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がんばれ東宮職!
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♠ 確か… (真珠様 wrote)
愛子さまの着袴の儀の映像でも、当日ではなく数日前に練習した折の映像がニュースに流れました。練習では赤いお衣装で、儀式当日のお玄関にお出ましなされた時のお衣装は愛らしい濃桃色だったと思います。 
そして、ニュースで流れたその映像をエサに「練習の映像しか出せないのは、やはりおかしいから」等バカな批判が当時ネットを賑わせたものでした。 
さて、その時に批判した輩ども!ご自慢の悠くんは練習でさえ足元ふらふらの着地でしたね。どうして本番の映像が流れないのでしょう?ご回答をお願いしたいものです。 



------------------------------------------------

全くお恥ずかしいことですが、私はピンクのは道中着みたいなもので、本当の儀式の時は、敬宮殿下もサーヤが着ていたような十二単の簡単版みたいなのを羽織るのだろうと思ってました。
つまり正式なのは赤い十二単の方なのだろうと勝手に思っていました。

しかし!皇太子殿下は史学科の出でいらっしゃるのを忘れていました。
真珠様がおっしゃるように、赤い十二単映像は練習の時のものでしたが、皇太子ご夫妻は「本番はきちんと正式にやりましたよ」と言うことを、ちゃーんと国民に教えてくださっていたのでした。

「十二単のはなし」 P238

「細長」は、平安時代の形式についてははっきりした資料もなく・・・(中略)・・・江戸時代の細長を闕てき(けってき:てきは月偏に夜)形式(両脇を縫い綴じず、前後の身頃が離れていること)で仕立てたものではないかとの推察があります(※敬宮殿下お召しの赤い方の御装束)。この「細長」には「うちき(掛の手偏を衣偏に替えた字)」などとは異なり「衽(おくみ)」がありません。ですから襟は身頃に直接つけられていて、名前の通りさすがに細長い感じのする装束です。(中略)
江戸時代に再興された「細長」では、皇女の「深曽木の儀」などの晴れの場にもちいられたので、地質も浮織物などの豪華なものが使われました。紀宮清子内親王殿下の「着袴の儀」のときのお姿も「細長」をお召しになっているのでした。


本来は「衵」の上にさらに「打衣」を重ねるのが正式だったのですが、平安時代も末ごろには「打衣」を用いることが少なくなっていき、鎌倉時代には省略するのが当たり前になってしまいます。鎌倉時代の装束の色目について書かれた「式目抄」によると、「衵」は二枚重ねて着るのが本儀である・・・(後略)
天皇・東宮の「衵」の色は緋色で、・・・(中略)・・衵には柔らかい絹を張らせて仕立てた「ふくさ張り」と、つややかに特殊な糊で固めた「板引き」とがあります。室町時代の初期には、天皇・東宮の「衵」は「板引」関白以下のものは「ふくさ張り」(糊張りなどの固く張らせる作業をせず、絹本来の柔らかさを出した仕立て方)と決まってます。

童の衵装束

これは、簡単に言うと羽織って着る装束のひとつですが、主に成人用の丈の長い「うちき」に対して丈の非常に短いもので、子供の着丈よりも少し短いくらいの寸法に仕立てます。これを何枚も重ねて着た姿を「童の衵装束」と言うのです。
江戸時代初期の「後水尾院年中行事」には、皇女は「深曽木」の儀で「衵」を着るとあります。
事実、江戸時代の皇女が深曽木の儀でお召しになる衵を高倉家から調進した記録やその衵の舞などが現在も保存されていて、往時の皇女の衵姿をしのばせます。


鳳凰文庫の表題の本の著者は、衣紋道高倉流第二十五代宗家を補佐する会頭で、平成2年の即位の御大礼に関する一連の儀式(即位礼・大嘗祭・立太子礼)において、天皇陛下・皇太子殿下の「お服上げ」を永満宗家とともに努められた方です。


---------------------------------------------

以上のことから、敬宮殿下は練習を「細長」でおやりになり、本番は「衵」でおやりになったのだと思います。
「衵」の赤い色は禁色ですから、おそらく濃桃色になさったのかと、さらに、お袖がピンと張っておりますので、「板引」(最高の仕立て方)、本儀どおり2枚重ねてお召しでいらっしゃいます。
玄関へのお出ましだけで、皇女として、本来のしきたりに則り、本番をきちんとおやりになったことがわかりますね^^
 
  


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♠ つまり
皇室は日本文化の担い手でもあって、皇太子殿下はちゃーんとやっておられるということね。

で、後見人はどうなの?
Rosa wichuraiana 2011/11/04(Fri)17:11:37 編集
♥ Re:つまり
>皇室は日本文化の担い手でもあって、皇太子殿下はちゃーんとやっておられるということね。
>
>で、後見人はどうなの?

