Admin / Write / Res
がんばれ東宮職!
[1]  [2]  [3]  [4

 

皇后さま以外は、色は2色、若いのと年寄りのと。

文様も平等、若いのも年寄りのもみな同じ。

裳は全員桐竹鳳凰。

↑ これは説明書きの誤植みたい。

本文には「桐竹尾長鳥」とあります。

ファビョッてすみません。

 

(詳しい説明はのちほど)

 

 

即位礼の時、いっぱい作ったから(新品っていいものよ)。

御長袴(おんながばかま) 紅色*精好(せいごう)、裏も表と同じ**「引き返し」仕立。

 *精好(せいごう) 袴の生地の一つ、経て(たて・縦糸)よりも緯(ぬき・横糸)を太くして横に強い張りをもたせた

 **「引き返し」仕立 表の生地を丈の二倍にとっておいて、裾までの寸法以外の生地を裾からその内側にまわして裏とする。

御単(おんひとえ) 紅色。文様は幸菱(さいわいびし)、織りは地文をくっきりと見せるために地の糸を固く締めて織る「固地綾」 

御五衣(おんいつつぎぬ) 重ね色目「紅の匂(くれないのにおい)」。五衣の表地の色は五枚とも紅色ですが、それぞれの裏の平絹(へいけん)の紅色が重なるに従って濃くなってゆくことから、この単色によるグラデーションを「匂(におい)」と表現する。文様は五枚とも「松立涌(まつたちわき)」の地文。材質は、表地が固地綾、裏地が平絹。

御打衣(おんうちぎぬ) 深い紫色。地文のない綾織物、裏は表の色と同じ紫の平絹。

御表衣(おんうわぎ) 白の縦糸に薄い萌黄(もえぎ)色の横糸で三重襷(みえだすき)の文様を浮織物として、さらにやや濃いめの萌黄色の横糸で「白樺の丸」を上文(うわもん)とした二倍織物(ふたえおりもの)。裏は上文と同じ萌黄色の平絹。白樺の丸は、皇后陛下のお印「白樺」に由来する。

御唐衣(おんからぎぬ) 白、表地は小葵を浮地文に紫色の向鶴(むかいづる)の丸を上文とした二倍織物(ふたえおりもの)。紫色の小菱文の固地綾(かたじあや)を裏とする「菊の重ね」。上文の向鶴は根付きの小松を中心に左右二羽の鶴が向かい合ったもの、くちばしには松の小枝をくわえている松喰鶴(まつくいづる)の図案。

御裳(おんも) 大腰と引腰は白色か(穴かんむりに果)に霰文(あられ)の浮織物、白色小菱文固地綾を裏とする。引腰には五色の糸で「山道」という飾りをつけ、それに松の木を刺繍している。また大腰にも五色の糸の指し飾り。小腰は表裏とも唐衣(からぎぬ)と共裂(ともぎれ)で、これにも五色の糸の上指し、八幅(やはば)の裂(きれ)は白色で三重襷文固地綾、地摺り(じずり)によって松と鶴の文様が描かれている。

-----------

左から二つ目

御単 紅色で幸菱文の固地綾

御五衣 紅色で松立涌地文の固地綾、御裏は紅色の平絹、比翼の仕立て

御表着 白色で杏葉(きょうよう)に鶴の浮文の浮織物、裏は蘇芳色の平絹

御小袿(おんこうちき・高倉流ではころもへんに卦) 青色で三重襷の地文に白鶴の丸を上文とする二倍織物、御中倍(おんなかべ)は薄色(薄紫のこと)、御裏は紫色の平絹

御長袴 紅色の精好織り 

---------

右から二つ目

帛の十二単(はくのじゅうにひとえ)

現在の帛の十二単は、江戸時代に女帝が神事にお召しになったもので、皇后陛下の儀式服としては、大正の御大礼から制定になった。

お髪は大垂髪(おおすべらかし)、櫛は銀の沃懸地蒔絵無文(いかけじまきえむもん)、、釵子(さいし)簪(かんざし)ともに銀、檜扇は白木で三十九枚、これに白糸を蜷結(になむすび)とした飾紐がつき、要は銀の蝶と鳥の形。

単・五衣・打衣・表着・唐衣はすべて白の平絹、裏のあるものはその裏も表と同じ白の平絹。また裳については、大腰・引腰・小腰んどはやはり表裏ともに白平絹で白糸の上指しがあり、八幅の裂(きれ)だけが生糸(きいと)を使った白の生(きの)平絹。長袴だけは、生地は表裏とも平絹で他の同じだが、ほんのりとした薄紅色。 

------------

小袖の上に「長袴」・「単」・「小」、「檜扇」・「釵子」のお姿。

御小 白色、「白樺」を上文に配した二倍織物(ふたえおりもの)。お印にちなんだ「白樺の御小袿」

 

