しむことにしている。
ここの植物を、はじめて調べたのは大正の末年だが、そのころはあまり熱中したこともなく、途中戦争による中断もあって、そのままになっていた。相当身を入れて調査にあたるようになったのは、昭和23~24年からのことである。
本田正次、木村有香、佐藤道夫、北村四郎、原寛、伊藤洋の諸君には、標本を同定してもらったり、また同伴して野外での観察を続けるようにもなった。
それら諸君の勧めによって、去る37年に「那須の植物」を、翌38年にその「追補」を出版したが、その後の10年の間に、条件は大分変わった。
昔から続いていた那須の自然は、近年急に切り開かれた。それは当然植生に影響して、ついこの間まであった植物が、もうその場所からすっかり姿を消してしまったものもたくさんある。しかしまた逆に、探索の範囲を広げたりした関係から、たとえばナスノクロイヌノヒゲ、ナスノユカワザサ、キツネヤナギをはじめとするヤナギ類など、今まで知られなかったものを、新たに発見することもできた。
そのような事情から、上記の諸君の考えもあって、この本を公にすることにした。
(中略)
写真は、ほとんどすべて保育社の横井斉君の撮影にかかる。もとより本書の出版全般について、保育社の諸君にたいへん世話になった。以上列挙した関係者のすべてに、衷心感謝の意を表する。
私は、日本の各地域で植生の調査が今よりもいっそう進むことを願っているが、その意味からも、自分にできる那須付近を調査したまでである。

那須に来ると、いつも私は自然が生きているように感じる。那須の生きた自然に親しみながら、今年の夏もまた、私は植物の観察を続け、いくつかの新しい事実を本書に書き加えることができた。動物や植物が、いつまでも静穏な環境の中で、その生を営むことができるように祈ってやまない。そのような気持ちから、那須の植物の姿をとらえておきたいと考えたからのことである。

  昭和46年11月
                           御 名

この記事にコメントする
NAME
TITLE
COLOR
MAIL
URL
COMMENT
PASSWORD   Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
♠ 功利的でない
うん、わかるな。
美智子さんのような美辞麗句ではない。
どっちかと言うとヘタだな。
でも「主として7月半ばから9月のはじめまでである。それをしあわせとして、付近の自然を楽しむことにしている。」なんていいな。
大雪の日に出かけて公務だなんだとドヤ顔されるより、御用邸で「それをしあわせとして」過ごしておられる昭和天皇の姿こそ拝みたくなっちゃうよ。
こんな天皇なら国民も(グラスと東宮アンチを除く)幸せだよね。
皇太子様がとてもよく似た雰囲気だから、ああ次がたのしみだなあ。
春(宮)よ来い、はーやく来い。

Rosa wichuraiana 2013/01/30(Wed)22:43:15 編集
♠ 趣味で良いのです
>なぜなら、「予算」「研究調査」「施設」「環境整備」→
>「公務」「回数」「多い少ない」→「役に立つ立たない」「皇太子妃やめろや」
>こういう思考回路になっている現在が悲しいから。

グラスは人物が小さいから、昭和天皇もその小さな目からしか見えないんでしょ。
しかし、解釈があまりにしょぼくて哀れです。

>現代では国が国有地を自然公園とするのにも、その為の整備に予算を付けるにも
>きちんとした理由が必要です。
>そういう環境を整える為に昭和天皇の長年のご研究があった。

昭和天皇が、自然公園のための予算獲得へのご配慮で、那須で生物学をなさっていた、なんて気の利くお方でしょう、っていうわけですか?
天皇は、役人の気が回らないところを公務でフォローができるから偉いわけ?