江戸時代の高倉家(公家)の着袴の儀が詳細に書いてあるけど、後見人というのは別にいらないらしい(皇室はどうかしらんけど)。
高倉家では、5歳の子本人と、「袴」を履かせる「腰結人」とその手伝いの衣紋の奉仕の「前装束人」というのが、主役級らしいけど、「腰結人」はたいてい父親がやるらしい。
この記述では、父親が若くして亡くなったので祖父がかわりにやってる。
「前装束人」は従五位の下、でもこの屋敷の「家司」で朝廷では右衛門少尉兼近江之介(正七位相当)という身分の者が、こまごまとした諸事をとりしきり、その補佐役として、彼より軽輩の監物と図書大允の2名が付くことになってるらしい。
ほんとにちゃんとやったなら三献の儀まであるから、結構時間かかるんでないかな?

皇太子様の時は、両親(当時の皇太子夫妻)の他に見てる人がいっぱいいるけど、ギャラリーってだけで、式に必要ではないみたいよ。

派手好きな明仁美智子さんが、みんなを招待して大々的にやったんじゃないの?
祭祀や宮中にカメラ入れるの好きな人たちだから。
1/3管理人  【2011/11/04 21:22】
♠ 無題
NONAME 2011/11/04(Fri)18:33:22 編集
♠ ご両親がまず夢中
絵巻が現代に蘇ったような、風雅でお可愛らしい敬宮殿下。
さらに、お着物にもお父上の教養と、愛娘への心くばりが込められていたのですね。

なんとも、見ていてホンワカしてくるお写真。
だって、小さな姫君に、ご両親がまず夢中になっている。
「もう可愛くって可愛くって」皇太子殿下。
「愛子、素敵な日を過ごせて良かったわね」雅子妃殿下。
と、吹き出しを入れたい感じ。

写真にどう写るとか、記者がどう見るかなんて、まったく二の次三の次。
そのご家族の自然さが、小さな姫君の姿を、いっそう晴れがましくしていると思います。
ルビー 2011/11/04(Fri)20:34:01 編集
♠ 敬宮殿下の 「着袴の儀」
敬宮殿下、すごくお可愛い!

普通の子供がこういう格好をすると、悠ちゃんみたいに 「●ホ殿みたい」 とか 「着せられちゃってるぅ~」 みたいになっちゃうんですよね。
でも敬宮殿下は本当によくお似合いで、幼いながらに 「着こなしている!」 でした。


私は、練習と本番の映像については特に何も感じなかったのですが、敬宮殿下のお召し物については、

童女は、大人の着る袿の裾を短く仕立てた袙を着る。
正装の時は、この上に汗衫という上着を着る。
袴の色は濃で、結婚したり宮仕えすると袴は赤色になる ※ 

と、手元にある簡単カンペー本を読んで (愛子様は、ちゃんと儀式どおりにされていらっしゃる!) と思っていたので、何処かの誰かさん達みたいに グチグチ & ネチネチ 言うアンチどものアホぶりを嘲笑していました。

※ 「未婚の女性皇族は濃色 皇后と妃殿下達は既婚だから緋色」 と、即位の礼ニュースで聞いたことあります。



そして、管理人様!
衣装について詳細な資料をアップして下さり、ありがとうございます!
また1つ知識が増えました。
大変でしょうが、これからも宜しくお願いします。
ガーネット 2011/11/04(Fri)20:37:38 編集
♠ 名代の皇太子様、素敵!
文化勲章の受章者らを招いた茶会に、風邪で欠席の天皇陛下に代わって皇太子殿下が「名代」に。

皇太子殿下が中心となると、なんとも和やかで堂々たる雰囲気に。
なんだか昭和の皇室がもどってきたみたいな感じです。

http://www.tv-asahi.co.jp/ann/news/web/html/211104038.html
ルビー 2011/11/04(Fri)20:59:01 編集
♠ 妄想
後水尾院の皇女には、女性天皇となった明正天皇もいましたね。
いやね、サーヤも着ていたあの衣装では、碁盤に乗るのも大変そうだったけど、袙姿はかなり身軽そうだから
碁石を踏んで、エイヤって身軽に飛び降りられそうだから。

興子内親王(明正天皇)や智子内親王(後桜町天皇)の着袴の儀、深曽木の儀がどのようなものだったのかはわかりませんが
御降嫁前提だったサヤさんとは違って、敬宮さまは、のちのちご即位となってもおかしくない儀式をなさったんじゃないかなって。

ちょっと妄想。

まあ、江戸時代の女性天皇とは異なって、敬宮さまには是非良い方とめぐりあって、お子さんを産んで頂きたい。
綿々と続く皇室の正しい血脈を思わせる御子を。

どうせいろいろと前例のないことを行うんだったら
時代の価値観に叶い
人間として尊敬を集め
人々から敬愛される未来につながるような、「前例のない」未来をご選択頂きたいものです。
ペリドット 2011/11/04(Fri)21:59:36 編集
♠ 赤も桃もお似合いでしたが
>以上のことから、敬宮殿下は練習を「細長」でおやりになり、本番は「衵」でおやりになったのだと思います。