とおっしゃったかどうかはわからないが、美智子妃がお召しになられたご婚礼の装束は、華子妃のご装束と全く同じ。

むしろお身丈が華子妃の方に合っていたのか、文様が打ち合わせのところでピタリと合っている。

同じ物を二具作ったということもありえないではないけれども、ちょっとね、やっぱり華子さまは美智子さまのお古を着られたのでしょう。

明仁・美智子両殿下は4月、常陸宮同妃両殿下のご婚礼は9月なので、常陸宮さまのご装束は夏物だが、華子妃は袷、まぁ、衣紋道研究家の仙石宗久氏によると、十二単は基本は袷であるらしいので、別に夏物でなければいけないと言うことはないのだが。

で、今では華子妃のご婚礼の儀服として所蔵されているらしい。

美智子皇后は、結婚時のお衣裳はいらないのかしら?

一説によると、香淳皇后がご成婚の朝、久邇家の玄関に姿を現された時お召しになっておられたもの(つまり、ご実家で調製されたもの)を使われたという話。

姑さんのものなんか着たくなかったのかしらね。

 

-----------

美智子皇后(当時皇太子妃)の写真の説明文

皇太子妃であられた皇后陛下の十二単は、下から白小袖、濃蘇芳(こきすおう)の長袴に単衣(ひとえ)。五衣(いつつぎぬ)は「萌葱匂(もえぎにおい)」。表着(うはぎ・表衣)は紅地二重織、地文は繁菱で、上文は六か(=穴かんむりに果)八葉菊(ろっかにはちようぎく)。唐衣(からぎぬ)は紫地の二重織、地文は亀甲、上文は向鶴丸文(むかいつるまるもん)。白地三重襷文(みえたすきもん)の裳をつけて、檜扇を持たれた。

 

華子妃の写真の説明文

妃殿下の十二単は、紅色の表着、地文は菱、上文は六か(=穴かんむりに果)八葉菊。唐衣は紫、地文は亀甲、上文は向鶴丸文(むかいつるまるもん)。白地に桐竹鳳凰の描き絵をほどこした裳を着け、手には檜扇を持たれた様子が展示次第にうかがわれる。

 

えっ、桐竹鳳凰の描き絵?

「桐竹鳳凰」と言えば、

 

*
天皇の袍(ほう)に織り表される文様。泰平の世を治めた君主を褒め、天上から鳳凰(ほうおう)が舞い降りてくるとされる。その鳳凰は地上の梧桐(あおぎり)に栖(す)み、六十年に一度稔る竹の実を食して現世に栖まうとする。しかし、乱世と共にたちまち天上へ還るとされ、善君の世の証しとして天皇の袍に織り表されてきた。大儀には黄櫨染(こうろぜん)の袍を、小儀や行幸(ぎょうこう)には麹塵染(きくじんぞめ)の桐竹鳳凰文の袍が用いられた。後代、麒麟(きりん)を加えて桐竹鳳凰麒麟文とし、筥形の構図に纏められる。

 

なのですが?

もっとも、雅子妃の御裳は「(夏用で)穀織(こめおり)に桐竹鳳凰の描き絵」です。

美智子妃は「白地三重襷文(みえたすきもん)」としか説明書きがないのですが、華子妃に桐竹鳳凰の裳をつけさせた方はいったいどなたなのでしょう?

 

紀子さん嫌われてたわね。

あ、久子さまにじゃなくよ、有職の方々から。

カレンダー
11 2018/12 01
S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31
アーカイブ
HN:
1/3管理人
性別:
非公開
職業:
30代~50代の主婦
趣味:
ネット
自己紹介:
某掲示板で知り合って、メールをやりとりするようになった仲良し?人組です。
考え方はそれぞれですが、皇太子様御一家を陰ながら応援したい気持ちは一致しています。
ブログ内検索
バーコード
コメント
[10/16 NONAME]
[10/16 NONAME]
[10/14 NONAME]
[10/10 NONAME]
[10/10 NONAME]
[10/05 brubru]
[10/05 h]
[10/05 h]
[10/04 h]
[10/04 brubru]
[10/03 射手座]
[10/03 射手座]
[10/03 射手座]
[10/03 射手座]
[10/02 射手座]
[10/02 射手座]
[10/02 Oakley]
[10/02 射手座]
[10/01 h]
[10/01 射手座]
[10/01 射手座]
[10/01 射手座]
[10/01 h]
[09/30 NONAME]
[09/30 NONAME]
なう記事
(09/30)
(11/17)
(11/06)
(11/06)
(11/05)
(11/05)
(11/05)
(11/05)
(11/05)
(11/05)
(11/05)
(11/05)
(11/05)
(11/02)
(11/02)
(11/01)
(11/01)
(11/01)
(10/31)
(10/31)
(10/30)
(10/30)
(10/30)
(10/30)
(10/30)
忍者カウンター

Copyright (c)Mrs Oakley Fisher の台所から All Rights Reserved.
Material by *MARIA  Template by tsukika