私は、昭和天皇が「人」として生きていくために、生物のご研究は必要だったのだと思っています。
わずか二十代で、両肩に日本国民の行く末という責任を背負い、自分の望まぬ戦争で、自分に対し万歳を叫びながら、多くの国民が戦死をし自決をしていった。

そんな中で、発狂せずに、どうやって戦争を収めるべきか孤独に考えるなんて、常人にはできません。

そんな孤独な帝王を支えたのが、無心になれる生物学であり、生き物との触れあいだったのではないかと思います。
そして、その大いなる悼みや、人間の営みの流転への沈思黙考は、やがて全ての生き物への愛情へつながっていったのではないかと思っています。

昭和天皇のご研究は偉大なる趣味だったのです。
ルビー 2013/01/30(Wed)22:57:11 編集
♥ Re:趣味で良いのです
>そんな孤独な帝王を支えたのが、無心になれる生物学であり、生き物との触れあいだったのではないかと思います。

そうみたいですよ。
戦争末期、昭和天皇があまりに憔悴しておられるので(その頃はもう生物学研究所へもあまり足をお運びにならなかった)側近が意識してお勧めしたそうです。
ちょっとお嬉しそうだったとか。

>昭和天皇のご研究は偉大なる趣味だったのです。

「私のは趣味だからね、やっぱり専門にしている人とは違うよ」と学位を取ったらとお勧めする方にそう言っておられたとか。
1/3管理人  【2013/01/30 23:10】
♠ 陛下(´;ω;`)
黄泉の国にゆかれた陛下。
大カボチャを献上した童の身内でございます。大八車を引いていった田舎の子らを、邸内に入れてくださいました陛下。もう80を越した者どもは、それを一つ話にしてお慕い申し上げております。
駅から御用邸までの沿道、子供の最敬礼を嫌がられたと言う陛下。
「最敬礼されたら、子供の顔が見られぬ」そう仰せだったと聞きました。
今、ふと思いました。
陛下におかれましては、雑木林も水田もカボチャも子供も、全てが日本だったのでございますね。戦時下、自分を後回しにしてカボチャを献上する田舎の子供も、すなわち日本。
だから、マッカーサー元帥に「全責任を負う」。
側近には「国体を護る自信がある」。
カボチャは陛下に供奉し、ついてまわったのでございますね。
ありがとうございました。これからもよろしくお願いいたします。
射手座 2013/01/30(Wed)23:02:16 編集
♠ 頓珍漢
グラス君は裕仁天皇陛下をご存じないんでしょうね。
功利的で利己的で利権まみれの今の天皇しか…
同じ尺度で見て欲しくない。
那須を破壊して、東電ありがとうなんて言うようなことを昭和の天皇陛下はなさいませんでしたよ。
チャールズ・レニー・マッキントッシュ 2013/01/30(Wed)23:14:52 編集
♠ 明仁天皇と美智子皇后は、歴代の天皇皇后とは異質な天皇皇后である。

歴代天皇、歴代皇后のエピソードを少しでも知っている人間であれば、明仁天皇と美智子皇后が、歴代の天皇皇后と比べると如何に異質な存在であり異質な行動をされているかが分かる。
しかし最近の皇室ジャーナリストや皇室報道などは、この異質な明仁天皇と美智子皇后こそが正当であると言う。
そして、明仁天皇と美智子皇后は、それらを否定しない。
天皇であれ皇后であれ人間であるから、高評価されれば悪い気はしないのであろう。
しかし天皇皇后であればこそ、歴代天皇皇后と自分達が違うという事を自ら言うべきではなかろうか。
そしてそれは政治介入では決してない。
歴代天皇皇后と自分達を比較すると云うのは、寧ろ私的すぎるほど私的なものであり、それは政治的発言とは全く異なるものである。
皇紀二千数百年からすれば、平成はたかだか25年。
明仁天皇は125代天皇ではあるが、125人のうちの1人にしかすぎない。
明仁天皇と美智子皇后だけを正当化する人間は、カルトに溺れている人間としか見えない小生である。

吹上御所の雑草 2013/01/31(Thu)00:45:30 編集
♠ 天爵、人爵
管理人様のupして下さった昭和天皇の書かれた文章を読み
また、それへのルビーさまのコメントを読んで、つい最近知ったかのことばを思い出しました。