正式な衣装は、管理人様が最初思ったとおり、紫の小袖と袴に、菊の花をあしらった赤のうちき。
「衵」は内着です。

>「衵」の赤い色は禁色ですから、おそらく濃桃色になさったのかと、

赤が禁色なのは、男性だけ。
赤は高貴な色として、上位の女性には許されていました。


>童女は、大人の着る袿の裾を短く仕立てた袙を着る。
正装の時は、この上に汗衫という上着を着る。
袴の色は濃で、結婚したり宮仕えすると袴は赤色になる 

この「汗衫」が「細長」です。

袴の色は未婚や若年の女性の場合、濃色。
そこで、赤の濃色とされる紫が用いられます。

儀式の礼装で表には出ない為、着替えられてから、マスコミの前に出られたということでした。

尚、儀式のお召し物は両陛下から贈られています。

菊の模様というのが、やはりというか・・・ちょっと驚きました。

着袴の儀の扇は皇太子様以下親王・内親王に限って公開されていますが、愛子様の扇だけ公開されていません。
皆様の扇にはそれぞれの御印が描かれています。
愛子様の扇には何か特別なものが描かれているのでしょうか。
グラス 2011/11/04(Fri)23:55:14 編集
♥ Re:赤も桃もお似合いでしたが
>
>正式な衣装は、管理人様が最初思ったとおり、紫の小袖と袴に、菊の花をあしらった赤のうちき。
>「衵」は内着です。

どこでお聞きになりました?
身分が上の人は正装がゆるくなるそうです。

>>「衵」の赤い色は禁色ですから、おそらく濃桃色になさったのかと、
>
>赤が禁色なのは、男性だけ。

そういう大雑把なものではないようです。
書きましたように、「衵」で赤が許されているのは天皇と皇太子だけだそうです。

>赤は高貴な色として、上位の女性には許されていました。

一度、あなたの知識を裏打ちする文献を出してください。
こちらは著者の経歴まで出して、書いているんですから。

-----引用

「衵」はそもそも束帯の下に着るもので、男性の着物です。ただ女の子も来ます。それを童の「衵」という。
「衵」は、未成年者の「濃色」、宿老の人の「白色」の他に、緋色、萌黄、蘇芳、薄色など。
天皇・東宮の衵は緋色で、表が小葵文の綾を板引(←仕立て方まで差別があるんですよ)として、裏には紅平絹を使いました、この形式は板引きであることを除けば、色・文様などは現在も当時のまま伝えられています。
臣下の衵は、年少から25歳まで萌黄、同じく年少から30歳くらいまでは蘇芳を用い、それ以降は薄色となりました。
緋色の衵は、臣下の場合は大臣以上になって初めて着るものだったのです。

>>童女は、大人の着る袿の裾を短く仕立てた袙を着る。
>正装の時は、この上に汗衫という上着を着る。
>袴の色は濃で、結婚したり宮仕えすると袴は赤色になる 
>
>この「汗衫」が「細長」です。

仙石氏のご本によれば違います。
「衵」と「細長」は、どちらも元は日常に用いる「ケの装束」だったものが「晴れ装束」になったが、「汗衫」は逆に晴れ装束が形を変えてケにももちいられることがあった、とあります。
>
>袴の色は未婚や若年の女性の場合、濃色。
>そこで、赤の濃色とされる紫が用いられます。

「長袴」(他に切袴もあるので、特に厳密に話します)の色による区別は、次代によって差異のあるもので、ごく幼い頃に濃色でそれ以後は緋色の袴になるとか、ケすなわち日常には緋色を、ハレすなわち特別の公ごとの日には濃色をとかの時代もあったようです。現在では濃色の袴は未婚から結婚して第一子出産まで用いることができ、それ以後は緋色となる習わしとなっています。
>
>儀式の礼装で表には出ない為、着替えられてから、マスコミの前に出られたということでした。

ということは、皇女は深曽木の儀に「衵」を用いるという記述は無視ですか?
あくまで敬宮殿下の「衵」は内着だと?
その「衵」の上に、「汗衫」=「細長」をお召しになったと?
失礼ですが、ソースをお示しくださいますか?

>尚、儀式のお召し物は両陛下から贈られています。
>
>菊の模様というのが、やはりというか・・・ちょっと驚きました。

どういう意味でしょう?
有職文様というのはたくさんありますが、敬宮殿下の細長の模様のことでしたら、かわいい意匠というほどのものだと思います。
即位礼の時の美智子皇后の御表着は「白樺の丸」でした。
お印にちなんだ意匠で、わざわざ織らせたようです。
>
>着袴の儀の扇は皇太子様以下親王・内親王に限って公開されていますが、愛子様の扇だけ公開されていません。
>皆様の扇にはそれぞれの御印が描かれています。
>愛子様の扇には何か特別なものが描かれているのでしょうか。

描かれているもの以外にも、檜扇はしきたりの複雑なものとして「装束雑事抄」に細かく載せられているようです。
私は、階級を表すものとして、そちらの方からの考察が大事だと思いますが。
1/3管理人  【2011/11/05 01:20】
♠ 話がかみあっていないぜよ
平安時代は、童女が「衵」の上に「汗衫」を着ていたんでしょ。

