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がんばれ東宮職!
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一枚の写真にも夫妻でアレコレ

★改革といえば、前例を破り昭和天皇の喪中に行われた秋篠宮の婚約発表も、明るい話題で国民には好評だったが、宮内庁の一部にはこんな反発もあった。「あのころ、若い宮内庁職員の中には、先帝の喪中だから結婚を延ばしていたものもいたんです。陛下の職員に対する気配りは、いかがなもんかと思いますね」

まぁまぁ、紀子さんの皇室入りに関しては、朝日は功労者の一人を抱えてますから、こうかくのでしょうけど、でも、国民に好評でした?
私はやっぱり「なんで急ぐ?」と不思議に思いました。
アーヤが「私にも責任のあることですから」って、いっぱい汗をかいていたのを見て、今でいう「デキ婚」かと一瞬疑いました。
その後、ある噂が、日本中を経巡りましたw
でも、ホントに兄の皇太子さまがまだご結婚をされていないし、紀子さんは学生だし、表向きどうでも急がねばならない理由はなかったですよね。
アーヤの汗いっぱい「川嶋家への問い合わせが多くなったから」という理由が、よけいに「?」を増やしました。

記者「宮さまは初恋の人ですか?」
キコサン「申・・・し・・上げ・・・ても・・よろしゅ・・・ござ・・い・ますか?」(ニシャニシャ)
アーヤ「・・・(チラッと紀子さんを見てから、不安とどーでもいいですよーがないまざった表情でうなずく)
キコサン「ハイ、さよでございます」(ニシャニシャ、アーヤに「どう、安心した?」と流し目)

あるおうちのリビング「わ、堂々とウソつきよった!」

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★「何事も自分たちの意志で」外国からの賓客と会談する際の机や椅子の配置も直前になって並び替えるように指示が出る。二人の公的な行事の服装は、皇太子時代から、お付の人が選んだものにあきたらず、服やドレスを部屋にずらっと並べてじっくり選びなおす。美智子皇后の世話をする女嬬の中には、決まるまで付き合わなければならないので、「最後は疲労困憊して、泣いた人もいたと聞いています」(宮内庁職員)

でも、ご難場と言われたわけではないので・・・マシだよね。

★美智子皇后の発言権が増したところも、昭和天皇の時代との大きな違いだ。二人の盛装の写真が最近、宮内庁から報道機関に配布されたが、「こうした写真もどれを出すか、両陛下の意向が尊重されます。皇太子時代は妃殿下のお気に召さなくてボツになった写真もあると聞く。天皇になってからの正装写真も、出るのに二年もかかった」(宮内庁関係者)

二年もかかって決めたと言うほどステキな写真あった?

そういえば「紀子妃の右手」事件がありましたね。
アーヤの髪を直してやってる写真が取り下げになったヤツ。
髪を直したんでなく、額の汗を拭いてやったとか、皇后陛下の一言でひっこめられたとか。

あの時の顛末を書いた中山カメラマンの本が出てきましたが、まぁ、何かの時に書きましょう。

あるおうちのリビングでは「やっぱりねー、慣れ慣れしいというか、生々しかったもんね。結婚式であんな世話女房ぶりやらかしたんじゃ、またアーヤが何の責任をとったのかって怪しまれちゃうわよね」と、亭主を会社へ、子供を学校へ送り出した奥様方がお茶を飲みながらしゃべっておりました。

あー、ちょっとやんなってきました。
「やっぱりねー」ということばっかりなので。

ただ、やっぱりこれが一番気になるかな?

「皇后さまは、ご夫妻の人気を非常に気にされて、ご自分のことを書かれた新聞や雑誌はすべて目をとおされる」(浜尾実氏)

だから「お父さんとは呼んでません」とか「(こちらはもうよろしいのではないかしらなどと)事前にチェックされることはありえないと思います」とか「どんなに親しい人でも自分の胸の内(女性宮家創設がパーになって愕然としているなどと)をあかされることはないと私(風岡宮内庁長官)は思う」とか、自分のことばかりのソッコー訂正は出るけど、東宮ご一家の捏造記事には知らん顔なんだね。


 

平成・宮中改革の明暗

・園遊会で昭和天皇は天皇が声をかける人数をあらかじめ決めておいて、小型マイクを付けてもらい、会話内容を取材できるようにしていた。時間は1時間ほど。

★ところが明仁天皇は、参列者の前に登場するなり、「ああ、○○さん」と片っ端から声をかけた。皇太子時代が長く、交際範囲が広いこともあり、参列者に知人がやたらに多いのだ。(略)このときは2時間もかかり、初夏の強い日差しの中を立ちづめで、高齢の参列者には倒れる者も出るありさま。★皇后は「一度会った人は決して忘れない」という抜群の記憶力の持ち主だから、園遊会やパーティーでも、知人を見かけると、「あら、○○さん」と、気軽に声をかける。
20年後に若干軌道修正