孟子曰く、
天爵(てんしゃく)なる者有り、人爵(じんしゃく)なる者有り。
仁義忠信、善を楽しみて倦まざるは、此れ天爵なり。
公卿(こうけい)大夫(たいふ)、此れ人爵なり。
古の人、其の天爵を修めて、人爵之に従ふ。
今の人、其の天爵を修めて、以て人爵を要(もと)む。
既にして人爵を得て、其の天爵を棄つるは、則ち惑ふの甚だしき者なり。
終に亦た必ず亡ぶるのみ、と。


昭和天皇ご夫妻、そして皇太子ご夫妻の生き方、あり方を見ていると、天爵とはこういうものなのかと思います。
そして、グラス氏の讃える両陛下の地位は、単なる人爵としてのそれに過ぎないのでしょう。

やっぱり、両陛下って自分が他人からどう見られるか、世間からどう評価されるかばかりを気にしておられる
グラス氏の評価基準もそこにある。
だから、マスゴミを味方につけるのに汲汲とし、コウムサイシと喧伝する。
そのサイアクの形が、「人気の高い進学校」「偏差値の高い大学」「論文博士」を、真正面の努力はせずに手に入れるあり方。
大人の切り絵を6歳児作といい、他人の創作とまったく同じものをしれっと提出する。

小手先でも何でも人爵が欲しい、そして天爵というものを忘れてしまうと、そうなってしまうんでしょうかね。


付記:
そういえば、敬宮愛子という御名も、孟子から取られたのでした。
孟子いわく、
君子の人に異なるゆえんは、その心を省みるをもってなり。
君子は仁をもって心をかえりみ、礼をもって心をかえりみる。
仁者は人を愛し、
礼あるものは、人を敬す。
人を愛するものは、人つねにこれを愛し、
人を敬するものは、人つねにこれを敬す。

仁者は、人ばかりでなく、那須に生きる小さな生きとし生けるものも愛し
礼ある者は、人ばかりでなく、那須の自然をも敬する。
そして、自分の博士号のためとかではなくて、那須の自然がこのようにあったことを形として残すために、本を残される。
写真を撮った人に心からの謝辞を述べながら。

昭和天皇の大御心を継がれているのは皇太子ご夫妻であり、ご夫妻の慈しまれる敬宮愛子さまなのですね。
ペリドット 2013/01/31(Thu)08:56:12 編集
♠ 公務以外でも国や国民の為に働くことは出来る
日光、塩原、沼津、葉山など殆どの御用邸は病弱だった大正天皇の為に明治から大正にかけて建てられたもの。

摂政の宮だった昭和天皇は行啓の際、那須に立ち寄られた。
その後、摂政の宮の希望で摂政の宮の御用邸が建てられた。

明治以降、政府要人や財界人は各地に別荘を造り、大正天皇の御用邸はそうした別荘地に建てられた。+
病弱な皇太子は御用邸で過ごされることが多い。
要人の別荘が近くにあると都合の良い面もあったでしょう。
また、皇太子を別荘に招待するということもあったようです。
別荘は社交の場。
人脈作りというのは子どもの頃から始めるものです。
また、君主が世間知らずであっていいことはない。
良家の子女が集う、治安の良い別荘地は皇太子が社会経験を積むにも人脈を広げるにも適した場であると思います。
ただ、行幸で道路が整備されるという話もある。
御用邸が建つ、建ったということであれば、交通やインフラを整備する大きな理由になるでしょう。
逆に別荘地の広大な敷地を皇室の御料地とすれば皇室の財産となる。
広大な敷地、広大な邸宅、調度品。
天皇や皇族が滞在しなくても、その管理には人手が要りますよね。
終戦時、宮内庁の職員は皇室の林業に携わっていた人達も含め6千人も居たという話です。
そして、職員のほとんどは世襲や縁故による採用だった。