>>童女は、大人の着る袿の裾を短く仕立てた袙を着る。
>正装の時は、この上に汗衫という上着を着る。
>袴の色は濃で、結婚したり宮仕えすると袴は赤色になる 

でも、この用い方は鎌倉時代には変わってしまったわけですよね。
「汗衫」も「打衣」はおらず、袙だけで着るようになっていった。

だから、袙には、「女子の中着」という意味と「女児が上着として着用した、袿より裾を短く仕立てた衣服」という意味とがあるんだよね。

>江戸時代初期の「後水尾院年中行事」には、皇女は「深曽木」の儀で「衵」を着る
>とあります。
>事実、江戸時代の皇女が深曽木の儀でお召しになる衵を高倉家から調進した記録や
>その衵の舞などが現在も保存されていて、皇子の皇女の衵姿をしのばせます。

江戸時代には、皇子の皇女は衵姿だったわけですよね。

時代と共に、貴族の童女の装束も変わっていった。

敬宮殿下は、儀式の時には、
>正式な衣装は、管理人様が最初思ったとおり、紫の小袖と袴に、菊の花をあしらった
>赤のうちき。

うちき=袿のことだよね?
そのお姿で儀式をしてから、着替えたのかもしれない。
あるいは、衵姿でなさったのかもしれない。
それは、私は今は資料がないからわからないです。

でも、グラス君は「何が何でも平安時代」の話とウンチクを一方的にしていて、管理人様とは、話が噛み合っていないと思うよ。
グラス君はいろいろ書く前に、人様の文への読解力をつけなさいよ。
ルビー 2011/11/05(Sat)01:50:12 編集
♥ Re:話がかみあっていないぜよ
皇太子様の着袴の儀を見ると、お召し物が二つありますよね。
着袴と深曽木。
両方使われたかもしれないですね。
マスコミのためだけにあの姫だるまさんの御装束になられたというのも考えにくいんですよ。
袴は短い切袴と細長では長袴です。
碁盤の上にお乗りになったというなら、その場合は切袴かなぁ?
1/3管理人  【2011/11/05 02:21】
♠ グラスの相手は疲れるぜよ
え~と、まずは………
私が持ってる簡単カンペー本にも

一条天皇の時代以降の決まり事があったりするし、
黄櫨染の御袍を着ての即位の礼は、明治天皇から始まったそうですし、
江戸時代以前は中国の服制に従った礼服を着ていた、

とも書かれています。

だからルビー様の書かれている
>時代と共に、貴族の童女の装束も変わっていった。
と同時に、実は男の装束も変わっていったんだろうなと思います。

古典の資料本とかで、飛鳥時代頃と平安時代頃の服を見比べると全く違いますもんね。




管理人様
>身分が上の人は正装がゆるくなるそうです。


これ、私も本で読んだことあります(枕草子の現代語訳本だったのかな?)
身分の高い人は、今で言うと略礼装になるそうです。
でも使用人という立場の女房は裳着を付けての最礼装で仕えると、書かれていました。



グラス
>赤が禁色なのは、男性だけ。
>赤は高貴な色として、上位の女性には許されていました。


詳細を知らない人でも直ぐに思い浮かぶ禁色は、
天皇の御袍 黄櫨染……明治天皇の時から始まる
皇太子の袍 横丹
天皇と皇太子の衵 緋色

グラスのコメントとは一致しないですね。





グラス
>この「汗衫」が「細長」です。


私の簡単カンペー本でカラーイラストが描かれてるんだけど、
汗衫 と 細長 は 全くの別物 です。
敬宮殿下が召されているピンクの道中着みたいなのが 汗衫のイラストになってます。

やはりグラスのコメントとは違います。




ルビー様も書かれているように、グラス君は人様の文への読解力が無いからねぇ。でも私たちは優しく温かく配慮あるから、ついつい相手しちゃうんですよね(^p^)
ガーネット 2011/11/05(Sat)02:39:53 編集
♠ 無題
おはようございます。グラスさん、管理人様が書かれている通り、今現在、十二単と呼ばれるものは、平安時代は正式には女房装束と呼ばれて
女官の正装だったことは、少しでも古典文学を勉強したことのある人間の間では、常識ですけど?主人はリラックスした姿、召使は失礼のない様正装して主人の前に。古今東西の常識ですよ。
西洋の執事だって、モーニングでしょ?
姫君が正装するのは、宮中へ行く時だけです、
アクアマリン 2011/11/05(Sat)08:30:58 編集
♠ 無題
NONAME 2011/11/05(Sat)09:59:48 編集
♠ 補足
宮中へ行く=自分より身分が上の方に会う時ですわ。
しかし、グラスさんも懲りませんねぇ。ずーっと話が噛み合ってませんよ?管理人さんの質問にも
答えないし。
アクアマリン 2011/11/05(Sat)10:03:10 編集
♠ 誤字?
すみません。
「童女の衵姿」の引用の最後のところ、「皇子の皇女の姿をしのばせます」は「往時の皇女」の間違いではないでしょうか。