皇后「雨の日でも、アテクシの顔がよく見えるように、特注のビニール傘を」
侍従「皆に持たせるのなら量産品でも・・・」
皇后「1本だけよ、アテクシが差すのだから」

アテクシの顔を見てください。

それにしても、見事な夫婦同化ぶりです。

「ああ、○○さん」と片っ端から声をかけた。
「あら、○○さん」と、気軽に声をかける。


園遊会の招待状の人数割り振りはどっちが多いんだろう?

---------------

・昭和天皇は決められた方々に声をかけると、あとは時間をまもることを優先した。

★「明仁天皇は、なんでも自分の思ったとおり、納得するまでやろうとする方。裏方にすれば、決めた手順どおりに儀式が運ばず、苦労する」(宮内庁関係者)
★皇太子時代から公式行事やパーティーでのスピーチも、自分流に直してしまい、あらかじめ宮内庁が報道機関に配った予定原稿も、内容が変わり、役に立たなくなるケースもあった(「紙がもったいない」と宮内記者は言わなかったの?)
★「天皇になられてから、警備を薄くし、非公式におでかけのときには、赤信号で車を止められるようになさった。開かれた皇室を意識されているんでしょうけど、警備の側からは困るようです。何時何分にご到着か分からないし、信号で止まっていると人が集まってくる。道路もかえって渋滞する」(浜尾実・元東宮侍従)

浜尾さんは皇太子殿下を立派に育ててくださった功労者だけれども、のちに美智子皇后にご勘気を被ったとか。
うーん、少し美智子さまを見損なっていましたね。
人は集まらないといけないのです。
慈愛のアテクシのお手ふりタイムなんですよ。

★今年(1990年)三月、紀宮の成年式を祝う茶会が宮中であった。皇族の成年を祝って茶会や晩餐会を何度も開くということは昭和時代にはなかった。

たしか三権の長を集めて祝賀会をしたというんで、(何となく批判的なにほひを醸し出している)他の記事もありましたが、四半世紀近くたった今では別にびっくりなんぞいたしませんわ。
美っちゃんは、他の人のお祝いの会を自粛させることはあっても、自分の時は1回でも減るのは嫌なんです。
嫁が病気だったので、4年も後に(すぐ喜寿じゃん、などと言ってはなりませぬ)古希の祝いをさせたことがあります。

 
 

  

ヒワイ・カツミビッチが宮内庁担当になったのは昭和61年(1986)2月 38歳の時、と自分で書いている。
そして平成6年(1994)に朝日新聞編集委員皇室担当。
これは1990年の週刊朝日だから、むろん執筆者にヒワイはいないが、いかにも左翼系らしいw天皇批判で、いっそサッパリしている。
文春だけではなく、週刊朝日でも結構美智子批判(天皇の在り方批判)を書いているのがおもしろい。
病人やイジメられている小学生を叩くなどと言う、気持ちの悪い記事ではないからだろうと思う。

--------------

ヒワイは「天皇家の宿題」で代替わりを↓このように書いている。

新たなる密教のアイコンとしての「人間天皇」は、入江侍従長ら側近がエッセイやマスメディアを通じて積極的に演出しました。学者であり、温かい家庭の慈父であり、災害や作柄を案じるヒューマンな天皇の顔が前面に出るようになりました。そして昭和から平成へ---「象徴」のキャストは、平民女性とのロマンスと現代性に彩られていた明仁皇太子、美智子妃の世代へと引き継がれたのです。

「象徴」のキャストwww、ヒワイが憲法に記された「象徴」の意味を、耳垢ほどにも頭に入れていないことがよくわかる文である。
ヒワイの目には、当時の朝日(新聞や週刊誌を含めて)の立ち位置からでは書けない「象徴」の姿が映っていた。
「平民女性とのロマンス」これが真っ先の手柄になる「象徴」を追って、ヒワイ自身も、新しい皇太子夫妻のベッド・鯰嫁の舅姑への献身、と「女性週刊誌路線」をばく進していくのである。

ヒワイが皇室担当となって20年余、「女性宮家創設」の話なんか出ようものなら、戦後朝日の輝かしい「伝統的左翼記事」が一度くらいは書かれてもよさそうなものだが、なぜか、皇太子妃を貶めるチラシをもらったの、皇太子家の娘は不登校の、付き添いはけしからんの、と「秋篠宮家だけの、み栄えを祈ります」の片棒担ぎに変わってしまっていたのである。


  

