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がんばれ東宮職!
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こういう日くらい自分の写真写りは忘れたらいいと思うんですが・・・
そうもいかないんですかねw
  

お金のことはあまり言いたくないけど、美智子さんてつくづくお金のかかることを思いつく名人だと思った。
いや、週刊誌があんまり平成の皇太子妃が敬宮殿下の校外学習に同行されたことを叩くからさ、それならあんたたちが持ち上げてる美智子さんはどうだったのだと言いたい。

昭和52年(箱根)から毎年一度、2泊3日ぐらいの日程で、昭和62年まで(奈良が最後)。

お嫁に行く子だからと、わざわざ旅館でお布団をのべることから教えた、なんて美談になっていて、でも国民も納得していたヨ。

箱根へのお泊り旅行に雅子妃が同行されたことは、サーヤの「お嫁に行く時に困らないように」というより、緊急のことであり、また必要なことだった。
皇太子ご夫妻もそれぞれのお誕生日会見でおっしゃっているように、敬宮殿下が普段通りの学校生活をおくることが出来るきっかけになった。
1年以上も送り迎えをなさった雅子さまのご努力で、みごと敬宮殿下は立ち直られたのだ。
身近で毎日の様子をごらんになっておられるご両親殿下のご判断が、一番正しいのは当たり前。
渡辺帽子や松崎ジジイ、香山リカエセ精神科医がえらそうに毎週ぶっていたが、彼らの言うことを聞いていたら、反対にますます学校へ行きにくくなっていただろう。
奴らのような年寄りの1年間というのは、だらっとしてようが、年甲斐もなくはっちゃけていようが、大勢に影響のない長さだろうが、小学生の1年間は、その何倍も大事で、何十倍もの価値を持つ。

警護がどうの、費用がどうの、といかにも学習院側が大迷惑をしているかのようにウソ書いていたけど(先生たちが熱心に勧め、また良い結果が出てとても喜んでおられた)、事実とは逆で、また反対があっても、必要なモノは必要なのである。
美智子さんとサーヤの二人旅も、「必要」だったのだろう。
サーヤが京都太秦の映画村で「銭形平次」の大川橋蔵から投げ銭をもらったり、わかやまいこいの村で紀州犬をもらったりはほのぼのニュースとして報道されたし、そりゃぁ、母子の楽しい思い出になっただろう。

ただ、銭形平次はよくて、通学問題を解決するための同行はいけない、という皇室担当記者たちの「中国の核は良い核」的判断基準は、どのような根拠を以って決められたのか、一度誌面で発表してくれたまへ。

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写真は、京都大宮御所。
京都御所の隣にあって、皇族の方の京都でのお宿になっている。
美智子さんが、京都御所で「どうして私たちも靴を脱がなくてはいけないのか」とごねた、という話が(松本健一氏の本だったかな、書いてあった)あるけど、ホント、サーヤ靴履いたままだわ。
隣の美智子さんもハイヒールかな?
土足で良いように絨毯が敷いてあるようだけど、でも「紫宸殿」だぜー?

まぁ、こういう特権?を当たり前にしていた内親王が、お嫁に行っては見たものの、やっぱり内裏へ戻りたいというのはむべなるかな。
  

ルビー様からご指摘いただきました。
⑤⑥が重複して⑦⑧が抜けていたようです。

   

画像は⑦⑧が抜けていますので、(明仁)皇太子への憂鬱②~差し替え~の方を読んでください。

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明仁皇太子と鯰はなぜかよく似ている。
時代は違うがこの父と子の相似はどこから来たものか?

明仁皇太子は結婚して、美智子という添え木を得た。
決断が早くなり、時として傲慢さも併せ持つ。
美智子さんは八方塞がりの中に「亭主と息子」の二人の理解者=子分を得て、いきいきと活動を始める。

だが残念ながら、そのきらいがまだ多分にあると聞く。先に掲げた宮内庁某の「あまり他人の意見に耳を傾けられる殿下ではない」ということばは、最近の言なのだ。
それをまた助長しているのが、東宮職の小姑敵官僚意識である。
学友の橋本明は、例の増原長官問題のとき<皇太子も同じだな>と感じた。つまり「言っちゃうと切られる」のだ。皇太子の耳に「痛いことを直言する士が遠ざけられるのと同じように<長官も同じ手口でほうむられたな>という思いである。皇太子と「東宮」は「直言するときられる雛型で、むしろその傾向がたくましく育った」


だから橋本は、天皇の心を忖度し、というと聞こえがいいが、長年培った「学友としてのカン」で、徳仁皇太子殿下sage、雅子妃殿下切り捨ての記事をせっせと書いているのかw

自分が皇位継承順位第一位に加え、その次の世代の皇位継承券を2枚持っている、しかも時代は高度成長期である。
バブリーな生活は庶民のあこがれでもあり、女性週刊誌のグラビアやテレビの皇室アルバムは、庶民の夢を視覚的に映しだす。
その中で明仁皇太子夫妻の唯一の言い訳は「子供たちに贅沢はさせていない」というただ1点だった。
浩宮様の学習院の制服は明仁皇太子のお古であり、サーヤは何の罰ゲームかと思うほどの地味な格好をさせられている。

何に書いてあったのか、ちょっと覚えがないのだが、浩宮様のイギリス留学は、昭和天皇自らがお決めになり、あれこれ準備に心を砕かれた、ということである。

小坂部先生の「浩宮の感情教育」にも、明仁皇太子夫妻が、浩宮の次は礼宮をお願いすることになる、と頼みつつ「アーヤは(浩宮と違って)学校生活を楽しむだろうね」と嬉しそうに言い合う記述が出てくる。
そう言えば、具体的な教育については、明仁皇太子夫妻からは何一つ出ていない。
子供の頃の「ナルちゃん憲法」一つっきりである。

そして、学校生活を楽しんだ礼宮は、週刊誌でおよそ皇室らしからぬ「型破りな宮様」として、派手な青春を披露することになる。
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