2chにこの記事が貼られていました。
そこで改めて読んで、あれ?と気づきました。
ペリドット 2011/11/05(Sat)11:36:08 編集
♥ Re:誤字?
>すみません。
>「童女の衵姿」の引用の最後のところ、「皇子の皇女の姿をしのばせます」は「往時の皇女」の間違いではないでしょうか。

あ、そうです。
今、直します。

1/3管理人  【2011/11/05 11:45】
♠ 皇太子様の紋様は菊の御紋
>皇嗣の明仁親王殿下と徳仁親王殿下は、衣装の文様が同じものに見えます。
これに対し、スペアの正仁親王殿下と文仁親王殿下は、明らかにまったく違う文様。

>で、悠仁親王殿下のは、皇嗣の方々のと同じ系統の文様の衣装に見えます。

ぺリドット様
皇太子様の着袴の儀の衣装の文様は菊の御紋です。
悠仁様は違います。

>>尚、儀式のお召し物は両陛下から贈られています。
>>
>>菊の模様というのが、やはりというか・・・ちょっと驚きました。

>どういう意味でしょう?
有職文様というのはたくさんありますが、敬宮殿下の細長の模様のことでしたら、かわいい意匠というほどのものだと思います。
即位礼の時の美智子皇后の御表着は「白樺の丸」でした。
お印にちなんだ意匠で、わざわざ織らせたようです。

お忘れですか?
菊は皇室の御紋、菊の御紋は事実上日本の国章。
私たちのパスポートの表紙にも輝いているはずですよ。
菊は皇室で最も格の高い文様とされています。

雅子様の納采の儀の帯には菊の花が大きく描かれていました。
美智子様も納采の儀に締められたものでしたよね。
両陛下のご結婚後に開かれた内宴での良子様のお着物にも小さな菊の御紋が、金糸と銀糸で9つ刺繍されています。
美智子様の帯にも、菊の花。
良子様のティアラの中央にも菊があしらわれているように見えます。


過去の女性天皇の即位式では、当時の女性皇族の正装で色は白だったという記録が残っているようです。
     風俗博物館の資料参照

白は男女共に神聖な色とされています。
皇室の衣装は男女で異なり、行事の内容も性別によって違う場合がありますが。
だからといって、女子の衣装や行事を男子のものに合わせる必要があるのでしょうか。
それこそ、女子であることを否定することになりませんか。
男子の行事に合わせないと、碁盤から飛ばないと天皇にはなれないと思うこと自体、男子が上、男系が正しい皇統という偏見に囚われているように感じます。

皇室の行事の際の衣装については、風俗博物館のホームページ、皇室辞典、中野文庫、毎日新聞社の毎日グラフの写真や説明、過去のニュース、ウィキなどを参考にしました。
グラス 2011/11/06(Sun)00:46:47 編集
♥ Re:皇太子様の紋様は菊の御紋
>菊は皇室で最も格の高い文様とされています。

違うとおもいますよ。
ただの「菊」だけでくくってはいけません。
私だって菊の紋様の着物や帯は持ってますw
格の高い文様は天皇の「桐竹鳳凰麒麟文」皇太子の「鴛鴦丸文」、皇族男子は「雲鶴文」など。

菊の紋(紋章)と菊の文様は違うのです。
十六八重菊が皇室の紋、各宮家も菊をモチーフにして紋章があります。

それと文様は別です。
まぁ、菊は格調高いんでしょうが、菊には野菊だってあるし、文様としてはいろいろだと思いますよ。
高松宮喜久子様の十二単の表着で、葵の紋が散らしてあるのがありますよ。

浩宮様の着袴の儀の半尻の文様は、十六菊六か(穴かんむりに果)文。
か(穴かんむりに果)文というのは、果物の瓜を輪切りにした断面を意匠化したもので、くびれが6あるので六か、5つなら五か

>皇室の行事の際の衣装については、風俗博物館のホームページ、皇室辞典、中野文庫、毎日新聞社の毎日グラフの写真や説明、過去のニュース、ウィキなどを参考にしました。

たぶん周辺知識が少ないから、的外れになるんだと思います。
着物を着る人、お茶やお花をやってる人、高校古文を覚えている人、みんな紋と文様の違いは知っているでしょう。
1/3管理人  【2011/11/06 01:51】
♠ 天皇と皇室を表すのは  十六八重表菊
>菊は皇室の御紋、菊の御紋は事実上日本の国章


あれ?
同じ菊でも、天皇と皇室を表すのは  十六八重表菊 では? 

浩宮様のは十六菊で、これは私の想像なんだけど………
浩宮様は東宮家の第1親王だから絶対に天皇になる親王。だけど、序列というか身分の差は付けるというのが皇室なので、十六菊の文様にしたのではないかと。 

そして、菊は菊でも各宮家によってデザインが違う。

で、悠ちゃんのは秋篠家の菊とも違うみたいなんだよね。
どうせ菊にするなら、自分ん家の秋篠家の菊マークにするとか、電子ミシンでもシルクスクリーンでもいいから堂々と十六八重表菊にでもしてやれば良かったのにね。




>私たちのパスポートの表紙にも輝いているはずですよ。


うん。私のパスポートも金色の菊だけど、十六八重表菊ではなく、一重というのかな? 十六菊です。
皆様のパスポートは十六八重表菊なんですか???
私のは八重じゃない! どうしよう! でも私、このパスポートで出入国できたんですけど!