女性自身年末年始合併号なので、108の鐘と一緒に流してしまうつもりかもしれないが、言うも言ったり、こいつは本当に医者かというほどの記事である。
精神障害は「100人の患者に100の治療法」と言われるほどだってことは、病とは縁のない頑丈なおばさんでも知っている。

来年からはどんな記事を書くかしらないが、言質をとっておいてやろう。


【「もうご公務への完全復帰は難しい・・・」精神科医香山リカさんが苦渋の直言!】

「適応障害の治療は、もともと”ゴールを決めて、開始することが多いのです。雅子様の場合は”ご公務復帰”がそれに当たります。しかし今の雅子様は、ゴールとかけ離れたところにいらっしゃると思います。
雅子様が落ち込まれたときだけ、主治医に電話連絡をされるという状態は、一般的な治療としてはありえません。
治療の目標達成からほど遠い状況にもかかわらず、主治医と連絡をとっていなかった理由として推測できるのは、学校問題だと考えられます。
つまり、”いまは愛子さまのために、学校問題正常化を、治療より優先しましょう”という話し合いを、雅子様が主治医とされたのではないでしょうか」
(←不確かなまま前提にしてしまう香山リカ的起承転結の例)

「長期化の一番大きな原因は雅子様が”皇太子妃”だということでしょう。
本来、医師と患者は対等の関係であり、ときには専門知識を持つ医師がイニシアチブを握らなければいけません。
たとえ患者本人が無理と思っていることでも『◯◯してください』とアドバイスしなければならないのですが、相手が妃殿下では、それも難しいことがあるのでしょう。
(←普通のひとでも難しい場合がありますが?)
『東宮職医師団見解』からも、”雅子様のされることを否定しない”という気遣いのようなものが感じられました。(←精神科医が患者を否定する、ということはあんまりないんじゃないですか?)
本来、精神科の治療は患者さんには決まった時間に、病院に通ってもらうことが望ましいのです。(←ケースバイケースですね)
しかし雅子様の場合は、治療場所が東宮御所であったり、電話によるカウンセリングだったりします。
また、雅子様のお出かけ先に主治医が付き添うこともありますが、これも精神科の治療としては異例のことです。いうなれば精神科のスタンダードな治療が行えない環境なのです。
8年経っても治らないという状況を鑑みますと、雅子様が以前のように、完全に元気な状態に復帰されることは、もう難しいことだと思います」
(←わぁ、言った言った!しかもご丁寧に太字でね)

「愛子さまのお付き添いをされていた時期は、1年半以上にも及び、学校問題にめどがついたからといって、1年半前の”続き”から始めるというわけにはいきません。
『荷下ろし症候群』という言葉もありますが
(←またぁ、勝手な病名つけて)、引きこもりなど、子供の問題に専念していたお母さんが、問題解決後にうつ病になってしまうケースもあるのです。
いまあらためて雅子様に、ご公務にどういった形で復帰されたいのかの意思確認をするところから再出発しなければならないとおもいます。
フルタイムの仕事復帰が、なかなかできない患者さんには、パートタイムでの仕事復帰を勧めることもあります。
雅子様の場合も目標のハードルを下げることが現実的ではないでしょうか。
(←一般人の場合、治療しつつ会社勤めしていて、職場復帰を目標にしていても、会社側から目標を外されちゃうこともあるわけで)
雅子様はブータン国王夫妻の歓迎式典などにも出席されませんでした。
’12年以降、皇太子さまが天皇陛下の名代を務められることもあるかもしれませんが、雅子様にとっては”皇后陛下のご名代”というハードルは、いまは高すぎるかもしれません。
(←美智子皇后が雅子様を名代にするなんてことしないっしょw這ってでも出てくるお方だから)
ご公務すべてに復帰されることを目標にされるのではなく、国際親善、被災地支援など、テーマを絞って取り組まれることをお勧めします。(←精神科医って自分がそのオーソリティでなくても、平気で指導的物言いをするのね)
お誕生日のご感想では、被災者への思いを強く訴えていらっしゃいました。実際に被災地で”皇太子妃として必要とされている”と感じられたのでしょう。
そういう意味でも私は、被災者支援を、何らかの形で継続されることもよいのではないかと思います」
(←アンタが言わなくても雅子妃はずっと継続されてますよ。その場しのぎなのは、ほらあの・・・(ry


ほんとにこの人馬鹿だわねー。
妃殿下がどういう目標を持っておられるのか、そもそもどんな治療なのか全然知りもしないくせに。
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某掲示板で知り合って、メールをやりとりするようになった仲良し?人組です。
考え方はそれぞれですが、皇太子様御一家を陰ながら応援したい気持ちは一致しています。
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