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がんばれ東宮職!
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FOCUS 1983年4月15日発行 新潮社

「英三郎氏の古希の祝いや、夫妻の結婚記念日には、やはりご一家揃って正田邸を訪問なさっている。正田氏側も、浩宮様の誕生日などで、東宮に招かれることが、ままあるようだ」

今回、西尾幹二がいい加減なことを吠えてる週刊新潮、おんなじ出版社なのよね。
ホントにその時その時で好きなように書いてる(つまり捏造記事)ということがよくわかるわ。

「美智子妃の里帰りは全部でわずか十数回、親兄弟を交えて水入らずで賑やかに過ごす機会はほとんどなかった」
「吹上御所で天皇・皇后両陛下から会食の宴に招かれたことがついに一度もなかったという事実は、今日に伝えられていまさらのように驚かされる話である。」


正田夫妻の結婚記念日なんか1年に1回あるんだし、孫の誕生日は年に3回あるんだし、それでお互い行き来しているんだからいいんじゃない?
この他、小坂井先生の「浩宮の感情教育」は、先生たちを東宮御所に招待する時にもこの夫婦が来ていて「孫がお世話になりまして」と頭を下げるところから始まる。
西尾幹二に言わせると、その上で、さらに昭和天皇・香淳皇后は息子の嫁さんの親を一席設けて歓待しないのはけしからん、ということになるが?

どっちにしても、いい加減に「正田家はご遠慮してご立派」「小和田家は好き勝手にしてけしからん」のウソはやめなよ。
小和田氏が好き勝手に出来るようなら、雅子さまは適応障害なんかにならないよ。
むしろ、日清製粉が娘を皇室に嫁がせているという事実は、英三郎氏が銀座で省庁の役人や経団連のお歴々をご接待しなくても、やっていけたということなんだから。
アメリカの農務省の小麦販売担当は、アメリカの小麦戦略という本の中で、正田英三郎氏と知己を得たことで、アメリカ余剰小麦の販売成功の鍵を握ったって言ってますぜw
笹川良一が日清製粉の株買い占めをした時、当時の富士銀行会長岩佐氏(銀行協会会長だったと思うが)が仲裁に乗り出して、株を返させたんだよ。(だれもあの競艇のドンがタダで返したとは思っておらんけどねw)
護送船団方式で大蔵省の睨みが効いた頃だから出来たんだと思うよ。

しかし、こんな生臭い話を聞くと、小和田氏が国家公務員で良かったよ。

敬宮殿下も小和田のお祖父様の案内で国際司法裁判所を見学される機会がありますように。
  

参考記事:週刊新潮2012年5月17日号 西尾幹二の「愛しの美智子さま」

  


追記で草履秘話記事集めました・解説(ペリドット様 wrote)

真っ先に配信したのが毎日新聞・マナベ。 
陛下の散歩とミチコ様秘話と両方報ずる気配り。 
でも、さすがにミチコ様が先ではマズイとの判断が働いたのか、陛下の記事を先にする。 
 
その後、読売新聞、時事通信、日経新聞と配信していくのだが、これらはミチコ様秘話には報道価値がないと判断したのか、スルー。 
 
一方面白い動きを見せたのが産経新聞。 
ミチコ様秘話だけを長々と、時事通信配信の少しあとに記事として配信。 
あとになって、陛下のことも配信すべきだったと気づき、2時間後にこっそりと再配信。 
 
朝日新聞だけは翌日配信。どうしてかというと、ここだけは「1964年のギリシャ国王追悼式典が東京で行われたときに喪服をお召しになって以来のこと」という独自解説が。これを探すために、朝日新聞は一日遅くなったみたいです。 
 
あと、ミチコ様、東久邇成子さまの三回忌とか、正田英三郎氏のお葬式とかで、すでに喪服をお召しでしたね。なんでこっちは先例にしないんだろ。朝日新聞。 


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ペリドット様、有難うございます。

私の持っている画像で、美智子さん喪服(着物)画像で一番早いのは、昭和34年(1959年)9月9日、良子皇后の母、久邇俔子さまの三年祭で豊島岡墓地へ出かけられた時。

ここにあげた画像は昭和38年(1963年)11月26日、聖イグナチオ教会で執り行われたケネディ大統領の追悼ミサ。

何にしても、1日配信を遅らせて探したわりにはお粗末な朝日w

バーカ。

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今、ミヤネ屋で「皇后さま草履秘話」をやってた。
動きやすいから今回は草履が履ける和服にしたという説明だった。
そうね、草履はすぐ脱げるから、足袋跣で天皇に駆け寄った皇后、という図を狙ったかと・・・。
悠ちゃんが草履が脱げたのも気づかずに、あらぬ方向へ走っていったことから思いつかれたかなw
  

立ち読み専門様、ガーネット様、
そのへんにバラバラと置いてある本から拾い出しているので、「まとまって、きちんと」は無理ですが(すみません)「正田家は美智子様と絶対会わなんだ」の第一弾を。

前にも出しましたかね、この写真。
(元「女性自身」カメラマン・清宮由美子「美智子妃誕生と昭和の記憶」)
浩宮様の大きさ?からいくと昭和36年の1月19日、「6回目の里帰り」と書いてあります。
同じ東京にいながら年平均3回は少ないかな?

でもうちの兄嫁は、姑さんが死ぬまで、年2回(盆と正月)しか実家に帰れなかったです。
それも婚家へまず「ただいま帰りました」と行って帰ってきて、2日目くらいに「それでは、里へ(車で15分くらいの同市内)行かせて頂きます。ご不自由をおかけして申し訳ありません。」と挨拶してから。
帰りは、また婚家へ戻って一晩くらい泊まって、赴任地へ帰る。
挨拶は「行ってまいります」
休みが少ないと里へは帰れないことも。
義兄もうちの亭主も、一度も嫁さんの実家に泊まったことがないです。
姑が禁止してました。

庶民で、しかも美智子さんよりうんと後の世代の兄嫁でもこんなだから、婿さんの皇太子が日清製粉のテニスコートでテニスやって、風呂も入って、なんて間柄で、年3回の公式里帰り(母親のフミさんはオペルに乗って、よく東宮御所へ出かけたというし)ならマシなんじゃないでしょうかw

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考え方はそれぞれですが、皇太子様御一家を陰ながら応援したい気持ちは一致しています。
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