>菊は皇室の御紋、菊の御紋は事実上日本の国章
     ↑
   またしてもコレだよ (嘲笑)
     ↓
>菊は皇室で最も格の高い文様とされています


これじゃまるで 「皇室には色んな文様があって、そん中でも菊が最高格の文様なんだぜ」 って主張してるのと同じこと。
川島元侍従長みたいにトンチンカンなこと書いちゃアカンて (大嘲笑)




>菊の御紋は事実上日本の国章


国章を国旗だと言ってるなら、菊じゃなくて日の丸じゃないの?
そりゃまぁ、国旗掲揚する時に、日の丸じゃなくて十六八重表菊でも、あたしゃ構いませんよ。でも色をどうするかって問題が出てくるよね。
日の丸を踏襲して、白地に赤い十六八重表菊? 
御料車に立てる旗みたいに (正式な色を知らないけど) 赤地に金色とか?




でもさ、
十六八重表菊という日本国旗を掲揚しながら 「君が代」 を斉唱する……
ちょっと胸熱になるかも。
もちろん 「君」 というのは徳仁天皇で、今上さんじゃありませ~ん(^p^)
ガーネット 2011/11/06(Sun)01:39:40 編集
♠ 横からすみません。
>女子の衣装や行事を男子のものに合わせる必要があるのでしょうか。
それこそ、女子であることを否定することになりませんか。男子の行事に合わせないと、碁盤から飛ばないと天皇にはなれないと思うこと自体、男子が上、男系が正しい皇統という偏見に囚われているように感じます。

グラス君勇ましすぎます。(この君は男女共用の君ですよ。)
(私も周辺知識にうといのでうといつながりですが)ただの女子ではないし、ただの男子ではないし、ただの衣装ではないし、ただの行事ではないし、ただものではないというところを省いて一般化してもまるで意味が無い世界のお話なんだということぐらいは分かりますよ。
ぜーんぶ省いて一般化しておいて、一点だけは省かずに偏見だって決めつける論拠にするのは無理がありますよ。
グラス君って、陰謀史観スキでしょう、もしかして。
敬宮さまのお召し物の紋や、公開されていない檜扇の中にいずれ天皇になられるという伏線が見え隠れしている、そのことには誰も気がついていない、グラスにはわかるんだと。謎、小っちゃいかなあ。
でも、私も川嶋家には陰謀の臭いがすると思っている口なので、グラス君の体質はよく分かります。
それに管理人さんに失礼のないように、周辺知識をしこんでいるのかもしれないけれど、それでタメに
はりあえるって思ってるとしたら赤坂見附かと。知識じゃないんですよ、教養を超えてもはや血肉なんだ。
付け焼き刃はやめなよ、バカ。
でも、ガッツだけはちょっと尊敬です。
でも肯定じゃないよ。
シニカルマミー 2011/11/06(Sun)11:24:37 編集
♠ 無題
NONAME 2011/11/06(Sun)12:02:04 編集
♠ 伝統を受け継ぎ、創ること
>女子の衣装や行事を男子のものに合わせる必要があるのでしょうか。
それこそ、女子であることを否定することになりませんか。男子の行事に合わせないと、碁盤から飛ばないと天皇にはなれないと思うこと自体、男子が上、男系が正しい皇統という偏見に囚われているように感じます。

シニカルマミー様もおっしゃるように、これはいささか勇み足ですよ。

伝統原理主義というか、まったく同じである必要はない(装束だって、平安時代の「細長」と現代の「細長」は違う)
でも、受け継いで変えていく、新たに創っていくというのでなければ、根無し草になってしまう。
将来において「先例」として振り返ってもらえる、長い歴史のなかの一環に位置づけてもらえなくなる。
グラスさんは気にしなくとも、絶対に「深曽木の儀が行われず、碁盤の上に立つこともないのに天皇になられた前例はない」と反対されて
天皇としての権威が貶められる。

ひたすら守るんじゃなくて
「この御時より、と末の人の言ひ伝ふべき例を添へ」てこそ、いみじき盛りの御世なんだけど
それは全く何もないところから勝手に持ってくるものでもなくて
やっぱり「添へ」るものじゃなくちゃ。

明治になって、洋装を採り入れて、これを第一礼装としながらも、
日本の神事に関わるところでは古来の伝統を受け継ぐ衣紋道の装束にならう、などのように。
しきたりの基本理念を受け継ぎながら、時代の変遷に合わせて新たなものを加えていく。
それが長く続く伝統であり、歴史の中の皇室なのだと思います。

ということで、女性天皇は、有職故実ではとっても不利だと思っていたのですが。

でも、ペリドットの浅知恵なんかよりも深い叡智で、
故事を振り返り伝統を受け継ぎながらの女性天皇の姿を創り上げる。
そういう叡智を備えた方が、東宮ご一家のまわりにいらっしゃるようなので、安心です。