江戸時代、外国との貿易は幕府が行い、藩独自の貿易は禁じられていましたが・・・。
内緒で勝手にやっていた藩もあった。
幕末、欧米列強に対抗する為に幕府は仏に造船を発注します。
ところが、欧米列強の脅威を早くから知っていた薩摩藩は幕府に内緒で幕府よりも早く、もっと大きな船を仏に発注していた。
藩が藩益を優先し、それぞれ勝手なことを言ったりやったりしていれば、日本はまとまらず、外国と対抗するどころか自滅することになる。
日本が国際社会で生き抜く為、日本が1つになるよう中央に権限とお金を集中させた。
中央が富を地方に公平に分配すれば、大きな船を発注できる富める藩と貧しい藩といった地域格差も埋められる。
ところが、維新後も政治家や官僚が特定の人達と結び、自分の利益や保身の為にその権力と権限を使った。
そこで、力のある人が起業し、成功を収め、力のある人の関係する地域だけ整備が進むということになった。
それでは、貧富の差、地域格差は解消されない。
また、政治家とそのグループが街づくりをどのような形にしていくかなど考えず、自分の土地の近くに駅を造るといったことをすれば、住みにくい街になり、残すべき自然が失われることもある。
政治家や官僚は国民の為、国益の為に働くべきですが、政治家は選挙で当選しなければならないことから、保身の為に動くことはある程度避けられない。
資本主義である以上、富める者の優位性も否定できない。


有力者の居ない貧しい街でも、天皇の行幸によって長年待ち続けた整備が行われるかもしれない。
天皇や皇室の影響力を、特定の人達がより優位になることに使うか、国や国民の為に生かすか。
企業間、業界間、地域間、国内でさまざまな対立が起こり、政治家や官僚を味方につけていかに自分達が優位になるか熾烈な争いがある中で、その弊害を出来るだけ少なくする。
それは、内外で大きな影響力を持ち、日本の君主である天皇や皇室にしか出来ないことなのだと思います。


那須の御用邸は他の御用邸と違い、かなり奥まった所にあります。
昭和天皇が手を加えないよう指示したことで、那須の動植物の生態系が守られていることでも有名ですね。
那須は農業に適さない土地である為、酪農が主たる産業になった。
町の活性化、雇用の創出を考えると観光地、別荘地とするのが一番ですが、そうなると大規模な開発が行われる可能性が高い。
例えば、ゴルフ場や遊園地を造るとか。
で、昭和天皇はそうした娯楽施設ありきの大規模開発を懸念されていたように思います。
そうした大規模開発は鉄道の整備とセットで行われていましたが。
昔、親類に聞いたことがあるんですよね。
東武鉄道は他と違って大開発に消極的だと。





グラス 2013/01/31(Thu)14:19:22 編集
カレンダー
09 2019/10 11
S M T W T F S
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31
アーカイブ
HN:
1/3管理人
性別:
非公開
職業:
30代~50代の主婦
趣味:
ネット
自己紹介:
某掲示板で知り合って、メールをやりとりするようになった仲良し?人組です。
考え方はそれぞれですが、皇太子様御一家を陰ながら応援したい気持ちは一致しています。
ブログ内検索
バーコード
コメント
[10/16 NONAME]
[10/16 NONAME]
[10/14 NONAME]
[10/10 NONAME]
[10/10 NONAME]
[10/05 brubru]
[10/05 h]
[10/05 h]
[10/04 h]
[10/04 brubru]
[10/03 射手座]
[10/03 射手座]
[10/03 射手座]
[10/03 射手座]
[10/02 射手座]
[10/02 射手座]
[10/02 Oakley]
[10/02 射手座]
[10/01 h]
[10/01 射手座]
[10/01 射手座]
[10/01 射手座]
[10/01 h]
[09/30 NONAME]
[09/30 NONAME]
なう記事
(09/30)
(11/17)
(11/06)
(11/06)
(11/05)
(11/05)
(11/05)
(11/05)
(11/05)
(11/05)
(11/05)
(11/05)
(11/05)
(11/02)
(11/02)
(11/01)
(11/01)
(11/01)
(10/31)
(10/31)
(10/30)
(10/30)
(10/30)
(10/30)
(10/30)
忍者カウンター

Copyright (c)Mrs Oakley Fisher の台所から All Rights Reserved.
Material by *MARIA  Template by tsukika