せっかく男性皇族なのに、いろいろ台無しにしていく秋篠宮家とは大違いです。
(オネエちゃんたちの迂闊な日常写真もそうですが、
せっかくの祝いの日に、ネエちゃんカアちゃんが着物なんか着て目立っちゃうし
しかもネエちゃんの着物は季節外れでいまいちという話しもあるしで
なんかトホホ)
ペリドット 2011/11/06(Sun)12:15:29 編集
♠ 無題
あの眞子どんのローブデコルテ姿を見、皆様の
議論を読み、ふと疑問に思ったのですが、男性皇族の成年の儀は、確か衣冠束帯で、平安の昔さながらの儀式だったように記憶しているのですが、
違いましたっけ?皇族の礼装が、明治以来洋装ならば男子も燕尾服に勲章授与でないと、いけないと思うのですが、どうなんでしょうね。
別スレのコメントにも書いたのですが、あさきゆめみし、に出てくる色々な姫君の裳着の式を見た後だからかもしれませんが、伝統を復活させるとかで、愛子内親王の成年の儀は、まずは十二単で
裳着の式、その後ローブデコルテ姿で宮中へとかやって下さらないかな、なんて妄想してしまいます。
アクアマリン 2011/11/06(Sun)15:52:30 編集
♠ 立太子の礼と成年の儀?
女性皇族として成人するのだから、成年の儀は十二単と洋装になるんだろうけど、
立太子の礼はどうするんだろう、って心配してしまいます。

男性の装束は地位によって色が決まっていて
天皇だけが着る色
皇太子だけが着る色
親王方の着る色
がある。

女性には位階とか、地位による衣装の色の違いがなく、自由
(なので、一宮妃のキコが皇太子妃に装束を貸そうかと言ったとか?
まあ真偽のほどはわからないけど、そんな発想が出てくる余地がある)

天皇と皇太子だけしか着ない色があるのは、
このお二方は、それ以外の序列で色が決まる人々を超えた存在である、
という象徴的意味があるんだろうと思うと、
さて、どうなるんだろう。

まあ、知恵のある方にうまい理屈を考えていただくということかな。

こういうことぐちゃぐちゃ考えていると、
「結局男性皇族の方がしきたり通りでラクじゃん」って発想になっちまいそうだからなあ。
イカンいかん。

Rosa wichuraiana 様の言われるように、昔を遡れば皇統を継ぐ象徴的意味とか全然なしに
男女問わずその成長を祝ってきた
それが日本人の本質的な感性なんだ、ってことをしっかり見つめないと、ですね。

ps:そうそう、立太子の礼、なのですね。
にわかシッタカは、いかんいかん。
ガーネット様有り難うございました。なおしました!

それから、ルビー様のおっしゃった男装したアマテラス。
そうだった、そうだった。

そうなると、私は場(儀礼)によっては男装、に一票だなあ。

神話の神功皇后も、熟田津を発つときの斉明天皇も、男装されていたに違いないし。
敬宮さまはスタイルも美しいので、きっと男装もりりしくお似合いだろうと思います!
ペリドット 2011/11/06(Sun)19:41:56 編集
♠ Re : 立太子の儀と成年の儀?
うるさい姑のような口出しになるので恥ずかしいのですが、

立太子の礼 ですよん (成年は 儀 でいいと思います)



内親王でも、
皇太子だけに許された色の十二単で立太子、
天皇だけに許された色の十二単で即位、
なんてのも良いかも! なんて私1人勝手に妄想してます(^^;)

でも、現行の皇室典範のままなら川嶋王朝になるのよね(あ~ぁ、ヤダヤダ)



>知恵のある方にうまい理屈を考えていただくということかな

ちゃんとした、本物の学識者に考えていただきたいですよね。
間違っても 「目立って良かったわ♪」 なんて言う女性に考えさせてはダメです!
ガーネット 2011/11/06(Sun)21:33:33 編集
♠ Re.立太子の儀と成年の儀?
こちらにいらっしゃいます方々のお話、本当に素晴らしい!お勉強になります。

ペリドットさま
恥知らずの鯰奥の話は「武勇伝」と言った方がいい位ダイナマイト級の話がいっぱいですよね。
序列も何も知らない、今でも知らないんでしょうね。
雅子さまにお貸しするといった非常識な事もそうですが、何も持たずに輿入れするのにもかかわらず、十二単を新調することを要望したのです。
本当に厚かましい!!

皇女であった鞘さんも何かの時に十二単を着られたことがあります。
馬鹿子ちゃんと違って敬宮さまは皇女ですからね。
そして立太子の時は古式ゆかしいお衣裳だと思います。
後10年は皇居に参れるように元気でないといけない!!
10年後がとても楽しみです。

ところで今上陛下、宮内庁病院から(どうやら、本当にお加減が良くないようで)東大病院へ行かれたそうですが、
早く、お元気になられますように!
トルコ石 2011/11/06(Sun)22:08:10 編集
♠ 皇祖神は、男装したアマテラスから生まれた
古事記 天照大御神と須佐之男命 うけいの前段です。

弟の須佐之男命がやってくると聞いた、天照大御神は、
「すなはち御髪を解きて、御角髪に纏きて、すなはち左右の御角髪にも、また御鬘にも、また左右の御手にも、各八尺の勾玉の五百筒の御統の珠を纏き持ちて、背には千入の靫を負ひ、ひらには五百入の靫を附け、また稜威の高鞆を取り佩ばして、弓腹振り立てて、堅庭は向股に蹈みなづみ、沫雪如す蹶散かして、稜威の男建蹈み建びて待ち問ひたまひしく、『何故上り来つる。』と、とひたまひき。」

この天照大御神のお姿、思いっきり勇ましいです。髪を解いてみずらに結い直し、男装した上に完全武装ですし。

このうけいの時に、天照大御神の「八尺の勾玉の五百箇のみすまるの珠」から生まれた神の一人が、アメノオシホミミであり、彼の息子のニニギノミコトが、天照大御神に命により、天孫降臨しました。そして、ニニギノミコトの曾孫が、神武天皇となる。

皆様ご存じの事と思いますが、あえて書きました。
この前提をくずすと、大和朝廷が日本を治める根拠を失う。
大和朝廷ルーツの天皇のアイデンティティが無くなる。神話をそのまま信じるということではなくて。

男系男子と余り騒いでいると、女帝を戴くことがあったであろう大和朝廷には、他の豪族をまとめる権利がなかったかもと言う事になり、じゃあ、オオクニヌシの国譲りは無かった事にして、出雲大社の神官に天皇になってもらうとか?
いろいろ見直しが必要になってきてしまいます。

冠位十二階も、大和朝廷の日本支配の体制を固めるために、「推古天皇(←ここ重要)」が随を参考にして発令したもの。その後、だんだんと皇族の装束の色も決まったんでしょうか。
そんな「しきたり」で、女性天皇を心配しては心配性になってしまいますよお(笑)。

赤、オレンジ、緑の色が使えないと、セブンイレブンの店舗が成り立たない、みたいな感じになってしまいます。「赤、オレンジ、緑の色」はセブンイレブンが決めたのであって、景観配慮店舗では色をシックに変えていますし。

>後桜町女帝の即位(パパ:桜町天皇 ママ:青綺門院舎子)
>24歳で即位
>白の大袖・小袖で即位したけど、沓は男帝と同じ赤

>でも、敬宮殿下が即位されるなら、明治天皇以降からみたいですが、
>黄盧染の衣装で即位してほしいですね。

このガーネットさまの意見に賛成です。
立太子の時も、白か、男性皇太子と同じ色で良いのじゃないかなあ。

あまり大和朝廷とか、 たけだけしくしく考えずに、美しさに見とれたいです。
どちらにしても、お似合いそうでワクワクしますね(笑)。
ルビー 2011/11/06(Sun)23:01:39 編集
♠ ケルトのダーナ神話
装束のお話からどんどん話がずれてすいません。
自分は「神話」というものが好きで、各国のものをわりと読んでいるんですが、日本神話における女性の存在感に匹敵するのは、アイルランドに残るケルト神話でしょうか。日本神話くらい女性の地位が高い神話は、この他にはなかなか無いように思います。

主神の女神ダヌ(ダーナ)の存在感は圧倒的ですし、また戦の女神モリガンのような、神功皇后みたいな人も出てきます。

特徴として、牧歌的で生命力に満ちている伝説であることが上げられます。
自然を尊び、詩や音楽を愛した国民性は、どこか日本にも通じるかも知れませんね。
ルビー 2011/11/07(Mon)01:23:33 編集
♠ Re : 皇祖神は、男装したアマテラスから生まれた
ルビー様が提示して下さった古事記の部分から
>この前提をくずすと、大和朝廷が日本を治める根拠を失う。
大和朝廷ルーツの天皇のアイデンティティが無くなる。神話をそのまま信じるということではなくて。


そうなんですよね。
皇室は、途中で仏教を取り入れて信仰するようになったけど、やはり
神話 (事実か創作かは別として) からの神道、姫神であるアマテラスが始祖がベース
だと思います。
祭祀する場所である宮中三殿は、
賢所・皇祖天照大御神、 皇霊殿・歴代天皇・皇族の御霊、 神殿・国中の神々
ですし。


だから
>皇后陛下は
>「皇室は門跡尼寺をそのルーツの一部とみなし、そうした歴史的つながりを拒否することはできない」と明言されています

これは ↑ すごい違和感です。
まぁ 「一部」 だし、ミッチーのお言葉だし、今の日本は宗教に対して (特に神道と仏教に対しては) 寛容な面があるので大問題にならないのでしょうが、異宗教を邪教と見なし排除するような国であれば暴動レベルになるような発言です。



>あまり大和朝廷とか、 たけだけしくしく考えずに、
>美しさに見とれたいです

ですよね。
庶民よりも俗世に塗れすぎて、おどろおどろしい平成皇室なんかよりも、気品と美しさと知性に満ちた美しい 「次の御代」 が楽しみです。
ガーネット 2011/11/07(Mon)09:58:48 編集
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